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「第095話 「演劇をしよう!! (前編)」 (2)」(2011/04/21 (木) 13:14:01) の最新版変更点
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(とにかく、もりもり氏(総角)と小札氏は3年へ編入。早坂姉弟たちの監視を受けている! 無銘と鐶副長はどう見ても小
学生だけど1年生だ! 監視は防人戦士長と毒島氏!)
そして2年生が貴信と香美。見張り番は斗貴子と剛太(体験入学扱いとかで特別に教室にいる)である。
(しかし香美はあまりに動物動物しすぎている! 学校はニガテのようだ!)
「うー。何さ。ヒマじゃん。ヒマ! なんでじっと座っとらなあかんのさ。遊びたい! あーそびたーい!!」
セミロングの髪をツンツンに尖らせた少女は先ほどから落ち着きなく唸っている。身を丸めて机を揺すったかと思うと急に
体を伸ばしてハエに飛びかかったり……まったく授業を受ける様子がなく、教師も生徒もただただ唖然と香美を眺めている。
「じゃあ一緒に授業ふけない? ハニー!!」
ただ一人香美に声をかけるリーゼント──岡倉英之──に関してはその伸びきった鼻の下や胸にばかり行く目線からして
下心がバレバレである。まったくまともではない。
蔑視。どん引き。下心。それらに斗貴子の殺意が加わって、教室はまったく恐るべき空気に包まれていた。
香美もとうとう限界に達したようだ。とても真剣な表情で、何度も何度も拳を突き上げつつ訴える。
「遊びたい! 絶対! 覚えて! みたい! すーぱーせんたいれっつごー!」
「静かにしろ!! というか何を覚えたいんだ!!」
(まったくだア!!!!!!!!!)
「あだ! 痛い痛いご主人! よーわからんけどつねるのはやめて! え、なに? 静かにしろ? う、うん。そーする」
香美の頬をつねりながら貴信は心中詫びる。この教室に生けとし生ける総ての者に、詫びる。
周囲からすれば「騒いでいた少女がなぜか急に自分の頬をつねりだし、誰かに謝っている」という不可解極まりない光景
だが、それはそれ。仕方ないと割り切るしかない。
元がネコの香美だ。学園生活を送るたび、周囲を騒がせている。
そもそも。
ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズという組織名を見ても分かるように、この音楽隊の構成員の大部分は動物型である。
とはいえ実のところ、どういう訳かロバ型(小札)とニワトリ型(鐶)に関しては人間時の人格がそっくりそのまま残っている。
基盤となった生物の自我が宿主の精神を喰らい尽す……そんなホムンクルスの”仕組み”からすれば驚くべきコトだが……
(レティクルエレメンツ! 僕たちをホムンクルスにした組織にはそれだけの技術力がある!!)
まだ母胎にいる頃、妊娠第7週目の「胎児以前」の状態に幼い体を埋め込まれた無銘でさえ、その精神が完全に動物の
ものとは言い難い。
だが香美だけは違う。
その精神は、純粋な、「ホムンクルス幼体」の基盤(ベース)の生物のままである。
いわば香美はパピヨン謹製の動植物型ホムンクルスたちにこそ近い。
そのため人間社会の規則や法律というのはまるで理解できない。貴信のサポートがなければ携帯電話やパソコンといった
文明の利器はまったく使えないし、音楽隊の中では唯一いまだ武装錬金を発動できずにいる。(もっとも牙や爪などの本能
的な戦いしかできない動植物型の不文律や、人型ならではの特権──武器使用の概念あればこその武装錬金発動──か
ら考えれば香美こそ普通といえるのだが)
「黙っていないでキミも栴檀香美を窘めたらどうだ。いちいち頬をつねるのは目立ってしかたない」
苛立たしげな囁きに貴信は現実世界に引き戻された。「見れば」深刻な表情の斗貴子が眼前にいる。こちらを振り返る無数
の生徒も見えた。
「というか、いつも気になっているのだが……栴檀香美に呼びかけても”見える”のか? いちいち後ろに回れとか言われたら
その、困るのだが」
『あ! それは大丈夫!! 僕と香美は視界などの五感を総て共有しているからな!!』
と大声で答えた貴信は後悔した。(馬鹿!)と顔をしかめる剛太の後ろでざわめきが起きた。
「何、いまの声?」
「誰?」
「すっげ大きな声!」
「というか何であのコ学ラン?」
やってしまった。
香美の髪の中で貴信は口をぱくぱくとさせた。
「ふ、腹話術だ!! ここここのコの特技は腹話術だ!! そうだったな栴檀香美!」
うろたえながらも腕を広げ、必死に生徒たちへ呼びかける斗貴子。いよいよ疑念を持って注視する生徒たち。
香美だけが目を細め、呑気に質問した。
「あー。おっかないの。ひょっとしてあたしらかばってくれてるわけ?」
(だ!! 誰がかばうか!! ホムンクルスが学校にいるとバレたら色々マズいんだ!! この学園はDrバタフライと
調整体の襲撃を受けたコトがある!! その時の恐怖がまだ残っているコもいる! ホムンクルスの存在を知られる訳に
はいかないんだ!!)
小声でまくしたてる斗貴子の表情はかなり恐怖の度合が濃い。それだけ生徒達を大事に思っているのだろう。……貴信
の瞳が俄かに潤む。元人間として、そういうまっすぐな使命感はとてもとても好ましかった。
(香美。この津村斗貴子はおっかなく見えるが実はかなりいい津村斗貴子だ!! 困らせるのはよそう!!)
内心で呼びかけると──意識を共有しているゆえの利点だ──香美は一瞬目を点にした後、ぶんすかぶんすか全力で
かぶりを振った。
「うん! うん! そ! そ! 今のふくわじゅつじゃん! よーわからんけどあのご主人の声はさ、あたしのじゃん!」
「なんだ腹話術か」
「腹話術ならしょうがない」
「可愛いからいいや!」
「なんかこうぐっとくるよな。女のコの学ラン姿って!」
がやがやとそれぞれの感想を漏らしながら、生徒達は黒板に目を向けた。
「……」
意外そうに目を見開く剛太に香美は「にゃっ!」とブイサインを繰り出し──…。
同時に斗貴子は細く息を吐き、ホッと目を閉じた。しなやかな肢体からは見る見ると力が抜け、緊張状態を脱したのが
見てとれた。
(良かった。何とかホムンクルスの存在を隠せた)
その時である。
貴信の視線が、ある一点に吸いついた。
後ろの席にいる男子生徒。いやに恰幅の良い、それでいて気弱そうな青年。
その瞳へと……視線が吸い込まれた。
平たくいえば「目があった」。
(マズい!!)
貴信の動揺に気付いたのか、青年も慌てて瞳を逸らす。
友人、だろうか。隣席の少年──短髪で眼鏡をかけた、いかにも優等生な──に呼びかけるのも見えた。
(は、はは! 気付かれた!?)
指こそ指してこなかったが、貴信の存在について囁き合っているのは明白だった。
なぜなら香美の優れた聴覚が、こんな会話を拾ったからだ。
「本当だって六舛君。あのコの髪の中に、目が……」
「静かにしろ大浜。斗貴子氏の知り合いならそれ位普通だ」
(どどどどうすれば……!!)
「2人で1つの体を共有している」
異形の貴信にとってそれは恐怖だった。
(ば、バラされたらどうしよう!! 香美はともかくここここんな顔つきの僕だ! 絶対化け物扱いされてしまう!!)
誰よりも人間らしいホムンクルスは、ただひたすら怯え始めていた。
「というか何でお前学ラン姿なんだよ?」
「よー分からんけど、ご主人が「女モノだと交代後、大変なコトになる!」とか言ってたじゃん。だから黒いじゃん
そこでチャイムが鳴り、銀成学園は昼休みに突入した。
【銀成学園。廊下】
購買部へと続く細い通路を白と黒の粒が流れていく。擦れ合い混じり合いながら、玄関へ、教室へ、曲がり角へと吸い込
まれ、吸い込まれたのと同じだけの粒が吐き出され、流れは永遠に続くように思われた。
白い粒は女子生徒だ。いささか遊びすぎのきらいのある愛らしい制服から溢れんばかりの活力を放ち、人いきれを形づく
り、思い思いの方向へ歩いて行く。黒い粒はいうまでもなく男子生徒だ。質素な黒い学ランは男子特有の熱い匂いを振り
まきながらのっしのっしと進んでいく。
その中でひときわ人目を引く生徒がいた。何かあったのか、窓際でじっと立ちすくむその生徒は、雑多様々の白黒たちから
会釈を受けたり質問されたりしながら、じっとその場に留まっている。途中「オウどうした?」と声をかけたのは彼の僚友たる
剣道部員たちだが、結局最後まで真意を知るコトはできなかった。
恐ろしく端正な顔立ちの青年だった。短くも豊かな髪はうっすらと汗に湿り、えもいわれぬ色香を振りまいている。
「……えーと」
早坂秋水はこめかみを押さえながら窓の外を見ていた。すぐそばの柱に靠(もた)れる金髪の美丈夫は落ち着いたもので
じっと目を閉じている。もっとも口元はニンマリと裂けているし、時おりくつくつと震えるところを見ると余程何かが面白いらしい。
そんな金髪に油断ならない目線を送っていた桜花もいまでは、「あらー」としまりのない笑いを浮かべている。
「いったい何が。いったい何がーっ!!」
小札はバンザイしつつ窓めがけピョコピョコ飛んでいるが、いまだ届く気配はない。
【窓の外。銀成学園中庭】
「ドーナツおいしい? ひかるん?」
「はい……おいしい……です」
小箱を抱えたまひろが満面の笑顔で鐶にドーナツを与えている。
後ろにはやや引き攣った笑みの千里が居て、その背後にはシルバースキンを見に纏う防人とガスマスク(毒島)。
どこまでもどこまでも追い続けてくる彼らに沙織などは半泣きで、振り返るたび笑いながら泣いている。
「ま、まだついて来てる」
「目を合わせない方がいいよ沙織」
絶賛猫かぶり中のヴィクトリアの後ろでは、なぜか無銘がガタガタと震えていてもいる。
「は、早く合流しましょうよ防人戦士長。早くしないと火渡様が……」
「確かにな。戦士・剛太からも催促が来ている。とはいえせっかくあのコに友達ができそうなんだ。あまり急かすのも無粋
というかなんというか」
「防人戦士長!? メール打っているようですが、まさか少し遅れそうだとか連絡してるんじゃあ」
「ブラボー。その通りだ!」
メールをする銀色怪人の前でガスマスクがうっうと泣く。
一言でいえば、異常な状態だった。
にもかかわらず鐶はそんな状態にすっかり慣れたという感じで、当たり前のように、まひろの施しを受けている。
「あの鐶を……手なづけている……」
冷え切った声で秋水は呟いた。顔面はすっかり色褪せ、形のよい顎からは冷や汗が滴っている。驚愕の程が伺えた。
「フ。さっそく友達ができたようで結構結構。奴は姉のせいで引っ込み思案だからな。ああいう明るい女子とはどんどん触れ
合うべきだと俺は常々思っている。しかしあのコ、無敵だな」
窓を覗きこんだ桜花が思わず口を押さえた。まひろが鐶に飛びかかり、背中越しに頬ずりをしている。
(おもちゃ? あんなに強かったコが……おもちゃに……)
ぷるぷると笑いに震える桜花の姿にも秋水は呆気に取られ──…
小札はバンザイしつつ窓めがけピョコピョコ飛んでいるが、いまだ届く気配はない。
「ねーねーびっきー。むっむーの顔色悪いけど大丈夫かな?」
沙織の声になにか光明を見出したのか。無銘は土気色の顔でまくし立てた。
「ああああ、あの、その、そそそそ、その凍らせても燃やしても駄目で鏡もあらゆる忍法も内装ごと無効化されて……」
歯と歯を火打石のようにガチガチとすり合わせる少年の姿に異常を感じたらしく、まひろが会話に入ってきた。
「なにかあったの」
「さあ。転校してきたばかりだし、緊張しているだけなんじゃないかなあ」
「えへら」と肩を揺するヴィクトリアに無銘は愕然と面を上げ、抗議する。
「え!? ち! 違う貴様が」
「いいのいいの。転入したばかりだから緊張するのも仕方ないよ。あ、そうだ。学校案内しようか? どんなところか
分かれば少しは緊張も緩むんじゃないかな
「ここ、ことわ……」
いつの間に近づいたのか。ヴィクトリアは無銘の肩を強く掴んだ。間近で、とても爽やかな笑みを浮かべた。
「そ れ が い い よ ね ?
「は、はい……」
「なんでもいいですから合流……! 早く合流しましょうよ……!」
うなだれる無銘の後ろで毒島が叫ぶ。くぐもった声はまったく悲壮を極めていた。
(あれ? 確か防人戦士長に伝えるべきコトがあったような……? でも、思い出せません……)
「…………」
無言で無銘を指差す秋水を見た総角はまず金色の前髪をゆっくりとかき上げた。そして柱から身を起こし、窓枠に頬杖
をつきながらまひろたち一行を微笑混じりに見回して──…大きく肩を窄めて見せた。
「フ。あのお嬢さんと何かあったな。そして負けた。それも仕方ない。何故なら無銘はアリモノを使う人種だからな」
「……?」
言葉の意味を測りかねたのか。眉を顰める秋水に勿体ぶった解説が刺さり始めた。
「忍びという奴は人心だの地形だのといったアリモノを回して旨味を掠め取る生物だ。しょせん英傑とは言い難い人種……
目一杯の敵意が「忍びをすり潰す」そのためだけに人心や地形を拵えらえてきたら即投了の即詰みさ。英傑ならそれも
試練と乗り越えられるが忍びは違う。自身に向かう全力の敵意をどうにもできぬと分かっているからこそ忍ぶ。故に忍びだ」
「実はかの特性、巨大な武装錬金相手では不利なのです! 例のウロコ状の物体が隅々に行き渡るまでかなりの時間を
要しまする。そも手に持てるものでさえ3分のラグをばあります故! そして今度こそ届く筈! とあー!!」
小札はバンザイしつつ窓めがけピョコピョコ飛んでいるが、いまだ届く気配はない。
「つまり……地の利を得られるヴィクトリアは天敵か。地上ならともかくアンダーグラウンドサーチライトの中へ引き込まれれば」
「そう。どうにもならないだろう。並の罠なら逃げるコトもできるだろうが……フ。地下ともあればそれも不可。あと俺はそれほど
忍びを軽蔑していないぞ? 俺のような英傑にとって忍びは必要不可欠だからな。そうだろ秋水。忍びもまた俺のような英
傑を必要としているよな秋水」
(……ちらちらと俺を見るな。英傑云々への反応を期待するな)
どうも総角、本気で自分が英傑だと信じている訳ではなさそうだ。むしろ突っ込んで欲しいらしい。
桜花はそんな総角に慈母のような微笑を送った。
「いま気付いたのだけど、ヴィクトリアさん、秋水クンがあれだけ苦戦した無銘クンに勝てるってコトは」
「流したか桜花。無視したか桜花。ひどいな。時々ひどいよなお前。まあいいけど」
総角は「ちぇっ」と舌打ちしつつにこやかに人差し指を立てた。
「フ。そうだな。相性の問題もあるが、実はあのお嬢さんの武装錬金、かなり強い。俺も使ったコトがあるからこそ分かる。地下
限定とはいえ、自分の周囲の環境をだ、自分好みに都合よく造り替えられる。まったく反則的能力だ。そういう意味では毒
島という戦士のエアリアルオペレーター……周囲の気体を操作できるガスマスクと同じくらい強い。フ。まったく彼女らが俺
たちブレミュと敵対していなくて良かったと思う」
「すでにやられているんだけど。無銘クン」
「フ。アレはスキンシップだ。豪傑難敵を打ち負かす主人公といえどか弱い女のコのパンチには成す術なく吹き飛ばされるも
のだ。俺も大概強くて美形でカッコいいが、小札に「馬鹿ー!」とか殴られたら地平線まで飛んでいくのさ。飛んでいきたいな。
ああ飛びたいともさ。ベタなラブコメの文法を守らぬほど俺は無粋じゃあない。フ…………」
「何の話……? 総角クン」
ダンスを踊るような手つきでうっとりする総角や大いに困惑する桜花をよそに。
「…………体力が6ケタぐらいのユニットを……説得して……仲間にしたのに……急に4980ぐらいの体力で……紙装甲で……
命中率25%ぐらいの攻撃にさえ……ばかすか当たりまくって……沈みます。無銘くんは……それ、です。味方補正、です」
秋水が総毛だつ思いをしたのは、突然、窓ガラスに虚ろな目の少女が張り付いていたからだ。
鼻と両手の皮膚が黄色くなるほどびったり密着している彼女はどこを見ているかも分からないぼやけた瞳のままボソボソ呟い
ている。鍵がかかった窓を時々ガタガタ揺らしたりもした。ゾンビが建物に入ろうとしているようだった。
「でも私は育てるのよだって無銘くんが大好きだから弱くてもいいの味方補正で弱体化してもいいの重要なのはキャラ性よ
無銘くんが無銘くんである限り私は育てるのパーツいっぱいつけて沢山改造してPPとことんつぎ込んで避けまくりーの当てま
くりーのの糞火力にするの最強にしたいの大好きだからいつもいつでも誰より強くいて欲しいのでも秋水さんに負けたりする
事もあってそれはなんだか残念なの悔しいの悲しいのだって最強で憧れでカッコいい無銘くんが負けるなんてあり得ない
あり得ないあり得ないあり得ないうふふあははそうよそうよ秋水さん背後から刺した時気持ちよかったの復讐できたって感じで
とてもとても気持ち良かったのでも今度はあんな女なんかに負けてやるせないの悔しいの悲しいのどうすればいいのねえ
どうすればいいの秋水さん教えて欲しいのやっぱり刺すべきなのでも根本的な解決にはならないわよねねえじゃあどうすれば
いいの教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えなさいよねえ!」
「や、病んじゃってるー!!」
どこからか出てきた御前がムンクよろしく叫び、股間から魂の汗さえ噴き出した。
鐶。彼女は。
怪奇現象のようだった。秋水でさえ見た瞬間、鼓動を嫌というほど跳ね上げていた。鐶だと分かってからもなお「来るなら
普通に来てくれ」と冷や汗混じりの情けない表情で訴えるのが精いっぱいだ。
「光ちゃん、そんなキャラだったの……?」
「お姉ちゃん風……です。本音では…………ありません」
恥ずかしそうににへらと頬を綻ばせる鐶に桜花は寒々とした物を感じた。果たして本当に本音ではないのだろうか。とは
いえノーブレスの淡々としたまくし立ては確かに
”鐶以外”
の声だった。彼女以上に楚々とした、たおやかな、妙齢の女性の声だった。
(姉……? 確か鐶をホムンクルスにしたという……『玉城青空』のコトか?)
鐶(モノマネが得意)の口が再現した美しい声に秋水はおぞましい物を感じた。
「え……ええと、本当に本当に……本音では……ありません……ただ……お姉ちゃんの真似がしたくなった……だけで……」
空気を察したのか、鐶はおろおろと首を振り始めた。赤い三つ編みが昼の光を切るように揺らめき、いかにも可憐な様子
である。
「フ。話半分で聞いておけ。こいつは姉ほど病んじゃいないが、見た目ほど可憐を極めてもいない。実は結構いい性格だぞ?
事実自分を虐待した姉をゲームで徹底的にボコボコにし何度も何度も泣きべそをかかせている」
総角の呟きに鐶は「リーダー……」とだけ呟いて俯いた。秘匿すべき不利な事実をばらされたという諦観しかそこになかった。
「……まさかとは思うけど、光ちゃん、秋水クン刺した時、気持ちよかったの…………?」
「今は……そんな事はどうでもいいんだ……です! 重要な事じゃない、です!」
ガラスから一歩引いた鐶は珍しく慌てた様子で上を指差した。
「早く……屋上にいかないと……津村さんが……キレ……ます! きっと人質の貴信さんたちの命が……マッハで、ピンチ、です!」
あり得る話だ。いらつく斗貴子の前にホムンクルス! 剛太が傍にいるとはいえとても危ない状況だ。
急ぐべき状況だ。
一同は息を呑み、咳き込むように叫んだ。
「誤魔化そうとしてるってコトは光ちゃん、やっぱり秋水クン刺して気持ちよかったんじゃ……!?」
「俺の件はともかく、ヴィクトリアへの復讐など考えない方がいい! 無銘の立場が悪くなる! まずは話し合うんだ。俺も仲裁する!!」
「フ。貴信達を引き合いに話を逸らそうとしても無駄だぞ鐶! まずは先ほどの姉真似がどこまで本気か検証しようか……!!」
ひっと息を呑み後ずさる鐶だが状況はますます悪くなる。
まず防人が後ろから「確かに誤魔化しは良くないな!」とがっしりと押さえつけ、その上にまひろが飛び付いた。
元よりシルバースキンリバースで拘束されている鐶だから逃げ場はない。
沙織がはしゃぎ千里が困り、ヴィクトリアが笑う中、無銘だけが「古人に云う。賢士は苛察せず」とばかり「突っ込むな」と
擁護をするが一度沸騰した場の雰囲気はどうにもならず、女性陣の冷やかし──かばってる→つまり無銘は鐶が好き? なる
邪推──でますます混迷ばかりが深まっていく。
そんな中。
小札はバンザイしつつ窓めがけピョコピョコ飛んでいるが、いまだ届く気配はない。
「なんでもいいです……でも早くしないと、私が、火渡様にお仕置きされてしまいますー!!」
「大丈夫だ! その辺りは俺が責任を持って処理する! フム。楽しくなってきたな。いっそ戦士・斗貴子たちもココに呼ぶか!」
気楽な調子でメールを(胸の中でもがく鐶を事もなげに抑えながら。恐るべき膂力だった)打つ防人は気付かない。
背後の毒島がおぞましい紫の気迫を漂わせ始めたコトを。
「いい加減……」
「ん?」
振り返った時にはすでに何もかもが手遅れだった。
ゴーグル越しでも分かるほど双眸に異様な光を湛えた毒島が居た。ガスマスクの円筒は白い煙を吹いていた。
「いい加減に……」
後頭部から伸びる無数のチューブは今やその総てが逆立っていた。
どれも尖端からは青白い気体が噴出しており、振りまかれるひどく不快な刺激臭は彼女がどれほど本気で怒っているか
雄弁に物語っていた。
「待て。戦士・毒島。キミはまさか──!」
「フ」
余裕の笑みの総角が小札をお姫様だっこし廊下の奥めがけ逃げ出す頃……いくつも林立する銀成学園校舎。その間を
くぐもった怒りの叫びが駆け抜けた。
「いい加減に合流して下さいー!!!!」
そして。
爆発的事象を伴う煙がその場に居た総ての人物を覆い隠した。
やがて煙が晴れた頃、立っている者は数えるほどしかいなかった。
まひろは目をくるくるさせながら仰向けに倒れており、その横には目を×の字にした沙織の姿。うつ伏せになった千里の
の表情は当然分からないが、喪神しているのは明らかだった。「なんで私まで……」と魘されるのはヴィクトリアで、無銘は
なまじ毒への耐性があるせいか気絶もできず地面をのたうち廻っている。(優れた嗅覚に刺激臭がダイレクトヒットしてもいた)
「……ええと」
「すみません」
「大変なコトに……なりました」
防護服とガスマスクとで難を逃れた防人と毒島と鐶は「あ」という顔で揃って廊下を覗きこんだ。
所詮学校の窓である。気密性は薄かった。それゆえ煽りを受けたのだろう。
早坂姉弟が白目を剥いて気絶していた。蟲のように地面に落ちた御前が泡を吹いて痙攣していた。
通行していた無数の生徒たちもバタバタ倒れ始めている。
つまり銀成学園は、おおむね平和だった。
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