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「第095話 「演劇をしよう!! (前編)」 (1)」(2011/04/17 (日) 21:48:36) の最新版変更点
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栴檀貴信(ばいせんきしん)。肉体年齢は17歳である。
遡るコト7~8年前、ホムンクルスと化した「やかましい」青年であるところの彼は。
裂けたレモンのような巨大な双眸に芥子粒のような四白眼を泳がせている彼は……困っていた。
「ああもうヒマじゃん! ヒマ!」
「静かにしろ」
「ヘーイ! 転入生のカノジョー!! ヒマなら俺とお話しないー!」
原因は”前”である。
(余談だが栴檀は本来「せんだん」と読む。「ばいせん」とは無論誤用だが、響きがいいので使っているらしい)
ホムンクルスの製造には「幼体」が用いられる。動植物、または人間の細胞を基盤(ベース)にしたそれらを投与された
場合、大抵の者は精神を”基盤”のそれに蝕まれ、体を乗っ取られてしまう。
だが貴信は『ある事情』によってそれを免れた。投与された「幼体」の基盤は……当時彼が飼っていたノルウェージャン
フォレストキャットの変異種。後に栴檀香美と呼ばれるようになる、子猫だった。
「あのヘンな髪のやつなにさ? なんか好かん」
「あのエロスは無視しろ! どうせ大したコトはいっていない!!」
「あそ。じゃあさじゃあさ、おっかないの! サンマ食べるサンマ! サンマの切れっぱあげるじゃん」
「不必要だ!!」
ホムンクルスになって以来、彼らは体を共有している。
多くの場合、貴信は、体の主導権を香美に預けている。大きな意味はない。強いていえば”恥ずかしい”からであり、”香
美の方が見栄えがいいから”である。
人間だった頃の貴信はそのクセのある容貌(わし鼻+四白眼。ロシアの殺人鬼のような!)や男らしくはあるがどこか冴え
ない性格のせいで、学園生活にまったく溶け込むコトができなかった。
毎年4月ともなれば年度初頭の気楽さにふわふわしているクラスメイトたちが寄り合いコンパ親睦会のお誘いをしてきたが
しかし「自分のような人間が行っていいのか? うまく会話できなかったら? 打ち溶けられないまま散会し、後で”なんでアイツ
来ていたんだ”的陰口を叩かれたら……」と怯えに怯え、結局一度たりと誘いに乗れなかった。人外たるホムンクルスになって
からもそれは同じで、町一つ歩くにしても相方に体を預け顔を後ろ髪に隠している。
その点香美という快活極まりないシャギー少女は大したもので、まったく何も考えず周囲へ絡む。あまり何も考えていないよう
だが子猫の頃からボス猫として周囲から信頼を集めていた彼女はなかなか気風がよく、何だかんだで人々から慕われる。
何より、彼女の見目は貴信と違い麗しい。猫時代は捨てられていたのが不思議なほど愛らしい姿だったし、今でも貴信と同じ
DNAを使っているのが不思議なほど整った顔立ちである。(総角の見立てでは「貴信の母親似」という。貴信のDNAに含まれる
母親の遺伝子がこれでもかとばかり香美を盛りたてている……出会ったころ、彼はそういった。事実貴信の母親は、美人だった)
とはいえなかなかクセのある少女でもある。絡む相手によってはひと悶着起こすコトもある。
そして先ほどから彼女は、好きなように喋っている。
貴信にとってそれはとてもマズかった。
彼らのいる場所は、私語を慎むべき場所だった。
約1名それを無視して振り返り、香美めがけて猛烈なラブコールを送るリーゼント(岡倉)も見えたが……
基本的に、静粛であるべく場所だった。
「というか斗貴子さん、そのカワイコちゃんとお知り合いー? 良かったら紹介して……なーんて」
「黙れエロス!! いい加減自重しろ!!」
「垂れ目遊ぼうじゃん垂れ目! あんた銀紙丸めるじゃん! あたしそれ追っかけるじゃん。だから投げる! 早く!」
「ああもうだから静かにしろって!!」
机を叩く音がした。語気に怒気が籠っているのも分かった。香美と話している相手がかなり苛立っているのが分かる。
(マズいッ! なんとかしなくてはッ!!!)
普段ならこういう時、貴信は大声で香美を叱って黙らせるのだが、いまは「それができない」場所にいる。
厳密にいえば決して不可能ではないが、大声を出せば香美を取り巻く状況が一段と悪くなる。
……そんな場所に、彼らはいた。
「いい加減にしろ!!!」
津村斗貴子が立ち上がる音がした。
そして彼女はこれまでで最強最大の大声で、香美を叱り飛ばした。
「ここは教室で今は授業中だ! 静かにしろ!!!」
隣で中村剛太がうんうんと頷いた。
他の生徒たちの視線が嫌というほど刺さるのが分かったので、貴信は内心斗貴子に謝りまくりながら、涙を流した。
『何と!! 僕たちが銀成学園に転入!!?』
発端は昨日である。
津村斗貴子たち錬金の戦士と、貴信属するザ・ブレーメンタウンミュージシャンズの共闘姿勢についてある程度話がまと
まった所で、その提案が飛び出した。
監視の都合上、貴信達が学園にいる方がいいらしい……とは防人の弁だが、貴信的には疑念もある。
『で!! でもいいのかなあ! 僕たちはホムンクルス!! 筋からいえば人間に害なす存在!! 実際これまで戦士たちは
ホムンクルスから学校を守るため戦ってきた筈!!』
「まったくだ!! 監視のために音楽隊を学校にィ!? 本末転倒です!!」
防人の突拍子もない提案に場はしばらく賛否両論に揉めたが、
「どの道あと3日もしたらキミたちは戦いに身を投じなければならない。せめてそれまでは日常を満喫していなさい」
やや愁いを帯びた防人の微笑に押し切られるカタチになった。
結果。現在のところ。
【3年A組】
「フ。本日からお世話になる総角主税だ。字面が難しいから”そうかく”でも構わない」
「3年A組の皆さま、大変お騒がせしております! 小札零! 小札零をどうかよろしくお願いいたします!! あ、ありがとう
ございます。ありがとうございます。暖かなご支援を! 皆さまのお力添えをお願いいたします!」
「……何の?」
ややヒいた笑いの桜花の横で、秋水が難しい視線を教壇に送っている。
そこにいるのは、金髪の美丈夫ととても小柄なおさげの少女。
前者はひどく見栄えがよく、すでに女子生徒たちの注目の的だ。着衣こそ一般生徒とまったく同じ学ランだが、細く引き締
まった筒型の体にそれは恐ろしく映えている。後ろでくくった髪をこれ見よがしに肩口へ乗せているのはいかにも派手好きの
総角らしいと秋水はおもった。例えるなら漆塗りの器に金箔をまぶすように。黒一色の制服を流れる金の奔流はあたかも「闇
を引き裂く星の光芒」といった様子で、なかなか絢爛豪華な趣だ。
「ありがとうございます。ありがとうございます。ああっお手を振って下さりありがとうございます。長い旅を経まして不肖小札零、
遂に銀成市に帰って参りました! 何卒、何卒ご協力をお願いいたします」
(だから何の……?)
桜花の表情が困惑に染まりきるのもむべなるかな。
一方、小札の方はまったく制服に”着られている”といった感じだ。ゴシックロリータじみた衣装は童顔の彼女に似合っていな
くもないが、あちこちダブついているのが見てとれた。さりとて当人はあまり気にしていない(というより”よくあるコトすぎてヤケ
になっている”気配もある)ようで、マイク片手に選挙カーもどきの自己紹介を繰り返している。時には咆哮し、時には頭の上で
片手をぐるぐる回し、頬を緊張にうっすら染めつつ生徒諸氏の質問をいなしている。そして二言目には「小札零! 小札零を
どうかよろしくお願いいたします!」である。
どうやら彼女、テンパっているらしい。
【1年A組】
「鐶光……です。”鐶”は……「かねへん」です……。でも私も時々……「おうへん」で書くので……その、どっちでもいい、です」
「鳩尾無銘だ」
片や大人しそうな、片や無愛想な自己紹介が終わると、生徒たちは水を打ったように静まり返った。
無関心、という訳ではない。男子生徒の中には赤い三つ編みの虚ろな瞳の少女にさっそく色目を使っている者もいる。ぼ
そぼそと喋る儚げな様子に心奪われたという感じだ。女子たちは女子たちで、「まるでまだ小学生」な太眉少年に保護意欲を
大いにかき立てられているようだ。学ラン姿もまだ初々しい、子犬のような少年だとみな囁きあった。
それを抜きにしても銀成市民というのは転入生によく喰いつく。質問攻めは当たり前だ。
にも関わらずあまり声をかけられずにいるのは……教室に居る、見なれぬ人物たちのせいである。
率直に書くならば。
教室の後ろに。
銀色の全身コートとガスマスクが居た。
これでもかと、突っ立っていた。
無論彼らは、生徒ではない。教師でもなければ関係者でもない。
まったくもって清々しいまでの部外者で、部外者の癖につくづく堂々と(ガスマスクの方は時々もじもじとするが)。
居た。
「ああ。気にしないでくれ。人見知りなあの子たちを見守りに来ているだけだ。キミたちはいつも通り授業をしてくれ」
恐る恐ると振り返る何人かの生徒に全身コートは軽く手を上げフレンドリーに応対するが……反応はいま一つだ。
(できるか!!)
(集中できない!)
(なんで銀成市名物がここにいるのよ!)
(不審者丸出し! つまみだしてよティーチャー!!)
(言うな! 我慢しろ!! 俺だって嫌だが理事長が入れろと!!)
教室のそこかしこから不満といら立ちが立ち上る。ここ1年A組は現在、銀成学園一の魔境と化していた。
「ねーちーちん。あの銀色の服の人ってブラボーだよね?」
不意に肩を叩かれた若宮千里はその理知的な顔つきを一瞬だけ歪めた。後ろの席で不思議そうに囁くまひろは異常な
教室の中でほんのりとした暖かさを振りまいているが、しかし今は授業中なのだ。私語を囁くのは良くないし、それを許す
のは友人としての最低限の節度に反する。表情に微細な変化が現れたのは左記がごとき機微もあったが、もう一つ、まひ
ろの言葉の意味を理解するのに数瞬を要したというのもある。
「……え? あのコートの人って、ブラボーさんだったの?」
何とも面白味のない鸚鵡返しで、吐いた千里自身無味乾燥なマジメ気質を悔いてしまう言葉だが、不思議とまひろ自身を
疑う要素はない。どういう訳かこういう直観的なコトに関してまひろの文言は外れたためしがないのだ。
「よく分からないけど、ひょっとしてヒミツの任務中かも。突っ込まない方がいいよまっぴー」
隣の席からひょっこり寄ってきたのは河合沙織である。黄色い髪を両側で縛った幼い顔立ちの友人は、「スクープ発見」
とばかりはしゃぎつつ、唇の前で人差し指を立てた。ヒミツに興奮しそれを守るコトに興奮している辺りまだまだ子供だと
千里は思う。かといってそんな友人の瑞々しは貶す気になれない。むしろ好ましさと尊敬さえ覚えている。
う、うん。突っ込まない。私は黙るよ黙っちゃう。何を隠そう私は黙秘権の達人よ!」
「いいから小さな声で喋りなさいまひろ。今は授業中よ」
ヴィクトリアを見習いなさい、そう言いながら「先ほどからいやに静かな」まひろの隣席へ視線を移す。
その時までその所作に大した意味はなかった。やけに静かだったのでまひろを窘めがてら友人の様子を見た……位の
動機だったが、千里は、やや意外な物を見た。
ヴィクトリアは、「見たコトもない目つきで」ある一点を凝視していた。
千里が彼女の視線を追うと、赤い髪の転校生へ行きついた。
(知り合い?)
千里は首を傾げた。
神ならざる彼女は知らない。かつてヴィクトリアと鐶の間に起こったコトを。
(……確か、あの時の鳥型)
(……確か、あの時の人型)
かつて銀成学園を舞台に行われた戦士と鐶の決戦。その終盤、紆余曲折を経て乱入したヴィクトリア。
鐶は彼女の年齢を吸収した。見た目とは裏腹に齢100を超えるヴィクトリアの年齢を。
結果、鐶は一気に老化した。それが原因で、斗貴子に負けた。
以上のような因縁を思い出したのか。
ヴィクトリアと鐶はしばし見詰めあった。
「さーちゃんさーちゃん、転校してきた赤い三つ編みのコさ、なんで制服着てないんだろ?」
「前の学校の制服じゃない? なんか海賊っぽいけど」
「制服かなあ?」
まひろだけが呑気に首を傾げた。
鐶は奇妙な服を着ていた。白と濃紺を基調としたそれはまさしく沙織のいうとおり、「海賊」のような服だった。
三角を三つ連ねたような帽子はとても学校制服の一部には見えないし、二の腕の辺りで大きく尖った袖はどう見ても男
性用のそれだ。
まひろは知らない。かつて彼女の兄、武藤カズキがその「奇妙な服」に苦しめられたコトを。
(シルバースキン・裏返し(リバース)。戦士長さんは鐶の奴めを拘束しているのだ。あのガスマスクの戦士は控え……。
いざという時、鐶を抑えられるように)
頬杖を突きながら無銘は不快そうに外を見た。
(師父にアレを使わぬ理由が気に食わんがな。「早坂秋水と同じクラスに居るから」。くそ。つまり戦団の奴らめ、早坂秋水
が裏返し(リバース)並の抑止力がある、と! いざという時、師父を止められると……)
太い眉がぎりぎりと吊りあがる。犬歯も露の”すごい形相”を冷ややかに見る少女が一人。
(確かあの男子生徒も音楽隊ね)
ヴィクトリアは冷笑を浮かべた。笑うしかないだろう。いまやこの教室には戦士が2人にホムンクルスが3体だ。誰も彼も
争う気はないがそれでも世間的には十分不穏だ。戦士長の防人。戦士たち相手に大立ち回りを演じた鐶。この2人がちょっと
本気を出すだけで銀成学園の校舎は3分と持たず地球上から消えるだろう。ガスマスク(毒島)にしろ無銘にしろ、並のホム
ンクルスよりは強いだろうし、ヴィクトリア自身、避難壕を展開した時の自身の力量には(ひねくれた高慢な少女らしい)自信が
ある。それらを勘案するとこの教室はまったく恐ろしい状態だ。そう気付いているのは自分だけ……奇妙な優越感がヴィクトリア
の頬を歪ませる。
(どうやら手を組むコトにしたようね。音楽隊と戦士。パパが追撃された時以来かしら。問題は、なぜ手を組んだかというコト
だけど……ま、勝手にやりなさい。私は彼と白い核鉄を作るだけよ)
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