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「強くなるのは、なれるのは その2 第四話」(2010/07/22 (木) 00:11:13) の最新版変更点
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後ずさった位置から、留二亜がホバー走行で向かってきた。
右手を肩越しに背中へ回した、ヒート・サーベルの構え。おそらくまた、
一人ジェット・ストリーム・アタックで来るだろう。三分身しての、ヒート・サーベルと
ジャイアント・バズとオルテガ・ハンマーの三連攻撃。
機動戦士のガンダムはこれを見事に破ってみせたが、ガンダムと違って5倍の
ゲインを持たず誰の援護もない加藤に、同じ破り方はできない。
加藤にあるのは神心会空手と、培われた実戦経験のみ。その二つで留二亜のドムを、
黒い三連星のジェット・ストリーム・アタックを破る!
「コオオオオオオオオォォォォッ!」
試合開始の時と同じく、息吹によって気合を高める。呼吸を整え、余分な力みを
なくし、身体能力を最大限引き出せるようにする。
準備はできた。後はやるだけだ。
「いくぞおおぉぉ!」
さっきは気付かなかったが、今、落ち着いて見ればわかる。この時点で既に
留二亜は三分身しており、縦一列に並んで突進してきているのだ。
ドムに、黒い三連星そのものになって。
まず一撃目、先頭の留二亜がヒート・サーベルを振り下ろす。これを加藤は、
先ほどと同じように真上に跳んでかわした。
留二亜の移動速度は加藤より明らかに速いので、横や後ろにかわすのはムリ。
また、それでは反撃ができない。なにしろ留二亜には強力な飛び道具がある。
だから加藤は、自分の攻撃圏内で一撃目を対処するしかない。しかしヒート・サーベルは
見えない上に高熱だから、真剣白刃取りや受け流しは不可能。となれば、
これ以外に手段はないのである。
「さっきと同じ? 芸がないわね!」
二人目の留二亜が、ジャイアント・バズを……
「そこだああああぁぁぁぁっ!」
空中で加藤が、見えないジャイアント・バズの砲口に右正拳を突っ込んだ。
「どうだ! 胸や腹ならともかく、この俺の鍛え上げた正拳ならば、砲弾の一発ぐらい
耐えるぜ! だがここで暴発したら、お前はどうかな!?」
「宙に浮いて、利き腕を封じられて、それでどうして勝ち誇れるのか理解できないわね!」
三人目の留二亜が、二人目を跳び越えた。そして組み合わせた両手による
ハンマーパンチ、オルテガ・ハンマーを繰り出す。
それに対し加藤は、今度はしっかりと上を向いて、思いっきり背中を逸らせてしならせて、
「キャオラアアアアァァァァッ!」
裂帛の気合と共に放った頭突きを、留二亜のオルテガ・ハンマーにぶつけた。
予想外の動きにヒットポイントをずらされたこと、また加藤の頭突きが想像以上の威力だった
こともあって、留二亜のオルテガ・ハンマーは完全に打ち返され、まるで映像の巻き戻し再生
のように戻っていく。いや、それでも勢い止まらず、まるで後ろから引き倒されるように、
後方へと倒れていった。
一人目・二人目の上にいた、つまり結構な高さから、三人目の留二亜は背中で着地する。
「あぐぅっ!」
投げ技で叩きつけられたわけではないが、なにしろ下は岩場。ドム化により多少は
耐久力が増しているとはいえ、鍛えているわけではない小学生の女の子。留二亜は
小さくないダメージを受け、分身が解けて一人に戻ってしまう。
そこに、着地した加藤が走ってくる。留二亜は両手を後ろについて体を起こそうとするも、
間に合わない。加藤が速い。
加藤の、人差し指と中指が、ぴんと伸ばされて矢のように突き出された!
『目潰し? だめ、かわせない!』
ピシッ!
「……っ」
固く目を閉じた留二亜が、こわごわ目を開けてみると。
目の前に、ニヤリと笑った加藤がいた。その手の人差し指と中指で、黒い眼帯を
摘んでいる。
留二亜が、左目にかけていたものだ。
「ジオンのMSたるもの、モノアイじゃないってのは、いけねぇよな?」
言いながら加藤は、眼帯を留二亜に返した。
留二亜はそれを受け取って、俯いた。もう左目にはかけない。
「わたしの……負けよ」
「いや、一回目のジェット・ストリーム・アタックで俺は完全にKOされてただろ。
だからまあ、一勝一敗の引き分けってとこだな」
ほら、と差し出された加藤の手を握って、留二亜は立ち上がった。
加藤はほりほりと頭をかいて、
「けど、流石にもうくたびれたから、三本目の決定戦はカンベンしてくれな。
それはまた機会があったらってことで……おい?」
留二亜は立ち上がってもまだ俯いていて、そして、
「……ひっ……く……っ……」
泣いていた。ぽろぽろぽろぽろ、小さな涙の雫が、つるんとした頬を伝って、
岩の地面に落ちていく。
「また、負けた……アイツにもまだ勝ててないのに……」
「まてまてまてまて! そこは今、納得いくように説明してやるから!
だから泣き止んでくれ! な? 頼むから!」
誰も見ていない山奥とはいえ、加藤は慌てまくった。ヤクザ生活をそこそこ送った
彼だが、流石に小学生の女の子を泣かせたことは一度もない。
加藤の慌てっぷりが大げさ過ぎたおかげか、留二亜は逆に、少し落ち着いた。
それでもまだ、涙はゆっくりと滲んできているが。
「納得……? 何が……? わたしの強さは、兄さんへの愛の強さって
言ったでしょ。それが敗れたのは、わたしの愛が弱かったせい……」
「違う! いいか留二亜、よく聞け。モノにはなんでも、質と量ってのがある。
お前の、兄貴への愛は確かに極上だ。質に問題はない。けど、量としては
『1』なんだよ。それに対して俺は、『2』」
加藤はまた、人差し指と中指を立てた。もちろん今度は目突きではなく、
Vサインのように立てて留二亜に見せている。
留二亜は、涙に潤んだ目でそれを見ている。
「まず、俺は神心会空手を愛している。師匠を尊敬し、同輩と磨き合い、
更に道場の外の奴らとも、神心会空手家として拳を交えている。その俺が
負けることは、神心会空手家が負けること。それは我慢できん。これが『1』」
「……」
「そして『2』だ。当たり前だが、俺だって生まれた時から空手家だったわけ
じゃねえ。強くなりたいから、始めたんだ。加藤清澄が強くなるため、その
道具として、神心会空手を選んだ」
「ちょっと待って! 加藤さん今、愛してるっていったでしょ? それを道具って」
「ああ。道具として愛してるぜ。一生をその為に捧げても惜しくないくらいにな」
淀みなく加藤に言い切られ、留二亜は言葉を返せない。
「だがな、道具は道具だ。俺は神心会空手家として誇りを持ってるが、
同時に『男一匹加藤清澄』でもあるからな。そいつが強くなれないようなら、
空手の練習なんて無意味だと断じる。これが、『2』ってことだ。で留二亜よ」
加藤は中指を曲げ、人差し指だけ立て、それで留二亜を指差した。
「お前はどうだ? 兄貴のことが大好きだってのはわかった。だがそれは
それとして、『女一匹木槍保留二亜』はどうなってる?」
「え、え?」
ちょっと意表を突かれて、留二亜は混乱する。
「お前、俺と戦い始めた時、『いっきまーす!』って言ったな。その出典は?」
「もちろん、『ガンダム』の主人公アムロ・レイのセリフよ。わたしは
兄さんとのガンダムごっこの為に、隅から隅まで勉強したんだから」
「そこで止まってるから、だ。お前のそこに、愛や誇りはあるか?」
「そこで……止まってる? 愛や誇り……」
そういえば。加藤は『自分』が強くなる道具として『空手』を選んだと言った。
『自分』と『空手』の両方に愛や誇りがある。だから『2』だと。
翻って自分は、『兄さんの愛』を得たいが為にガンダムを勉強し、『ドム』を……
「あっ!」
思わず、大声が出た。そうだ、確かに自分は『1』なのだ。
『兄さんの愛』以外のものがない。『ドム』はその為の道具だが、
加藤の空手のような、愛や誇りはない。
そして、そう、あの憎い宿敵たる『アイツ』はどうかというと。
「拳にガルマ様の御無念をお乗せして……ギレン閣下の
『ジーク・ジオン!』が聞こえてから……打つべし! ジーク・ジオン!」
「黒い三連星が二部隊いれば、オデッサ背後とレビルとを手分けして
攻撃できたのに……という思いが可能にした奥義! 黒い六連星っっ!」
「怖くなんかないよ。だって、ガトー大尉が大活躍してるんだよ!」
「アイツは、アイツも、兄さんへの想いを胸に戦ってる。でもそれだけじゃなく、
アイツ自身が、ジオンを深く熱く強く愛している……」
というか、連邦軍を憎んでいる。『アイツ』なら口が裂けても、
「いっきまーす!」なんて言わないだろう。絶対に。
「なるほどな。つまりそいつも、『2』ってことだ」
いつの間にか涙の止まった留二亜は、がっくりと肩を落とした。
自分の敗因に、納得しきってしまったからだ。
「確かに、わたしには『1』しかなかった。わたし自身が、
ドムやジオンを愛せるようにならないとダメなのね」
「ああ。そうすれば、お前のドムはもっと強くなるだろうな。
とはいえお前の目的は、もう達成できてるかもしれんが」
「?」
きょとん、と加藤を見上げる留二亜。
「だってそうだろ。自分が『ガンダム』を好きなわけでもないのに、
兄貴の為にっていう健気な思いだけで、ドムにまでなっちまってるんだぜ?
もし、俺がお前の兄貴だったら、」
ぽん、と加藤の手が留二亜の頭に置かれる。
「こんな可愛い妹にそこまで慕われて、悪い気するはずねえよ」
「……え……」
留二亜の小さな頭を、覆いつくさんばかりの、加藤の大きな手。
鍛え上げられた固いその手の温もりが、ゆっくりと伝わってくる。
その温かさが、留二亜を見つめる眼差しの優しさと重なって……
「っっっっ!」
ばっ! と留二亜はその手から離れ、顔を真っ赤にして後ずさった。
「ち、ち、ち、ち、違うっ! わた、わたしが好きなのは兄さんだけっ!
ほ、他の、他の男の人なんて、全然、その、あの、」
「いやあの、おーい? 俺だって流石に、小学生を相手にどうこうって気は」
加藤が何を言っても、頭から湯気の出ている留二亜には伝わりそうになくて。
「やれやれ。ま、いいや。また、縁があったら会おうぜ。そん時にはお前の
兄貴も交えて、三人でガンダム話をするのもいいかもな。じゃ、あばよ!」
軽く手を振って、加藤は留二亜に背を向けて、歩き出した。
それほど大柄ではないが、逞しさは充分なその背中を見送りながら、留二亜は思う。
『わたしは必ず、ドムを好きになってみせる。兄さんだって、わたしが本気で
ドムを好きになった方が、喜んでくれると思うしね。……ありがとう、加藤さん。
大切なことに気付かせてくれて』
留二亜が、兄以外の男性に対して、ここまで柔らかな表情を見せたのは、
後にも先にもこの時だけあった。
後に、留二亜は。
宿敵『アイツ』と手を組み、この世のものとも思えぬ強大な敵と対峙することとなる。
留二亜が力尽き、『アイツ』もまた窮地に陥った時、最後の最後で大逆転を
もたらしたのは、『ドム』であった。
「きっと、このドムが『留二亜ちゃんのドム』だから……だよ」
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