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聖少女風流記 【慶次編 第一話 前田 慶次という男】
前田 慶次朗 利益という人物は、そもそも謎が多い人物である。
勿論、ジャンヌ・ダルクと同様に実在の人物ではあった。
が、これもジャンヌと同様、現在に残る資料が少ないのだ。
その華々しい傾き振りとは裏腹に、詳しい生年も没年も分かっていない。
まず、素性からして明らかではない。
慶次は織田信長の臣下であった滝川 一益の子で、その妻が後に前田 利家の兄、
利久と再婚し、連れ子であった慶次が前田姓を継いだ、という説がある。
また、利久の妻は元々一益の弟、益氏の妻であり、益氏が戦死した後に
嫁に入ったという説もある。その時には既に、益氏の胤(たね)を宿していた。
その胤こそが慶次である、という説もある。
それ以外にも諸説あり、慶次の実の父親というのが一益なのか、益氏なのか、
それとも別の誰かなのかがはっきりとしないのである。
だが少なくとも前田 利久と慶次は血の繋がりは無かったのは間違いない。
それでも慶次は利久を愛し、この養父が死ぬまで義理を尽くした。
利久も慶次を愛し、なんとか前田の家督を慶次に継がせたかった。
面白くないのは、弟の前田 利家である。
利久は体が弱く、武の人ではなく、治と文の人であった。
対して弟の前田 利家は屈強のいくさ人であり、信長の覚えも良かった。
ここに、利久と慶次の悲劇が生まれる事になる。
利家は、利久と慶次が目障りで仕方なかった。
そこで利家は信長に進言し、利久と慶次から荒子城と家督を奪う事に成功する。
(それ以前に政治的な絡みがあるのだが、それは割愛する)
利久と慶次は不当に小さい領地に押しやられ、不遇を過ごす事になる。
だが慶次は不満を言う事は無かった。
本来ならば、加賀百万石の城主となれたのに、である。
言えば利久を苦しめるだけだからである。
彼が時に、『無念の人』と呼ばれるのはここに起因する。
が、我々が思う前田 慶次は、城主に収まり政治に腕を振るう男ではない。
異風の姿形を好む『傾奇者』であり、惚れたものの為なら死をも厭わない、
剛毅で優しい『いくさ人』である。
男が男であった時代。その中においてなお男であった男、前田 慶次。
小説『一夢庵風流記』(漫画・花の慶次の原作)の作者、故・隆 慶一郎氏は、前田 慶次という人物についてこう評している。
『学識溢れる風流人で、剛毅ないくさ人である。
したたかで優しく、生きるに値する人間であるためには、
なにが必要かを良く承知している自由なさすらい人』
生きるに値する人間となるには何が必要であるか、作者にはよく分からない。
慶次の時代と現代では、倫理も価値観も観念も何もかもが違うからだ。
が、それでもやはり、人の世にはきっと何か変わらぬものがあるのだろう。
第二部は、慶次を中心に話が進んでいく。
物語の軸はやはりジャンヌであるが、聖少女を守る為に剣を振る慶次の姿が
第二部の柱となる。どうぞお楽しみ頂きたい。
(なんとまあ楽しい男だ、この男は)
ラ・イールが酒を呷りながら、しげしげと慶次を見ながら思った。
慶次はニコニコとしながら注がれる酒を次々と一息で飲み干していく。
「いや、俺もいろんな人を見たがよ、旦那のように酒強い人は見た事ねえ」
「いや酒だけじゃねえ。あのいくさ場での槍捌きはどうよ」
「どうだい、俺と一緒に今からイギリスへ殴りこみに行かねえかい?」
「馬鹿ヤロ、おめえなんか泣かされて帰ってくるのがオチだ」
どっと笑いが巻き起こる。荒くれ者たちが子供のようにはしゃいでいるのだ。
オルレアンの解放と言う、偉業を成し遂げた夜である。
気分は高揚し、次第に声は大きくなり陽気な笑いが満ち溢れていく。
それは当然の事である。が、この男、前田 慶次。
宴が進むにつれ、彼の周りに人が集まり始め、慶次の杯に一人、また一人と
酒を注いで行くのだ。まるでごく自然の儀式のように。
ジル・ドレは宴を辞退し、ジャンヌは疲れからかもう寝入っている。
即ち、この宴の中で、もっとも位が高い男はラ・イールである。
その自分を荒くれどもはさて置き、異風の男に我先にと酒を注ぎに行っている。
そして注がれた酒を慶次は一息で呑む。もう何十杯呑んだか分からない。
それでも、この男の顔色は変わらない。
慶次という男は、不思議な男である。
まず強さを鼻に掛ける事が無い。そして相手の身分で態度を変える事がない。
身分を気にしないという事は、全ての者に対して同じ接し方をするという事だ。
上級騎士であり、名門貴族と同様の地位を誇るジル・ドレや自分に対しても、
ここにいる素性の分からぬ傭兵どもに対しても、同じように接している。
ラ・イールはそれが心地よい。
元はといえば、自分も一介の傭兵から成り上がった男である。
自分にも、ただ戦場を駆け、戦勝の酒を爽やかに呷った時期が確かにあった。
今は、貴族の面倒を見るような毎日でも、そんな時が、確かに。
慶次に、ラ・イールはほんの少し眩しさを感じる。
男が、男のまま生きているその姿に、少しだけ目が熱さを感じたのだ。
宴が佳境に入ってきた。ラ・イールの酒量も進んでいる。
(この男は、そこにいるだけで男を笑顔にさせるな)
だが、しかし。その慶次の眩しさが、ラ・イールに不安を覚えさせる。
……おそらく、この男はシャルルに疎まれるだろう。そして、ジャンヌも。
あの王太子は小心であり、それ故に嫉妬と劣等心が深くとぐろを巻いている。
男が感じる慶次の眩しさを、万民がジャンヌから感じる聖性を。
あの男は疎ましく思う日が、きっと来る。そんな確信にも似た悪寒がする。
いや。今は無粋だ。解放の悦びに浸ればいい。
王太子とて、王位に付かれれば、きっと王としての御自覚を持たれるはず。
ラ・イールは不安を振り払うように酒を呷った。
慶次は相変わらず、泰然とした顔で、ニコニコと笑っている。
しまいには、上半身を脱ぎ、何やら変わった踊りをし始めた。
それがまた陽気で風流で堪らない。荒くれたちが我先にと踊りを真似始める。
まったく、叶わない男だ。この前田 慶次という男は。
(ジャンヌ殿が慶次殿に寄り添っているのは、こういう男だからだろうな)
ふと、そんな事が思い浮かんだ。
そしてほんの少し、ラ・イールは慶次に嫉妬の感情を覚える。
神々しいばかりの御姿のジャンヌが、慶次の近くにいる時だけほんの少し、
ただの少女の顔を見せるのを思い出したのだ。
(聖少女を護る、異国の風流なる騎士、か)
そしてラ・イールも己の地位を忘れ、上半身を脱ぎ、風流舞いを踊り始めた。
全員が寝静まる。幸せそうな顔で荒くれたちが寝言を繰り返している。
うわ言のように、ランスへ、ランスへ、と。
おそらく、オルレアンの街中が似たような状況だろう。
慶次はそっと抜け出し、松風の待つ厩舎へと向かった。
「すまないね、松風。……あそこへ、行ってくれるか」
背に跨ると、松風は疾風のように一直線に目的地を目指す。
しばらくすると、ムッとした臭気が立ち込める場所で松風は立ち止まった。
戦場跡である。オルレアンの2番目の砦、オーギュスタン砦跡。
累々たる死体に満ちた戦場跡の中で、少しだけ地が盛り上がった場所。
数輪の花が添えてある。そして、先客がいた。
「やはり来ていたか、ジヤン」
慶次が声を掛けると、ジヤンはからかうように言った。
「遅いぞ慶次。もう、ベルトランとはたっぷり呑んだというのに」
盛り上がった場所はベルトランの墓である。慶次は墓の前で腰を下ろした。
「すまん。俺とも酌み交わそう、ベルトラン」
瓢箪の蒸留酒を墓に掛けると、自分のぐい、と残りを呷る。
「美味いな。誰と呑むよりも、お前と差し向かいで呑むのが一番美味い」
墓に語り掛ける。だが勿論、墓は応えない。沈黙が流れる。
ジヤンがポツリ、と言った。
「駆けるだけ駆けたら、後は死ぬだけでいい。なあ、ベルトラン」
慶次は黙って頷く。ジヤンが星を見上げて言った。
「……もう少しだな。ランスの大聖堂で、フランス国王が生まれる日も」
今度は慶次は頷かなかった。ジャンヌへの不安が頭を掠めたからだ。
ふと、目の前の墓を見る。ベルトランが怒ったような顔で見ている気がする。
(何をそんな顔をしている。お前は、聖なる神子の剣だろう?)
慶次は思わず笑った。死してもなお、この男は俺に厳しく当たるらしい。
(心配するな、ベルトラン。俺は必ずジャンヌ殿を守り抜いてみせる。
イギリスからも、そしてフランスからも。 ……月を護る、雲のように)
ベルトランの顔がやっと微笑んだような気がした。
そして翌日。ジャンヌとジル・ドレは、慶次たちに決意を告げる。
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