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「天体戦士サンレッド外伝・東方望月抄 ~惑いて来たれ、遊惰の宴~ 全選手入場!」(2010/06/07 (月) 09:10:39) の最新版変更点
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太陽と入れ替わりに、月の光が静かに大地を照らす頃。
燦々と輝く照明が、幻想郷最大トーナメントの舞台である闘技場を明るく彩る。
「いやーしかし、大した盛り上がりだぜ。よくこれだけ集まったもんだ」
既に満員と化した客席の一角で、一人の少女が呆れとも感心とも取れる呟きを漏らす。
真っ黒いトンガリ帽子に、魔法使いが着るような古めかしい白黒の衣装。気の強そうな瞳が印象に残る少女だ。
<普通の魔法使い>霧雨魔理沙(きりさめ・まりさ)―――<楽園の素敵な巫女>博麗霊夢と共に数多くの異変を
解決してきた英傑であり、この幻想郷では知らぬ者はいない悪童である。
<彼女に物を貸したら死ぬまで戻らない>は幻想郷の常識だ。実にジャイアニズム溢れる少女である。
「これだけ大掛かりな催しも珍しいからね…ま、ヒマ人が多いってのもあるでしょうけど」
体調が芳しくないのか、時折小さく咳込みながら魔理沙の左隣に座るパチュリー・ノーレッジが答えた。
紅魔館・地下大図書館の管理人にして魔法使いとしても名高い彼女は、魔理沙ともそれなりに親交がある。
話の合う同業者・気の置けない友人といった所だろう。なお、彼女は魔理沙のジャイアニズムの一番の被害者でも
ある。今や図書館の蔵書の1/4は魔理沙に借りパクされているのだ。
「そういやパチュリーは出ないでよかったのか?紅魔館の連中はお嬢様以外にも出場してんだろ」
「私はパス。レミィの特訓に付き合って疲れたせいか、喘息の調子もよくないし」
「特訓?あのお嬢が?」
「ほら、外の世界から来たっていうヒーローがいるでしょ?そいつと揉めたらしくて、妙にやる気なのよ」
「あ。その話だったら、私も幽香から聞いた!」
毒人形のメディスン・メランコリーが、魔理沙の後ろの席から身を乗り出して話に加わる。
「予選が終わった後も、なんかレミリアお嬢が突っかかってたみたいよ。相当仲が悪いんじゃないかしら」
「はぁ~…しかし、それだけお嬢様の機嫌を損ねてて生きてるなんざ、大したもんだな」
―――幼い子供そのままの容姿と言動からは想像し難いものの、大吸血鬼レミリア・スカーレットの評判は非常に
剣呑かつ物騒なものだ。
平穏無事でいたいのならば、決して関わるな―――
百万の軍勢を敵に回そうとも、彼女だけは敵に回すな―――
味方にさえ、回してはならない―――
「なーに言ってるのよ。吸血鬼がいようとヒーローがいようと、優勝は幽香で決まりよ!ねえ、魔理沙だってそう思う
でしょ?」
「あー?まあ、あいつならいいトコまで行くんじゃねーの?」
「気のない返事ねえ。パチュリーはどう思う?幽香が勝つよね」
「悪いけど、私はレミィを推しとくわ。同居人だしね」
「ちぇ~。こうなったらアリス、二人で幽香を応援しようね!」
「…………」
「あれ?アリス?」
「…………」
魔理沙の右隣に座っている、これまで押し黙っていた少女―――アリス・マーガトロイドは、どんよりとした目を
メディスンに向ける。
目の覚めるような見事な金の髪に、海のような蒼い瞳。人形のように整った顔立ちと、人形のように物静かな彼女
は、今は勝手に髪の毛が伸びた人形の如き陰鬱なオーラを発していた。
「メディスン…私ね、最初は魔理沙を誘ったの」
「うん」
「<二人きり>で観戦するつもりだったのよ…でも魔理沙ったら<ならパチュリーも誘おうぜ>なんて言い出して。
おまけに会場の入り口でばったり貴女に会って…魔理沙と二人きりの夜はどうなったのよぉぉぉぉぉ!」
そう―――<七色の人形遣い>アリス・マーガトロイド。
何を隠そう百合畑の住人であり、魔理沙に恋する純情(?)な乙女である。
その想いが届いているとは、お世辞にも言い難い。
「いいじゃんか。たくさんいた方が楽しいぜ?」
対する魔理沙は飄々としたものである。パチュリーは同情とも憐憫とも取れる視線をアリスに注いだ。
「アリス…悪いこと言わないから、真っ当な恋をしなさい。今のままじゃ、幸せになれないわよ」
「え、恋?何だよアリス、お前も女の子だなー。相手は誰だよ。もしかして私の知ってる奴?」
この有様である。アリスは涙目で地面にのの字を書き始めた。
「恋…?ねえ。恋って何?」
頭上に?を浮かべてメディスンが問う。生まれて間もない彼女には、分からない事も多いのである。
パチュリーは苦笑しながら答えた。
「要するに、誰かの事を好きってこと」
「あ、だったら私も恋してるよ」
「へえ、誰にだ?」
「えっとね、幽香でしょ。それに魔理沙にパチュリーにアリス。あと、霊夢に…」
「あのな、メディスン。恋ってのはそういうんじゃなくて…」
「いいのよ、魔理沙」
勘違いを正そうとした魔理沙を遮り、パチュリーはメディスンへ優しい視線を送る。
「その純粋な気持ちを大事にしなさい、メディスン…アリスみたいになったら、もう戻れないから…」
パチュリーは、慈しむように微笑み、語りかける。
「よく聞きなさいね…貴女の<好き>と、アリスの<好き>は違うの。アリスのそれはもっとこうネッチョリしていて
グチャグチャしてドロドロして陰湿なの。アリスが目指すのは、百合という名の大海なのよ…」
「パチュリー…あんた、もしかしなくてもケンカ売ってるでしょう?」
「いいえ、そんな事はゴザイマセン。ただメディスンの穢れ無き魂を百合色に染めてはならないと使命感に燃えて
いるだけよ」
「きーっ!やっぱバカにしてるじゃない!」
―――年頃の乙女達の会話を、これ以上晒すのは控えよう。
彼女らの名誉のためにも。
さて、我等がヴァンプ様を始めとする川崎市より来たる面々は、魔理沙達のすぐ前の席にいた。
実に漫画的な偶然である。
「いやあ、女の子達は賑やかで微笑ましいですね」
ニコニコしながらヴァンプ様はそう語る。別に会話を盗み聞きしていたわけではなく、声が大きいので嫌でも耳に
入るだけである。
なお彼は、百合だの何だのの意味はちっとも分かっておりません。
「でも兄者、ユリってどういう意味?」
ケチャップをたっぷり付けたフランクフルトを頬張りながら、コタロウは答えに困る問いを発する。
「…きっと百合の根っこの調理法の事を話しているのですよ、コタロウ」
「え?百合の根って食べられるの!?」
「食べられますとも。そうですよね、ヴァンプ将軍」
「ええ、ホクホクしててとっても美味しいですよね。茶碗蒸しに入れるといい感じです」
「うわあー。ぼくも食べてみたいなあ」
「じゃあ今度作ってあげるよ。ユリ根入りの茶碗蒸し」
「ほんと!?ヴァンプさん、大好き!」
吸血鬼×2・悪の将軍×1とも思えぬほんわかした平和な会話であった。
そこに、涼やかな気配と共に冷然とした声。
「―――ユリ根は茹で立てホヤホヤにマヨネーズを付けて食すのが私のジャスティス。なお、幽々子様は生でも
平気でボリボリ食べます」
―――言ってる内容は酷いものであった。
「あ、妖夢ちゃんじゃないですか。幽々子さんの傍にいなくてよろしいんですか?」
「ええ。<折角だから貴女も楽しんできなさい>とのことなので。今日の私は何の変哲もないイチ観客です」
と、ヴァンプ様の隣に座り、後ろを振り向く。
「それにしても、彼奴等のすぐ前とは…今からでも運営側に文句付けて席を替えてもらいましょうかね?」
「おいおい。ヒデー事言うなよ、妖夢」
妖夢の悪態に、後ろの白黒少女―――魔理沙が前屈みになって言い返す。
「そんな邪魔者扱いしなくてもいいじゃんか」
「ヴァンプさん、コタロウくん、ジローさん。財布はしっかりと持ってくださいよ。この白黒は幻想郷では知られた
コソ泥です。気を抜けば一瞬で身ぐるみ剥がされますよ」
「そんな事しないって。なあパチュリー、アリス。お前らからも何とか言ってやれよ」
「財布だけじゃなくて、貴金属も気を付けた方がいいわよ」
「食べ物も危険ね。小さな子供のお菓子だろうと、彼女は平気で奪うわ…そこの男の子。フランクフルトは今すぐ
隠しなさい。魔理沙は既に獲物を狙う鷹の目をしているわ」
「ええ!?ダメだよ、これはぼくのだからね!」
「ヒデーぜお前ら!」
魔理沙は天を仰いで嘆くが、これも日頃の行いが悪いからであった。
「妖夢さん…このお嬢さん方は、あなたの御友人で?」
「まあ、友達とそう言えなくもないですね。この油断ならない白黒盗人が霧雨魔理沙。隣のもやしっ子と百合娘
がパチュリー・ノーレッジとアリス・マーガトロイド。その後ろにいるのがメディスン・メランコリーです」
「…アリス?」
その名前を、複雑な表情で呟くジロー。その横顔には、どこか痛みさえ漂っていた。
「おや、どうしましたジローさん。またムッツリ助平な事を考えているのですか?」
「い、いえ…私のよく知る女性と、同じ名前でしたので…気になさらないで下さい」
「ふむ…では、一応あなた方も紹介しておきましょうか。こちらは、外の世界から来た吸血鬼の望月ジローさん
と望月コタロウくんの兄弟。もう一人は善良な悪の将軍ヴァンプさんです」
「あ、どうも。悪の組織フロシャイムの将軍をやってるヴァンプです」
腰を低くして、丁寧に応対するヴァンプ様。社会人の鑑である。
(※善良な悪の将軍って何だよ、と訊かれても作者には答えられません。御了承下さい)
「…おっさん。あんたよく<向いてない>って言われてるんじゃねーか?」
「え!?何で分かったんですか!?」
「いや、だって、なあ…まあいいや。よろしく」
「ええ。よろしくお願いします、お嬢さん方」
ジローが少々気取った仕草で帽子を取り、深く頭を下げる。
「へえ、あなたが望月ジロー?」
パチュリーが興味ぶかげにジローをしげしげと眺める。
「確か、あなたも吸血鬼なのよね?レミィ…レミリアが褒めてたわよ。礼儀正しい若者だって」
「それは光栄です―――貴女は、レミリアと随分親しいようですね」
「まあね。あの子の数少ない友人の一人だと自負しているわ」
そこでパチュリーは、コタロウに視線を移した。
「で、その子が弟のコタロウくん」
「うん、そうだよ!」
朗らかに答えるコタロウ。その愛らしい笑顔に、魔理沙達も一瞬言葉を忘れて魅入ってしまう。
「と、天使のように愛くるしい少年ではありますが、油断しないように。この子は物凄いバカなので話していると
割と頻繁に頭が痛くなります」
「もおー、妖夢ちゃんのイジワル!バカって言う方がバカなんだよ!妖夢ちゃんのバカ!」
「ね、バカでしょう?」
「ああ、バカだな…バーカバーカ」
「バカね。専門用語でいえば⑨だわ」
「バカだわ…チルノ級かも」
「やーい、バカ!漢字で書くと馬と鹿!」
「あ、兄者ぁ~。ぼくはバカじゃないよね!?」
助けを求めて兄に縋るが、ジローは眉間を指で押さえて黙りこくる。うんと言っているも同然であった。
「ヴァンプさーん…」
「え、えっと…コタロウくんは、とっても素直で優しくていい子だと思うの、私」
バカという事は否定しないヴァンプ様であった。
『―――皆様、大変長らくお待たせいたしました』
おバカな会話を断ち切るようなタイミングで拡声機から響く声。
「あれ?これ、文の声じゃないか」
「そういえば、実況アナウンサーに任命されたって言ってたわね。やけに張り切ってたけど…」
同時に会場の照明が全て落とされ、真っ暗になる。
『ただいまより、幻想郷最大トーナメント開会宣言を、主催者である西行寺幽々子様が行います』
ざわめく観客をよそに、スポットライトが闘技場の中央に当たる。
先程まで無人だったそこに、たおやかな女性の姿。
黒き羽根を持つ蝶を無数に侍らせ。
扇を優雅に、幽雅に広げ。
見るもの全てを魅了し、同時に抗えぬ死に誘うような危険な微笑を咲かせて。
西行寺幽々子が、そこにいた。
観客達は皆、亡霊姫の麗しき姿に言葉も忘れて静まり返る。
「わあー。ゆゆちゃん、すっごくキレイ!」
―――約一名、そうでもなかった。
幽々子はその言葉が聴こえたのか、コタロウのいる方角に向けて小さく手を振る。
『え…えー。あの、開会宣言を…』
「ああ、そうね―――とはいっても、長々として偉そうなだけの話なんて誰も聞きたくないでしょうから、手短に
済ませましょうか」
常と変らぬ悠然とした物腰で、幽々子はそうのたまう。
「ますは、厳しい予選を勝ち抜いた選手達を紹介しましょう―――」
スポットライトが幽々子から、入場門へと移動する。
『それでは、全選手入場!』
実況アナウンサー・射命丸文の力強い声が響き、次々に入場門より選ばれた32名の英雄達が姿を現す。
文は声を張り上げ、昨夜寝ずに考えた選手達の紹介文を力の限り叫んだ。
風の神は生きていた!! 山の妖怪からの信仰心で古き神性が甦った!!!
闘神!! 八坂神奈子(やさか・かなこ)だァ――――!!!
百鬼夜行はすでに私が完成させている!!
山の四天王が一角・伊吹萃香(いぶき・すいか)だァ――――!!!
大事なモノだろうが何だろうが落としまくってやる!!
毘沙門天の弟子・意外とドジっ子 寅丸星(とらまる・しょう)だァッ!!!
弾幕の撃ち合いなら我々の歴史がものを言う!!
楽園の素敵な巫女 脇のチラ見せがトレンド 博麗霊夢!!!
学会に魔法の力を知らしめたい!!
岡崎夢美(おかざき・ゆめみ)だァ!!!
担当は秋の神だが弾幕ごっこなら全季節が私のものだ!!
秋静葉(あき・しずは)だ!!!
日光対策は完璧だ!! 紅き吸血鬼 レミリア・スカーレット!!!!
帽子の中に本体なんかいない!!
古の祟り神・ミシャグジ様が来たッ 洩矢諏訪子(もりや・すわこ)!!!
タイマンなら絶対に敗けん!!
最強妖怪・鬼のケンカ見せたる 四天王が一人・怪力乱心 星熊勇儀だ!!!
バーリ・トゥード(なんでもあり)ならこいつが怖い!!
奇跡を起こせ 東風谷早苗(こちや・さなえ)!!!
妖精の湖から彼女が上陸だ!!
参戦理由は氷の妖精に誘われて 名前はまだない 大妖精!!!
人気者になりたいからここに来たのだ!!
不人気姉妹の意地を見せてやる!!秋穣子(あき・みのりこ)!!!
めい土の土産に優勝とはよく言ったもの!!
悪霊の奥義が今 実戦でバクハツする!! 怨念の大悪霊 魅魔(みま)だ―――!!!
九尾狐こそが最強妖怪の代名詞だ!!
まさかこの狐がきてくれるとはッッ 八雲藍(やくも・らん)!!!
闘いたいからここまできたッ 本名・キャリア一切不明!!!!
紅魔館のプリティ・デビル 小悪魔だ!!!
我々は妖怪最速ではない幻想郷で最速なのだ!!
白狼天狗・犬走椛(いぬばしり・もみじ)!!!
ドッキリの本場は今や命蓮寺にある!! 私に驚いてくれる奴はいないのか!!
<付喪神(つくもがみ)>多々良小傘(たたら・こがさ)だ!!!
厄(ヤク)ゥゥゥゥい!! 説明不要!!! クルクル廻るぞ
厄神様・鍵山雛(かぎやま・ひな)!!
死体運びは実戦で使えてナンボのモン!!!…なのか!?
地底から火焔猫燐(かえんびょう・りん)の登場だ!!!
優勝は私のもの 邪魔するやつは焼き尽くすだけ!!
地底のおバカ代表 地に鎖されし神の火 霊烏路空(れいうじ・うつほ)!!!
自分を試しに幻想郷へきたッ!!
空気を読んだ上で破壊するッ 永江衣玖(ながえ・いく)!!!
弾幕に更なる磨きをかけ 魔界の支配者・神綺(しんき)が帰ってきたァ!!!
今の自分に死角はないッッ!!
完全で瀟洒な従者 十六夜咲夜(いざよい・さくや)!!
中国四千年の拳技が今ベールを脱ぐ!!
紅魔館から 紅美鈴(ホン・メイリン)だ!!!
不老不死となった私はいつでも全盛期だ!!
かぐや姫こと 蓬莱山輝夜(ほうらいさん・かぐや) 本名で登場だ!!!
警察の仕事はどーしたッ 旧作の炎 未だ消えずッ!!
補導も検挙も思いのまま!! 小兎姫(ことひめ)だ!!!
特に理由はないッ 死神が強いのは当たりまえ!!
映姫様にはないしょだけど彼女は審判だからモロバレだ!!!
小野塚小町(おのづか・こまち)がきてくれた―――!!!
神綺様の元で磨いた実戦弾幕!!
魔界のデンジャラス・メイド 夢子だ!!!
実戦だったらこの人を外せない!! 超ドS級妖怪 風見幽香だ!!!
超一流イタズラっ子の超一流のトラップだ!! 生で拝んでオドロキやがれッ
永遠亭の問題児!!! 因幡(いなば)てゐだ!!!
幻想郷はこの女が完成させた!!
境界の妖怪!! 幻想郷のナチュラルボーン・チーター(天然イカサマ師) 八雲紫だ!!!
幻想郷にコイツがやってきたッ
溝ノ口発の真っ赤なヒーローッッ
我々はこの漢を待っていたのかもしれないッッッ 天体戦士サンレッドの登場だ―――ッ
「―――さあ、以上32名の選手達!」
ずらりと並んだ勇者達に向け、幽々子が声を嗄らさんばかりに激励する。
「幻想郷最大トーナメント…優勝の栄冠を目指して、力の限り突き進みなさい!」
―――<幻想郷最大トーナメント>。
これは紛う事なき幻想郷史上に残る一大戦争として、歴史に深く刻み込まれる事となるのだった。
太陽と入れ替わりに、月の光が静かに大地を照らす頃。
燦々と輝く照明が、幻想郷最大トーナメントの舞台である闘技場を明るく彩る。
「いやーしかし、大した盛り上がりだぜ。よくこれだけ集まったもんだ」
既に満員と化した客席の一角で、一人の少女が呆れとも感心とも取れる呟きを漏らす。
真っ黒いトンガリ帽子に、魔法使いが着るような古めかしい白黒の衣装。気の強そうな瞳が印象に残る少女だ。
<普通の魔法使い>霧雨魔理沙(きりさめ・まりさ)―――<楽園の素敵な巫女>博麗霊夢と共に数多くの異変を
解決してきた英傑であり、この幻想郷では知らぬ者はいない悪童である。
<彼女に物を貸したら死ぬまで戻らない>は幻想郷の常識だ。実にジャイアニズム溢れる少女である。
「これだけ大掛かりな催しも珍しいからね…ま、ヒマ人が多いってのもあるでしょうけど」
体調が芳しくないのか、時折小さく咳込みながら魔理沙の左隣に座るパチュリー・ノーレッジが答えた。
紅魔館・地下大図書館の管理人にして魔法使いとしても名高い彼女は、魔理沙ともそれなりに親交がある。
話の合う同業者・気の置けない友人といった所だろう。なお、彼女は魔理沙のジャイアニズムの一番の被害者でも
ある。今や図書館の蔵書の1/4は魔理沙に借りパクされているのだ。
「そういやパチュリーは出ないでよかったのか?紅魔館の連中はお嬢様以外にも出場してんだろ」
「私はパス。レミィの特訓に付き合って疲れたせいか、喘息の調子もよくないし」
「特訓?あのお嬢が?」
「ほら、外の世界から来たっていうヒーローがいるでしょ?そいつと揉めたらしくて、妙にやる気なのよ」
「あ。その話だったら、私も幽香から聞いた!」
毒人形のメディスン・メランコリーが、魔理沙の後ろの席から身を乗り出して話に加わる。
「予選が終わった後も、なんかレミリアお嬢が突っかかってたみたいよ。相当仲が悪いんじゃないかしら」
「はぁ~…しかし、それだけお嬢様の機嫌を損ねてて生きてるなんざ、大したもんだな」
―――幼い子供そのままの容姿と言動からは想像し難いものの、大吸血鬼レミリア・スカーレットの評判は非常に
剣呑かつ物騒なものだ。
平穏無事でいたいのならば、決して関わるな―――
百万の軍勢を敵に回そうとも、彼女だけは敵に回すな―――
味方にさえ、回してはならない―――
「なーに言ってるのよ。吸血鬼がいようとヒーローがいようと、優勝は幽香で決まりよ!ねえ、魔理沙だってそう思う
でしょ?」
「あー?まあ、あいつならいいトコまで行くんじゃねーの?」
「気のない返事ねえ。パチュリーはどう思う?幽香が勝つよね」
「悪いけど、私はレミィを推しとくわ。同居人だしね」
「ちぇ~。こうなったらアリス、二人で幽香を応援しようね!」
「…………」
「あれ?アリス?」
「…………」
魔理沙の右隣に座っている、これまで押し黙っていた少女―――アリス・マーガトロイドは、どんよりとした目を
メディスンに向ける。
目の覚めるような見事な金の髪に、海のような蒼い瞳。人形のように整った顔立ちと、人形のように物静かな彼女
は、今は勝手に髪の毛が伸びた人形の如き陰鬱なオーラを発していた。
「メディスン…私ね、最初は魔理沙を誘ったの」
「うん」
「<二人きり>で観戦するつもりだったのよ…でも魔理沙ったら<ならパチュリーも誘おうぜ>なんて言い出して。
おまけに会場の入り口でばったり貴女に会って…魔理沙と二人きりの夜はどうなったのよぉぉぉぉぉ!」
そう―――<七色の人形遣い>アリス・マーガトロイド。
何を隠そう百合畑の住人であり、魔理沙に恋する純情(?)な乙女である。
その想いが届いているとは、お世辞にも言い難い。
「いいじゃんか。たくさんいた方が楽しいぜ?」
対する魔理沙は飄々としたものである。パチュリーは同情とも憐憫とも取れる視線をアリスに注いだ。
「アリス…悪いこと言わないから、真っ当な恋をしなさい。今のままじゃ、幸せになれないわよ」
「え、恋?何だよアリス、お前も女の子だなー。相手は誰だよ。もしかして私の知ってる奴?」
この有様である。アリスは涙目で地面にのの字を書き始めた。
「恋…?ねえ。恋って何?」
頭上に?を浮かべてメディスンが問う。生まれて間もない彼女には、分からない事も多いのである。
パチュリーは苦笑しながら答えた。
「要するに、誰かの事を好きってこと」
「あ、だったら私も恋してるよ」
「へえ、誰にだ?」
「えっとね、幽香でしょ。それに魔理沙にパチュリーにアリス。あと、霊夢に…」
「あのな、メディスン。恋ってのはそういうんじゃなくて…」
「いいのよ、魔理沙」
勘違いを正そうとした魔理沙を遮り、パチュリーはメディスンへ優しい視線を送る。
「その純粋な気持ちを大事にしなさい、メディスン…アリスみたいになったら、もう戻れないから…」
パチュリーは、慈しむように微笑み、語りかける。
「よく聞きなさいね…貴女の<好き>と、アリスの<好き>は違うの。アリスのそれはもっとこうネッチョリしていて
グチャグチャしてドロドロして陰湿なの。アリスが目指すのは、百合という名の大海なのよ…」
「パチュリー…あんた、もしかしなくてもケンカ売ってるでしょう?」
「いいえ、そんな事はゴザイマセン。ただメディスンの穢れ無き魂を百合色に染めてはならないと使命感に燃えて
いるだけよ」
「きーっ!やっぱバカにしてるじゃない!」
―――年頃の乙女達の会話を、これ以上晒すのは控えよう。
彼女らの名誉のためにも。
さて、我等がヴァンプ様を始めとする川崎市より来たる面々は、魔理沙達のすぐ前の席にいた。
実に漫画的な偶然である。
「いやあ、女の子達は賑やかで微笑ましいですね」
ニコニコしながらヴァンプ様はそう語る。別に会話を盗み聞きしていたわけではなく、声が大きいので嫌でも耳に
入るだけである。
なお彼は、百合だの何だのの意味はちっとも分かっておりません。
「でも兄者、ユリってどういう意味?」
ケチャップをたっぷり付けたフランクフルトを頬張りながら、コタロウは答えに困る問いを発する。
「…きっと百合の根っこの調理法の事を話しているのですよ、コタロウ」
「え?百合の根って食べられるの!?」
「食べられますとも。そうですよね、ヴァンプ将軍」
「ええ、ホクホクしててとっても美味しいですよね。茶碗蒸しに入れるといい感じです」
「うわあー。ぼくも食べてみたいなあ」
「じゃあ今度作ってあげるよ。ユリ根入りの茶碗蒸し」
「ほんと!?ヴァンプさん、大好き!」
吸血鬼×2・悪の将軍×1とも思えぬほんわかした平和な会話であった。
そこに、涼やかな気配と共に冷然とした声。
「―――ユリ根は茹で立てホヤホヤにマヨネーズを付けて食すのが私のジャスティス。なお、幽々子様は生でも
平気でボリボリ食べます」
―――言ってる内容は酷いものであった。
「あ、妖夢ちゃんじゃないですか。幽々子さんの傍にいなくてよろしいんですか?」
「ええ。<折角だから貴女も楽しんできなさい>とのことなので。今日の私は何の変哲もないイチ観客です」
と、ヴァンプ様の隣に座り、後ろを振り向く。
「それにしても、彼奴等のすぐ前とは…今からでも運営側に文句付けて席を替えてもらいましょうかね?」
「おいおい。ヒデー事言うなよ、妖夢」
妖夢の悪態に、後ろの白黒少女―――魔理沙が前屈みになって言い返す。
「そんな邪魔者扱いしなくてもいいじゃんか」
「ヴァンプさん、コタロウくん、ジローさん。財布はしっかりと持ってくださいよ。この白黒は幻想郷では知られた
コソ泥です。気を抜けば一瞬で身ぐるみ剥がされますよ」
「そんな事しないって。なあパチュリー、アリス。お前らからも何とか言ってやれよ」
「財布だけじゃなくて、貴金属も気を付けた方がいいわよ」
「食べ物も危険ね。小さな子供のお菓子だろうと、彼女は平気で奪うわ…そこの男の子。フランクフルトは今すぐ
隠しなさい。魔理沙は既に獲物を狙う鷹の目をしているわ」
「ええ!?ダメだよ、これはぼくのだからね!」
「ヒデーぜお前ら!」
魔理沙は天を仰いで嘆くが、これも日頃の行いが悪いからであった。
「妖夢さん…このお嬢さん方は、あなたの御友人で?」
「まあ、友達とそう言えなくもないですね。この油断ならない白黒盗人が霧雨魔理沙。隣のもやしっ子と百合娘
がパチュリー・ノーレッジとアリス・マーガトロイド。その後ろにいるのがメディスン・メランコリーです」
「…アリス?」
その名前を、複雑な表情で呟くジロー。その横顔には、どこか痛みさえ漂っていた。
「おや、どうしましたジローさん。またムッツリ助平な事を考えているのですか?」
「い、いえ…私のよく知る女性と、同じ名前でしたので…気になさらないで下さい」
「ふむ…では、一応あなた方も紹介しておきましょうか。こちらは、外の世界から来た吸血鬼の望月ジローさん
と望月コタロウくんの兄弟。もう一人は善良な悪の将軍ヴァンプさんです」
「あ、どうも。悪の組織フロシャイムの将軍をやってるヴァンプです」
腰を低くして、丁寧に応対するヴァンプ様。社会人の鑑である。
(※善良な悪の将軍って何だよ、と訊かれても作者には答えられません。御了承下さい)
「…おっさん。あんたよく<向いてない>って言われてるんじゃねーか?」
「え!?何で分かったんですか!?」
「いや、だって、なあ…まあいいや。よろしく」
「ええ。よろしくお願いします、お嬢さん方」
ジローが少々気取った仕草で帽子を取り、深く頭を下げる。
「へえ、あなたが望月ジロー?」
パチュリーが興味ぶかげにジローをしげしげと眺める。
「確か、あなたも吸血鬼なのよね?レミィ…レミリアが褒めてたわよ。礼儀正しい若者だって」
「それは光栄です―――貴女は、レミリアと随分親しいようですね」
「まあね。あの子の数少ない友人の一人だと自負しているわ」
そこでパチュリーは、コタロウに視線を移した。
「で、その子が弟のコタロウくん」
「うん、そうだよ!」
朗らかに答えるコタロウ。その愛らしい笑顔に、魔理沙達も一瞬言葉を忘れて魅入ってしまう。
「と、天使のように愛くるしい少年ではありますが、油断しないように。この子は物凄いバカなので話していると
割と頻繁に頭が痛くなります」
「もおー、妖夢ちゃんのイジワル!バカって言う方がバカなんだよ!妖夢ちゃんのバカ!」
「ね、バカでしょう?」
「ああ、バカだな…バーカバーカ」
「バカね。専門用語でいえば⑨だわ」
「バカだわ…チルノ級かも」
「やーい、バカ!漢字で書くと馬と鹿!」
「あ、兄者ぁ~。ぼくはバカじゃないよね!?」
助けを求めて兄に縋るが、ジローは眉間を指で押さえて黙りこくる。うんと言っているも同然であった。
「ヴァンプさーん…」
「え、えっと…コタロウくんは、とっても素直で優しくていい子だと思うの、私」
バカという事は否定しないヴァンプ様であった。
『―――皆様、大変長らくお待たせいたしました』
おバカな会話を断ち切るようなタイミングで拡声機から響く声。
「あれ?これ、文の声じゃないか」
「そういえば、実況アナウンサーに任命されたって言ってたわね。やけに張り切ってたけど…」
同時に会場の照明が全て落とされ、真っ暗になる。
『ただいまより、幻想郷最大トーナメント開会宣言を、主催者である西行寺幽々子様が行います』
ざわめく観客をよそに、スポットライトが闘技場の中央に当たる。
先程まで無人だったそこに、たおやかな女性の姿。
黒き羽根を持つ蝶を無数に侍らせ。
扇を優雅に、幽雅に広げ。
見るもの全てを魅了し、同時に抗えぬ死に誘うような危険な微笑を咲かせて。
西行寺幽々子が、そこにいた。
観客達は皆、亡霊姫の麗しき姿に言葉も忘れて静まり返る。
「わあー。ゆゆちゃん、すっごくキレイ!」
―――約一名、そうでもなかった。
幽々子はその言葉が聴こえたのか、コタロウのいる方角に向けて小さく手を振る。
『え…えー。あの、開会宣言を…』
「ああ、そうね―――とはいっても、長々として偉そうなだけの話なんて誰も聞きたくないでしょうから、手短に
済ませましょうか」
常と変らぬ悠然とした物腰で、幽々子はそうのたまう。
「ますは、厳しい予選を勝ち抜いた選手達を紹介しましょう―――」
スポットライトが幽々子から、入場門へと移動する。
『それでは、全選手入場!』
実況アナウンサー・射命丸文の力強い声が響き、次々に入場門より選ばれた32名の英雄達が姿を現す。
文は声を張り上げ、昨夜寝ずに考えた選手達の紹介文を力の限り叫んだ。
風の神は生きていた!! 山の妖怪からの信仰心で古き神性が甦った!!!
闘神!! 八坂神奈子(やさか・かなこ)だァ――――!!!
百鬼夜行はすでに私が完成させている!!
山の四天王が一角・伊吹萃香(いぶき・すいか)だァ――――!!!
大事なモノだろうが何だろうが落としまくってやる!!
毘沙門天の弟子・意外とドジっ子 寅丸星(とらまる・しょう)だァッ!!!
弾幕の撃ち合いなら我々の歴史がものを言う!!
楽園の素敵な巫女 脇のチラ見せがトレンド 博麗霊夢!!!
学会に魔法の力を知らしめたい!!
岡崎夢美(おかざき・ゆめみ)だァ!!!
担当は秋の神だが弾幕ごっこなら全季節が私のものだ!!
秋静葉(あき・しずは)だ!!!
日光対策は完璧だ!! 紅き吸血鬼 レミリア・スカーレット!!!!
帽子の中に本体なんかいない!!
古の祟り神・ミシャグジ様が来たッ 洩矢諏訪子(もりや・すわこ)!!!
タイマンなら絶対に敗けん!!
最強妖怪・鬼のケンカ見せたる 四天王が一人・怪力乱神 星熊勇儀だ!!!
バーリ・トゥード(なんでもあり)ならこいつが怖い!!
奇跡を起こせ 東風谷早苗(こちや・さなえ)!!!
妖精の湖から彼女が上陸だ!!
参戦理由は氷の妖精に誘われて 名前はまだない 大妖精!!!
人気者になりたいからここに来たのだ!!
不人気姉妹の意地を見せてやる!!秋穣子(あき・みのりこ)!!!
めい土の土産に優勝とはよく言ったもの!!
悪霊の奥義が今 実戦でバクハツする!! 怨念の大悪霊 魅魔(みま)だ―――!!!
九尾狐こそが最強妖怪の代名詞だ!!
まさかこの狐がきてくれるとはッッ 八雲藍(やくも・らん)!!!
闘いたいからここまできたッ 本名・キャリア一切不明!!!!
紅魔館のプリティ・デビル 小悪魔だ!!!
我々は妖怪最速ではない幻想郷で最速なのだ!!
白狼天狗・犬走椛(いぬばしり・もみじ)!!!
ドッキリの本場は今や命蓮寺にある!! 私に驚いてくれる奴はいないのか!!
<付喪神(つくもがみ)>多々良小傘(たたら・こがさ)だ!!!
厄(ヤク)ゥゥゥゥい!! 説明不要!!! クルクル廻るぞ
厄神様・鍵山雛(かぎやま・ひな)!!
死体運びは実戦で使えてナンボのモン!!!…なのか!?
地底から火焔猫燐(かえんびょう・りん)の登場だ!!!
優勝は私のもの 邪魔するやつは焼き尽くすだけ!!
地底のおバカ代表 地に鎖されし神の火 霊烏路空(れいうじ・うつほ)!!!
自分を試しに幻想郷へきたッ!!
空気を読んだ上で破壊するッ 永江衣玖(ながえ・いく)!!!
弾幕に更なる磨きをかけ 魔界の支配者・神綺(しんき)が帰ってきたァ!!!
今の自分に死角はないッッ!!
完全で瀟洒な従者 十六夜咲夜(いざよい・さくや)!!
中国四千年の拳技が今ベールを脱ぐ!!
紅魔館から 紅美鈴(ホン・メイリン)だ!!!
不老不死となった私はいつでも全盛期だ!!
かぐや姫こと 蓬莱山輝夜(ほうらいさん・かぐや) 本名で登場だ!!!
警察の仕事はどーしたッ 旧作の炎 未だ消えずッ!!
補導も検挙も思いのまま!! 小兎姫(ことひめ)だ!!!
特に理由はないッ 死神が強いのは当たりまえ!!
映姫様にはないしょだけど彼女は審判だからモロバレだ!!!
小野塚小町(おのづか・こまち)がきてくれた―――!!!
神綺様の元で磨いた実戦弾幕!!
魔界のデンジャラス・メイド 夢子だ!!!
実戦だったらこの人を外せない!! 超ドS級妖怪 風見幽香だ!!!
超一流イタズラっ子の超一流のトラップだ!! 生で拝んでオドロキやがれッ
永遠亭の問題児!!! 因幡(いなば)てゐだ!!!
幻想郷はこの女が完成させた!!
境界の妖怪!! 幻想郷のナチュラルボーン・チーター(天然イカサマ師) 八雲紫だ!!!
幻想郷にコイツがやってきたッ
溝ノ口発の真っ赤なヒーローッッ
我々はこの漢を待っていたのかもしれないッッッ 天体戦士サンレッドの登場だ―――ッ
「―――さあ、以上32名の選手達!」
ずらりと並んだ勇者達に向け、幽々子が声を嗄らさんばかりに激励する。
「幻想郷最大トーナメント…優勝の栄冠を目指して、力の限り突き進みなさい!」
―――<幻想郷最大トーナメント>。
これは紛う事なき幻想郷史上に残る一大戦争として、歴史に深く刻み込まれる事となるのだった。
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