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"4"><b>AnotherAttraction BC 第十一話「火蓋」</b></font>
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<br>
―――爆発より約三時間前。<br>
<br>
イヴは涙の跡を貼り付けたまま人の溢れる大通りを歩いていた。<br>
周囲に溢れる何一つ、心の暗雲を晴らす事など無いと知りつつも彼女はそれを求めてただ歩く。<br>
その間も、スヴェンの言葉が幾度も幾度も木霊し、彼女の心を責め刻む。<br>
〝……どうして…?〟<br>
心の中の今先刻の彼に、無駄を承知で問い掛けた。だがやはり答えは返って来ない。ただ冷たいリフレインが寄せては返す波の様に<br>
突き刺さるだけだ。<br>
〝…ひとりぼっちは嫌だよ……〟<br>
『………俺達の旅には連れて行けない』<br>
『…お前は絶対に死ぬ…』<br>
『これがお前の限界だ、イヴ』<br>
問うと返って来るのは決まって残酷な拒絶。それしか無いのはそれ以上聞かなかったからだ。<br>
ならば訊きに行くか? ともすれば或いは、笑顔で悪ふざけを詫びてくれるかもしれない。もしかしたら変心するかもしれない。<br>
―――だが、現実は飽くまで冷たいのだ。そんな事は有り得ないと、彼女自身が一番弁える事ではないか。<br>
<br>
イヴは雑踏の中で足を止めた。それでも周りは歩みも談笑も止めようとはしない。<br>
独りだ。何処までも独りだ。<br>
見渡せば其処には家族連れが居る。または友達同士が居る。或いは恋人同士が居る。周囲の誰にも分かち合える仲間が居る。<br>
その中で、たった一人の自分は世界にすら取り残された様な気分だった。<br>
…また、俯く眼から涙が零れ落ちた。…一つ、二つ、三つ………そして後は雨の様に。<br>
何をどうすればいいのか判らなかった。この底無しの寂寥感を前に、寂し過ぎる諦観を持て余すより無かった。<br>
この深い孤独、かつては世界はこうだと諦めていたから耐えられた。<br>
しかし今は、そうでは無いと知った。暖かいものも有った、優しいものも有った、心惹かれるものも有った。<br>
それを知ってしまったから、最早この寒風に耐える事など出来はしない。<br>
『……足手纏いは要らない』<br>
また言葉が、鋭く突き刺さった。<br>
〝スヴェン……わたし、要らないの………?〟<br>
絶望の悪循環が、彼女を更なる思考の暗闇へと引きずり込んで行った。<br>
「…………お嬢ちゃん、迷子か?」<br>
突然の呼び掛けに気付くと、髭面の大男が体を縮めてイヴを覗き込んでいた。<br>
服装を見るに、そこいら中で店を構える屋台の店主の一人だと言う事が見て取れる。<br>
「…え……」<br>
「父ちゃん達とはぐれたか? 全く、祭りの時は子供の手を離しちゃいけねえってえのに……」<br>
そう言ってイヴの手を引き、近くの警備員の所に引っ張って行こうとした。<br>
「………え…あ、あの……その、ちょっと……」<br>
「ま、なーにすぐ見付かるから安心して………」<br>
「………い…いえ、その……違います!」<br>
先刻の心象も忘れ、慌てて見識の違いを男に告げる。<br>
「んあ?」<br>
「あの……別にわたし迷子じゃないです」<br>
実際この街の地理は地図を見ただけで完璧に物にした。確かに当て所無く彷徨ったが、此処からでもマリアの家まで普通に帰れる。<br>
その気になればスーパーコンピュータ以上の働きが出来る頭脳に、迷うなどは有り得ない。<br>
「ん~? そうか。なら何だってまた泣いてんだお嬢ちゃん?」<br>
「……あ」<br>
事情を知らぬ為遠慮抜きの質問に、彼女はまた表情を陰らせた。一瞬忘れたあのどうしようもない感覚がまた彼女の胸に押し寄せる。<br>
だがその沈み込む彼女を見て、<br>
「…お嬢ちゃん、ちょっと此処で待ってな」<br>
そう言い残して男は彼女から離れると、串に刺した焼き林檎を幾つか握って戻って来た。切った林檎の表面に香ばしく<br>
焼き付けたカラメルが、実に食欲をそそる香を放つ。<br>
「ほれ」<br>
と、握らされたそれは、どう見ても男の屋台で売っている物だ。<br>
「あ……あの…」<br>
「あー、良い良い金なんざ。持ってけ持ってけ。<br>
……何処の悪ガキに苛められたか知らねえけどよ、可愛いんだからしょぼくれてんのは似合わねえぜ」<br>
目線を彼女の高さにし、笑顔で彼女の頭を撫でた。<br>
事情を勝手に解釈したらしいが、それでも其処には彼女の哀感への優しさが有った。「お嬢ちゃん、これも持ってけ」<br>
男とは別方向の声に振り向くと、似た様な服の若い男が焼き菓子を突き出した。そしてそれを皮切りに、あちこちの暇になった<br>
屋台から人種も性別も年齢も様々な店主達が当惑する彼女に売り物を次々と寄越した。<br>
どうやら一部始終彼らの見る所だったらしく、その全てが彼女の消沈の様を慰めてやりたくて斯くなる事態に及んだのだ。<br>
……間も無く彼女の手の中には、抱え切れないほどのお菓子が花束よろしく大挙した。<br>
「…いやー、ゲンさんがこの娘に声掛けてる時はあたしゃ年甲斐も無くナンパかと…」<br>
「かみさんに黙っとく仲にゃ若過ぎねえか?」「ひゃはは、違え無ぇ」<br>
「こきゃあがれ馬鹿共。俺みてえな善人に下心が有る訳ゃ無えだろうが」<br>
そして割れんばかりに笑い出す彼らを前に、イヴはどうして良いか判らなかった。しかしそれは決して焦燥や困惑とは縁遠い。<br>
根本的なものは拭えなくとも、間違い無く彼らの一助は彼女の胸に暖かだった。<br>
「ま、腹も一杯になりゃあそう泣くほどの事でも無えって判らあな。良くは判らねえが気にすんな、な?」<br>
そう言って頭を撫でると、彼らはそれぞれの屋台へと帰っていく。<br>
「あ………あの!」<br>
その背中を、イヴは今出来る限りの精一杯の元気で呼び止めた。<br>
「………本当に…本当に、ありがとうございます!」<br>
それを見た彼らは、皆一様に笑ってその場を後にした。<br>
<br>
「………お姉ちゃん! ―――…って、うっわ何それ!?」<br>
ようやく彼女を見つけたシンディは、その腕一杯に抱えられた菓子に驚いた。<br>
「――――――そっかあ…美人ていいなー」<br>
手近の植え込みの縁に腰掛け、同様に座るイヴの手から菓子を取りながらシンディは羨ましそうに呟いた。<br>
だがイヴの貌は余りその事を喜んでいる風には見えない。彼らの笑顔が一過して、また本来の苦悩を思い出したのだ。<br>
「……お姉ちゃん、気にしなくていいと思うよあたしも。<br>
おじちゃんちょっと意地悪しただけかもしれないもん」<br>
彼女の様を見たシンディが何とか慰めようと幸せな想像をするが、イヴにはそれが所詮想像止まりだと言う事を心得ていた。<br>
「……あ…あのさ、良く判んないけどさ、おじちゃん酷いよね。お姉ちゃんの事悲しませてさ、ごめんの一言も無いんだもん。<br>
あれじゃ女の子にもてないよねー」<br>
無理して気遣うが、やはりそれには何の効果も無い。<br>
「それにママもさー、お姉ちゃんの味方してくれてもいいと思うのに……」「シンディ」<br>
続く筈のシンディの言葉を、イヴが急に断ち切った。<br>
「……シンディも、知ってたよね。スヴェンがああ言う事」<br>
「え…?」<br>
<br>
話題の矛先が自分に向かってくるとは思わなくて、彼女は動揺を露わにした。<br>
「あ…と、その……何? お姉ちゃん」<br>
「ううん、別に責める訳じゃ無いから安心していいよ。ただ、教えて。<br>
何でシンディは、三日も前に知ってたの?」<br>
それを言われてシンディは硬直した。イヴの言うのは紛れも無くオリガミに興じていたあの部屋での事だ。<br>
<br>
『おじちゃんはお姉ちゃんの事が好きだから……嫌わないでね』<br>
<br>
ついうっかり洩らしてしまったその言葉を、イヴは憶えていたのだ。<br>
今度はシンディの表情が沈む。二人がこうなると、流石に領域そのものが一気に落ち込んだ。<br>
だが、決心した様に溜息一つ吐くとその顔のままイヴを覗き込んだ。<br>
「……お姉ちゃん、実はねあたし…ママにも秘密にしてる事があるの」<br>
一句一句念を押す様に話す彼女を見て、かなり真面目な話であろう事が窺えた。<br>
「…パパが生きてたときにね、言われたの……」<br>
昼前の公園には、秋晴れの清々しい太陽が季節を移りゆく木々に名残の陽光を降り注いでいた。<br>
はらはらと歩道に舞い落ちる木の葉は、花弁や雪の趣と違って全てをノスタルジックに彩って行く。<br>
「パパ、こっちこっち!」<br>
その木の葉を蹴飛ばして、小さく元気な足音が更に元気な声でゆっくりと歩いてくる青年を呼んだ。<br>
細君に「偶には私の苦労を味わって見なさい」と娘を押し付けられたロイドだったが、愛しい娘と一緒のこの時間に<br>
苦労など有る訳が無い。寧ろ彼女の小動物の様な可愛らしい躍動と生命力溢れる仕草に、殺伐とした世界に傷付けられた心が<br>
癒されていく様だ。<br>
そんな風に心を風景に漂わせていると、不意に子供の泣き声が耳に入った。<br>
シンディか? と思い目を向けると…………彼女は明らかに年上であろう少年を、先端に毛虫がぶら下がった小枝で追い駆け回していた。<br>
「うわああぁぁ! 何やってるんだシンディ!! 止めなさい、早く!!!」<br>
そしてその少年の両親に平身低頭していると、今度はパンダ模様に塗られた野良犬が急き立てられる様にロイドの横を駆け去る。<br>
その後を追うのは有ろう事か、からからと笑いながら複数のマジックを握る愛娘ではないか。<br>
「な…」<br>
少年の両親と共に、水飲み場を中心にぐるぐる回る一人と一匹を唖然としながら見入っていると……如何にもな不良達が<br>
年不相応に肩で風を切ってぞろぞろとやって来た―――――が、<br>
「……お……おい、アレ…」<br>
と、一人が震える指でシンディを示す。<br>
それに気付いたか、彼女は犬とのトラック競走を止めて彼らへと振り向いた。<br>
「にっ……逃げろ―――――ッッ!!!」<br>
その中で一番大柄で悪そうな少年が、叫ぶや血相を変えて元来た方へと駆け出した。他の仲間達に到っては殆ど転びそうになりながら<br>
逃げる有り様だ。<br>
〝…一体、何が……ッッツッ!!!〟<br>
もう唖然どころではない、ロイドは嫌な汗が湧くと同時に膝から力が抜けて跪いた。その彼の肩に、少年の父親が優しげに手を置く。<br>
「…気を……落とさないで下さい」<br>
詫びるべき相手にすら慰められ、ロイドはもう泣きたい気分だった。<br>
改めて散歩を再開すると、今度はしっかりと手を繋いでいた。<br>
シンディは不自由さにいまいちご機嫌斜めだが、彼女の無茶苦茶な行動力を目の当たりにした今となってはこの手を離せなかった。<br>
〝……マリア、この娘は全く以って君の子だよ…〟<br>
心の中で呟きながら長嘆息する。普段仕事の所為で余り構ってやれないが、その普段の彼女を知りたいようでも有り知りたくない<br>
ようでも有り、ともあれ間違い無くマリアはこの愛嬌溢れる危険物に手を焼いているであろう事が判る。<br>
やっぱり男親がしっかりしていないといけないのかなぁ…とぼんやり思案していたその時、<br>
「ねえパパ、おねがいがあゆの」<br>
シンディがいきなり袖を引いてロイドを呼んだ。<br>
「だぁ~め、悪いけどしばらく離してあげない」<br>
「ちがうの。ちょっとしゃがんれ」<br>
意外な事に彼女は、自由になりたいのではなく別件を提示した。<br>
「…何で? 何か有ったのかい?」<br>
「ないしょのおはなし。らからみみかして」<br>
言いながら自由な片手を口に添えてロイドを見上げた。<br>
初めこそはこれもお転婆の一環なのではないかと思ったが、自分の娘をこれ以上警戒するのは流石に宜しくないと思ったのだろう。<br>
仕方ないな、と彼女に耳を傾けた次の瞬間、<br>
<br>
―――ロイドの頭が一瞬前まで有った空間を、硬球が通過した。<br>
<br>
「な……ええ!?」<br>
「す…っ、済みません! 大丈夫ですか?」<br>
キャッチボールの最中だったのだろう、グローブを左手に付けた少年が詫びながら駆け寄って来た。<br>
だがロイドの頭の中では、その少年に応じながら全く別の事に思考を巡らせる。<br>
〝………まさか…〟<br>
それが形になっていったのは、目端で見下ろすシンディが明らかに安堵しているからだった。<br>
「…あたしね…少し先のことがね、見えるんだ…」<br>
父親譲りの光が零れる様なライトブルーの瞳が、僅かにくすんで見えた。<br>
「だからパパ、居なくなる前にあたしに言ったの。<br>
『この事は誰にも、ママにも言ってはいけない。<br>
でも、もしどうしても言わなくてはならない時が有ったら、これだけは守って欲しい。<br>
信じて絶対に後悔しない人にだけ話す。いいね?』<br>
……って」<br>
ああ、とイヴも得心した。<br>
確かにそんな能力が人に知れれば、利用しようとする胡乱な輩は老若男女問わず世の中ごまんと居る。自身がそうであった様に、<br>
自分以外の命が物にしか見えない連中には、異能は忌避でも嫌悪でもなく利潤と映るのだ。<br>
「…だからごめんねお姉ちゃん、あんまり先のことだとどうしていいか判んないんだもん」<br>
それについても責める気にはなれなかった。<br>
多分は彼女なりに何とかしたいと思ったのだろうが、何時だか上手く判別し辛い一コマを見ただけではその状況になるまで判るまい。<br>
あのカフェで、スヴェンの台詞に先んじて席を立ったのはそう言う事だろう。<br>
「……良かったの? わたしに話して」<br>
だからこそ訊いた。<br>
勿論イヴにシンディを利用するつもりなど無いが、斯様な大事を云わせたのは他意無くとも彼女の言葉だ。<br>
「うん」<br>
しかしシンディは、秘事を告げた様には見えないはっきりとした首肯を示す。<br>
「え……どうして?」<br>
「だって、お姉ちゃんだったら信じてもこーかいしないもん」<br>
疑念など微塵も含有しない、新雪の如く純真な微笑だった。<br>
その二人の会話を、マリアは遠くから見ていた。<br>
会話そのものが聞けるほど彼女の聴覚は鋭敏では無いが、唇を読めば事足りる。<br>
娘の意外な秘密に少々驚いたが、それも夫の不思議な捜査力を照らし合わせれば十全に到る事だった。<br>
〝…だからか。本当に貴方の娘なのねぇ、あの娘〟<br>
少し寂しい気もしたが、ロイドが娘に緘口令を敷いたのは決して悪気が有っての事では無い。寧ろ不都合やトラブルから家族を守る為の<br>
甘すぎるほど優しい彼ならではの配慮だろう。<br>
それにしても、もし会話に不具合が出たら出張ろうと思っていたのだが、娘の勇気付ける様を見て彼女はその機を失していた。<br>
今のイヴに欲しい物は理屈や損得では無い、誠心誠意の優しさとそれを伝える裸の心だ。そのどちらもシンディに用意されては、<br>
哀しいかな出る幕が無い。仕方なくスヴェン達の所へと戻る事にした。<br>
「全くもう…損な立場ね、母親って」<br>
少しの失望と暖かい喜びが、つい唇を動かした。<br>
ついこの間まであんなに小さくて手に負えなかった我が家の可愛い怪獣が、知らない内に人を気遣う優しさと不条理に怒る正義感を<br>
しっかりと身に付けて、それを他者の為に存分に発揮しているのを見ると、胸の奥が柔らかく疼く。シンディが今こうしているのは、<br>
生まれる前からその後まで、彼女への二人分の愛が満ちていたからだ。<br>
「…寂しいわロイド、私からあげる物が本当に少ないんだもの」<br>
見上げる夜空にはロイドの微笑が見えた―――…などと言う事は無い。でも、こちらからの笑みは向こうに届く様な気がして<br>
マリアは夜空に微笑んだ。<br>
―――――その彼女の横を、小柄な影が通り過ぎた。<br>
足音は強くも無く弱くも無く、しかし先をしっかりと見据えた足取りだった。そしてその先には、談話する二人が居た。<br>
「まだ会って一月もたってないけど、それでもお姉ちゃんがどう言う人なのか判るもん。<br>
…お姉ちゃん。あたしもね、お姉ちゃんのこと好きだよ」<br>
子供らしい言葉だが、真摯な眼差しでイヴを見詰めた。<br>
人ですらないこの身を人と言う彼女に、少しずつ――――…本当に少しずつではあったが心の黒い泥濘が洗われて行く。<br>
「あたまが良くて、美人で、子供っぽくて、傷つきやすくって、そんなでもあたしのこと気づかってくれるお姉ちゃんが好きだよ。<br>
そんなにあたまが良いのに、オリガミとかお祭りとかではしゃいでるお姉ちゃんが好きだよ。<br>
『好きか?』って言われて、出し惜しみしないで好きって言えるお姉ちゃんが好きだよ。<br>
………あとね…」<br>
突然シンディは目を背け、少し口ごもる。<br>
「あとね……たぶん…」<br>
すると意を決した様に改めてイヴへと向けた貌は、酷く紅潮していた。<br>
「たぶん……たぶんね………あたしと同じひとのこと好きなお姉ちゃんが、あたしも好きだよ!」<br>
…やはり気付いていたのだ、イヴの意中の人が果たして誰か。<br>
その勢いに乗ったか、彼女の話は或る意味無茶な方向へと加速する。<br>
「でももうおじちゃんは嫌い! お姉ちゃんのためとか言いたいんだろうけど、あたしはぜったい許さない!<br>
だからもうおじちゃんは、お姉ちゃんの『どれー一号の刑』にけってい!!<br>
もし逆らったら、いつでもあたしに言ってきていいから! ぜったい「うん」って言わせてあげるから!!!」<br>
そのまま鼻息も荒く一気に言い終えた。<br>
そして当のイヴはと言うと、彼女の口勢に驚いたか固まったまま彼女に見入っていた。<br>
だが―――――――しばらくすると、イヴの貌が氷壁が解け崩れて行く様に綻んで行く。<br>
<br>
「…『一号』って………二号三号って居なくちゃいけないの?」<br>
笑み崩れたイヴに便乗し、シンディもまた得意の満面で応じた。<br>
「もっちろん!! 女の子はみんな『じょおーさま』だから、どれーだったらいっぱい居ていいの!!!」<br>
親指まで立ててしかと意思を示した。<br>
―――しかしイヴは知らない、彼女がスヴェンから身を引いた事を。<br>
スヴェンが誰かの物になったらイヴが一人ぼっちになる事を、消沈の様で知ってしまった以上そうせずに居られなかった。<br>
だがそれを完全に封じ込め、シンディは元気いっぱいにイヴを励ました。<br>
気付きはしない、だがその献愛は確かにイヴを癒していった。<br>
「…有り難うね、シンディ。お陰で少し楽になったよ」<br>
「えへへ~、そう? じゃあこれからしょんぼりの時はあたしにおまかせだね」<br>
二人はにこりと微笑み合う。自分への慰めと相手への慈しみで。<br>
情愛は多くの場合無益だ。しかし、だからこそそれは人の営みの中で評価され、讃えられる。美しいと形容されるのは実にそれだ。<br>
人である事の証明など、誰にも完全には出来ない。だがそれに限り無く近いと言うなら、この二人の様な他者への情義かも知れない。<br>
…と、不意に今までの奮迅をぶち壊しにするタイミングで、イヴのお腹が小動物が鳴く様な音を立てた。<br>
「なんだお姉ちゃん、ぜぇんぜん元気じゃない」<br>
少し底意地悪げな指摘に、イヴは頬を染めた。<br>
泣いても枯れても腹は減る。しかも両手一杯に出来立てのお菓子を抱えているのだから、ひもじさは一塩だった。<br>
「…とってもおてんばさんなシンディほどじゃ無いけどね」<br>
「あ、ひどい。そう言うこと言うわけ」<br>
イヴの反撃に、シンディは口を尖らせる。<br>
だがすぐにその応酬も解けて二人は笑顔を見合わせると、そこにまるで暖かな日が差す様に、彼女達は全ての気負いを忘れてくすくすと<br>
感情を声にして聞かせ合った。<br>
――――――――…しかし、日は陰る為に有るのだ。<br>
<br>
「……おい」<br>
何処か陰鬱な響きに、少女二人は声を止めてその方向を見た。<br>
其処に居たのは一人の少年。イヴと歳は同じ位だろうが、妙に重い空気を漂わせている。<br>
一瞬シンディの知り合いかと思い彼女を見るが、彼女は首否で応じた。当然彼は、イヴの知り合いでもない。<br>
「…お前がイヴ…だよな?」<br>
誰何をするも、どうも彼の言葉は歯切れが悪かった。<br>
「オレは………リオン=エリオットって言う」<br>
自身の問いの返答すら待たず、彼は勝手に話を進めて行く。まるで何かに急き立てられる様に、言わなければ止まってしまうとでも<br>
言いたげに。その居辛そうな言い辛そうな不思議な雰囲気に、二人は不信の目を強めていった。<br>
しかし事態は、彼の次の台詞で一変した。<br>
<br>
「……星の使徒の…道士だ……」<br>
今まで消えていた筈の痛み、そして恐怖。それがイヴの中に一瞬で甦る。<br>
『おぉ―――っとぉ、痛ェか? でもオレが悪いんじゃねえぜ』<br>
『…どんだけブチ込んだら死ぬのか、見せてくれ』<br>
『………もういいかぁ、死んどけ。<br>
無駄な時間過ごさせやがって……頭どころか上半身丸々消してやるぜ。ほれ、この世の見納めだぞ』<br>
銃声、撃鉄、悲鳴、銃弾、鮮血、嘲弄、激痛、暴悪、死の恐怖――――<br>
何もかもを思い出した証拠に腕一杯の菓子が地面に散らばり、貌は恐怖に強張り、手足は意に反して震え出す。<br>
「…お姉……ちゃん…?」<br>
急変のイヴにシンディが問うも、彼女は答えず座っていた植え込みからよろめく様に立つ。<br>
「…い…」<br>
慄然を全身で示すイヴの口から、言葉にならない声が零れた。そして、<br>
「……嫌ああぁぁ―――――ッ!!!」<br>
絹を引き裂く悲鳴を従え、彼女は少年とは逆方向に走ろうとした。<br>
だがそれより速く、少年の手が僅かに遅れた彼女の手を慌てて捕まえた。<br>
「…まっ……待てよ! 待てって! 待ってくれよ!!! オレ、そう言うつもりで此処に来たんじゃないんだ!!」<br>
彼女を渾身の力で引き止め、少年は何とか説得の態で切り出した。<br>
「…オレ……オレ…お前に謝りに来たんだ!!!」<br>
その言葉に、イヴの必死の抵抗は止まった。<br>
「…え………?」<br>
「デュラムの事、ホントに済まなかったと思ってる。オレがもうちょっとしっかりしてたら、こんな事にしなかったのに…<br>
ホント………ご免な」<br>
少し気を落ち着けて、改めて見た彼の貌は、深い謝罪に彩られていた。<br>
<br>
<br>
<br></p>
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