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「しけい荘大戦 最終話「夜明け」」(2009/07/26 (日) 13:02:07) の最新版変更点
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決着を迎えた時刻──暁光がホテルに淡く差し込んだ。
シコルスキーがゲバルに対抗できる点は指だけだった。指しかなかった。だからこそシ
コルスキーは指を根こそぎ生かし切ることで、勝利をもぎ取ることができた。
敗北を喫したゲバルがまもなく意識を取り戻す。清々しい表情をしている。
「よう……シコルスキー。グッドゥモーニング」
「ゲバル……」
「……敗けちまったな。こうなった以上、俺はもうボッシュに手を出す気はない」
ゲバルは潔く敗北を宣言した。余力はある。力を出し尽くした今のシコルスキーならば、
襲いかかれば百パーセント倒せるにもかかわらず、だ。
戸惑うシコルスキーに、ゲバルは爽やかに微笑む。
「胸を張ってくれよ。おまえはテロリストからも、俺たちからも、ボッシュを守り抜いた。
ボディガードをやり遂げたんだからな」
右手と右手。互いに傷ついた利き手同士で握手を交わす。好敵手との会話は、言葉では
なくこれだけで十分だった。
「ふっふっふ、敗れてしまったようだねェ、ゲバル君」
突如、米国大統領ボッシュが姿を現した。戦いの前にゲバルによって気絶させられてい
たが、目を覚ましたようだ。
「ボッシュ……」
「聞いたよ。君はもう私に手を出さない、と。これにて一件落着……というワケにはいか
ないのだよ」
ボッシュは右手を拳にすると、上向きにした左掌に叩きつけた。
「先ほど君らが私にしたこと、忘れたわけではあるまい」
ゲバルとレッセンによる拘束及び脅迫、誘拐未遂。高いプライドを持つボッシュが水に
流せるはずもない。
「君らの国には軍を投入させてもらおう。兵士と監視衛星で徹底した管理下に置く。むろ
ん独立だけは認めておいてやるがね……。ついでに我が国に潜入したという君の手下ども
は草の根を分けてでも探し出し、全員始末してやる。敗北して逮捕された大統領の命と引
き換えになら、喜んで首を差し出す連中だろうからねェ」
唇を卑しい笑みに変え、ボッシュはシコルスキーに高らかに命令を下す。
「シコルスキー君、最後の仕上げだ! 凶悪犯ゲバルを捕縛するのだ。そうすれば君にア
メリカンドリームを──」
次の瞬間、シコルスキーは右肘でボッシュの前歯を叩き割っていた。
「ひいぃぃっ! な、なんでこ、こんな……ッ!」
「さっそくアメリカンドリームが叶ったぜ。一度大統領ってのを殴ってみたかったんだ」
「ぜ、絶対に許さんぞ……。必ず後悔させてやるからな……ッ!」
「やってみろ。アパートでのいじめに比べたら、米軍を相手にする方が遥かに気楽だぜ」
「くぅぅっ……!」
折れた前歯を大切そうにかき集め、悔しそうに立ち去って行くボッシュの背中。朝日を
浴びつつ、シコルスキーとゲバルは笑い合った。
午前六時を回った頃、天内悠を筆頭とするテログループは主要メンバーのほとんどを逮
捕され、再起不能同然となった。ただしカマキリだけは徳川光成が経営する動物園に引き
取られることになった。
天内は手錠をかけられる際、園田に「全力を出せてよかった」と漏らしたという。
目まぐるしく後処理がなされる中、大活躍をしたしけい荘陣営はというと、全員が病院
に搬送されていた。
鬼と化した刃牙の猛攻を受けきったオリバ。
春成との中国拳法対決を制したドリアン。
巨大カマキリと真っ向から張り合ったスペック。
格上であるゲバルを空道で苦しめた柳。
自爆でレッセンと相打ちとなったドイル。
天内とゲバル、強敵二人から勝利を掴んだシコルスキー。
個々の差はあれど、無事な者など一人もいなかった。ボッシュが前歯を失うくらいで済
んだのは、彼らがそれぞれ鍛え上げた力の全てを発揮したからに他ならない。
一方、オリバに吐いた捨て台詞の通り、デートを決行した刃牙には思いがけないドラマ
が待っていた。
病室をノックする音。ベッドに横たわる刃牙が応じると、一人の女性が入って来た。
「聞いたわ。敗けたんですってね」
「梢江……来てくれたんだね」
包帯とギプスまみれの体を無理に起こす刃牙。梢江はつかつかとベッドに近づき、刃牙
の耳元でこうささやいた。
「カッコわる」
さらに続ける。
「いつか調べたことがあるわ。刃牙という言葉の意味。刃(やいば)、鋭く威力のあるさ
ま。牙(きば)、鋭く大きく尖った歯。だけど、どうやらあなたはとんだナマクラだった
ようね」
表情を凍りつかせる刃牙に、梢江は見舞いの品を取り出した。
焼きたてのピザを。
「ハイィィッ!」
梢江は咆哮とともに、熱々のピザ生地を刃牙の顔面に叩きつけた。満足に動かせぬ体で
もがく刃牙に見向きもせず、梢江は病室を後にした。
──範馬刃牙、二度目の敗北。
一ヶ月後、しけい荘はまたいつものいい加減な空気を取り戻していた。
家賃を滞納し、またもオリバに追いかけられるスペック。
「ハハハ、大家サンヨォ。俺ダッテイツマデモ逃ゲテイルワケジャナイゼ」
「ほう……私とやる気かね」
「受ケテミヤガレ、消力(シャオリー)ッ!」
スペックのゆるやかな拳がオリバの胸板に触れた。ダメージがありそうな攻撃ではなか
ったが、本当にダメージはなかった。
「ふざけているのかね」
「ア、アレ……?」
どうやらスペックが老人会メンバーの技を使えるのは酸欠状態の時に限られるらしい。
「ア……アバヨッ!」やはり逃げるのだった。
足空掌すら通用せず、ゲバルに惨敗した柳はというと、猛省していた。部屋で茶をすす
りながらある真理に到達する。
「ゲバルさんのあの若さと筋力に対抗するには、私も若返るしかないッ!」
男性用のファッション雑誌を買い漁り、柳は若者の街「渋谷」へ修業に出ることを決意
した。
「いざッ!」
猛毒柳龍光は、またひとつ伝説を打ち立てることとなる。
ドリアンは相変わらず実らないペテンを続けている。海王のブランドを利用して『これ
であなたも恐竜になれる』という適当に綴った偽象形拳の本を出版したが、全く売れなか
ったという。
しかも烈に海王の名を悪用したことがばれ、スペック同様追われる身となってしまった。
「ドリアン海王、今日こそ覚悟してもらいましょうッ!」
「れ、烈君……少しは私の話を……。私にも生活が……」
「問答無用ッ!」
怒る烈、泣くドリアン。同門対決は御法度などという掟は両名には通用しない。
しけい荘が誇る手品師ドイルは、レッセン相手に引き分けに持ち込むのがやっとだった
ことを悔やんでいた。毒手を克服すべく、現在は解毒剤と第三の目となるカメラを体内に
埋め込むことを検討している。
また一週間前から世界最大の空手組織「神心会」に入門し、早くも正拳突きをマスター
しつつある。
「セイィッ!」
もちろん実験台はシコルスキーである。
七人目の住民だったゲバルはもういない。彼はあれから行方をくらまし、アパートにも
便り一つない。きっと今もなお、米国との過酷な闘争に身を置いているにちがいない。
ある日、しけい荘に真新しい一台のロッカーが配達された。扉には「301」と印刷さ
れている。
恐る恐る皆で戸を開くと、中には一通の手紙が添えてあった。
「親愛なるしけい荘へ。
私もいつまでも同居している訳にはいかないので、新しい“301号室”を用意させて
もらった。
今度戻った時はよろしく頼む──純・ゲバル」
これを読み、シコルスキーは苦笑した。
「とうとうロッカーが自室かよ……。あいつらしいな」
オリバはその日のうちに、しけい荘の名簿に新たな部屋番号を一つ書き加えた。
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