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「しけい荘大戦 第三十五話「登頂」」(2009/07/18 (土) 19:15:31) の最新版変更点
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シコルスキーは直感する。
ちょうど真下に位置するゲバルが、まもなく人類史上初となる恐るべき推進力を得よう
としていることを。そしてその力はおそらくは拳によって、自分にぶつけられるというこ
とを。
ゲバルの力みが臨界点に達しつつある。攻撃開始はもう間近だ。
落下しながら、シコルスキーはゲバルが先ほどいっていたことの意味が分かったような
気がした。
ゲバルを後押しする巨大すぎる球体──地球。
咄嗟に、シコルスキーは信じがたい行動に出る。
──地球(ほし)に対抗するには惑星(ほし)になるしかない。
顎を引き、膝を抱え、背中を曲げる。シコルスキーは丸まってしまった。
一方、ゲバルは意にも介さず偉大なる支えから受け取った力を全て右拳に注ぎ込み、発
射する。
地球対シコルスキー星、正面衝突。
シコルスキー星、敗れる。
右拳のたった一撃で、シコルスキーの体が上空十メートルは舞い上がった。意識だけは
かろうじて脳にしがみついていたが。
ゲバルの拳はシコルスキーの丸められた背筋を貫いており、みごとに拳大のクレーター
を形成していたが、致命打には至らなかった。シコルスキーの閃きが、寂とオリバの防御
術を偶然にも融合させたことによる奇跡だった。
しかし、状況はさらに悪くなっていた。依然としてシコルスキーは空中にあり、しかも
支えを利用した突きは背中を捉えたにもかかわらず、衝撃は全身に及んでいた。
「驚いたぞ、シコルスキー。……が、もう一撃喰らえば耐えられまい」
再び、拳を腰に戻すゲバル。彼の両足は未だ地底深くの核を支えとして認識している。
大ダメージを堪え、シコルスキーは地上のゲバルに目を向ける。シコルスキー星はたし
かに打ち破られたが、ゲバルの最終兵器の二度目を味わうチャンスを作ってくれた。すな
わち、破るチャンスを。破壊力、速度、タイミング、軌道、全て体が覚えた。
ならば、こちらもベストタイミングで最大の武器をぶつけてみるしかない。
「ヤイサホォーッ!」
「ダヴァイィィッ!」
核から手渡されたエネルギーを微塵も殺さず、ゲバルが右拳を噴出させる。
シコルスキーは合掌すると、自慢の十指を貫き手のように拳めがけて突き刺す。
──またも正面衝突。
「よ、よくやって……くれた……」
シコルスキー、墜落。全ての指は複雑に折れ曲がり、絡み合い、血が噴き出し、中には
骨が露出しているものまであった。だが犠牲が生んだ成果は大きかった。
「ヌゥゥ……ッ!」
ゲバルもまた右拳を粉砕されていた。指に抉られた拳は、もう使い物にならない。
対地対空決戦が終わり、両者再び地上にて向き合う。ダメージは明らかにシコルスキー
が上だが、最終兵器を決まり手にできなかったゲバルのショックも計り知れない。
「ごぶぅっ!」
突如、シコルスキーが血を盛大に吐き出した。丸まって受け止めた一撃目で砕けた骨が
内臓あちこちを傷つける。
「シェイイィッ!」
残る左でのゲバルのボディブロー。脇腹にめり込むどころか埋め込むような重さ。
「ぶえぇッ!」
シコルスキーは大量の血液をゲバルの両目に吐きつけた。続いて、もはや人の手として
の機能と形状を失った右手を、ゲバルの唇の中に放り込む。ぐしゃぐしゃに変形している
右手は、口への侵入を果たすと驚くほどスムーズに喉にまで到達した。
「お、折れた指を逆に、利用する、とは……」
勢いに任せ、シコルスキーは腕を突っ込んだままゲバルを後頭部から叩きつける。
「グハァッ!」
変形した指は奇しくもゲバルの喉に完璧にフィットしていた。すでに外部からも喉に痛
打を受けていたゲバルにとって、地獄としか形容しようがない攻撃だった。
全体重で指を押し込むシコルスキー、全細胞を集中させ堪えるゲバル。
膠着は一分ほど続いた。が、地力で勝るゲバル。突っ込まれた右手を噛み砕くと、のし
かかるシコルスキーの延髄を右足つま先で強打した。
「グアッ……!」
隙を突いて立ち上がるゲバル。内外から喉を刺され、呼吸はひどく乱れている。
地球からの一撃をもらい、両手も破壊されたシコルスキーも、もう戦闘不能が近い。
「死ぬには、いい日だ……」
ゲバルはこう口ずさむと、シコルスキーを睨みつける。自らの生命を戦闘に溶かし込ん
だ決死の形相。津波や雷雲をも掻き消す暴風となりて、ゲバルが猛特攻に打って出る。
疾風(はやて)の踏み込みから、繰り出される左ストレート。
──が、左ストレートのわずか数ミリ上を行き違う両足。
真っ向からのカウンター。シコルスキーのドロップキックが、ゲバルの顔面を打ち砕く。
「死にたくないッ!」
ゲバルは仰向けに倒れていた。
故郷と異なり、天に星は一つとして瞬いていない。しかし、どんなに濁り淀んだ空であ
ろうと、必ず故郷と繋がっている。ゲバルは暗闇の中にくっきりと浮かぶ、愛する民をた
しかに感じ取っていた。
命を賭して、勇敢に戦い──生き抜く。また彼らと笑い合うために。
ゲバルは起き上がった。捻れ曲がった鼻を整え、シコルスキーに向き直る。
「死にたくない、か……。フフ、そりゃ俺だって、できれば死にたくはない。生きなきゃ
ならない……」
一聞すると惨めとも取れるシコルスキーの叫びが、ゲバルを新たな境地へと引きずり上
げる。
「死ぬにはいい日など……死ぬまでない……。いつだって──今日を生きるしかないッ!」
「ついでに明日はウォッカでパーティだぜ、ゲバルッ!」
「オーケイッ!」
今日を生き抜き、明日を励みに、闘志が激しく燃え盛る。二人のスタミナは底無しかと、
天すらも呆れる。
シコルスキーのハイキックがまともにヒット。にもかかわらず、強力な支えに守られた
ゲバルは倒れない。
反撃に出るゲバル。右アッパーが命中。消耗は激しくとも、まだシコルスキーの体を吹
っ飛ばすほどの威力を有している。やはりゲバル、実力は数段上をゆく。
もう右手も左手も破壊されている。が、シコルスキーは砕け折れ曲がった五指をかき集
め、両手合わせて二本の指とする。これを地面に突き刺し、かろうじて受け身を取る。
ゲバルはすぐそこまで迫っていた。
「俺の指はどんな場所だって登れる……」突き刺さった『二本の指』だけで己を持ち上げ
るシコルスキー。「たとえアンタだって……」
迫るゲバル。
「指よ──俺を登らせてくれッ!」
正真正銘、最後の力。
倒立からの両足蹴り。悪くすれば即死のタイミングだった一撃は、ゲバルの顎と喉を押
し潰し、轟音とともに打ち上げた。
ゲバルが失われゆく視覚は拾ったのは、やや白み始めた夜空──。地面との衝突の瞬間、
彼は核の硬さを身を以って実感していた。あとに脳が映し出すのは闇、のみ。
「い……ッてェ……」
酷使に次ぐ酷使で知恵の輪よりも複雑な形となった指を眺め、シコルスキーはぐしゃぐ
しゃの笑顔を浮かべていた。
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