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「『L'alba della Coesistenza』第八話 光」(2009/07/10 (金) 19:19:29) の最新版変更点
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男――第三勢力の分身体は軽やかな身のこなしでヒュンケルとマァムの前に立った。薄い笑みを顔にはりつけ、面白いと言いたげに口元を曲げている。
「てめえがミストバーンを消した光の闘気使いか。いっぺん会ってみたかったんだよなァ」
興味深げに観察したのち残念そうに溜息を吐きだす。戦えない身体になっているため、つまらないと思っているようだ。
「手出しはさせないわ!」
マァムが拳をかまえると分身体は顔を歪めた。身体を包む美しい光とは対照的な、ひどく陰惨な微笑だ。
「てめえらのキレエな顔、大好きだぜ」
マァムが先手必勝とばかりに拳を叩きつけたが、彼は平然としている。
「いいこと教えてやる。俺に通じるのは暗黒闘気だけだ。光の闘気も打撃も効かねえよ」
閃華裂光拳を食らわせても効果は無いらしい。
言葉とともに振るわれた反撃を受け止めると、闘気によって高められた威力に魔甲拳が軋んだ。
マァムは混乱していた。
魔界に生まれ、正義や慈愛とは無縁の生活を送ってきたとしか思えない相手が光の闘気を使っている。
もしかすると、かつてのヒュンケルと同じように心の奥底には優しい感情が眠っているのかもしれない。
疑問を見透かしたかのように分身体は目を伏せた。
「俺だって、本当は、こんなこと――」
言葉を裏付けるかのように攻撃から勢いがなくなっている。あまりに悲しげな声は聞く者の胸を打つような響きに満ちていた。
「あなたは――」
マァムが口を開いた瞬間、分身体はがばっと顔を上げて禍々しい笑みを浮かべた。
狙い澄ました一撃を少女の腹部に叩きこむ。
「かっ……!」
「はははっ、可哀想な過去があるとでも思ってんのか? あるか、んなモン。同情して死んでくれるならいくらでも作り話聞かせてやるけどな!」
「貴様ッ!」
優しさに付け込むような行動にヒュンケルが怒りを露にした。
戦おうとするが、身体はろくに動かない。
分身体は嘲笑しながら腕を十字に交差させた。
「正義の光とやらが好きなんだろ? だったらくれてやらァ!」
光が集まり、解き放たれる。
グランドクルス。
眩しい十字が伸びた。
とっさに地面に転がるようにして回避したヒュンケルの顔色は変わっている。
なぜ目の前の男が光の闘気を使えるのか理解できない。
それに、ヒムとミストバーンの戦いでは、光の闘気を使うヒムにミストバーンは対抗できなかった。光の闘気は暗黒闘気を圧倒するはずである。
それなのに光の闘気を使う目の前の男は暗黒闘気で傷つけられると言っている。嘘をついているようには見えない。
疑問を読み取ったかのように相手は目を細め、肩をすくめた。
「体質。そういう体なんだよ」
信じられない、と顔に書いてある二人に対して分身体は大仰に手を広げた。
「どーしたどーした慈愛の使徒サマ!? 改心しろって説得しねえのか?」
「誰が邪悪な相手に!」
マァムが睨みつけると分身体は白けたように脇を向いて口を尖らせた。
「邪悪、ねえ。そう言や殺しやすいよなァ。心痛まねえから」
そのまま闘志が減退したかのようにぽりぽりと頬をかく。ヒュンケルが光の闘気を圧縮し、撃ち出したが効果は無い。
「とにかく、俺を倒すにゃ暗黒闘気が必要だぜ。ミストバーンが仕込んでたんなら何とかできんじゃねーの? 俺が被害を振りまく前によ」
ヒュンケルが迷うように唇を噛んだ。このまま闇の力を使わずにいては、分身体は戦いに飽いて別の人間を標的にするかもしれない。
戦う心得の無い一般人が狙われればなすすべなく殺されてしまうだろう。
もう二度と使わないはずだった力。
心の闇で高まる力。
闇の道を歩んでいた過去の自分に戻るようで、振るいたくなかった。
だが、彼一人のこだわりで大勢の人間を危機に晒すわけにはいかない。ろくに動かない身体だが、暗黒闘気を使えば戦うことも可能だろう。
マァムに詫びるように目を閉ざし、内なる力に呼びかける。
何をしようとしているか悟ったマァムが息を呑み、制止するが、ヒュンケルは止めようとしない。
「駄目! やめてヒュンケル!」
「すまない……! だが、何もせずにいるわけにはいかないんだ」
かつて一国を滅ぼしたという罪の意識が彼を駆り立てる。
痛みをこらえるような声にマァムは涙をこぼした。彼女の目の前でヒュンケルの髪は黒く染まり、開いた眼が暗く濁っていく。
全身から立ち上った黒い霧を見て分身体は耳障りな笑い声を上げた。
「はーッはッはァ! 使いやがったァ!」
分身体は喜々としてヒュンケルに戦いを挑む――ことはしなかった。
彼は手を上げ、逃げ遅れた者たちの胸を圧縮した闘気の弾丸で無造作に打ち抜いた。絶命し、崩れ落ちる者達の姿に二人が息を漏らした。
「殺してやったぜ。“実は生きてました”なんて期待すんなよ? てめえじゃねえんだから」
分身体は攻撃から身をかわしつつ、戦う力を持たぬ者たちを狙い次々に攻撃を叩きこむ。そのたびに上がる苦痛の声が、恐怖の悲鳴が、二人の耳を貫いた。
「紳士的に戦うと思ったかよ!? 守るために捧げたなんて許すとでも? おめでてえなあ!」
ヒュンケルの眼が怒りに燃え、マァムが歯を食いしばる。
彼女はヒュンケルの決断がどれほど重いものか知っている。忌まわしい過去を想起させる力を、二度と使わないはずの力を、皆を守るためだけに解放した。
それなのに、分身体は決意を嘲笑い、踏みにじったのだ。
ヒュンケルは意識を呑みこもうとする憎悪の波に耐えながら言葉を絞り出した。
「みんなを、守――」
「立派だねー」
分身体は二人の顔を見て満足気に微笑んだ。
彼の反撃がマァムを捉え吹き飛ばすとヒュンケルの眼光がいっそう険しくなった。
勢いよく伸びる暗黒闘気の糸を避けて分身体は嘲りの言葉を投げかける。
「てめえらは仲間を傷つけられたら許せないって怒るけどよ、スライムだろうとフレイムだろうと仲間はいるんだぜ。そのうち絆の力でパワーアップして復讐しに来んじゃねーの?」
人を馬鹿にしている態度を崩そうとしないまま分身体は戦い続ける。
展開された暗黒闘気の陣を破りつつ疾走し、光の闘気を放つ。暗黒闘気は確かに分身体を傷つけているが、倒すにはわずかに力が足りない。
「守るだの倒すだの取り繕ってンじゃねえ。殺すって言えよ」
言葉の弾丸がヒュンケルやマァムの胸に突き刺さり、心を侵していく。惑わせるための発言だと知りながらもつい耳を傾けてしまう。
「命令しろ。死ねってな」
宣告とともに光が奔った。
アバンと死神の戦いは長引いていた。
キルバーンと同じ機械人形といっても普段は自律的に行動できるようだ。
独立した人格を持ち、まるで生きているかのように動く。
鎌を振るい、トランプのカードを飛ばし、道具を駆使して戦う様は、コピーと推定される人形とほとんど変わらない。
キルバーンと戦っているように錯覚してしまう。
「あの人形の意思も、お前のコピーだったのか?」
「違うよ。本体のピロロの人格を模写して組み込んだみたい。ボクも本体の心を写されたんだ」
本体同士が似た性格を持っていたため、人格を模した人形も似ているだけなのか。それとも違うのか。アバンには判断できない。
思索にふける哲学者のような仕草をしてみせる死神にアバンの口から問いがこぼれた。
「本当に……人形なのか?」
死神は肩をすくめた。どうでもいいと言いたげである。
「キミにとってはどっちでも変わらないんじゃないかな? 大切なのはここにボクが存在してるってことだよ」
「本体は――」
「もういないよ」
もしこの場にミストバーンがいればどう思うだろう――アバンはつい考えてしまった。
キルバーンを親友とみなしていた影は正体を知ることなく逝ってしまった。
キルバーンによく似た姿の死神は、人をおちょくるような態度も瓜二つである。
もしかするとミストは親友の面影を見るかもしれない。
血も涙も持たず、本物の身体ではないことが共通している二人。
実体を持たぬミストと心を持たぬはずのキル。
まるで欠落したものを補いあっているかのような彼ら。
互いの正体を知ったとしたら、彼らの友情は終わりを迎えただろうか。
それとも、今まで通り付き合っただろうか。
観察したところ、死神はキルバーンほど残酷な性格はしていないように見える。
代わりに虚ろな風が吹きつけてくるような奇妙な感覚が湧きあがる。
本体からそのまま移されたとも思えない。
機械仕掛けの人形にもそれぞれ個性があるのだとすれば、心とは何なのか。
問いを断ち切るかのように刃が振るわれた。
回避したアバンに罠の炎が襲いかかる。完全には防ぎきれずに身体が焼かれた。
「く……!」
以前キルバーンと一騎打ちした時は、表向きだけでもまともに戦おうとしていたため互角に渡り合うことができた。
相手が罠を仕掛けてきても、ハドラーのおかげで勝利することができた。
今回は最初から罠を織り交ぜて攻撃してくる。戦いの中で挑発を口にしたが、反応せずにいる。
自分のペースに乗せることに失敗した場合、最も厄介な相手であることをアバンは痛感していた。
戦う彼らのそばにいた一般人に対して罠が発動し、アバンがかろうじてフェザーで防ぐ。
あやうく巻き込まれかけた人間が震えながら死神を指差し、忌々しげに呟いた。
「卑怯者……!」
死神はまるで褒め言葉を聞いたかのように一礼した。紳士的な動作は戦いの場にそぐわない優雅さだ。
「敵なら卑怯者で味方なら切れ者、かな? ククッ」
愉快そうな笑い声がトランプのカードとともに舞った。
同時刻、黒き竜が勇者と大魔道士、陸戦騎と昇格した兵士を睥睨し、咆哮した。
世界までもが鳴動するような、心臓を握りつぶされるような圧力が襲いかかる。
バランに敗れたとはいえ、大魔王と魔界を二分した冥竜王の威圧感は尋常なものではない。
第三勢力の魔物や配下の竜も揃い、牙を剥いている。
戦闘による被害が及ばぬよう、人のいないところまで移動して正解だった。
「どうやって勝ったんだよ、ダイの親父さんは!?」
「天界の精霊の加護があったと聞いている」
鼻水を垂らしそうな顔でうめいた相手にラーハルトが律義に答えた。
「精霊達は補助呪文を使用できたそうだ」
すなわち、防御力を上げるスカラ、速度を上昇させるピオリム、攻撃力を引き上げるバイキルトなどだ。
地上や魔界では使う者がいない太古の呪文は、天界で伝わっていた。
バランの力を上げていたのか。あるいはヴェルザーの力を落としていたのか。どれほどの程度か。
そこまではわからないが、単身で挑むには危険すぎるため、加護があったのは間違いないだろう。
激闘の予感に空気が震える中、ヒムが疑問を口にした。緊迫している状況は十分わかっているがどうしても我慢できなかったらしい。
「……バーンが魔界最強だったんだよな?」
ヴェルザーは否定しない。
「バランもバーンには敵わないだろ? なのにどうして二分できたんだ」
地上を破壊を目前にしてバーンとヴェルザーが会話していた時、両者は対等の立場であるように思えた。
天界の加護を考えても、バランとヴェルザーの実力が大きく隔たっていたわけではないだろう。
歴代竜の騎士最強の、双竜紋を宿したダイでも歯が立たなかった真大魔王の実力を考えると納得できない力関係である。
「戦うのが面倒だったんじゃない?」
倒しても復活するという反則的な体質のおかげだと言うダイに対し、ヴェルザーが獰猛に唸った。
「奴にはミストバーン以外ろくな部下がいなかった! 配下の竜も強力なオレの陣営が勢力を伸ばすのは当たり前だろうがッ!」
ヴェルザーは興奮が契機となったかのように力を解放した。
瞬く間に身体中が金色の闘気で覆われ、バチバチという音とともに集束する。
形成された巨大な槍が四人に向かって投擲された。
正面から受け止める気にはなれなかったため回避すると、地面に突き刺さった瞬間、極大爆裂呪文を凌駕する大爆発が起こった。
真っ向から攻撃をぶつけ、力任せに暴れる戦い方を得意とする。単純な破壊力ならば大魔王をも超えるだろう。
ダイが竜の紋章を出現させ、剣の切っ先を向ける。ポップは杖を、ラーハルトは槍を、ヒムは拳をそれぞれ構える。
冥竜王が四人へと襲いかかった。
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