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その名はキャプテン 54-2 - (2008/02/11 (月) 01:20:29) のソース
「救命阿!救命阿ァァッッ!」 もう駄目だ、助かりっこない。 分かっていても叫び声を上げてしまう。 違う、こんな筈ではなかったのに、範馬の血に並ぶ力を手にした筈なのに。 奴等の存在が私の否定とも言えた、四千もの年月をかけて国に蓄積された武。 『強くなる』それだけの為の鍛錬、それだけの為に費やした生涯。 追い越したかった、巨恐の血を屠る事を密かに夢見ていた。 敗れた時に虚しさを感じた、努力がこんなにも無意味なのかと。 そして再び敗れた、何も背負わぬ一人の男に。 中国の歴史を、海王の名を背負う私が敗北した。 壊れた両腕では引き裂かれた大地にしがみ付くこともできない。 青空が遠ざかる、嗚呼・・・こんなことになってから気付くなんて。 私が身を埋めたかったのは此処ではない、母なる大地・・・中国。 私欲に溺れた、私が『強くなる』為に費やした鍛練の全ては、 母国の為だったというのに、己の為だけに『強くなる』べく邪神に身を捧げてしまった。 眼に涙を浮かべそうになるが、死の淵にまで恥を持ち込む訳にはいかない。 重力に従い、真っすぐ地の底へと落ちて行こう。 そう思った矢先に慣性の法則が乱れた、折れた腕に激痛が走る。 見上げると、シンが崖に張り付きながら穴のあいた腕で自分を掴んでいた。 槍の一撃にも勝る手刀を打ち込んだ腕から、絶えず血が流れていた。 絶句しながらそれを見上げる烈の顔にポタポタと小さな音を立てて真赤な雫が滴る。 苦悶の表情一つ見せなかったが、骨肉に空洞の出来た腕に人をぶら下げているのだ。 痛くない筈がない、肉体が手を離せと命令しているだろう。 だが、男は決して手を離さなかった。 「何故・・・私を助けるッッ!」 「救いを求める声をユリアが聞けば、こうする事を望むだろう。それだけだ。」 「死者の望みが何になる!」 「何にもならんさ・・・だが誓った、ユリアの望む物は全て手に入れる。 ケンシロウのような生き方、過去の俺には出来なかった。」 激しい振動と鍛え上げた筋肉を搭載した成人男性二人分の負荷は、 シンの手で掴める範囲の岩壁には残っておらず、ガラガラと周辺の岩が崩れる音と同時に亀裂が入る。 「だが一度死に、しがらみを捨てた今・・・ユリアの為に花の咲ける世界を守ってやりたい。 その微笑みの向き先が奴から変わらんとしても・・・!俺はユリアの為にこの命を使う!」 身体が再び宙に浮く感覚を取り戻す。 シンの腕には引き裂かれる大地ではなく、その破片しか握られていなかった。 「フッ・・・そう思ったのだが、闇に染まった俺では無駄な足掻きだった様だ。 ケンシロウ、今度こそはお前の拳で死ぬのも悪くなかったんだがな・・・ククク。」 裂け目に落ちる二人を助けるべく走るが、 ケンシロウの常人離れした体力も、シンとの連戦と烈との戦闘による負傷で底を突いていた。 地に膝をつき、地割れに飲み込まれる二人を見送るケンシロウの耳に、雄叫びが響き渡る。 「ぬぅぅぅぅ・・・おおおおおお!」 ホークが動かぬ腕をブルブルと震わせている、回復に専念させる為に動きを封じていたのだった。 秘孔を解除しなければ、声をかけようと思った瞬間、ホークの腕が風を斬る様な速さで動いた。 新胆中、かつて病に蝕まれた兄が自分を戦わせまいとして使用した秘孔。 その時は流れ落ちる兄の血を見て、無我夢中で振り払った。 それを今、一人の海賊がやってのけていた。 懐から愛用の斧を手に取り、両手で掴み力任せに地面に叩きこむ。 グランドスラム、大地を震撼させる剛腕の放つ一撃。 轟音が周囲に響き渡り、地面がひび割れて行く。 裂けた大地と交差するよう、新しく大地を引き裂く。 すると一瞬だけ、一度踏めば瞬時に崩れ去るであろう足場が出来る。 「飛ぶぞ、烈海王。」 「貴様ッ!何を・・・。」 名前で呼ばれた事に気づき、つい喋ることを忘れてしまった。 男が『海王』の称号の持つ意味を、知っていたかどうかは定かではない。 間違えを犯した身であっても、『海王』の名は守らなければ。 こんな場所で死ぬ訳にはいかない。 「闇は、振りほどけたのだろう?」 「・・・ッッ!」 シンは分かっていた、助けた理由はユリアの望み、というだけではない。 烈が崇高な精神、高貴な魂を持った武道家であることを見抜いていた。 己と同じく邪神の操り人形として、神の掌で踊っていただけだった事を。 シンの折れた腕を、折れた腕で強く握り返す。 骨が肉の中を暴れまわるのを堪え、二人で高さを揃える。 そしてホークの造りだした足場へと、踏み込む。 「「斗ッッ!」」 足場へ二人の力が伝わり、飛ぶと同時に崩れ去った。 大地へと手を伸ばす、だが僅かに届かない。 岩壁にしがみつくか、しかし地層が柔らかく二人分の重さに耐えれそうな部分は無い。 脳裏に諦めの念が浮かんだその時、大地から伸びた手がシンの手を掴んだ。 「大丈夫か、シン。」 「チッ・・・また借りができたのか、清々したと思ったんだがな。」 憎まれ口を叩きながらも、口元には笑みを浮かべていた。 引き上げられ、余りの疲れに大地に転がり空を見上げていると、 青空にほんの一瞬だけ南斗六星が輝いた気がした。