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過去編第007話 「傷だらけの状況続いても」 1-1 - (2013/02/03 (日) 15:04:02) のソース
当事者 3 (ウチを舐めたらあかんで。今いるマレフィックの中では一番若手。けれどまだまだ伸び盛りや) 筒の中。疵のある目がくつくつと歪んだ。 実感があった。 これからの運命を総て総て掌握しているという……実感が。 目論見の初手は──… 当事者 1 あっという間に決着した。 車の影から躍りあがった瞬間、金髪の持ち主がゆるやかに振り返った。目が合うより早く手にした凶器を振り下ろす。日 本刀。鎖分銅ほど馴染のない武器が相手の腕へ吸い込まれるまで1秒と掛からなかった。腕が飛び、血の匂いが立ち込 める。ここは地下駐車場、換気はすこぶる悪い。鉄錆の、ねっとりとした臭気が吐胸をつく。舞い上がる腕を見た瞬間、貴 信の全身から血の気が引いた。 (切断するつもりはなかった。……なかったんだ) ただ斬りつけ、隙を作り、達成する。予定の中に害意はなかった。 それが、狂った。 相手の腕が、飛んでいる。 認め難い事実を見た瞬間、貴信の中で何かが切れた。 絶叫し、刀を返し──… そこからの記憶はない。 気付けば痣だらけになった金髪の男が足元に居た。 貴信はただ、肩で激しく息をしていた。 極度の緊張と相まって胃の中のものを戻しそうだ。口に手をあてえづきを耐え、慎重に辺りを見回す。車は来ない。車か ら降りる者も乗り込む者もいない。次に視線を移したのは、斬り飛ばした腕である。バッグを握ったままのそれは金髪の男 から少し離れた場所にある。 血は流れていない。貴信は一瞬いぶかしんだが目をそらす。やがて溢れてくる光景を想像し……以降ずっと見なかった。 叩きつけられた衝撃のせいかバッグは口が開いており、中身がいくつか零れている。 書類らしいものがいくつかと、古びた羊皮紙の本が何冊か。 ポケットから写真を取り出す。レモン型の瞳の中、異様に小さい瞳孔を左右に動かす。 現場と写真を照会。果たして目当ての物はあった。 念のためバッグごと回収する。切断したての腕が一緒に浮かんだ瞬間、貴信は悲鳴をあげたくなった。 取っ手から指を剥がす時もぞっとした。異様な冷たさが昇ってくる。切断され、血の気をなくしたせい……自分のせい。 貴信は激しく自分を責めた。 事情があり、弾みとはいえ、無関係の人間の腕を……切断した。冷たさはその実感だった。 (香美を助けるためとはいえ……無関係の人の人生を……僕は狂わせている) まぎれもない事実だ。父の教えも母の意気も打ち捨ててしまった。 心の中で何度も何度も父母に詫びる。 仰向けに倒れている彼にも、 胸に認識表をかけた、見事な金髪の男にも。 ひたすら詫びる。 前髪で目が隠れているため、詳しい顔立ち──年齢以外のコト─までは分からない。 ただし気絶しているコトだけは明らかだった。 腕を失くした右肩からとめどなく血を流している。にも関わらず息はあり、苦しむ様子は見せていない。 救急車を呼ぼう。そう決断した瞬間、どこからか話し声が聞こえてきた。 誰かが車に戻ってきている。降りてきたのかも知れない。どちらにしろ人は来る。 (もし彼らに見つかれば指定の期限には間に合わない。香美が……死ぬ) 踏み留まって事情を話し、金髪の男の腕を治してやりたかった。だが同時に、長年対人関係をどうにもできなかった弱い 心が首をもたげた。 いいじゃないか。 人が来た。 もたもたしていれば一番大事な香美が死ぬんだ。 事情もあるし、弾みだ。 弱い部分が倫理に反する、都合がいいだけの意見を囁く。 男なら絶対に逆らい、踏み留まるべき局面だった。 にも関わらず、貴信は。 香美を思った瞬間、人気のない出口へ向かって駆けだしていた。 香美。 一人きりの人生から救ってくれた大事な大事な家族。 それがいま、死ぬかも知れない。 見ず知らずの金髪の男に拘泥したばかりに家族を失うのは恐怖だった。 表情が情けなく歪んでいるのが分かった。涙どころか鼻水さえ出ている。 決して直視せず、明文化しなかったが。 心の奥底では。 『家族を引き換えにして救っても、彼はきっと自分の支えにはなってくれない』 『だから、逃げてもいい。助けてくれそうな人間は他にきた』 最悪ともいえる考えが渦巻いていた。 そしてそうなったのは自分たちを攫った正体不明の筒やハシビロコウのせいだとも……。 恐ろしく弱い考えだった。家族を大事に思うなら、それを害する筒やハシビロコウたちと戦い、勝つべきだった。 脇腹が痛む。涙が止まらない。一度抵抗を試みた時、腹部を散々と焼かれた。爆発も浴びた。咳込むと血が散った。 勝てない。従うしかない。 走りながらしゃくりあげる。 自分はどうにもならないほど弱い人間だ。 家族を救うコトもできなければ、赤の他人への過失も償えない。責任転嫁するばかりで、諸悪の根源にも立ち向かえない。 (僕はいつもそうだ。人間関係だって放棄して……逃げ続けたから……) それでも香美だけは。 唯一繋がりを与えてくれた暖かい子猫だけは助けてやりたかった。 心から、幸せにしてやりたかった。 (でも。人を害した腕で僕は香美を撫でてやってもいいのか!?) (香美はそれで喜ぶのか? 本当に……?) 後悔の中、葛藤だけが脳髄を旋回する。 いつしか貴信は、なぜこんな状況に陥ったのか考え始めていた。 当事者 4 「よう。兄弟」 目覚めた少年と子猫を前に、ディプレス=シンカヒアは陰気な明るさを振りまいた。矛盾しているようだが「性分がそもそも 暗いのに口数だけは多い」性格にありがちな傾向だ。 「ヒドい目に遭いかけてるぞ兄弟」 巨大な顔をグッと近づけ、今一度少年に呼びかける。 「兄弟……!?」 相手は目を白黒とさせる。状況が分かっていないようだ。傍らで子猫も目を覚ました。辺りを怖々と見渡し、少年へ鳴きかける。 「お前さあwwwwwww友達いないクチだろwwwwwwwwwww顔で分かるwwwwwwwwwww」 反論はなかった。少年はひどく落ち込み、泣きそうな顔で俯いた。 「だから兄弟wwwwwwwwwオイラと似たようなもんwwwwww」 「感謝しろwwwwwwww兄弟のよしみで俺が話をつけたwwwwwwwww良かったなwwwwwwwwww」 「攫われはしたが殺されるコトだけはなくなったwwwwwwwwwwwww」 当事者 2 異様な光景だった。 見た事もない変な生き物と。 赤くて丸い大きな筒が。 目の前に並んでいた。 香美はよく分からないが、ひどく嫌な気配は感じていた。身を伏せ、唸り始めていた。 「手こずらせよってからに……」 横に転がっているのは全身から煙を上げる貴信。逃げようと抵抗していた彼は何度も何度も筒を放たれ、延々と腹部を 爆破された。夥しい血が地面に流れている。背中が焦げているのは集中砲火から香美を守ったせいだ。 (ご主人……) 香美はどうするコトもできず、ただ涙を流しながら貴信の傷跡を舐めた。 そしてそびえる筒に視線を移し、唸りながら睨みつける。耐えがたい怒りがあった。 (どーしてご主人をこんなメに……!!!) だが飛びかかれない。なぜなら……。 香美が集中砲火を浴びたのは、香美が筒を攻撃せんと飛び上がったせいだからだ。 また同じコトをやれば貴信もまた香美をかばうだろう。自分の傷などないように。 それは、耐えられなかった。自分のせいで貴信が傷つくのは、嫌だった。 だがそれは筒さえいなくなれば済む話だったから。 生まれて初めて香美は。 相手を…… 殺 し た い と 思 っ た 。 当事者 3 だーかーら。無駄な抵抗せんとよく聞きや。 ディプ公のとりなしでお前らの命だけは助けてやる。どーもアイツ、お前らに同情的らしいからな。 なぜ? そりゃあお前がやな。大声しか取り柄のない、いかにも人間関係挫折しましたって感じの奴やからや。 ディプレスはな。そーいうのに優しい。異常なまでに。 もっとも、助力した奴が成功すると途端に敵に回る。 よー覚えとき? 返答しだい将来しだいじゃディプ公もまた敵になる。 歎願してくれるからいい奴だ! なーんて信頼寄せるなよ。こいつはただ挫折者に恩売って、自分がええ奴だと思われた いだけや。最悪やろ? で、話に戻る。お前らはウチの大事な物を奪った。 何を? 自分らで考えろ。 本来なら何もかも奪ってやるとこやけど、そーするとディプレスがヘソ曲げてタッグに影響する。 ま、こいつとの人間関係なんてどーでもええけどやな。最終的に困るんは盟主様やろ? 自重する。 だが、見逃してやる代わりに飼い主。お前、仕事しろ。 ……身構えんな。いまの渦は爆弾出す奴やない。ウチの武装錬金特性で、ちょっと必要書類送っただけや。 驚いたやろ? 目の浮かんでる渦から封筒出てくる風景。こりゃワームホールいうんや。ウチの方からいろいろ 送れるし、さっきみたくお前らを吸いこんでこっちにやるコトもできる……。 おっと。封筒の中身はディプレスに見せんなよ。ウチからの極秘依頼や。 うっさいディプレス。ウチは思春期や。見られたくない文章の1つや2つあるわ。 書いてる文字を読んだか? 分かったな。 だったらそれをやれ。 夜明けまでにやらな子猫の方は殺す。 人質や。 戻ってくるまで子猫の方はウチの手元に置いておく。 おいディプレス。いま笑ったな? 手元は手元や。皮肉な意味をいちいち湛えんな。 当事者 1 林の中。 誰も追ってこないコトを確認すると、貴信はポケットから写真を取り出した。 筒から渡された封筒の中には、写真が2枚。メモが1枚。 メモは、やや奇妙だった。 A4ノートを無造作に破いたと思しき紙に、1行につき1枚、細長いシールが貼られている。 どうやらシールはテープライターから排出されたらしい。アウトラインもぎこちない明朝体の文字が刻まれ ている。 プリンターでも手書きでもない奇妙な文字の羅列。しかもシールの端には歯型らしきものさえついている。 灰色の染みは唾液だろう。元はノートの紙にも同じ痕跡がある。 まるで、口でノートをちぎり、口でシールを貼ったような……。 【この写真の男から写真の物を奪え】 【いいか。見間違えたらあかんで】 【金髪で】 【胸に認識表かけた】  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 【いやに自信たっぷりの顔つきの男から】  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 【写真の物を奪え】 もう1枚は古びた書物の写真だった。あちこちひび割れた茶色の羊皮紙を束ねただけの相当簡素な本。 説明によれば18世紀の稀購本らしい。 【この男は剣術むちゃくちゃ強いから気張ってやり】 【しかもふだんこの男には護衛として】 【ちっちゃい女の子と】  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 【忠犬のような自動人形が】  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 【ついとる。自動人形はでっかい上に自分で動ける人形や。見ればだいたいそうと分かる】 【けどいまはちょっとした仲間同士のゴタゴタでおらへん】 【今ならお前一人でもどうにかなる。写真の本を取り返してこい】 【そうしたら無罪放免にしてやる。感謝しい】 【この男の居場所は──…】 そして地下駐車場で、貴信はこの金髪の男と邂逅した。 腕を切断したのは出立の際にハシビロコウ(ディプレス)から持たされた武器。 日本刀。 「武装錬金じゃねーぞwwwwww錬金術製の頑丈な刃wwwww ダレ襲うかしらねーけどwwww 持ってけwwwwwwwwwwwww」 森を抜けるとコンクリート性の平屋建てが見えた。元は何かの研究室だったのだろう。 月明かりの世界の中で灰色の建物がうっすら輝いている。 そこめがけ、血の付いた小石が点々落ちている。 嫌な目印だ。出発してから目印にと石を落とし続け、ついにはあの駐車場の入口にまで落とす羽目になった。 帰りは逃げるのに必死で回収できなかった。時間的な制約もあった。いちいち屈んで石を拾う暇がなかった。 貴信は泣きたい気分だった。 あの金髪の男は何者だったのだろう。 分からない。だが右腕を斬り飛ばしてしまったコトは悔やんでも悔やみきれない。 せめて生きて欲しい。生きているなら謝りに行きたい。片腕を斬られても構わない。 だが無情にも指定された時間は迫っている。 後悔する暇もなく、貴信は。 コンクリートの平屋建てへ足を踏み入れた。