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大長編イカ娘 栄子と山の侵略者 10 - (2012/11/14 (水) 12:17:50) のソース
イカ娘は一人、川でサンダルの足を冷やしていた。 「このサンダルもこの間、早苗にもらったものだったでゲソね……。 わたしはこれからどうなるのでゲソか?」 今のイカ娘は一人言が多い。 一人だからだ。 「来たときは騒がしかったのに、静かでゲソね」 イカ娘はサンダルの足でバタバタと水をかいた。 と、それに混じって、石を踏んだようなジャリっという音がした。 「誰でゲソ!」 弾かれたように振りかえったイカ娘の前に、見覚えのある黒い影があった。 「磯崎……」 磯崎辰雄は水着姿で、その肩には狼娘のもう一方の牙が刺さっている。 「何故でゲソ!」 イカ娘が叫び、触手を構えた。 同時に磯崎がイカ娘に襲いかかる。 「何故わたしを攻撃する? わたしは敵じゃないでゲソ!」 磯崎がワンピースの襟をつかむ。 悟郎ほどではないが、鍛えられた肉体は、イカ娘の体を簡単に持ち上げた。 「いそざ……狼娘!」 そのとき、何かがぶつかるような衝撃が走った。 磯崎=狼娘がイカ娘を離し、暗い瞳で一方を見ている。 イカ娘もそちらの方角を見た。 「お……お主は、田辺梢!」 梢はイカ娘に微笑んで見せると、丸い帽子の下から触手(そう、触手だ)を繰り出し、またたく間に磯崎=狼娘を片づけてしまった。 「オート操作か、動きが鈍いわね」 「た、タコ娘ェ」 目に涙を浮かべて駆け寄ってくるイカ娘に向かって、田辺梢は静かな笑みを浮かべた。 「あなたは一人じゃない」 二人は昼にバーベキューをした広場に、並んで腰かけた。 もう空は藍色になっていて、遠くには虫の声が聞こえる。 のどかな景色だ。今、ここだけは。 「どうしてこんなところに来たのでゲソ?」 イカ娘が聞いた。 「それはスロットで当たったから」 「……あの女、そこらじゅうにチケットをバラまいてるでゲソね。 でも、会えてよかったでゲソ」 梢はイカ娘の顔を覗き込んだ。 「前に合ったときと比べて、少し変わったわね。 でもまだ、心の中に、分裂してしまっている部分がある。 侵略者のあなたと、相沢家のあなたに」 「分裂――その通りでゲソね……」 イカ娘は暗い空を見上げた。 「侵略者としてのわたしは、狼娘の味方でゲソ。 あやつの目的は否定できないでゲソ。 でも、相沢家の一員としてのわたしは……、 寂しいでゲソ。今、とても」 胸のつかえが取れたような感触があり、イカ娘の目に涙がにじんだ。 梢はイカ娘から視線を外さない。 その瞳は優しいけれども、込められた力は強く、逃れられない。 「誰にだってそういうジレンマはあるものだと思う。 ひょっとしたら、時間が解決してくれるのかもしれない。 ただ、あなたは、今。 選ばなければならない」 「今、でゲソか? なぜ?」 「それは戦いがもう始まっているから。 すぐに終わるわ。狼娘ちゃんの勝ちで、ね」 イカ娘は気圧されたように沈黙した。 「そこで」 梢が右手を目の前にかざした。 その手には大きなカギが握られている。 「磯崎さんが乗っていた護送車のカギをちょうだいしておいたわ。 これに乗って栄子さんたちを助けにいくこともできるし、 このまま帰ることもできる。 運転はわたしがするわ。 あなたのいきたいところに連れて行ってあげる。 ただ、決めるのはあなたよ」 「わたしが……」 イカ娘の脳裏に、走馬灯のように、みんなの顔が浮かんだ。 栄子、たける、千鶴、清美、悟郎、早苗、渚、シンディー、鮎美。 そこに倒れている磯崎や海の家の経営でここには来ていない「南風」のおっさん。 侵略部の面々に今も研究所で何か作っているであろう三バカ科学者。 悟郎の母やりさちゃん、ショウちゃんといったチョイ役まで、余すところなく浮かんできた。 そして最後に、狼娘の姿も。 水を掛け合って遊んだあのときの姿だ。 栄子たちが遠巻きに見ている。その表情は楽しそうだ。 あんな時間が訪れることは、もうない。 そのことは残念だが、イカ娘はどちらかを選ばなければならなかった。 「わたしは……」 つづく