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「”代数学の浮かす” ~法衣の女・羸砲ヌヌ行の場合~」 - (2012/02/27 (月) 16:14:10) のソース
『いつでもマイナスからスタート』 『それをプラスに変える』 『そんな出会いがきっと』 『誰の胸にもある筈…さ』 改竄者にとって大抵の事象がそうである。武装錬金もまた、例外ではない。 変わりやすい、というコトである。 ウィルという少年との攻防でいくつもの歴史が生まれ、消えていった。 総ての戦いに決着が付き、あるべき終止符(ピリオド)に向かって再び動き出した歴史。 そこに登場し猛威を振るったキドニーダガー。クロムクレイドルトゥグレイブ。 使用者は鐶光。例外的な存在──総角──さえ除けば発現できるのは彼女だけ。 皆はそう信じている。改竄と上書きを知らないがため、純然と。 別の歴史では楯山千歳その人が行使していたなど……千歳さえ知らない。 羸砲ヌヌ行(るいづつぬぬゆき)。恐ろしく奇抜だが本名である。誕生は2010年代。いわゆるキラキラネームが横行し 始めた時期である。彼女の両親はその点についてまったく筋金入りの連中だった。何をどうやったのか人名配当可能か どうか疑わしい「羸」(意味は”ヤセる”)を姓に組み入れヌヌ行などという可愛気のない、雌雄の識別さえ困難な──どころ か有機生命体の愛称として適切かどうかも怪しい──名を娘に与えた。 スマートガンの武装錬金・アルジェブラ=サンディファー。 それは発生と消滅を繰り返す歴史のなか偶発的にそして必然的に転がりこんできた。 名前を変え……形状を変え……特性さえ変え──… 武装錬金は位相を変える。歴史の変化に引きずられ。 千歳から鐶へキドニーダガーが渡ったように、または円山の風船爆弾が身長消滅⇔爆裂増殖のように。 時に創造主を変え特性を変え……あるいは形状を変え。 さまざまな要点を幾つか異ならせながらしかし同一のものとして、誰かの手に。 かつて武藤ソウヤという少年を過去へと送り出した武装錬金。 それは時空改変に抗うべく姿を変えた。 ヌヌ行自身はその創造主は以前の自分だと思っている。改変とともに今の姿に……とも。 真偽は、分からない。もしかするとクロムクレイドルトゥグレイブのようにまったく別人から転がり込んだのかも知れない。 それでも彼女は自分の人生に誇りを持っている。 決して楽ではない、辛さの多い人生だったとしても……。 自らの武装錬金で楽な方へ改変可能だとしても……。 変えたくないと思っている。 . ヌヌ行がいわゆるイジメに苦しみ出したのは小学4年の頃である。 他人(ひと)に対し本音で語れなくなったのもその頃だ。 彼女はホラ吹きになった。虚言癖を得た。旅を終えてもそれは治っていない。 きっかけはよくあるコトだ。 勇気を振り絞りクラスの男子に告白をした。だが彼は既に他の女生徒と付き合っていた。地元では有力な土建屋の1人 娘として大いに権勢を振るい各種学校行事においてはリーダーシップを取る……美しいが気の強い女子と。 もしヌヌ行がそれ──逆らってはならない者が唾をつけている──を知っていれば漠然ながらも危機を察知し告白を取 りやめただろう。 だが相手や世間に気を払うにはまだあまりに幼すぎた。 彼女はただ初めてやる告白にただ必死だった。雑多な状況にまでは頭が回らなかった。ただどうすれば生まれて初めて の恋心を伝えられるのか考えるばかりだった。純粋なのは悪ではない。ただ世界というのは時に悪ならぬ者をむしろ爪弾き 傷めつけ、絶望させる。長じた後に「ぬかるみ」と評す理不尽な仕打ちが待ち受けているなどとは知らず……。 ヌヌ行は可愛らしい便箋に「下手だが気持ちの籠った」文章をいっぱい書いた。 そして半年がかりで仕上げたマフラーもつけ、告白に赴いた。 地獄の始まりは告白後30分を過ぎたあたりだ。 言うまでもなく告白は断られた。それでもヌヌ行自身まだそれには納得していた。メガネに三つ編みという地味ないでたち、 頭こそいいがクラス特有の活況には乗れず場末で静まり返っている方がお似合い……女子としては下の方だと自分でも 思っているヌヌ行──だいたいこの名前からして可愛くない。そろそろ始まりかけている思春期のなかうなだれている── だからフラれるコトは(もちろん凄くショックだったが)、同時に爽やかな気分でもあった。 一生懸命手紙を書き、マフラーも渡した。叶うコトはなかったがそこへ費やした全力、そして伝えるコトを実行した勇気。 そういったものは子供に近ければ近いほどこそ味わえる経験だ。 ヌヌ行はまだ子供そのものだった。 幼さゆえ何が人生を豊かにするかなど具体的に述べられぬがしかしこのときの感情は確かに真髄を捉えていた。だから こその充足感。悲しみと達成感の混じったフクザツな感慨は確実に自分を良くしていくのだと涙を拭き、胸を張っていると…… 何人かの女子が自分を取り巻いた。 連れ込まれたのは女子トイレだった。 以後続発する地獄絵図のなか何度も何度も「このとき逃げていれば」と後悔する刻の中、しかしヌヌ行は訳も分からずおろ おろするばかりだった。 まず平手打ちが飛んだ。やったのは例の土建屋の娘だ。瞳から火を噴き頬を抑えるヌヌ行めがけおぞましい金切り声を 上げ始めた。隣には取り巻きの女子が何人かいてニタニタと笑っていた。出口の方にも何人か。見張りだろう。 世界というのは本当理不尽な側面を有している。十何年かのちやっとこのときを客観視できたヌヌ行はやれやれと肩を 竦めた。土建屋の娘のブッ放した怒り。どうやらかなり入り組んでいたようだ。 クラスでもトップだという自負。そんな自分の彼氏にFランクの女子が粉を掛けた。無論それもあったようだが──… 果せるかな。裕福な家と何誌もの表紙が飾れる美貌とカリスマとそれらが織りなすクラスでの絶対権力を有する土建屋の娘 には一つだけ欠点があった。 成績が、悪い。 もちろん前述の要素を見ても分かるように頭自体は決して悪くない。むしろ幼いながらに持つ牽引力や長たる度量は義務 教育を駆け抜けたのち成績以上の成果をはじき出すだろう。それは美点だったがそれゆえ様々な人間と『遊びすぎた』。学校 の勉強などやる筈がない。他者との交流に比べればいつ使うかも分からぬ歴史年表や数式などまるで関心がない。 だからか成績だけはとても悪い。この日の朝も口うるさい母親とその点で口論になったばかりだ。 ヌヌ行の成績はトップクラスだった。 不幸にも彼女の頭もまた悪くはなかった。幾分内向的で”クラス仲間の動静”なる生々しい世間にこそ興味はなかったが、 それだけに試験などという「いかにもやらないとマズい」事象には勤勉なる反応を見せた。しかも両親は奇人だったが頭は よく、実業家としてなかなか成功していた(収入だけなら例の土建屋の12割はあった)。その遺伝だろう。 「あいつらに勝つ気はないの!! あなたがしっかりしなきゃ負けっぱなしよあんな奴らに!!」 気位だけは高い──ブランド物で身を固めた紫髪の──母親がそう説教するたび土建屋の娘は猛反発を見せた。成績 1つ負けていたところでどうなのか。他では全部勝っている。だいたい稼業で勝つべきは父親ではないか。なぜ彼に言わない。 声を荒げそう反問し、子供特有の寂しさと怒りの混ざった残酷な推論を叩きつける。言えないでしょ、最近愛人作られて関 係が冷え切っているから。『あなたこそ愛人に勝ったらどう?』。猛烈な平手が頬を赤く染めた。学校終わったら撮影なのに どうしてくれるの。待ち受けているのは肌のコンディションについて特に口うるさい50絡みのカメラマンだ。 これだから財産目当ては。つくづくと侮蔑しながら家を出たのが9時間前。頬の腫れが引かぬためどうすればいいか現場に 聞いたのが40分前。あっそう。あれほど顔は大事にっていったのに。今日はもういい。ピシャリと言い放たれたとき土建屋娘 の怒りは頂点に達した。彼女は幼いながらに仕事を愛し、誇りさえ持っていた。なのに行けなかった。現場の人間がどれほ ど迷惑を被るのだろう。それは自分の経歴に傷がついたコト以上に気掛かりで、申し訳なかった。 そこでヌヌ行の告白騒ぎである。 本来母親に向けるべき怒りの矛の先端を彼女に合わせたのは成績の件も少なからず影響していたが……。 結局は『与し易い』からだ。 あのブランド物の化け物は言えば言うだけ狂乱し莫大な損害をもたらすだろう。訴えても解決にはならないし却って下らぬ ものが積もるだけ……。 大人しく、いかにも純朴そうなヌヌ行はまったく格好の獲物だった。 逆らうコトなど絶対なさそうで、それは実際そうだった。、 安易なカタルシスほどブレーキロスなものはない。 行く手に破滅が待ち受けていたとしてもその圧倒的な快美に見入られる 自制などあっという間にドロドロだ。 女子トイレでのやりとりは酸鼻を極めた。 最初は文句と詰問で終わらせるつもりだったがこういう場合収まる道理はない。事前に決めた理性的な「これまで」など 叫ぶうちあっという間に忘却していた。縮こまるヌヌ行にますます怒りが膨れ上がる。この程度か、この程度の人間が自分 より上の成績持ちでしかも自分の責められる材料になっている。遊び呆けて学業を放棄している自分の怠惰など、もしそれ を懸命に取り除いたところで「コイツには勝てない」、もともと仄かに抱いていた敬意と憧憬ともどもいずこなりへと追いやって、 ガンガン怒鳴り叫び散らす。取り巻きの女子たちの笑いが一層うすら寒くなったのは狂乱する土建屋の娘の醜態── とても雑誌の表紙に乗れるレベルではない──が面白かったからだ。自分たちなど足元にも及ばない美貌が実に呆気なく 崩れている。取り乱しを窘めるものなど誰一人いない。なぜなら面白いからだ。 美しさと知性。自分たちの持ち得ぬもの……それを持っているトップ2人の争いほど面白いものはなかった。勝手に醜く 転落した片方がもう片方を抉り苛み、傷つけている。「あのコたちはスゴいのにどうしてアナタたちは」。母親から勝手に 比較され少女らしい繊細な機微を日々傷つけられている彼女たちにとってもまたこの諍いはカタルシスだった。 だからヌヌ行を助ける道理はない。仮に助ければ今度は自らが娘に責められる。彼女らが厭悪するのは叱責それ自体 ではない。叱責という醜い表情筋の歪みを引き出す物笑いの種。それこそ厭うべきものだった。それゆえそちらに落ちた 場合助けというのは期待できない。結局何となく連れ立って適当な場所で適当に笑っているだけの間柄なのだ。彼女らは。 そうやって確かなものを得られぬまま過ごしているからこそ……。 優れた存在というのは嫉ましい。 なれぬからこそ疎ましい。 もっとも、優れた存在というのは得てして地道な努力を厭わぬものだ。ヌヌ行にしろ土建屋の娘にしろその最大の美点(知性・ 美貌)に関する努力は並々ならぬ。そういったものを最初から放擲し、何もせず磨かずの恣意放埓の赴くまま雑草のように 伸びさかっていた取り巻きどもを思うたびヌヌ行は微苦笑しながら軽く震える。「世界で一番怖いのはキミたちだ」。まったく 十何年後振り返っても戦慄すべき存在だった。 少女らしい真心を集約したラブレターがついにひったくられた。 あっと手を伸ばすころにはもう何もかもが破綻していた。 思い出にと机の引き出しの奥深くに仕舞うつもりだった手紙は猿叫とともに引き裂かれた。ヒステリーに顔を赤く染める土 建屋の娘の手は出来そこなったシュレッダーだ。大きな破片が黒ずんだ灰色のタイル張りの床に撒き散らかった。テープで 止めればまだ。慌ててしゃがみこみ拾い集めるヌヌ行にどっと笑いがあがった。集団による、継続的な憂さ晴らしが決定した のはこのときだ。傍観者の一人が動いたのは首魁への媚売りのためだ。内心では醜態を笑いながらも「そう動けば」、気に 入られ甘い汁を啜れる……浅ましい嗅覚、そして算段。それの赴くまま特に恨みのないヌヌ行──これまでは普通のクラス メイトとしてノートの貸し借りをしたりしていた。玉入れで勝てば無邪気に笑いあい抱擁だって交わしたコモある──の手から 手紙の欠片を奪い取り便器に巻き、そして流した。 マフラーもまた奪われた。後日焼却炉から灰まみれで引きずり出したそれはもはやただの炭のカスだった。悲しさよりも まず寂しさが全身を貫いた。編み物をするコトに凄まじい抵抗が芽生えた。 ここからはまあ小学生らしい場所柄を弁えたやり口だ。 数を頼みに個室へ押し込み浅黒い緑のホースを上にやる。 数時間後ぬれ鼠のヌヌ行が涙ながらに扉をぶち破るまでそれは続き──… 学校の備品を壊したー!! 無慈悲な爆笑を以て地獄の始まりが締めくくられた。 以降、クラスの女子の3分の2ほどは敵となった。 残りはもちろん傍観者だった。「関わらないよう」。総てが決着したとき無関係な第三者ほど安全だ。 自分の身を守り罪も背負わない。 そんな第三者どもに対するヌヌ行の復讐は忘却だ。 彼女らの存在を、ではない。 「何をされたかさえ忘れ」、普通に接してやる。そして彼女らに出来ないコトをやり助けてやる。 正直奴らのやらかした仕打ちなど”しこり”にしてやる価値もない。 その後訪れた素晴らしい出会い。自分を救ってくれた人たちに比べれば記憶にとどめる価値など……毛ほどもない。 何の感情も催さないがそれだけに心から信じている。 人の善意を信じすがるように眺めた彼女ら。 事情を話したにも関わらずそっぽを向かれた時! どれほどの絶望が身をすり抜けたか! だからヌヌ行は今でも彼女らの顔を覚えていない。同窓会で会い見覚えがなければ「そういうタイプ」だみなし普通に笑い 普通に歓談する。悩みさえ聞いてやり大体は解決してやる。そして無邪気に笑う彼女らに微笑する。 「気楽なものだな」 内心で少しだけ荒い声を上げながら……それさえも相談ごと忘れてやる。それが一番の復讐だと信じている。 屈折が生じるほどひどい期間だった。 . 子供というものは時に大人をも凌ぐ団結力を見せる。良い方向にしろ悪い方向にしろまだ忘れていない腹式呼吸よろし く腹臓からの声を出し合い掛け合って奇妙だが純粋なつながりを形成する。 遊びの時はいわずもがな。 目的が敵の打倒ならば彼らは一層はげしさを増す。 不幸にもその2点を同時に持ってしまったのがヌヌ行だ。 名前こそ奇抜だが温和でおよそ他者を傷つけるというコトと無縁な彼女はただ初めて直面する人の悪意というものに震える ばかりだった。上履きを隠されてもお気に入りのペンケースを色とりどりのペンごと踏みにじられても然り。 もっとも参ったのはある日給食の時だ。 どこから持って来たのか、アマガエルの轢死体がシチューめがけ転落した。 最初それが何か分からなかったヌヌ行は正体をしるやぞっとした。自然に落ちたのではない。人が落とした。 教師は教室にいない。 6人がかりだった。完食までそれだけの人数が彼女を拘束した。 腹や口から名状しがたいヒモのような器官を飛び出させた緑色の死骸がスプーンに乗って迫ってくる。 顔を背けようとしても無駄だった。1人が首を固定し1人が口をこじ開ける。 スプーンを持つ女生徒はもともと良いとはいえない顔の造作を更に卑しい笑みで引き落としていた。 やがて口中に没入したメニュー外の食物は凄まじい味がした。粘膜の生臭さにむせかえるヌヌ行はとっくに涙し鼻水さえ 垂らしていた。にも関わらず強引に顎を動かされた。咀嚼を、させられた。何が砕けたのかばきりという嫌な音がした。舌の 蕾は初めてきたる激越な味にぞっと痺れた。歯の間をころころと這いまわる2つの球体が何かなど成人してなお考えたく ない。カエルの最後の晩餐はどうやらハチか何かだったらしい。毒針が喉に刺さったためヌヌ行はこのあと3週間ばかり点 滴生活を強いられた。 そして嵐のような給食が終わり──… 灼熱に腫れあがる喉首で辛うじて息をしていたヌヌ行は奥歯の間に何かはさがっているのに気付いた。 舌が、反射的に触れた。 呑み損ねた内臓組織。糞の匂いのするそれに気付いた瞬間。 とうとう吐瀉物をブチ撒けた。 以後状況はますますヒドくなった。 気はいいがカバラに熱狂するあまりややおかしい──明らかに精神疾患が疑われるほど無邪気で幼い──両親さえや り玉に上げられた。父は常に涎を垂らし半笑いで母は所かまわずスキップでかっ飛ばすような人物だった。しかも服装とき たらくつろぎ用でさえ10万は下らないスーツなのにどれもこれも常にそこかしこに粘土が点々とこびりついており──夫婦 2人してゴーレムの製造に熱中していたので──それがますます嘲笑を呼んだ。 ヌヌ行はそんな連中の娘でしかも教室で吐いた!! 未熟ゆえに耐えられぬ異物感。子供というのは常に自分ばかりが正しいと信じている。単なる堪え性のなささえ純然と燃 え盛る義憤と弁じそれらしき理屈の剣で斬りまくる。相手もまた自分と同じ人間であり、感情があり、痛みを感じる機能さえ有 していると幼稚園のころ教えて貰っている筈なのに……やってしまう。まして同じ感情の持ち主どもと寄り集まってしまうと 正誤などあっという間に吹き飛ぶ。なぜ吐いたのか? その経緯などどうでもいいらしい。 とにかく群集心理だ。誰それがやっているからやっていい。やればスカっとするからやっていい。 耐えている方が実は強く自殺を選んでしまう方が遥かに優しい……などと彼らは気付かないし気付いたとしても嘲笑する。 ヌヌ行が小学校と聞いてもっとも強烈に思い出すのは人間の恐ろしさだった。 給食当番のとき無理やり総てのメニューを配膳させられなおかつそれら総てを目の前で床にブチ撒かれ(汚い汚いと囃された) コトもあった。吐く素振りを見せるものさえ。 それは彼らにとってただの面白い演目だったのだろうが……。 ヌヌ行は以後8年ほど料理が作れなくなった。女子大生になってからも飲食店でのバイトには並々ならぬ抵抗がある。 ただ悲しいコトにヌヌ行の両親は見た目ほど劣っていなかった。むしろ実業家としては6代先までの安泰が誇れるほど成功 しておりその頭脳的優性はヌヌ行にも行き渡っていた。だからこそただの弱者に向ける以上のおぞましさがクラスのそこかしこ から巻き起こった。苛められても苛められてもトップから転落せぬ頭脳。マスコミに持て囃され校長が集会で折にふれ褒めたたえる 両親(毎年莫大な寄付を行っていた)。嘲弄が嫉妬と化し義憤が邪推になり……とある試験のとき我が消しゴムに書いた覚えの ない数式がゴマンと刻まれているのを見たときヌヌ行は初めて教師への密告を決意した。 幸いカンニングの疑いは掛けられなかったし──温和で成績もよく両親が金銭面以外でもよく学校に奉仕していたので── すぐさま犯人は見つかった。 そして教師はイジメをやめるよう勧告した。 クラスの人間は総てハイと頷き反省文を書いた。 3日後……ヌヌ行の愛犬が行方不明になった。 両前足を半ばから切り落とされた柴犬が息も絶え絶えに帰ってきたのは更に5日後。 犯人はいまだ分からない。 ただ。 楔を打つような声を上げながら死にゆく愛犬をみた時……ヌヌ行は果てしない罪悪感を覚えた。 自分のせいだ。 きっと自分のせいだ。 告げ口したから報復で……。 警察も両親も変質者がやったのだと断定していたが──… 3歳のころから共に過ごしていた友達のような存在を死に追いやったのは自分。 彼女は悔恨とともにそう思った。 だから、決意した。 本当のコトなど話してはいけない。 自分がいくら第三者に窮状を、同じ世界に厳然と佇む本当のコトを話しても彼らは助けなかった。 カンニングを仕組まれたのは事実だが、その事実を話したばかりに愛犬を亡くした。 教師は解決を図ろうとしたが、正しいその行為を呼んだばかりに大事な物を喪った。 そういう状況を作ったのは例の告白のせいだ。 好き。心から思う本当のコトを話したばかりに地獄のような日々が始まった。 悪事は働いていない。したコトといえばそれだけだ。 だからこそ「それだけ」……『真実を話す』行為に嫌気が指した。 やがて彼女は自殺を決意する。 . 武藤ソウヤという少年に出会ったのは……その時だ。 ただしその時の彼はまだ………………………………………………………………………………………… 人のカタチをしていなかった。 それでもヌヌ行は信じている。 ”そこまでの”過酷な人生も”そこからの”人智を超えた激しい人生も、きっときっと意味があったのだろう……と。 出会いは力をくれた。 勇気をも。 何があっても前へ進もう。 そう思えるのは”たった3人”、そこに居た人たちのお陰だと……。 心から信じている。 『いつでもマイナスからスタート』 『それをプラスに変える』 『そんな出会いがきっと』 『誰の胸にもある筈…さ』