“二代目”撫子プロローグ


某世界日本国長野県立「オーヴァロード図書館」、某時間にて

 二人の少女が花壇の前に立っている。
 熱心に太陽を追いかける向日葵(ヒグルマ)の花、色を失い容貌も色褪せた撫子(ナデシコ)の花……。
 墓所に添えられた花束は彼女らが辿った旅路の果てを暗示するようだった。人と共にあって、常咲でありつづける花園はこの冷たい花瓶では到底力不足、一月越せずに枯れ落ちてしまう。生者と死者では養う力が違うと言うように。

 一人は探偵。
 おしろいを振りかけたようなかんばせ、ほっそりとして小柄な体躯、紅白の市松模様のお着物に、足元見ればいずれの時代の当世風か、袴にブーツ。額の撫子の花は大和撫子、放射状に伸びたその花は我が国の光輝を示すかのようだった。ちなみに、放射状の動植物を意図する英語ラジアータ(radiata)は探偵の主人の別称でもある。

 一人は斥候。
 もう一人はこの季節には似つかわしくない白いワンピースに藁帽子を被った姿。
 究極的に凡庸な美しさとは彼女のことを指すだろう。誰もが記憶の――理想と言ってもいい、心の荒野に住まわせる幻想の少女は青髪をしていた。ありふれた衣装はいささかこの現代日本では浮いてしまうだろう髪色を打ち消すため、探偵から与えられた。

 「ここまで長かった……です」 
 なんのかんのあって、新参陣営に潜入した私を含む秋の七草。
 リーダー格の萩はスラム街の少女黒餅(くろもち)と、そのバックパック「スズキ」こと【検閲】の謎を解き果たした。正確には彼女に陰ながら助力して解決させたという形であったが。御萩が米なら、黒餅も米なのかも?
 牽引役の尾花はあちらこちらを飛び回りながら他六人と連絡を取り持った。「KK」の本名【検閲】を言い当てたのもお手柄と言っていいだろう。都市伝説として噂をばら撒いていくことで実像を露わとする。それは雑記にも書かれている。
 破壊工作はこの場では関係ないですが、大雑把さが役に立つなんてわかんないものですね。

 私達の顔である桔梗は天宮(あめのみや)あやめと師走心刀(しわすこと)の両名と繋ぎを作り、助手の本分を果たすことだろう。いざとなれば身代わりとなる覚悟もできている。
 砲茉莉(つつまつり)の星座に花鶏(あとり)姉様(あねさま)と、裏を見ると回れ右したくなるような方々がいらっしゃることを考えると、押しの弱い桔梗で助かったと言えますが。

 そして、(なでしこ)
 「可能性の枝葉を切り落として真実という果実をえぐい味に変えるのが(わたし)達、探偵の仕事、なんです。
 「ダムドの眷属『青髪の蛍』、姉様(あねさま)の図書館へようこそ。数多の魔術書と殺人聖典(すいりしょうせつ)に彩られたこの館は人生の幕を閉じるには十分すぎるほどの凶器ですよ?」
 「好奇心は猫をも殺すっていうのかな? 一応、僕も『蛍』なんだけど、そりゃーくわばらくわばら」
 足元には毒花が散る。姉様の花だ。
 死体を小ネズミから守るため、書架ごとに常に供えられている。不吉さを演出する小道具に見えるが、見る人が見れば、墓荒らしが踏み越えることを許されない結界とわかるだろう。
 姉様の書斎に着いた。
 「姉様のご機嫌を損ねないように。姉様が関われば、すべからく飲水は毒水になるべし、なんです」
 「はいはーい、精々気を付けることにしますねー」
 彼岸花の鱗茎が有するアルカロイド系毒は一つ辺り千五百匹を殺鼠するに十分な量と言われている。鼠は嫌って近づかず、蛍も恐れて水飲まぬ。非人間相手には人工探偵も容赦はしないということだろうか。 




 「(わたくし)工藤曼珠沙華の図書館へようこそ。その様子だと蔵書を齧るなんてことはなかったようね。うふふ……。そして、おかえりなさい撫子。あなたのやってきたことは大体読ませてもらったわ」
 工藤曼珠沙華、別名『死人花(しびとばな)』は電気椅子にもたれながらも少しだけ興味を持ったかのように髪先をもたげて口元を垣間見せる。その様子は扇をすぼめる貴婦人の仕草によく似ていた。
 「それで、蟹ちゃんのサインはもらえたのかしら?」
 一の句は凌いだところで次の言葉で必ず蟹ちゃんがやってくる。蟹ちゃん蟹ちゃん!
 みんなそんなに蟹ちゃんが好きか! と二代目の撫子が心中毒づいたとこで柳に風だ。否と首を横に振ると、わかっていましたよと言いたげに憂鬱な表情をしてみせる。
 「まぁ、その辺りは今日からの本戦が終わってみない(注:2016年1月23日現在)とわからないのでしょう」
 なにかを企んでいそうな人の悪い笑い方と共に電流が流れる。ちなみに呂律が回っていないなんてことは全くない、流石は姉様、です。

 「で、あなたは何をしにいらっしゃったの?」
 気まぐれ。
 白ワンピースに稲藁帽子姿の青髪少女へと問いかける。
 姉様もwikiをすべて拝読済みである。シークレット指定もされていない普通のキャラ、それも細の細まで記述されたキャラ相手なら推理の仕方がないじゃない! とぼやいておられた。
 「いや、あなたこそ誰なの? 私はこの子に口八丁手八丁で連れてこられたんだけど……神?」
 人外の者も流石の姉様相手にはたじろぐようだった。こうして話をしている間にも迫る〆切と戦って、原稿用紙の上に凄い勢いで筆とインク壺を往復させている。
 表情とは正反対な鬼気迫る勢いに青髪蛍は若干引いていた。気付けば、黒で色付けされた原稿用紙が渦高く積もっていき、今にも均衡を崩しそうになっている。今、こうしている間にも――。

 「私は作家ですよ? 私が書いている脚本(レーゼ・ドラマ)で何を言っても私の勝手、けれど心の中で何を思っても私が干渉するとお思い? 神様みたいな傲慢なことを紙様相手にするわけはないのですよ」
 全然答えになっていないが、編集者の【検閲】さんが秋の七草のSS中で度々姿を表していたことには理由があった。自らの小間使いを使って本戦に介入しようと企んでいる間に、探偵でも気付かぬうちに〆切は迫っていたのである。
 げに恐ろしきは時間の壁を越える編集者の力である。『ファントム・ルージュ』や『花燃ゆ』を生み出した要因の一つも納期の壁と私が勝手に言っているのだから。
 それはともかく、追い詰められた作家が何を苦し紛れに出してくるのか、それは可能性の獣にすら想像を拒ませる惨劇の脚本であること確実だろう。

 「珍しく私は忙しいから後片付けは二日後に萩に来て頂戴?」
 「アッハイ」
 急かされるままに別室に移ると、神経質そうな編集者の男、名は――【検閲】と入れ代わりとなる。
 すれ違い様に色目を使うと露骨に嫌そうな顔をされた。これもお仕事の内ですよ、と撫子はにっこり笑顔を絶やさない。部屋越しに発破の声が響き渡った。
 「さぁダンゲロスSSDM(ドリームマッチ)の〆切は――!」
 二〇一六年一月二十五日(月)午前五時五十九分までです。未投稿の方は気を付けましょう。




 書斎から花壇に移る。この図書館は先に言った通り、探偵と作家の墓所でもある。――先客がいた。
 着ぐるみか、そうでないのか二足歩行のクマのような容姿をした男が立っていたのです。それは撫子もよく知っているお人であった。

 「あなたは……『のしさん』ですか?」
 そう、彼こそは『暦』の生みの親にしてダンゲロスプレイヤーの一柱『のし』である。
 あなたが、たぶんSSを見ているだろうPixivなどで確認できる姿が単なる化身であるか、それとも本体であるのかまではわからない。会ってみるまですべては未確定であり、未来は無限に分岐するのだから。
 「そうだよ? そういう君たちは翻訳者さんの投稿キャラの撫子さんと、monoさん? だっかなの投稿キャラの青髪蛍さんだったね。はじめまして、早速だけど引き抜くのを手伝ってくれないかな?
 僕の方から翻訳者さんにも話が出来ると思う」
 鮭を丸かじりしていそうな外見でありながらなんと紳士的な対応であろうか。流石は薬剤師の免許をお持ちなだけあり、一面の花畑を己の薬草園として活用していそうなのだった。

 …………。
 「いや、誰なの? この人」
 なんとなく農作業に従事していると、青髪蛍が今更なことを言ってきていた。
 詳しくは<ダンゲロス>希望崎学園『暦』設定をご照覧ください――です。
 そのまま七時間ばかりが経過した。途中、土曜日担当のエレベーター探偵“藤袴(フジバカマ)”がお茶菓子を持ってきてくれたが、それについて語るにはいささか時間が足りない。
 そろそろ本戦の時間、スタメンの青髪蛍を見送ろうというところでのしさんは目当ての者・を発見したようだった。

 「ぅわっ!」
 青髪蛍は横から話しかける撫子のことを努めて無視していたが、『犬神家の一族』の如く地中から足を突き出している男を見てはそうはいかないようだった。
 「あ、それですか。翻訳者様ですよ」
 「ああ。そういうことなんだ……」
 土汚れを防ぐべき割烹着が泥はねで黒く染まる。撫子は運動の熱量のためか、花の色の通り桃色に頬を染めていた 
 「はい、姉様――工藤曼珠沙華を怒らせた暁には人質に取られている翻訳者様が死にます。これは仕方のないことなんです」
 「僕も彼女をなだめたんだけどね。編集者の人が――」
 鬼か悪魔か編集者、実にありふれた文句だが、鬼も悪魔も叶わないのがこの聖三文字であることを考えると仕方のないことである。現役作家の方はもちろん作家志望の方もくれぐれも編集者を怒らせないよう気を付けましょう。

 「これが〆切を守れなかった作家の末路だよ。君たちも心得たまえ、作家を目指さないというなら私の領分ではないが」
 原稿用紙が入ったと思しき分厚い茶封筒を片手に、いかにも高級官僚を絵に描いたような男性が温室へと入ってくる。彼の名は【検閲】【検閲済】
 藤袴に電気椅子を押されて、座ったままの曼珠沙華先生も入ってくる。晴れ晴れとして、いかにも能天気と言った秋晴れの表情だ。
 「口舌院さん、もうそろそろいいとは思うのだけれど。うふふ……、読者も参加者の方々も焦らせては可哀想だわ」
 もういい、疲れたという風に頭を振る彼はと実年齢より年老いて、されど元より高い背丈を大きく見せる。
 「あなたの編集者を務めるのはもうたくさんだ。盾にされて消される作家(プレイヤー)のことを考えてくれ。……考えるくらいなら最初からミステリなんぞ書かないか」
 「ご名答」
 熟年夫婦のように連れ添った二人だったが、籍は未だに入れていない。

 「……それじゃ、僕は忙しいから帰るよ!」
 青髪蛍は考えることを放棄したかのように、脇目を振らず探偵の横を脱鼠の如く駈け出していた。
 館の主人はそれを止めようとしない。
 「ハルマゲドン、頑張ってくださいね。GKの方々を是非とも困らせてくださいねー。SS級探偵作家の工藤がほまりんさんの蟹ちゃん――」
 音速も通り越し、背中が小さくなる前に掻き消えてしまう。
 ちなみにSS級の級とはランクのことでなく、カテゴリーのことである。ついでに言えばSSはそのままショートストーリーの略、本戦に登場する合計三十という能力の枠持ちキャラとは違う限界突破な強さの持ち主である。
 ここでピンときた人も多いだろうが、ダンゲロスSSRに参戦したSS級魔法少女『阿野次(あのつぎ)きよこ』女史のSS級が先に説明した定義に則った存在と言うことは言うまでもないだろう。
 さて――。

 「のしさん、あなたの口からもどうかほまりんさんに頼んでみてはいただけませんか?」
 足元に埋まっている知人の姿を見て。曼珠沙華の頼みに対し、のしさんがどう返答をしたのか?
 それを今この場で書き綴ることは出来ない――。  

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2016年01月24日 14:37