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【至高と究極、の蛇足】


――さて。
もし、この二人の光景を、動体視力が極めて良く、殺気に敏感な人間が観察していたならば。


大菩薩峠連火が、ラーメン完成の直前に
粘土の塊を二つ、焼き窯近くの森に投げたことに気付けたかもしれない。

~~~~~~

「……ウホ」

向かって西側の樹上にいた一匹のゴリラ――学名・ゴリララーメンゴリラ、人読んで蕎麦食部ゴリは――
顔面に付着した粘土を忌々しげに拭いながら、すごすごと立ち去っていった。

いつの頃からかは解らないが、彼は大勝百歩日高次郎極のラーメンを執拗に付け狙っている。
極のラーメンが誰かに振る舞われようとする度に、彼はその熱を、香りを、気配を嗅ぎつけて現れる。
隙あらばそのラーメンを奪わんと……否、それ以上の狼藉をも働かんがために。

だが、今日ばかりは相手が悪かった。悪すぎた。
屋外ならば好都合、とばかりに待ち構えていたが――

あの派手な服を纏った女の、焼けつく焔のような鋭い一瞥。
それに気付いた時、既に顔面には衝撃が走っていた。
いや、たかだか泥の塊だ。致命傷どころか、ダメージすら殆ど無い。
だが、それ以上に――刻まれた恐怖という感情のほうが、痛かった。

いいだろう。今日の一杯は、あの女に譲ろう。
だが、次は――次こそは。
そう決意しながら、彼はどこかへと帰って行った。

~~~~~~

「……うううう、やっぱりあの人いい性格ですよ」

向かって東側の樹上にいた一人の少女――明智矢矯は、顔面の泥濘を拭き取りながら
手芸部の部室への帰路を辿っていた。

大菩薩峠連火――陶芸部部長にして、手芸部の兼任者。
だが、実質的に言えば――手芸部の裏切り者、抜け手芸者も同然の存在である。
様々な事情から、連火と手芸部の間には不可侵協定が結ばれているが……
しかし、それでも新入部員である矢矯には理解しがたかった。

手芸部からの、陶芸の独立――いわばクーデターを目論んで。
あまつさえ、成功させた。
それでいて、抜け手芸者としての罰を逃れた女傑。

だから、彼女はどうしても諦めきれず――彼女の命を、殺(と)るつもりでいた。

だが、あの瞬間。
自分よりも遥かに格上の、手芸者としての凄みを、思い知らされた。

投げつけられたのが、もしも失敗作の陶器であれば――
目の一つは持って行かれていただろう。いや、命も十二分に殺れた筈だ。

だからこれは、やはり手加減であり手心であり手抜きに他ならなかった。
不出来な後輩に対する慈悲とも取れるような、生温い撃墜。

「……でもいつか、貴方に一針喰らわせてみせますよ、ええ」

顔中の粘土を拭いながら、矢矯は少しだけ手芸者として成長を見せた――