行方不明





覇竜魔牙曇開催の前日。

希望崎学園では明日行われる決戦に向けた作戦会議が古参陣営、新参陣営共に行われていた。



そんな2年ぶりの異様な雰囲気の中で、とある一室では1人の男と奇妙な二人組が密談をしていた。

男の方は全身を機械的な甲冑に覆われたような、まるで宇宙(そら)で活躍したリアルロボットのような姿をしている。

一方の二人組は豚のような太った男が横になり、その男を椅子替わりにして美人な女性が乗っているという、明らかにそっちの趣味の人だと分かる格好であった。



「…これで良いのだな?」

男…希望崎学園学園長、江田島平八郎忠勝は2枚ある契約書と書かれた紙に指印を付け、女性の方に手渡す。

女性はひとしきり紙に目を通し問題がないことを確認すると江田島に片方の契約書を返した。

「こちらは貴方に。無くさないようにしてくださいね。」

うむ、と江田島が頷き契約書を装甲の間に入れこんだ。

「くれぐれも分かっているとは思うが…」

「えぇ、分かっています。契約は必ず遵守します。それが『転校生』ですから。」



『転校生』。

それは依頼者の求めに応じて人殺しからトイレ掃除まで、『報酬』と引き換えにどんな仕事も引き受ける謎の存在。

身体能力、魔人能力共に魔人を凌駕する存在であり腕を横に払うだけで相手の首が吹っ飛ぶ、戦車の弾を受けても無傷など並大抵の存在ではない。

ただし能力の相性如何ではあっさり死んでしまうこともあり過信はできない。



この希望崎学園でも何度かハルマゲドン中に転校生が乱入してくるという事例が発生しており

直近の物では2年前に現れた転校生が当時の古参陣営のリーダーを惨殺、それが古参の戦略瓦解に繋がり結果として早期の戦争終結に繋がった。

(なお、そのリーダーが『人間』であったかどうかは定かではない。)

早期に戦争が終わればそれだけ失われる命も少なくなる。

江田島が今回あえて転校生を呼んだのもそれが理由であった。



「『今回のハルマゲドンに調停役として参加する』。それが今回の契約でしたよね?」

「あぁ、なるべく早く終わらせてくれぃ。」

「分かりました。…ところで『報酬』の方は今どうなっていますか?」

転校生の『報酬』。それは人間である。誰を選ぶかは依頼人が決めてよいが

転校生側から『報酬』候補を提示され、その中から選ぶこともできる。

最終的に報酬の人間がどうなるかは分かっていない。

ただ、転校生が依頼を終えた時、報酬の人間が共にいなくなるのは確かである。



「それは大丈夫だ。彼はスタメンからは外れておる。…最初に新参陣営に参加した時はどうなるかと思っておったがな。」

「そう…それなら良かった。なかなか彼が報酬に選ばれることはまれですから死なれてしまうと困ります。

…それと先ほどから覗いている方、悪趣味ではありませんか?」

「!?」

江田島が部屋の入口を見ると確かに入口が少し開いていた。



「何奴じゃ!」

江田島の一喝に驚いたのか「何か」は足音を立ててその場から逃げ出した。

「しまった…。逃げられてしまったか。」

「いいえ。大丈夫。…むしろちょうど良かったですね。」

「だが…このまま逃げられるとお主の存在が…」

「大丈夫です。私にはその為の能力がありますから…。



『お風呂の国のお姫様』!!!」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

菅野隻蔵は廊下の角、階段の手前まで走りぬけるとそこで息を整えていた。

先程聞こえた密談。なるべくばれない様に気を使っていたが…まさか気付かれてしまうとは思っても見なかった。

「転校生…報酬!?先輩達から聞いていたけどまさかまたやってくるのか!?」

アルベルト・アマーリエ・フォン・ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテルと陰腹 硯。

新参陣営に居ながら2年前に既に希望崎学園に居た彼らから転校生という存在は聞いてはいた。



「さっき聞いた声…片方は学園長だった!だとするともう一人の方が『転校生』か!

恐らく来るだろうとは相談でも話し合っていたが…一刻も早く皆に知らせないと!」

廊下の方をちらりと見る。学園長達が追ってくる様子はない。

「よし!あとはこのまま逃げるだ(ムギュ)け…?」

何か柔らかい、暖かい物が菅野の身体を包み込んだ。



遠目から見ればすぐに分かったであろうことだが、菅野が階段を下りようとしたその時

階段だったその場所は既に一面の肉の壁に変わっていた。

先程のムギュという音は菅野がそれに気づかずに正面から突っ込んだ音である。

明らかな魔人能力であるが肉の壁に触れてしまった菅野にはもはやそのことを考えることも出来なかった。

(何だこれ…気持ちいい…?柔らかくて暖かくて…駄目だ、眠くな…って……逃げな………。)

抵抗する気力を失った菅野はそのまま全身を肉の壁の中に引きずり込まれ姿すら見えなくなってしまった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

話を江田島と女性がいる方に戻そう。

先程から女は自身の股と豚のような男の間に手を入れ、何かを探すように弄っていた。

はたから見れば自慰行為にも見えるが様々な魔人を見てきた江田島は何も言わずその光景を見ていた。

「…見つけたわ!」

女が股と豚のような男の間から手を引き抜くとずるっと何者かの手が引きずりだされた。



お風呂の国のお姫様

それがこの女性…芹沢 清姫が目覚めた魔人能力である。

他者と肌と肌とで触れあっている場所の隙間に手を入れ、選んだ対象を引きずりだすことで

異空間のゲートを通ってその対象を取り出すことが出来る。

ただし取り出すまでの間、肌と肌を密着させていないと使用は出来ない。

本来抱き合うような形であれば密着している面積が広くとれるのだが、別に股からでも問題はない。



「学園長、ちょっとこの手を引っ張って貰えませんか?この体勢から動くことが出来ませんので…」

「あぁ、分かった。…ふんぬっ!!」

江田島が勢いよく引きずり出すとその何者かの全身が一気に抜け出してきた。

それは先ほど肉の壁に飲まれた菅野隻蔵、その人であった。



「ふむ、こやつは…。」

「やはりちょうど良かったですね。『報酬』である彼が出てきてくれるのは好都合でした。」

清姫はそう言うと『報酬』…菅野隻蔵を見てそう呟く。

「一応、彼は学園長の方でお願いします。全てが終わってから改めて伺います。」

「了解した。」

「…藻乃……美……。」

二人が話会う中で、菅野は最愛の彼女の姿を思い描きながら意識を手放した。

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最終更新:2016年01月24日 10:48