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黒餅プロローグ」(2016/01/15 (金) 23:17:38) の最新版変更点

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*黒餅プロローグ ---- 十月二十一日 火曜日 くもり ついに食べるものがなくなった。かたいパンはきのう鈴木とはんぶんこしてしまったし、拾った缶詰はネコに盗られた。 明日からどうやって生きていけばいいのだろう。 ---- ボロボロのノートにそう書き終えるとあたしは溜息を吐いた。 あたしの名前は黒餅(くろもち)。生まれた時にはまた今とは違った別の名前があったはずだが思い出せない。少なくとも物心ついた頃から、喧嘩友達の鈴木にはそう呼ばれている。 名前の由来は、あたしのもちもちした肌と黒い髪――今では金髪に染めてしまって見る影もないが――をからかって鈴木が付けたものだ。 鈴木は普通の名前なのにあたしだけ不公平だ、と言うと鈴木は決まってあの小憎たらしい顔をほころばせて「そんなことないさ。俺の名前だって普通すぎてつまらないもの」と言い返した。 そんなことをとりとめもなく考えていると、あたしは手元の錆びた時計の針が四時を指していることに気づいた。そろそろ鈴木が帰ってくる時間だ。あたしも帰らなくては。 あたしは立ち上がると、路地を抜ける道を目指して歩き出した。 大通りに出る。 足元でもぞもぞと何か黒いものが蠢いた。見やると、そこにはボロをまとった同い年ぐらいの少女が座り込んでいた。 彼女の目は虚ろに窪んで、そこには何も映っていないように思えた。 ここは隣町の金持ちどもには、“煉獄街“と呼ばれているということを最近知った。 普通、こういうスラム街は「地獄」と呼ばれるはずだが、地獄と形容されないのは、煉獄――つまり地獄にも天国にも行けないどうしようもないやつらで溢れているから、らしい。 そんな“煉獄街”の北から数えて十二番目の右側の細道を少し曲がった先にあたしたちの住処はあった。 廃品とダンボールを積み上げて作ったボロ屋だ。強い風でも来たら簡単になぎ倒されて無くなってしまいそうなそんな頼りない――それでもあたしと鈴木の大切な家だった。 模造紙を貼り固めた壁をノックし、あたしは我が家の玄関のドアを開いた。 鈴木はまだ帰ってきていなかった。そう言えば今朝出かける時に、街の境にある下水まで落ちている金を拾いに行くとかなんとか行っていたような気がする。 あそこは危険な場所だ。もう何人もの子どもが金を取りに行って亡くなっている。何もなければいいのだが。 あたしは頭を振った。少し寝よう。腹が減っているときは嫌な想像ばかりしてしまう。そんな時は寝るのが一番だ。 横になると、あたしは服屋から盗んできたボロ布を繋ぎ合わせただけの布団を胸元まで引っ張りあげて目をつぶった。 ---- 十月二十四日 金曜日 あめ 結局、鈴木は帰ってこなかった。 あたしはまた一人になってしまったのだろうか。 死にたい。 ---- 気がつくと、あたしは鈴木と昔よく遊んだガラクタ置き場に来ていた。 秋の雨にうたれて寒さが身に染み、三日ほど何も食べていなかったため腹がシクシク痛んだがそんなことはどうでもよかった。 「鈴木」 あたしは小さく鈴木の名を呼んだ。 もちろん答えるものは誰もいない。 涙が溢れ、嗚咽がこみ上げてきた。 その場にしゃがみこんだあたしは、必死で泣くのをこらえていた。 ――ガタッ その時だ。ガラクタの山から何かが動くような音がした。 よく見ると、ガラクタの積み重なったちょうどてっぺんの辺りから、紫色の布切れのようなものが飛び出してバタバタともがいている。 あたしはほんの興味心からガラクタの山を登ると、その紫色の布切れを指先で突っついた。 「お、おい、お前! 俺をここから助けろっ!」 すると布のようなものの切れ端は、驚くことに声を発した。どうやらガラクタが上に乗っていて身動きがとれないらしい。 あたしは一瞬びっくりしたが、結局ガラクタをどけてやることにした。いつの間にか涙は引っ込んでいた。 「ふう、全くとんだ災難だぜ。この俺がこんな目に遭うなんてな……」 ガラクタがどけられると、布切れはお礼も言わずにぶつくさ言い始めた。 あたしはちょっとイラッときたので、それを殴った。 「イテッ! て、テメーなにしやがる!」 布切れは抗議の意を示したいのか再びバタバタと暴れ始めた。 あたしはそこでようやくその布切れが熊のバックパックの形をしていることに気づいた。 「この俺にこんなことしてただで済むと思うなよ! ボコボコにすっぞ!!」 バックパックは暴れながらつぶらな瞳でメンチを切ってきた。正直言って全然怖くなかった。 「……お前、なんなんだよ」 あたしはそれを無視して、当然とも言える疑問をバックパックにぶつけた。 「おう、答えてやろうじゃねえか! 俺は……えーと……その……名前は……その……」 バックパックはそこまで言うと黙りこんでしまった。 記憶喪失らしい。 「お、俺は……誰だ? 何なんだ……?」 バックパックは必死の形相で何かを思い出そうとしていた。 だが無理なようだ。頭を抱えて唸っている。 「俺は、俺は……」 「お前の名前は、『スズキ』」 あたしはバックパックにそう言ってあげた。 「俺……スズキ?」 「ああ、いい名前だろ」 「スズキ、か。確かにいい名前だ。……お前の名前はなんて言うんだ?」 「あたしは黒餅」 「黒餅、一つ頼みがある。いいか?」 「なに?」 「俺を背負ってくれないか」 あたしは何も言わずにバックパック――スズキを背負った。 スズキの中には何も入っていないはずなのに、なんだかあったかくて背中がくすぐったいような、懐かしくて切ない、そんな気がした。

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