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569.通州糧運京二傳所載不同

  土木之變,英宗既北狩,也先將入寇,朝議欲焚通州倉,以絶寇資,後令京軍自運到京,不數日京師頓足。明史周忱傳以爲此議本出自忱,于謙傳則又以爲出自謙。蓋忱傳本之何良俊四友齋叢説,謂忱適以事至京,令軍士預支半年糧,俾自往取,何至付爲煨燼。謙傳則本之陳沂畜德録,謂國之命脈在此,傳示城中,有力者盡取之。高岱鴻猷録亦謂,謙令軍士預支月糧,以贏米爲之直。此各記所記者也。蓋本忱建此議,而謙奏行之耳。


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新月詩 569.通州糧運京二傳所載不同 于謙王文之死
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