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110.愍元二帝の即位

  晋の懐帝(司馬熾)は、永嘉五年(311)に劉曜に捕らえられた。翌年、賈疋らは秦王司馬鄴を奉じて皇太子とし、長安を都としたが、まだ帝位につかせることができなかった。永嘉七年(313)になって、懐帝が崩じたという報が届いたので、はじめて帝を称させ、司馬鄴を愍帝とした。愍帝は、建興四年(316)に劉曜に降伏した。翌年、元帝(司馬睿)が建康で晋王を称したが、やはりまだ帝位につかなかった。さらに翌年、愍帝が崩じたという報が届いたので、はじめて帝を称した。


110.愍元二帝即位

  晉懷帝,永嘉五年爲劉曜所擄。次年,賈疋等已奉秦王鄴爲皇太子,都於長安,然猶未即尊位,直至永嘉七年,懷帝崩問至,始稱帝,是爲愍帝。愍帝,建興四年降於劉曜。次年,元帝稱晉王於建康,亦未即尊位。又明年,愍帝崩問至,始稱帝。流離傾覆中,尚有不忍其君之意,可謂合乎禮之變者也。


   前頁 『廿二史箚記』巻八     次頁
晉帝多兄終弟及 110.愍元二帝即位 僭僞諸君有文學
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