始まりは…ほんのひとひらの蝶の羽ばたきだった。
機密情報の公開というたった一度の羽ばたき。
羽ばたきは空気を微かに揺らす。
揺れた空気は波紋に変わり葉の一枚を揺らし、その葉はまた空気を揺らし、波紋に変わる。
大きな波紋へと変わっていく。
そして波紋は伝播し揺らぎ揺らいで一人の男の運命を揺らす事になる。

青森恭平

彼もまた数多の妖精に想われる漢の一人であった。

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青森恭平の未来が見えなくなった。
いきなりの天領からの通告にニューワールドは騒然となった。
未来が見えなくなる。
それはそのまま青森恭平の死を示していた。
つまり様々な情報が不確定になる事でたとえ青森恭平が万が一危険に巻き込まれていても助けに行く事が困難になったという事だ。
そして死亡通告が発布されたという事はその万が一が起きる可能性が極めて高いという事を指し示していた。

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『The thing which removes a mistake』

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その死亡通告で悲しむ誰かが居る。
ならば護らねばならぬ。
まず初めに動いたのは護民官だった。
青森の未来視情報の開示にあたり、同じく情報を得ていたものに許可も得ずに開示した。
それにより、想い人を失うという不利益を被るのは不当であると天領に上申したのであった。
天領はそれを妥当とし、救済策を取ることになった。
だが、そこに二つの問題が立ち塞がった。

法と情報である。

一度下された裁定を覆すには法によりその不当を示さねばならない。
そうでなければ、特別等がなされれば、法は効力を失い世は無法へと陥るだろう。

そしてもう一つ。
青森恭平の情報が少な過ぎる。
現状存在する情報は開示された未来視情報しかなく、それすら本来知られるはずの無かった情報が大多数に知れ渡った事から未来は揺らぎその確度を下げてしまっていた。

法は守られねばならぬ

そして例えそれがクリアーされたとしても助けるべきものの情報が少なさ過ぎる。

そこで天領はそれを解決する為に法官と星見司を召還した。

法を剣と成す法官には法を。

論理を剣と成す星見司には情報を。

それぞれに解を為せと命じたのである。
彼等は議論した。

法の抜け道を

論理の細道を

微かな光りでも見逃すわけにはいかなかった。
この戦い、負けるわけにはいかなかったのだ。

立場は違えど想いは一つ。
各々に職務はあれど青森を助けたい。
その想いは同じだった。

そしてそれぞれの解が為された。
法官は

法により不等な裁定が為されたとするならそれは護民官がこれを救済すべきである。

と解答し、星見司はこれまでの敵の動き、未来視の情報等から

敵はキノウツンに現れる

と予測した。

それを受け、天領は本件を護民対象と認定。
救済を承認した。

今、戦いが始まる。

どこかの誰かの心を護る戦いが。

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【集結地にて
とある歩兵達の会話】

「不思議な光景だね」

「不思議?」

「そうともさ。犬と猫は仲が悪かったはずなんだが…」

「利害が一致したんですよ」

「…身も蓋も無い奴だな。君」

「じゃあ貴方ならどう言うんです?」

「俺かい?俺なら…

そこに正義があったから

これだな」

「…クッサイ人ですね。恥ずかしくないんですか?」

「別に。それが普通に思える程度には俺は正義って奴を信じている」

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『青森救出作戦』

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キノウツン某所、指揮車両内部。
薄暗い車内で様々な情報を映すモニターの明かりを浴びる男が一人。
その左手には白銀に輝く棒状の何か。
くるりくるりと緩やかに手の上を回っている。
甲高い機械音が静寂を絶った。
通信呼び出しを示すランプが明滅している。

「こちら偵察班。どうぞ」

『すいませんアシタです。I=D隊、編成に戸惑っています。もう少し時間を頂けませんか?』

無線機から響く青年の声。

「わかりました。それでは我々が偵察をしている内に編成を」

『…申し訳ありません』

「お気になさらずに。時間が無かったのは百も承知です…では。また後ほど」

無線を切る男。
表情は長い前髪に隠れて見えないが男の口元には笑みが浮かんでいる。

―そう。何の問題も無い。この程度修羅場なら俺は幾度と無く避けて来た。

男の名は海法紀光。
数多の戦いを勝利へと導いてきた戦争の天才である。

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『それでは作戦書通りに。砂に紛れて隠密移動。散開して偵察を行って下さい』

「了解、偵察行動開始します」

海法隊こと偵察班は指令を受けて即座に行動を開始した。
部隊は作戦通りにキノウツン南部の砂漠に展開する。
予想される敵の規模はチル約500。
それだけの規模の敵ならば見晴らしの良い砂漠では隠れようも無い。
敵の発見は容易だった。
しかし…

「な…偵察ってレベルじゃねーだろ!?多っ…多っ!?」

敵の規模は予想を遥かに越えていた。

「敵…発見しました!敵の規模はチル、約1000!アラダらしき人物も一名確認されています!」

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「1000…ははっ大神参謀長の読みが当たったな」

指揮車両の扉を開け外の様子を見る海法。
後ろ手に組んだ手で魔よけのおまじないを組む。

「しかし…一人かなめられたもんだな」

笑う海法。
その手では白銀色に輝く棒状の何かがくるりくるりと煌めいていた。
ヘッドセットの通信を偵察班に繋ぐ。

「…青森さんの方はどうだ?」

『…言 成さんが接触。保護したようです。』

「そうか…了解した」

通信を終了し車両に戻る海法。

「ここで一気に片を付けたいところだが…アシタさんはどうしてるかなっと」

軽やかに通信呼び出しをかける。

「アシタさん。編成の方はどうなりました?」

『とりあえず出せる分は出しました。GOサインが出ればすぐ動けます』

「内容、出せます?」

『送ります………どうぞ』

モニターに並ぶ情報を眺める。

「これならいけるでしょう。同期をとって奇襲をかけます。…行けますか?」

『問題ありません。いつでもどうぞ』

「では門を開門後全力砲戦を開始してください。座標、送ります」

『……来ました。了解。配置を開始します』

通信切断。

「…ふぅ。ちょうど良い時に間に合わせてくれる」

微笑む海法。
偵察班に連絡し通信を確保させる。
そこに呼び出し音が響いた。

『配置完了しました』

「了解。各位、聞こえるか?」

『I=D班、よし』

『偵察班、よし』

「よし。それでは、圧勝を始めよう。…アシタさん」

『了解!!各機、砲戦用意!あれだけの規模だ。引き金を引けば星が付く。撃って撃って撃ちまくれ!
砲戦開始!!撃てぇガガッガー!!』

蹂躙が、始まった。

それは純粋な破壊だった。
敵を破壊するための破壊。
降り注ぐ銃弾の嵐が1000もの規模の敵を瞬く間に残骸へと変えてゆく。

ちぎれ、

吹き飛び、

そのハラワタをぶち撒きながら

チル1000という想定を倍近く越えた敵が悲鳴を上げる事すら許されずに次々と砕かれていった…。


そして、嵐が止み、静寂が辺りを支配する。
すでにかつて敵が居た場所に立つ者は無くただ残骸が残るのみだった。

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「海法さん!」

I=D隊の指揮官であるアシタスナオがアメショーから降りて海法へと駆け寄る。

「おーアシタさん。お疲れ様」

「海法さんこそお疲れ様でした。圧勝でしたね」

周りでは勝利を喜ぶ声がちらほらと聞こえる。

「これ…アウムドラの時みたいに資源として使えそうですね…」

数多の残骸を眺めてアシタスナオが言う。

「大体100万tにはなるだろうな…やっぱり犬猫、山分けでって…ん? 」

海法の目の前を過ぎる小さな何か。

「えっ?」

同じく何かに気付いたアシタスナオが目の前で飛ぶ何かに手を延ばした。

何かの潰れる嫌な感触。

「う…」

冷や汗を流すアシタスナオ。
恐る恐る手を開く。

「これは…」

「虫…だな」

横から覗き込みながら海法が言う。

「ふむ…ただの虫じゃなさそうだな…鑑識」

「誰が鑑識ですか!」

虫を確認し背後に居た【白にして正義】都築つらねを手招きする海法。

「いや、冗談です。それはともかく、これどう思います?」

アシタスナオの手を囲む二人。

「式神…みたいですね…メッセージを伝えるタイプの」

「式神、第六ですか!」

アシタスナオが自分の手に付いた虫を見ながら言う。

「いえ…キノウツン…たけきの……ダメですね。様々なゲートを複雑に経由しているみたいで出所まではわかりません」

「メッセージですか…内容は読めますか?」

都築は軽く冷や汗をかきながら答えた。

「『必ずお前を殺してやる』と」

沈黙が辺りに満ちる。
敵か?それとも…。

「ドイツ語で…」

「「え゛?」」

アシタと海法、二人の声がリンクした。

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余談だがこのあとアシタスナオは数日間幾ら洗っても取れない虫の体液の匂いに苦しめられる事になる。
戦いの、勝利の代償であった。

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場面は今回のヒロインへと移る。
戦いが終わり、去ろうとした青森恭平は彼を思うたくさんの人々に引き止められて囲まれてもみくちゃにされている。
彼にしてみればいきなり過ぎて事態を理解できていないのだろう。
狐につままれたような顔をしている。
一方の仮想飛行士たちはといえばともすれば去りねかない青森恭平を引き止めようと必死だった。
そんなやり取りが数分続いて、青森恭平は頭をかく。
焦ってはいたが、俄かに出来たたくさんの仲間達がおかしかったのかもしれない。
そして笑った。

「んじゃま…厄介になりますか」


(文責:双樹真)

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最終更新:2007年04月11日 02:55