愛が人をあやまつならば、人を結ぶのもまた愛である。

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その日、にゃんにゃん共和国とわんわん帝國は古い言い方で述べるならば、くつわを並べて日乃本最北の地へと降り立った。

猫の国の中で一二を争う華やかなりし乙女達の舞う地のことである。

城壁に囲われた市街地を背に、今、二降りの異なる陣営に属するただ一つを護らんための叡智が並び立っていた。

海法よけ藩国の王、海法紀光伯爵その人と、同じく人狼領地の領主、大神重信伯爵である。

「おお、大神参謀長の予測が当たった」

深く濃いあまりに青いほどの黒髪のみならずやたらに長い前髪をして顔の見えないその男は、南方に回りこんだ偵察兵からの報告を受け、ひょうひょうとそう呟いた。あらゆる艱難辛苦を避けるとも、人の悲しみを避けることを知らぬ星見司の雄である彼は、その長い耳を乾いた砂漠の風に揺らし、屈託なくそう言ってから、背中に組んだ指で魔よけのまじないをする。

このアイドレス内ではいまだその情報を身にまとってはおらぬとも、世に、魔法使いとして知られる彼、ならではの仕草であった。

砂漠に伏せるは、砂塵にまぎれて散開している、わんわん帝國の歩兵部隊。ただ一人のみの参戦者すら見られた、わんわんの大半の国が参戦するその部隊にありて、奇妙にも、一人、にゃんにゃんの王が指揮を取っているのは、もうずっと最前からの、互いにいがみ合うはずのねこといぬとの歩み寄りの一つの証拠であり、成果であり、過程のたまもの。

両陣営が護るは一人、無名世界の七界を漂う異端の大陸、頂天のレムーリアに現れし伝説のスパイ、青森恭兵。

智は、剣。未知を切り開きて無明の闇に自ら輝く力を持つ。

参謀団は押し寄せる寄せ手の顔を選り見ては、次々に的確な部署へと配置をし、星見司の打ち込まんとする楔の尻に続きて厚き刀身を形成した。それは砕き、裂き、受け止めるための、銀色鋼の剛力の化身。

握るは五指と掌を成す諸王の集い、それを願いてかざし、五体五臓の六腑までをも精緻に複雑な感情と感情と感情の絡み合い既にして一個の有機生命体の如き意志織り成すは、言うまでもなく、ただの一人に至るまでも、名のないものなどありはしない、諸国民の総意であった。

それは声を揃えてこう言っていた。

『慈悲を成せ。そのために流す血は厭わぬ』

1000ものチルの軍勢を発見するや、その一個の巨大な意志の塊は、なだれ込むようにして鮮やかに叡智の切っ先を翻す。

「あなたの死に場所はここではないはず、みんなで一緒に帰りましょう」

言 成が、不思議に音楽的な言葉と共に手を差し伸べて、単身500を超えるチルとまみえんとしていた青森を、死出の運命から救い出す。

それが、勝利の最初の始まり。

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情報で出来た世界アイドレスにおいて、秘められるはずの情報が、漏れ出ることにより死者が出るということは、おそらく、とりもなおさず、洩れ出た情報そのものが観測対象に牙を剥くのではなく、「油断なく覗いている誰かがいる」ということなのだろう。あるいは洩れ出た情報そのものが彼の命そのものの流出でもあるのやも知れない。

いずれにしても、星見司ならざる筆者には、物語的にスパイスを加えるこのような嘘と勘違いをしか呟くことは出来ないが、とにかく、事の始まりはそれらしいような設定を背景に動いたということだけを、確かな事実として記しておくとしよう。

つまりは、あまりにも危うい戦地のただなかに、身を投じるであろう青森恭兵の身を案じるあまりにそれを口走ったものがいたということで、奇しくもそれは、本来訪れるはずだったかどうか定かではない死の運命を確実に呼び込むのみならず、これから始まる大連戦の始まりとなった。

この突然の死の宣告に抗うべく、一分を争う問答をくぐりぬけ、護民の精神の名の下に、法官と、星見司が宰相府を動かした。

『The thing which removes a mistake、”一人の過ちは10人の血であがなわれる。”』

この言葉の下に、出撃の許可が出されたのだ。

また軍事的な背景から言えば、前回の襲撃で無人兵器の斥候のみを出していたオーマ(根源種族)の軍勢は、ここ、キノウツン藩国に眠るゲートを狙い、現在の彼らの侵略の橋頭堡となっている、後ほねっこ男爵領の大分を拠点に、今度こその勢いで攻め込んできていた。その意味では、このところ、いいように攻め込まれているオーマへの反撃の端緒を見つけるべく、敵の進撃を防がんとする一戦でもあった。

戦場となる猫のキノウツン藩国は、その名の通り、昨日、ツンであれば、また今日デレになるやも知れないという、チャーミングな乙女の国である。ただの乙女ではない。ツンデレであるということは、殴られたら殴り返すだけのアグレッシヴさがあるということだ。

根源種族のあやまちは、この地に花咲く、わんわん帝國にも珍しいほどのメイド文化をこよなく愛するものたちが、山ほどいたということと、それ以上に友や自分を殴られて、黙って学習しないままでいるような腰抜けが、共和国にも帝國にもいなかったということであった。

さらに言うなら、ゲーマーは負けず嫌いで、キャラ萌えファンは、同胞のファン対象の危機を見逃すくらいなら首をつった方がましだと考えている節すらあったろう。

「さぁて、ここで城門開いて、一気に挟撃、と、いきたいところだが……」

「アシタスナオはどうしてるかな?」

よけ藩国の藩王は、そう言うと、予想を超える大軍勢に対して地元の摂政・アシタと連絡を取った。

猫は、犬に比しても数が多い。故のもたつきが、ひしめくように次から次へと現れた寄せ手をまとめ上げるのに、ゲーム的には手間取ったというべきか、それとも、物語的にはタイミングよく間に合ったというべきか……

「同じ敵を撃てるなら」

「敵は、この際、チルとアラダ全部狙います」

アラダを確認するや、なんだ一人かとなじみの虚勢を張りながら、内心でなんまんだぶと唱えていた海法は、城内から解き放たれたアシタ率いる猫の軍勢と足並み揃え、常人の15万人分にも匹敵する軍勢を、狙い定めることなくまとめて奇襲し包囲し挟撃し、徹底的に粉砕しにかかった。

戦場において予期されえぬ先手を取ることは言うまでもなく強大な衝撃を敵軍に与え、なおかつそれが自らを取り囲むようにして行われたのならば、たとえ8万人分の実力差があろうとも、その八割方を無力化するに匹敵する影響力となり、その上で盛んな意気と情報があれば、アイドレスの世界法則はこれを完全に凌駕し逆転するのに充分な力を発揮する。

「偵察ってレベルじゃねーぞ! 多ッ…多ッ!?」
「いや・・・もっと。・・・・・・1000ちかくいねえか、これ?」
「1000!見落としようがありませんねぇ」

当初敵機を500と予想していた歩兵たちは、その倍もの圧倒的な物量に度肝を抜かれながら、勇敢に、10mもの巨兵の群れという群れありったけの群れその数1000機へと、一気に進軍する。これがどれだけの巨大な質量かといえば、同じ人型フォルムであり、常人のおよそ6倍、縦も、横も、高さも大きいとすると、単純な体積だけでも人間の216倍、さらには元となったと思われる機体の重さが130kg、同じような計算でこれの125倍とするなら、一機あたり16.25tもの化け物的重量でもって、存在している。

これが、1000機。

216000人、そこらのドームを複数回はフルハウスにしておつりが来る人数である。世界最大級のスタジアムの一つ、マラカナン・スタジアムの立ち見を含めた史上収容人数がちょうどそれよりちょっと下であるからして、もはや15km×3kmのキノウツン藩国伯爵領内において、地図に黒い塊がぼっかりと出現するほどの巨大な塊であることは間違いない。1万tを超える質量の塊はもはやそれ自体が進軍する圧力で破壊を成せそうな暴力であり、明らかな、制圧目的の物量であった。

というか、馬鹿でかいサッカースタジアムが丸ごとむりむりと動いてきたら、誰でも洒落にならないことは、体感してわかる。情報でしか体感することのできない、アイドレス内でさえ、全参加者を束ねたよりも絶対数ですら多いのだから、これはもう酷い数の暴力なのは、自明の理であった。

それを、一気に覆す。

「いっちょ派手にいきますか!」
「よし!青森分充填!攻撃ー!」

青森恭兵を仲間に加え、歩兵部隊は一気に攻めあがる。

「こんなことならお小遣いはたいてメイド喫茶いっとくんだったなぁ」
「戦闘が終ったらその小遣いでお祝いに行けば良いじゃないですか(バタつきパンを齧りつつ)」

I=D部隊もまた、優雅な談話を交えながら、ゆるりと砲撃準備を開始、猛撃を眼前の巨大な空間へと叩き込む。

キノウツンの少年、青狸(6歳!)は、その優れた感覚に、うささんの感覚を上乗せし、ありったけの精度でもって、さりげに死亡フラグを小説内で確立しながら、トリガーを引き込み吼えたぎった。

黒き鋼鉄のI=Dたちが、その砲身を焼き尽くす勢いで、人間には殺傷力が過ぎるサイズの砲弾を、ライフルからぶっ放す。

視覚化されたそれらのヴィジョンと勢いに、敵のアラダはそれが誰か視認される間もなく名乗る間もなく反撃の間もへったくれも何もなく、1000ものチルと同時に圧倒的に撃滅された。

激戦を想定し、さらなる偵察・整備・回復・予知などの下準備を組み込んでいた参謀団と、それに備えていたロールプレイの出番がないほどの、勝利、勝利、大勝利、である。

今ここに、反撃ののろしが、あがったのだ。

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「……まぁ情報収集もできればよかったんだが、さすがにそれを望むには時間がなかった。罠は次にでもしかけよう」

100万もの資源に匹敵する、情報の残骸たちを眺めながら海法は言った。

ふと、その瞬間に感じた違和感にあたりを見回す海法につられ、そこらに手をのばしたアシタが蚊のような小さなものをその手につかむ。

「・・・なんだ、これ」

猫の歩兵がずらりと動員され、これを調べて眺めてまわす。さらには白にして秩序の手によって、その、ちょっとした式神が携えていたメッセージの正体が明らかになる。

キノウツンの麗しき12歳の人妻藩王キノウ=ツンの頭上のゲートからFEGへ、FEGのそのまた先へとかなり迂遠に狡猾に経由を繰り返す魔力の流れをたどっていた、ゲートトレーサーに託されたその言葉。

内容は、ドイツ語で。『お前を必ず殺してやる。』

第六世界から、自らの兄・晋太郎の命を救うべく、魔力を他世界へと送り込み続けることによって眠りについていた光太郎、彼を案じる魔女、ふみこ・オゼット・ヴァンシュタインの手になるものであろうとの推察は、ここまで条件が揃っていれば、容易であった。

一方保護された青森はヒロシマへ向かうつもりだったと告げており、上層部はただちにこれへと同行部隊をつけるべく、集まった人々による必死の説得を山ほど、たんまり、彼へと手渡した。

一人で行かせるなんて間違っても出来るわけがなく、知恵と美貌と表情の限りを尽くして彼を引き止めるのに、みんな血相を変えていた。中には切干大根を持ち出すものや、かの地で食せる名物を早くも心待ちにし、さも同行するのが当然という素振りで押し切ろうとするものたちもいた。感極まり、励まされてやっとものが言えたファンも、いたぐらいだった。

「(胸がいっぱいでぐるぐるしながら)あのっ…大将に元気な姿をみせてあげてくださいっ…」

もう、マジで泣きそうです…ホントよかった…、と、述懐を漏らしながら、深山ゆみは、やっとの思いでそう言った。

青森はにわかに出来た仲間と、好かれている人々に囲まれて狐につままれた顔をしている。

ただ、頭をかいた後、笑って、「んじゃ、厄介になりますか」と言った。

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戦いは続く。ヒロシマへ。小笠原へ。宇宙へ。第六世界へ。ゴロネコ藩国と玄霧藩国に現れた、これを遥かに超える量の軍勢への連戦すら至近に控えている。アラダ12、チル2000。あるいはアラダ4、チル500。

そしてこれらに抗するべく偶然にも温存された、赤にして慈悲、松井が戦況へともたらす変化とは…?

方々に散らばっているであろうキャラクターたちとの合流あるいは窮地を救い、救われる、熾烈な激戦の幕が今、真に上がろうとしていた……

【バトルレポートオブEV69 完】(文責:城 華一郎)

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最終更新:2007年04月06日 17:57