パチッ。
……また目が覚めてしまった。
枕元のデジタル時計は2時10分を指し示す。
その時計のオマケの温度計は……28度。
さらに湿度も重なってもう既に人の寝れるトコロでは無い俺の部屋。
既に俺は昨日11時に寝てから5回の目覚めを終えた。
「あ゛~………くそっ!」
こんな時間なので思いっきり叫ぶことも侭ならず。
俺はベッドの横に置いてある扇風機にスイッチを入……れ…?
ダメだ、急激に睡魔が……。



「ほら~?キョン君朝だよー。」
声より早し。妹がボフッ!と俺の上に飛び込んで来た。
案の定、俺はアレ以来は起きずにいたようだ。
いつものように着替えて、飯を喰い、歯を磨く。
そして俺はいつものように家の前で妹と別れ、自転車を走らせた。

いつものハイキングレベルのコースを移動し終えた。
俺は既に軽く疲れていたのだが。

ガララッ
後ろの扉を開けて自分の席と視界に入ってしまう『アイツ』の席を見る。
ハルヒは来ていた。
軽く肩の下まで伸びていた髪は2つのゴムで分けられていた。
俺は何気無く、自分の席に座りハルヒに話し掛けた。
「最近、また髪伸ばしてるな。」
「別に。」
久々に返されたな。入学当初の返事じゃないか。
聞こえないように軽く溜め息を……というか苦笑いと混ぜ合わせながらした。
すると、ソレを察知したのかハルヒは俺を睨みつける。
「ポニテ好きとかほざいてたのはどこのドイツよ?」
そういやそんなコト言ってたっけな。事実で否定箇所なんてのは存在しないが。
「ったく…。」
ハルヒは右手で頬杖をつき、窓の外を見る。
やれやれ。今日はゴキゲンななめのようで。
本日朝の会話終了ってことですか。
――ウルセェアマダ……
脳裏に何かまるで893が言うようなドスのきいた声が聞こえて来る。
周囲を咄嗟に見回す。
背後には、ひっそりとキョンを脅かそうとした谷口が居た。それだけだった。

「うおっ!脅かすなよキョン!!」
「…脅かそうとしてたのは誰なんだよ?」
「いやぁ。凄いねぇキョン。」
谷口の後ろから国木田が現れる。
谷口は腕を組んだ。
「全くだ。俺中学校では背後から行って気配悟られたコト無かったのにな。」
コイツは中学校生活中何をしていたんだ。
――ダマレ……
またさっきと同じ声が聞こえる。
次は後ろを振り向く。
だが、やはりハルヒしか居なかった。
突然向いて来たコトに気付いたハルヒは「何よ。」と軽く睨みながら問う。
「いや、……なんでもない。多分寝不足だ。」
「はぁ?だからアンタはSOS団雑用係なのよ!」
関係あるのか。業務と睡眠は。
「大アリよ!?そんなんじゃみくるちゃんと立場交代よ?」
それは色んな意味で止めてくれ。頼む。

「分かった!?」
ハイ。分かりました。
と、ココで予鈴が鳴って終了。
谷口と国木田も自分の席に座って行く。
…さっきの声は何なんだ?
やっぱ寝不足の所為か?

と、いうことで俺は授業をこなしながら合間の休憩を縫って睡眠をしていた。


放課後――――
うっすらと開いていく瞼にハルヒのリボンが初めに鮮明に映される。
次に近すぎるところにハルヒの顔があった。
「キョン。ほら行くわよ?」
気付けば、ハルヒはゴムを解いていた。結局ソレか。
「あいよ。」
俺は、机の横の鞄に手をかけて立ち上…がった?

ガタァン!
「!? ちょっとキョン!?」
ハルヒは猛烈な音に気付き、後ろを振り返った。
キョンは自分の机と横の机を巻き込んで倒れていた。
すぐにハルヒはキョンの顔を診るが、安らかな顔をしていた。どうやら異常は無さそうだ。
「ったく…。」
ふっ、と溜め息をつき、谷口と国木田にキョンを任す。
「私よりあんた達の方が良いでしょ。キョン宜しく。」
ソレだけを告げてハルヒは部室へ向かった。



「――ン…」
俺は目を開けると、周囲を白い布で覆われていた。…ていうかカーテンだな。
真っ白な枕や布団に包まれて俺は寝ていた。
ポリポリ頭を掻きながら、俺はカーテンを開ける。
「あっ!キョン!!」
保険医と面向かって谷口と国木田がソファーに座っていた。
どうやら、聴取されていたようだ。保険医の紙に『時刻』やら『状況』やら書いてあった。
「あら、もう大丈夫なようね。 多分睡眠不足よ。しっかり寝なさい。」
「はぁ。ありがとうございました。」
俺は1つお辞儀をして谷口と国木田と部屋を出る。
「もう大丈夫なの?」
「ああ。多分、な。」
フワァー、と欠伸をしながら俺は答えた。
「どのくらい寝てた?」
「んー、ていっても5分も寝てないんじゃない?」
「…本当に俺、睡眠不足か?」
俺達の足は、途方も無く下駄箱に向かっていた。
だが、俺は下車不可能の終点未知列車『SUZUMIYA-HARUHI』に既に乗っている為。
「悪い、俺アイツ放ってたら絶対明日カミナリだ。」
「そうか、大変だな。」
「んじゃあまた明日。ちゃんと寝なよ?」
ああ、俺はそう言い残すと足早に部室に向かった。

カチャ。
「あッ!キョン君!!」
「やあ。もうお体は大丈夫なのですか?」
扉を開けると、すぐさま朝比奈さんと古泉が声を掛けてくれた。
今日もメイドか。保養になるな。やっぱ。
「キョン!」
珍しく団長机に座っていないハルヒは机の扉側に居たようだ。
何故か俺に抱き付いて来た。
「なッ……ハルヒ?」
俺は鞄を落とし、固まった。…普通そうだよな。

「良かった……私の所為で具合が悪く……」
口調と声からするに、多少泣いていたようだった。
俺の身体は動くようになり、軽くハルヒの頭を叩いてやる。
「大丈夫だ。ンなコト無いから。」
本当はお前が原因と思うのだが。薄々楽しみ始めてたしな。
(古泉・みくる・長門サイド)
「良かったですね。異常が無くて。」
「ええ。多少閉鎖空間も発生したようですが何ら異常は無かったようです。」
盆で口を隠しながら、暖かく2人を見守り笑って話す。
「肉体異常無し。精神多少の異常有るが、問題無し。只の日常生活がズレただけ。」
「貴女が言って頂けると本当に大丈夫のようで。」
古泉の右側から、長門が喋りかける。

その時

「「「!!!」」」
3人とも見逃さなかった。
キョンの顔が多少、変わった。憎悪の顔に。
ただし、ソレは一瞬だった。キョンとハルヒはまた幸せそうに『いる』。
「…見間違いじゃないですよ、ね。」
「私も見ました。」
「1.21秒、彼の表情が『憎悪』に変わった。対象は分からない。」

古泉が危険と判断したのか、手をパンパンッと鳴らす。
「さて、悪いのですが。キョン君あなたはそろそろ帰った方が宜しいのでは?」
「ぁあ。そうだな。」
「そうね。キョン。今日は許してあげるから家に帰りなさい。コレも団員としての(ry」
キョンとハルヒは身体を離し、キョンは鞄を拾って扉を開ける。
「んじゃあ。」
手を少し振り、扉は勝手に閉まって行った。


「只今。」
「キョン君早ーい。」
何事も無く家に帰った矢先、玄関にはシャミセンと戯れる妹が居た。
「体調不良だ。」
そう言うと俺は自分の部屋に向かって行った。

「ふぅ。」
鞄を机に置いて俺はベッドに伏せた。
なんでだろう。確かに寝れはしなかった。
だが、急に立ち眩みを起こす程では無いハズだし、考慮して合間に寝ていた。
そんなコトを考えていると、俺の瞼は次第に閉まって行った。




――夜。
あまりにも早い眠りの所為か、俺は僅かに車のエンジン音しかしない時間帯に起きてしまった。
腹も夕食を摂ってない所為で大きく鳴る。
俺は何回か欠伸をしながら、洗面所に足を歩ませる。
「うっわ。髪ボサボサだな。」
手元に置いてあるハンドタオルを手にかけ、目覚めも兼ねて頭を濡らす。
そして、鏡を見て整え―――――

「―誰だ。お前…」

鏡というのは本来、その角度から反射し、リアルタイムの映像を映すようなもの。
真正面から見れば当然、その見ているヤツ自身がソイツに見える。
だが、
鏡に映っていたのは俺では無かった。
否、言葉を変えよう。
映っているのは俺ではあった。だが―――
――――やぁ。俺。

闇の所為では無い、確かに少し黒くなっている。
そして、眼は見開き眉間に皺を寄せていた。
どうみても俺はそんな顔をしてはいないし、何より、濡らしたハズの髪が濡れていなかった。
――――初めて会うな。
「誰だお前。」
――――俺はお前だ。それ以上でも以下でも無い。
なんだソレは。
鏡の俺(以下、『鏡』)は俺とは同じ行動はしていない。
鏡は明らかに狂ったような顔をしていた。意識ははっきりとしているが。
「俺…だと?」
――――そうだよ。俺はちょうど、アイツとの閉鎖空間内にいる時に生まれた。
「アイツ?」
――――涼宮 ハルヒ。
またアイツか。
「なんで生み出されたのか。」
――――知るか。
「長門とかと同じ派閥やら機関やらの創造した人格とか?」
――――いや、違うな。断言してやる。俺はお前の膨張した『感情』だ。
『カンジョウ』?喜怒哀楽の『感情』か?
――――そうだ。

鏡は俺を指差す。どんだけ自由なんだコイツ。
――――細かく言うと、アイツに対する『憎悪』のカタマリ。
憎悪?俺はハルヒに呆れたコトもあるが、憎悪なんてのは欠片も感じた覚えは…
――――黙れ。もうお前は俺の掌だ。

キィン!

脳に激痛が響き渡る。なんだコレは!声も出ねぇ!
俺は頭を抱え込んで、唇を噛み締める。
死んだ方がマシだとも考えるような痛みが長時間続く。



「キョーンくーん?」
ふっと眼を開けると、妹が首を傾げて覗き込んでいた。

「だーいじょうぶー?」
シャミセンを俺の上に乗せていた。頬が痛い。引っかかれたか。
いや、自分で引っかいていたのだ。―――夢じゃないのか。
かといってどうしようも無いんだけどな。



ガララッ。
「よぅハルヒ。」
「キョン、大丈夫なの?」
声を掛けると、ハルヒは弱そうな目で俺を心配する。
ハルヒもこういう時は可愛いのだが、性格がな。
「……何か言った?」
鋭い。
「別に。大丈夫だよ。」
「良かった。…そういやアンタ今日数学宿題やったの?」

宿題?ンなもの知らないぜ。と開き直ってみるが、どうしようも無いな。
「1日中寝てたからなぁ。」
「かと思った。」
フフン、と腕を組んで自慢げにノートを俺に見せる。
「やっといたわよ。感謝しなさい。」
これ以上の奉仕は無いかのように、貸しを増やしてくれた。
有り難い貸しになるが。
「サンキュ。」

そして、数学も着々とハルヒのお陰で答えるコトが出来、放課後への終鈴が鳴った。
「さぁ。キョン。今日こそ行くわよ?」
「………」
キョンは黙っていた。
「キョン?」
また具合が悪いのだろうか、そう思ったハルヒはキョンの顔色を見る。
「……ルサイ」
「え?」
「ウルセェ!!」


ゴッ!


……今、5秒程俺には何があったのか分からなかった。
気付いた時にはハルヒは仰向けに倒れ、左頬を赤くして。
俺の右拳にはミートに当たった感触が残っていた。

「ハ……ルヒ…?」
終鈴間もない為、周囲は騒然としていた。
そりゃそうだ。噂にもなっている俺がハルヒを殴ってるとは。
ハルヒは眼を見開き、自分の頬を擦る。
眼には涙を貯めてるコトが分かった。

――――ハハハハハッ。
後ろから声がした。といってもガラスだが。
――――スッキリしたぜ。アイツを殴れるとは。
「うっせぇ!!何しやがった!!!」
俺はいつになくもの凄い大声で『何もない』ガラスに叫ぶ。
周囲は「イカれたのでは?」等と声が上がっていた。
――――数秒お前の身体を『貰った』だけだよ。
「何が貰っただ!!勝手にハルヒに手ェ出してんじゃねぇ!!」
俺はさっきのハルヒを殴った勢いを反映するようにガラスを右拳で思いっきり殴る。

ガシャン!!

――――無駄無駄。まだココにはガラスが7枚ある。
鏡は隣のガラスに映って俺を嘲笑う。
「黙れ!!」
またガラスの割れる音が校内に響き渡る。

「止めろってキョン!」
谷口と国木田がキョンに抱き付いて止めにかかる。
が、キョンに力はいつものキョンではない。
2人は簡単に弾かれてしまう。
――――ほぅ。オトモダチも払い除けるか。俺が憎いか?
「うるせぇ!!」
3枚目のガラス。
ちらほらと泣き出す女子が現れる。
キョンを止める声も増えてくるが、キョンの耳には届かない。
ハルヒは呆然とキョンを見ていた。
――――おいおい。手ぇ大丈夫か?
キョンの手はすでに血塗れで、ガラスが刺さってもいた。
「黙れ黙れ黙れ黙れ!!」
だが、キョンの痛覚は失われていた。怒りによって。
4枚目のガラス。
椅子を投げて5枚。6枚。
――――おっと。俺ももう2枚か。
「ああ!!消えちまえ!お前なんて俺じゃねぇ!!」
――――俺だっつってんだろ。
7枚目。
――――もう俺も終わりか。悲しいな。
「黙ってろ!!お前はすぐ死ね!消えろ!!!」
左手に力を込めて殴ろうとする。




ガンッ!



キョンは後頭部を硬い何かで殴られた。
我に還り、振り返ると椅子を持ったハルヒが泣いて立っていた。
「キョン……止めてよ…」
口を開けて周りを見ると、女子は完全に泣きじゃくり、男子でさえも数名泣いていた。
「あ……俺……」
ズキッ!
右手のガラスの破片が痛みを告げる。
入口には教師さえも立ち尽くしていた。
「別に…怒ってないから……止めて……」
ハルヒは懇願する。

キョンは少し笑った。

「ハ…ハハハハハッ…ハルヒ…」
「何…?」
キョンの顔は何故かスッキリとしていた。
「伝言を頼まれてくれないか?」
「いいけど…」
「古泉には『世界はどうしようも無い』と。」
「世界…?」
「朝比奈さんには『コレも予測していたのでしょうか、ね。』と。」
「予測?」
「長門には『ゴメン。何度も助けて貰ったのにな。』ってな。」
「助けて…って。」
ハルヒの涙は次第に止まって行った。
「ハルヒ。行ってくれ。アイツらに伝えてくれ。」
「…うん。」
ハルヒは少し笑って頷く。

――――許してくれるんじゃねぇか。良かったな。
「…煩せぇよ。」
俯いて鏡にしか聞き取れないような声でキョンが話す。

ハルヒは椅子を落とし、身体を180度反転させる。
「ゴメン。ちょっとどいて!」
いつもの元気を取り戻したハルヒは言われたように伝言を伝えようとした。
「それじゃあな……ハルヒ。」
ハルヒは聞き逃しては居ない。キョンがそう言ったのを。
「え…?」


――――フッ。
鏡でさえも笑ってしまった。




ガシャァン……
瞬間の光景に全員が口を開けた。
キョンがガラスに身体ごと突っ込む。
「キョン!!!」
「じゃあな!楽しかったよ。」
落ちながらキョンは叫ぶ。
眼を閉じると走馬灯が想い出を魅せてくれる。
ハルヒは急いで窓の方に逆戻りした。



下には、鮮血の中に眠るキョンが居た。



キョンは全ての恐怖から解かれ、無に帰した。
ハルヒの施錠は解かれ、灰色が世界を包み込む。
古泉・朝比奈・長門は足元から消えて行く。

未知の生物なんかもう要らない、キョンが欲しい。
その願いだと3人は判断し、笑って消えて行った。
―――神は気紛れ、願いを創る。
――全ては無くなったと同時に始まった。




            了

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最終更新:2007年01月14日 01:33