「ただいま」
 
俺は努めていつもと変わらない口調で言った。
 
ドタバタと足音が聞こえる。その足音は俺の目の前まで来て止まった。
 
「キョン君! ……ぅぐっ………ひぐっ……ふあああぁぁん」
妹は俺に抱きつきながら泣き始める。
よしよし、大丈夫だ、と妹の頭を撫でてやり、俺は状況を把握するべくとりあえず居間に向かった。
 
妹か? 俺の背中ですやすやと寝息をたてていやがるよ。泣き疲れたんだろう。
まったく心配かけさせやがって。
 
しかし、ハルヒは本当にあんなこと望んでいたのだろうか。
あいつの望んだことは無意識的に叶っちまう世界だからな。
妹がこうして無事でいるということは、俺の鬼のような説得が効いたのか、……本気では思っていなかった、のどちらかになる。
……いずれにせよあれはやり過ぎだったかもしれない。
後で詫びの電話でもしとくか。
 
そんなことを考えながら何か手がかりはないかと居間をあさっていると、
ブーンブーン
携帯が鳴り出した。
 
電話の相手は、親父だった。
 
「もしもし」
『おうキョンか』
この非常時にまでそう呼ぶか。
『実はな母さんが倒れたんだ』
「……知ってるさ、あいつから電話があったからな」
『そうか、それで原因なんだがな』
 
「……」
 
『……疲れからくる貧血だそうだ』
 
「は?」
『だから、何も心配することないからな。ああ、でも母さんは検査入院とかで今日は帰れん。金はあとで返すから何か適当に食っといてくれ』
「親父はどうするんだ?」
『俺はもう少し母さんと一緒にいてやるよ』
「そうか、わかった」
『ああ、それじゃあな』
 
幼い妹の目にはついさっきまで元気を装っていた母がいきなり倒れるという光景がただ事じゃなく映ったのだろう。
仕方ないと言えば仕方ないことなのだが……やれやれだ。
俺は結局またいつものように振り回されただけなのか、と思うと同時に異様なまでの疲労感と虚脱感に襲われた。
一気に気が抜けたぜ。
 
俺は妹をソファーに寝かせて、その上にタオルケットをかけてやった。
 
ああもう俺も眠くてしょうがない。しばらくソファーで横になるか……
 
ブーンブーン
 
また携帯が鳴り始めやがった。面倒くさいから無視だ。
 
ブーンブーン
 
……しつこいな。
 
ブーンブーン
 
ああもう俺を寝かせてくれ!
 
ブーンブーンブーンブーンブーンブーン
 
ちくしょう出ればいいんだろ出れば!
ガチャッ
「もしもし!?」
『おや? 遅かったですね、何かあったんですか?』
「何でもねぇよ」
 
電話の相手は、気に食わないことに、いつもニヘラ顔を絶やさないことで有名なSOS団副団長こと古泉一樹であった。

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最終更新:2020年03月12日 16:26