「一人、か」
思わず呟く俺。
今日、古泉が転校していった。これで、北高に残ってる団員は
俺と朝比奈さんと長門だけだ。
朝比奈さんと長門は俺が進級するのと前後して、学校から去って行く。
「一人、か」
また、呟く。俺の周りから、ハルヒの痕跡が消えていく。
そう、何より寂しいのは、ハルヒが俺の側にいないことだ。
気力が出ない。全く何にも手が付かない。
それだけ大きな存在だったのか、ハルヒは。
そんな状態のまま時間は過ぎていき、今日は卒業式の日だ。
卒業式で朝比奈さんの姿を目に焼き付けた。恐らく今日で最後だからな。
卒業式のあと、何となしに文芸部室に向かった。
ノックなしで部屋に入ろうとしたら、後ろで待ったがかかった。
「ちょっと、待つっさ、キョン君」
鶴屋さん?なんでここに?
「みくるがどうしてももう一回見たいって言うからついて来たのさ」
今、中に?
「そうさっ。ところでキョン君。君、目が死んでるにょろよ?
大丈夫かい?」
あんまり大丈夫じゃないですね、近ごろ何にも手が付かないんですよ。
「そいつは、重症だね。ハルにゃんも罪なことをしたもんだっ!」
同感です。
 
「古泉くんも転校しちゃったしね。後は長門ちゃんだけかい?」
「その長門も家の都合で来年度にはいなくなるそうです」
鶴屋さん目を大きく見開いた。
「じゃあ、キョン君だけなのかい?
そうだなー、寂しかったら、あたしんちに来なよ。
お茶ぐらいなら何時でも用意できるよ!
……それとも、みくるのお茶しか飲めないかい?」
そんなことはありませんよ。
「それならいいっさ。愚痴くらいならいつでも聞いたげるよっ!」
「ありがとうございます」
俺の返事を聞いて鶴屋さんはうなっている。何か、不満でもあるのだろうか?
「まーだ暗いなぁ。人生は明るい方がいいことあるんだよ。
空元気でも笑って過ごすんだよ。いいかい?」
そんなにあっさり言わないで下さいよ。
「そだねー……お、みくる、もういいのかい?」
鶴屋さんがいつの間にか部室から出ていた朝比奈さんに言った。
「ええ、もういいです。
……あの、キョン君、少し付き合って、もらえませんか?」
喜んで。
 
場所はいつかの川沿いのベンチ。
「懐かしいですねー、ここ……」
確かにそうですね。ここで未来人だ、って言われたんでしたよね?
「ええ。結局、保留、って言われちゃいましたけど」
「今は疑ってませんよ」
……正直に言うと、嘘であって欲しい。
ハルヒだって、長門だって、古泉だって、一般人だったら、
どんなに良かっただろう。
少なくともこんなふうに別れることはなかっただろう。
でも、俺は一度そんな世界を否定した。
あの時、俺は俺の『日常』を取り戻そうとしていた。
今度はその『日常』のせいで全てを失ったのだ。
まるで子供のわがままだよな。あれが欲しい。やっぱりいらない。
情けねえな。
「キョン君?」
何でしょう。
「最後に一つ、……お話があります」
そう言ったきり、黙って俯いてしまう朝比奈さん。
おれも促す気はない。残り少ない朝比奈さんとの時間を楽しんでいたい。
顔を上げて口を開く朝比奈さん。
「キョン君。わたしは、わたしは……」
 
そっから先は言葉にならない。けど、以心伝心ってあるんだな。
「……すいません。でも、俺はやっぱり……」
「……そうですよね。でも良いんです。この結末が正しいんです。
わたしはここにいるべきでない人だから」
普段はアイコンタクトが通じない朝比奈さんなのに
今日は、言葉が足りなくても分かりあえる。
 
それにしても、こんな悲しそうな顔した彼女を放っておけるだろうか?
そんなことは出来ない。でも、俺じゃ朝比奈さんの悲しみは消せない。
「そろそろ時間です。今まで楽しかったですよ。
鶴屋さんによろしく」
そう言った彼女は涙を残して消えた。
 
……。
 
溜め息が一つ、俺の口からこぼれ落ちた。
「さようなら、朝比奈さん。いつか会う過去の俺によろしく」
 
あと一人。たった一人しか残っていない。
……でも、俺みたいな一般人の周りにあんなにゴロゴロ超常現象が
転がってる方がおかしかったのだ。
そうだ。俺は面白みのない現実に戻って来たんだ。
 
三学期も終わり、春休になった。
こんなに暇な長期休暇はいつ以来だろう?
もちろん、受験勉強は始めたがな。
春期講習の合間をぬって俺は長門を一回だけ図書館に誘った。
本を黙々と読む長門を見ていたら何時しか寝てしまったらしい。
気付けば閉館の時間だった。
「すまんな、長門」
「いい」
そっか。
「そう」
なあ、お前はこれからどうすんだ?
「禁則事項」
知らない方がいいってことか。
「思念体はあなたにもう何の価値も見出だしていない。
鍵は消失したと考えている。
だから、あなたにわたしのことを教える必要はないと」
そうだよな、ハルヒの側にいない俺は、お前の親玉からすれば無価値だよな。
「でも、わたしはあなたがまだ鍵だと考えている」
そう言う根拠はなんだ?
「……あなたの側に長くいたから、だから」
そう思うだけ、って?あの長門が?
「ありがとよ、長門」
「……いい」
少し照れてるみたいだな。
良いものが見れたな。
 
これが長門との最後の会話。あっさりとし過ぎてるな。
学年が上がると、長門は転校したことになっていた。
それを知った日。俺は長門のマンションに走って行った。
ハルヒがしたようにマンションの中に侵入して、長門の部屋に向かった。
扉に鍵はかかってなかったが中は空っぽだった。
……いや、一つだけ残っていた。
それは、俺が作った貸出しカード――。
 
期末試験も近付く七月の始めのこと。
 
「おい、キョンよー。お前、大丈夫か?」
何がだ、谷口?
「中間は赤点だらけだったんだろ?三年でそれはまずいだろう」
谷口に心配されるとは俺も落ちたものだ。
「んなこた、担任に何度も言われてるって。
……それに正直、どうでもいい」
「まだ、引きずってんのか?いい加減にしとけよ。
たかだか涼宮のためだけに人生、棒に振る気か?」
さあ?だけどそれもいいかもな。
「こりゃ、重症だな」
俺もそう思うさ、谷口君。
だが安心しろ。大学全入時代はすぐそこだ。
「キョン、それはまずいんじゃない。何なら、勉強教えて上げるよ?」
ありがとう、国木田。気持ちだけ受け取っておこう。
「国木田、しばらくこいつは放って置いた方がいいな」
「そうだね。一浪ぐらいすれば目も覚めるんじゃない?」
ひどいこと言うなよ。
 
帰って家でぼーっとしている、鬱真っ盛りな
俺に懐かしい奴から電話がかかって来た。
『お久し振りです。元気ですか?』
「いや、ひどいもんだ。で、何のようだ?古泉」
こいつが用もなしに電話してくるはずがない。
『話が早いですね。実は頼みごとがあるのですよ』
「なんだ?」
古泉は一流大学の名前をズラズラと上げて、こう言った。
『どれかに入って貰えませんか?どれも涼宮さんの志望大学です』
無茶を言うな。そもそもどうして、そんなことを頼む?
『閉鎖空間の発生頻度が中学時代並みに戻ってしまったんです』
だから、俺とハルヒがくっつけばいいってか?
『悪くはないでしょう?
……実を言いますとね、ちょっとカッとなって
不必要なことを言ってしまったんですよ。
そのせいで彼女が自己嫌悪に陥っちゃいまして……』
何で俺が、お前の尻拭いをしなけりゃいけない?
 
『半分はあなたのために怒ったんですよ?』
訳が分からん。
『あなたが最後の日に謝ろうとしてたことを話してしまったんです』
……余計なことを言いやがって。
「……分かったよ。なにすれば良いんだ?」
なぜか咳払いしてから、こう言っていた。
本当になんでだろう?
『引き受けてくれるんですか!?ありがたい……。
ああ、方法はお任せします。
結局、涼宮さんと仲直りすることで
一番恩恵を受けるのはあなたたち自身ですから』
否定はしないさ。今の俺の状況を見る限りそれは正しいだろう。
 
電話を切ったあとベットに転がり天井を見た。
長い間待ち望んでいた、やり直しの機会が来た。そのことに心臓が高鳴る。
――なあ、ハルヒ。
やっぱりお前がいないと寂しいよ。
 

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最終更新:2020年03月13日 01:07