新しい学校、新しいクラス。
「――と言うわけで、今日転校してきた涼宮さんだ。
それじゃ、自己紹介を」
クラスメイトの期待に満ちた目。
 
あたしは北高での入学式の時の自己紹介を繰り返す。
クラスの空気が固まった。
これで不愛想にしてればあたしの見掛け目当ての男はよってこない。
それに、あたしの内心を見てくれるやつは『二人』だけでいい。
「……そ、それじゃ、涼宮はあそこの席だ」
先生の声で我にかえり、考えごとをやめる。
とっても不愉快な考えね。キョンはもうあたしには関係ない奴なのに。
 
あたしが席に着くと周りの人達が心持ちひいた。
だけど一人こっちを見ている。
雰囲気で分かる。何か危ない奴だってことは。
…………
 
授業が始まる。
「教科書開いて。それと、涼宮は隣りの人に見せてもらえ。
それじゃ、始めるぞ……」
授業のレベルは北高とそう変わりはしないわね。楽勝よ。
 
一日目はあっさりと過ぎた。
放課後になると何人か話しかけて来た。男子は全て無視。
ただ、朝に危ない奴だって思ったのはしつこかった。
あたしが無視してんのに話しかけて来る。
「自己紹介のあれ、どこまで本気だったんだ?」
どっかで聞いたことがあるわ、この台詞。
思わず聞き返していた。
「あれ、って?」
「ほら、宇宙人がどうとか言ったじゃねえか」
……なんか腹が立つわ。あたしの思い出に踏み込まれたみたいよ。
「あんた、宇宙人なの?違うなら話しかけないで」
あたしは言い切って別な方を向いた。
そいつは舌打ちしたあと、答える言葉を探していたようで、
しばらく黙った後にこう言った。威圧するように。
「顔はいいんだから、口、閉じてやがれ」
言いたいだけ言ってなさいよ。
あたしはあたしよ。あんたに指図されるいわれはないわ。
そいつはあたしを忌ま忌ましそうににらんだあと出てった。
 
しばらくすると心配そうな顔した女子達がよって来る。
「あいつは気をつけた方がいいよ」
なんで?
「やばい奴とつるんでるって噂よ。
それに嫌な目で女子を見てんのよ。絶対なんかするわよ」
同意の声があがる。
「そうなの?気をつけるわ」
「そうしなよ。ところでさ、自己紹介は全部マジなの?」
そうよ、と言おうとしたけど言えなかった。
高校入ってすぐなら、そう言えた。でも今はそれだけじゃない。
この言葉から始まった北高生活を偲ぶよすがになっている。
まず、キョンが話しかけて来た。
それから、髪型について触れてくれた。
偉そうに話してた。でもそれで部活作りを思い付いた。
まだある。もっとある。
でも、もう増えない。
なぜならあたしはもうあそこに居ないから。
 
「涼宮さん?」
ちょっと考え込みすぎたみたい。
「なに?」
「どっか遊びに行かない?」
……。
この人達はいい人。それは分かる。
あんなことを言ったあたしでもクラスになじませようとしてる。
 
でも、そこまで。全く普通の人達。面白くない。
退屈だわ。死にそうなくらいにね。
 
けれど、そんな退屈な高校生活も一か月をすぎた辺りから、
慣れて来た。それなりに話す子もいるわ。
そんなときに事件は起きた。
 
あたしは一人で帰り道を辿っていた。
でも、さっきから誰かが後ろにぴったりついて来てるみたいなのよ。
足音がどんどん近くなる。やばい感じがするわ。
あたしは走ろうと足に力を込めた。
そのとき、肩に手が置かれた。
「待てよ。逃げんなって」
この声はあいつね。……最悪。
「ストーカーを募集した覚えはないわ」
そう言って肩に置かれた手をはらう。
「つれねえな」
あんたなんかに関わってる暇はないの!
「まあ、そうカッカすんなよ。ちょっと付き合えって」
よく見るとあいつの後ろに二人、柄の悪いのがいる。
「あんまし騒ぐなよ。怪我させたくはないからな」
そう言うとあたしが逃げないように三人で取り囲み、
ひとけのない方へ誘導する。
「ヤケにおとなしいじゃねえか」
三人の内、一人が下卑た笑い声をあげる。
キョンはあたしを馬鹿力だなんだって言ったけどね、
さずがに男三人は真っ向勝負じゃ勝てないわ。
気付くとそこは狭い路地裏だった。
あたしは三人の方を振り返る。
 
一人、あたしの真正面にいるやつが言った。
「覚悟は出来てるみたいだな?
まあ、頭の中が変でも体の方は普通だろ?」
三人はおかしそうに笑う。
あたしは無視して、集中する。
「真っ向勝負じゃ勝てないけどね……」
目の前のやつは間抜け面をさらす。
あたしが重心を下に落として、
目の前のやつの踝辺りに蹴りをいれたからだ。
バランスを崩した体を立て直そうと開いた足の間に
あたしは自分の足を入れて……蹴りあげる。
――あがる悲鳴。
もしかしたら、もう子供出来ないかもね。知ったことじゃないけど。
あたしは神様じゃないから、善悪なんて裁けないけど、
こんな奴等はいない方がいいのよ!
「てめえ、付け上がりやがって……」
「あんたらみたいなのにはあたしは高すぎるわよ」
完全にマジな目してるわ。二対一って圧倒的に不利よね。
でも、あたしは勝算もなしにノコノコついて行かないわよ。
こんなに狭い路地なら、人数は関係ないのよね。
だから、一対一が二回。それがあたしのノルマ。
 
強がってみても、男対女じゃ、始めから結果は見えている。
二人目に蹴りを二三発いれた時点で押さえこまれた。
「ちと痛い目をみてもらわなきゃいけないみたいだな」
そいつはナイフを引っ張り出しながら言った。
「まあ、お楽しみはそれからだな」
あたしは本気で舌でもかみ切ろうと思った。そんな時。
「お前ら、何してる!?」
路地の入口辺りに人影か見える。見た目は警察だ。
「マジかよ?普段、人は来ねぇんだぞ、ここ」
分かりやすいぐらいに焦っている。
「出口あっちにしかないぞ!」
「くそったれ!」
そいつらは吐き捨てた。
それからそいつらとあたしは交番に連れてかれた。(一人は病院行きよ)
あたしの方は正当防衛で、あっちは暴行未遂。
あたしは、ちょっと注意されて、帰してもらえた。
でも、帰る前に訊きたいことがあるわ。
「何であんな人気のないところに来たんですか?」
「ああ、柄の悪い男達が女の子を路地裏に連れ込んだって通報が
あったからね。ほら、あそこに居る子だよ」
警官が指し示した先に居たのはあたしの見知った顔だった。
「古泉君じゃない!」
 
「お久し振りです。危ないところでしたね」
ここはさっきの場所から少し離れた喫茶店だ。
「うん、ありがとね。でも、何でここにいるの?」
ニコリと微笑する古泉君。
「転校ですよ」
古泉君も?しかも、また転校?
「僕の父の仕事は転勤が多い上に不規則なんです。
僕も驚きましたよ、転勤先の地名を聞いたときは。
今日は、こっちに来てから日が浅いので地理を知っておこうと
歩いていたんですよ」
なるほどね。真面目な古泉君らしいと言うか。
「おかげで助かったわ」
 
それからあたしたちは色々と話した。
特にあたしの興味を引いたのは、有希も転校するってこと。
前にキョンが言ってた家族の事情とやらが変わったのね。
「てことは北高にはキョンしかいないんだ」
そう言ったあたしを見つめる古泉君。
「……何、なんかついてる?あたしの顔に」
 
「いいえ、付いてませんよ。
それより、気になりますか、彼のこと?」
「……そんなことないわよ。あいつが悪かったんだから」
そう言うあたしを射るようなまなざしで見る古泉君。
……どうでも良いけどさっきからあたしを見つめすぎよ。
「すいません。ですが一つだけ」
なに?
「あなたの転校を知らされた日、彼は謝るつもりだったみたいですよ」
じゃあ、何で謝んなかったのよ。
「『良かったわね、これでもう、あたしを見なくてすむわよ』」
古泉君は嫌みな笑顔で言った。
「それって……」
まさか……
「そうです、あなたの台詞ですよ」
「じゃあ、もしかして……」
哀れみがこもった声で古泉君が言う。
「ええ、あなたが彼を拒絶したんです。
あなたに近付こうとした、彼を」
 
悪いのは、あたし?
……ああ、いつもそうだ。
どうして素直になれないんだろう。
ゴメンね、キョン。
……今更だけど。
 
不器用なあたしに、チャンスは与えられるだろうか?
また、もう一度……。
それだけを知りたい。
 

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最終更新:2020年03月13日 01:08