(先に「お祭りの後で 朝比奈みくるの場合を読んだ方が話の展開が分かりやすいと思います)
 
気になっていたことがある。
映画が完成して、評判が良くって、飛び入り参加になったバンドでの演奏も楽しくて……、楽しいって言える文化祭が終わってあたしは凄く気分が良かったけど、あたしには、一つ、気がかりな事があった。
あの日、文化祭の撮影中、あたしはキョンと口論になり、キョンに殴られそうになった。
それは古泉くんが止めてくれたんだけど……、問題は、キョンのことでも古泉くんのことでもなく、発端になったもう一人の女の子のこと。
 
みくるちゃん。
 
キョンとは多分、和解できたと思って良いと思う。
古泉くんは、あたしに対しては怒っていなかった。
でも、あたしは、みくるちゃんに……、まだ、何も言ってない。
 
あのときのみくるちゃんはお酒に酔っていたみたいだから、もしかしたら、あたしの言ったことなんて覚えてないかも知れないけど……、ううん、そんなことは問題じゃないの。
相手が覚えてないから、なんて理由で流していいことじゃない。
だって、あたしは……、あたしは、みくるちゃんに凄く酷い事を言ってしまったんだもの。
 
あの日以降もみくるちゃんの様子は別に変わらなかったし、あたしを責めるなんて事も無ければ、そのことを理由に誰かに泣きついているなんて様子も無かった。
健気だな、と思う。
 
みくるちゃんは何時だってそう。
 
何時だって、あの子は何も言わない。
 
あたしは……。
 
色々悩んだ挙句、あたしは携帯電話を手に取った。
みくるちゃんに謝りたかったけど、一対一だと恥ずかしいし、そもそも一対一になれる機会を作り出すのが難しかった。
学年が違うから、直接連絡をとりに行くのも簡単じゃないし、そんなことをしたらキョン達にもばれちゃう。
身勝手だって分かっているけど、あたしはこのことをあんまりキョンには知られたくなかった。
だからあたしは、秘密を守ってくれそうで、一番頼りになりそうな相手に連絡をとることにした。
結局人に頼っちゃう事になるんだけど……、ううん、そんなことを気にするのは後々。
ああでも、彼にも後でお礼を言わないとね。普段色々お世話になっているし。
携帯が、ワンコールで繋がる。
 
『……はい、古泉です』
 
聞き慣れた声が聞こえる。
良かった、出てくれた。
古泉くんはアルバイトが忙しいらしくて、平日の夕方でも繋がらない事がたまにあるから、ちょっと心配だったのよね。
「あ、あのね……、ちょっと、相談したい事があるんだけど、今、良いかな?」
『相談ですか? 僕で宜しければ構いませんが』
「えっと……、映画の撮影の時の事、覚えているわよね。古泉くんがキョンを止めてくれた時のことなんだけど」
『ああ、そのようなこともありましたね。あの時は驚きました。……彼と何か有ったんですか?』
古泉くんが聞き返してくる。
あたしがみくるちゃんにどうこうって発想は、古泉くんにはないらしい。
あたしはふと考える。
似たような話を、あの場にいた残りの面子に話したらなんて思うだろう……、キョンはともかく、鶴屋さんも有希も、やっぱりキョン絡みのことだろうって思うのかしら?
 
「ううん、キョンの事はいいの……。あ、そうだ、これから話すことは誰にも言わないでね」
『承知しました』
「あ、あの……」
『……』
沈黙は、待っていますという意思表示なんだと思う。
古泉くんは優しいし、辛抱強い。
多分、この沈黙が何分続いても、彼は待ってくれる。
でも……、そんなに待たせちゃいけない。彼に甘えちゃいけない。
ううん、そうじゃなくて……、甘えるにしても、頼るにしても、自分で出来るだけのことはしないといけない。
だってあたしは、そのために電話をかけたんだもの。
 
「……えっとね、実は……、みくるちゃんのことなの」
 
切り出すのには、随分勇気が必要だった。
 
『……朝比奈さんですか』
 
古泉くんの声には驚きの色は無かったけど、それは、あたしがキョンのことじゃないって先に言ってからだと思う。
もし最初からみくるちゃんの名前を出していたら、古泉君も驚いていたんじゃないかしら?
電話越しで驚く古泉くんか……、不謹慎だけど、ちょっとそんな様子も聞いてみたかったかもな。
 
「うん、みくるちゃんのことなの……、あたし、あのときみくるちゃんに酷い事を言っちゃったでしょう?」
『……朝比奈さんは、そのときのことを覚えてないと思いますが』
「そうだけど……、でも、それで済ませちゃいけないと思うの」
『……』
「あたしね、みくるちゃんに謝りたいの。でも……、学校だと謝り辛いし、一対一ってのも何となく恥ずかしいし、でも、キョンや有希には知られたくないし……。それで、どうしたら良いか分からなくって……」
『それで、僕に相談する事にしたというわけですね?』
「そう……、何か良い方法は無いかしら?」
『……そうですね。この場合、あなたが僕と朝比奈さんを呼び出すか、僕があなたと朝比奈さんを呼び出す口実があればいい、ということですよね?』
「えっと……、うん、そういうことね。出来れば前者の方が良いなって思うけど」
そう、簡潔に纏めるとそういうことになる。
キョンと有希がいなくても良い理由……、何だろう、何か有るのかな。
『じゃあ、簡単な方法が有りますよ』
古泉くんは、朗らかな声でそう言った。
「え、本当?」
一体なんだろう?
あたしは電話越しだというのに、俄然身を乗り出した。
 
『監督が、主演女優と主演男優への労いという名目で呼び出せばいいんですよ』
 
「……ああ、なるほど」
古泉くんの答えに、あたしは思わず感心してしまう。
そういう方法が有ったんだ……、全然思いつかなかったわ。
やっぱり、古泉くんはちょっと凄い。
さすがSOS団副団長ね、キョンとはえらい違いだわ。
『これなら彼と長門さんが居なくても不自然ではないでしょう? これが彼だったら疑問に思うところでしょうが、朝比奈さんだったら、そういうことも有るのかな、くらいに思ってくれるでしょうし』
「うん、そんな気がするわ……」
結構疑り深いキョンならともかく、みくるちゃんなら多分気にしない……、と思う。
『では、この方法で問題ありませんか?』
「全然ないわっ、ありがと古泉くん」
『いえいえ、たいしたことでは有りませんよ。後は細かい打ち合わせですね。謝るタイミングも考えた方が良いでしょう』
「そうね……」
呼び出す方法を教えてもらったあたしは、その日の段取りと、どうやって謝るところまで状況を持っていくかを考え始めた。
 
……どうやら、謝るのは上手く行ったらしい。
帰り際に、古泉くんが「良かったですね」って言ってくれた。
うん、本当に良かった……。
自己満足かもしれないけど、謝れてよかった。
 
ごめんね、みくるちゃん。
 
でも、みくるちゃん、本当にあんなものでよかったのかな?
 
出来るなら形に残るもので……、あ、そうか。
水に流すって言ったからこそ、形に無いものにしたのか……、そっか、そういうことなのよね。
 
みくるちゃん、やっぱり、良い子だな。
 
それから、セッティングしてくれた古泉くんにもお礼を言わないとね。
手持ちのお金が足りなくて、結局プレゼント代も半額出してもらっちゃったし……。
後で立て替えるって言ったら、要らないって言われちゃったしなあ。
 
ううん、どうしようかな?
 
本人に直接聞くか、キョンにでも相談……、ってそれは却下だわ。
キョンには事情を話したくないんだもの。
 
ううん、じゃあみくるちゃんに相談?
 
ああ、どうしよっかなあ……。

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最終更新:2020年03月12日 16:06