プロローグ
 
秋。
季語で言うならば7、8、9月に属するその季節も、時代の進行というか価値観の違いというかで、俺の中では9、10、11月が秋だと認識されている。しかしどういうわけか、今年は秋があったのかどうかを疑うような気温で、これもまたお偉い団長様が何かしでかす予兆ではないかと疑ったが、奴の精神専門である古泉曰く

「彼女の精神状態はとても良いままですよ。閉鎖空間も今のところ、大規模で発生しておりませんし」

らしい。しかし、ハルヒは温厚平和な日常が嫌いなはた迷惑な奴だ。いつ何をしでかすか分からん。秋といえば読書、芸術、食欲。映画が芸術に入るのなら、まだ2つも不安要素が残っている。これは何か来るぞ、と俺はノストラダムスの予言が今更になって頭上に降り注いでくるかもしれないと言った心持ちで待機していた。
つまり俺は、涼宮ハルヒという人物に出会ってから、確実に用心深い人間へと成長していたのだ。
ど素人が作った映画が公開し終わってから早3日。クラスの全員がそろそろ文化祭の余韻が無くなってきた頃辺り、俺はハルヒが授業中良からぬことを作戦立てているのを気配で察知した。これは数々の不思議体験、いや面倒くさい事柄を身を持って味わってきた俺だから分かるものだ。古泉や朝比奈さんより早く感づける自信がある。無論、長門には勝てないが。

「‥‥‥で、今度は何を企んでいるんだ」

「ふっふーん」

教えてくれないのかよ。

「今日のミーティングで発表するつもりよ。キョン、絶対に来るのよ。1秒でも遅れたら罰金だからね!」

‥‥と、こちらの顔を一度も見ずにせっせと、まるで鶴の恩返しの鶴のようにこいつは何かを作っている。細長い紙の先端の穴の空いた場所からはリボンが、白紙の部分にはSOS団のサインが‥‥。
俺の勘も捨てたもんじゃないな。しかしこの勘がテストの時だけ怠けるのはいただけない。テストで良い点を取っているハルヒが妬ましい。
 
「じゃっじゃーん!お待たせ!!」

ドアを豪快に開けるハルヒに、誰も待ってねえよ、と思わずハルヒの後ろから声を出しそうになったが、律義にも独りでオセロを研究している超能力者、メイド姿の未来人、本に目を向けている宇宙人らは待っていた。古泉、その薄気味悪い笑みをこっちに向けるな。

「今日のミーティングは、こんな秋ならではの! ‥‥」

キュキュッキュー、とホワイトボードに文字をでかでかと書くハルヒをよそに、俺は古泉の前に座ってから荷物を床に下ろした。一生懸命戦略を練っていたようだが、生憎俺は負けん。お前は序盤で石を取りすぎるんだ。

「何が始まるんでしょうね?」

こいつがこう言う時は、大抵何が起こるか分かっている。だから俺は答える必要無しと最高裁判所の裁判官になったつもりで判断し、無言で目の前にあるオセロを1つずつ取り除いてやることにした。古泉も一緒になって、オセロを手元に戻していく。

「お茶をどうぞ、キョン君」

そう言ってお茶を差し出してくれるSOS団唯一の目の抱擁役である朝比奈さん。夏に別荘でメイドを目にして以来、どうやらメイドというものにいっそう影響を受けたらしい。本当に可憐で愛らしい。先輩とは思えないですよ朝比奈さん。
市販で買ってきたお茶よりも美味い緑茶をすすりながら窓際を見ると、黙々と本を読んでいる宇宙人がそこにはいた。その表情のまま蝋で固められてしまったかのように無表情のままページを捲っていくその様は、大地震が起きてこの学校が瓦礫の山と化しても、微動だにしない文学少女といったような雰囲気を釀しだしていた。といっても、長門ならこの学校が崩れる前に何とかしてくれるだろう。

「いい!? 我がSOS団は読書の秋を記念して―――‥」

すぅーっと、ビックボイスを叩き出そうとするハルヒ。またろくでもない考えを思いついちまったようだ。

「‥――SOS団主催、読書大会を始めようと思います!!」

……相変わらず文字感覚のバランスが悪い奴だ。会って文字だけ下にいってやがる。
 まあそれはともかく。馬鹿みたいにでかい声でそう宣言した後、やはり授業中作ってたのは栞だったのかと俺はひどく痛感した。よりによって読書がくるとは‥‥まあ本を書けと言われるよりはましか。
 しかし、その全く持って伝統も歴史もない、部活としてもまともにOKサインをもらっていないこのSOS団が主催する大会が、後々とんでもないことを引き起こすとは誰も知りなどしなかった。
 
‥‥もちろん、3学期に文章を書かさられるハメになることも俺は知らなかったことは周知の事実である。
 

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最終更新:2020年03月08日 15:07