風が・・・凄いな・・・。
部室の窓がカタカタと揺れている。
この前、俺が貰って来たストーブによって多少は寒さが抑えられてはいるものの、やはり・・・冷えるな。
部室の入り口越しに吹き込む、廊下からの隙間風にも多少の要因はあるだろう。
後で何か対策・・・
「・・・ン君、キョン君の番ですよ?」
ああ、悪いな。
俺は、古泉とカードゲームに興じていた。
トランプの「ババヌキ」の要領で互いのカードを引き合い、同じ色や数字が揃ったカードから捨てていく・・・最後までカード捨てきれずにアガれなかった者が負け。
そう、アガる直前に「うの!」って言うあれだ。
しかし、この手のゲームをやる時の古泉は手強い。
なにしろ、鋼の「ニヤけ面」を持つ男だからな。
手札が全く読めん・・・・。
そういえば、古泉はこの前の事を覚えているんだろうか。
あの事件以来、俺と古泉は二人きりになる機会が無く、色々と訊きたい事や話したい事があったにもかかわらずそれを出来ずにいた。
そして、その思いは長門に対しても同じだ。
カードを捨てながら俺は、ふと長門の居る方へ目をやる。
(あれ?)
いつもは本を読んでいる長門が、ノートパソコンを膝の上に置いて何やら指先を忙しく動かしていた。
「趣味は、多ければ多いほど人生を豊かにしますからね。」
古泉が俺の視線をなぞり、その先を見ながら感慨深げに頷く。
まあ、それには同意だな。
「と、いうわけで・・・・申し訳ありません、『うの』です。」
いっ!駄目だ・・・負けた。
「もう一回やります?」
ああ・・と言いかけてて俺はハルヒの様子が妙な事に気が付く。
「んー、ふー、んー」
鞄を机の上に置いて、その上に手をかざし何やら唸っている。
おい、ハルヒ?
聞きたくないが、一応訊いてやる。
一体、何をやってるんだ?
「念じているのよ!願いをこめてね!」
何を!
「鞄の中に札束が産まれるように!」
・・・なんだ?それ・・・と言いかけて俺は息を飲んだ!
まさか・・・とは、思うが・・・
この前のあの事件・・・あの時、俺はハルヒにハルヒの持つ力の事を打ち明けた。
そして、結果的にハルヒが元の世界を望み・・・俺は、この世界に帰ってきた。
こちらに「帰って」来てからの日常は、あまりにも普通で、まるで全てが夢だったのではないかと疑いたくなる程だった。
当のハルヒですら、これといって変わった様子は無く、そのために俺とハルヒは、あの事件の前のままの生活を送る事が出来ていた。
朝比奈さんだって、今はこの部室で相変わらずの愛らしい笑顔を振り撒きながら今日も変わらずハルヒの隣に立ち、お茶を入れるタイミングを伺っている。
だからこそ俺は、古泉や長門に訊きたたかったんだ。
もう、これで大丈夫か?って。
しかし、ハルヒは今「自分の願う力」に対して何か気付いている様子を見せている!
これが、どういう事なのか俺には皆目見当ががつかない。
ただ、マズい事にならない事を祈るだけだ。
複雑な気持ちのまま、俺はハルヒと二人きりになれる下校の時間を待った。
日が沈んで窓の外が暗くなりはじめると、しばらくして長門がパソコンを閉じ「帰る」と呟いた。
古泉も「じゃ、僕も失礼します。」と席を立つ。
ハルヒ、どうする?
「うん、そうね!みくるちゃん、着替えるでしょ?鍵、頼めるかしら?」
「はい!」と朝比奈さんは心地よく返事をする。おいおいハルヒ、もっと朝比奈さんを大切にしろ?あの居なくなった時の激烈な寂しさを、願わくば思い出させてやりたいものだ。
「ちょっとキョン?ボサッとしてるんじゃないの!帰るわよ!」
そんな感じで、我がSOS団の本日の活動は無事に終了した。
帰り道、俺は相も変わらずペダルを踏みながら、後ろに座っているるハルヒに話しかける。
ハルヒ、さっきの話しさ、テレビか何かで視たのか?
「?、なんの事よ。」
いや、『鞄の中に札束』の話しさ?
「ああ、一昨日・・・だったかしら。夢を見たわ。少し怖い夢だったけど、一大スペクタクルだったわね!来年の文化祭で是非採用したいくらいだったわよ!」
非常にその夢の内容が気になったが、今はとりあえず話しの続きを訊く事にする。
「でも、あんまり縁起の良い話じゃない部分があったの。だから、誰にも言わなかった。それに・・・最後の方は悪夢だったわ。」
・・・そうか。
「でね、アタシは辛くて悲しくて・・・どうしようもなくなって・・・」
おい、ハルヒ?
もういい。
悪かったな、変なこと思い出させて・・・
「ううん、大丈夫!それでね、続きだけど・・・そしたら、キョンが出てきて・・・」
そう言いかけて、ハルヒは黙った。
気になって少し振り返る。
ハルヒは耳まで赤くして恥ずかしそうにうつむいている。
俺がどうしたって?
「え、あ・・・それで・・・そうだキョン!いつもの販売機に寄って?」
ん?ああ。
しばらく走ると、いつもの販売機に辿り着いた。
荷台から、ヒョイッと軽く飛ぶ様に降りたハルヒが、こっちを振り返って恥ずかしそうに笑う。
「それでね、キョンが言うのよ!」
さっきの続きか?
「そう!」
で、俺はなんて言った?
「・・『願いは叶うさ、ハルヒの思うままに』って!まったく、何様のつもりかしらね!」
俺は、自転車を停めたついでにコーヒーとカフェオレを買って、カフェオレをハルヒに手渡した。
そして、ベンチに座る。
ハルヒも俺の隣に座り、続ける。
「でもね、夢の中のアタシは信じてしまうの。そして・・・幾つもの幸せな結末を必死に願うのよ。そしたら・・・」
そしたら?
「目が覚めて、朝が来て、キョンが迎えに来た。」
・・・いや。
「それから、なんとなく夢の中のキョンが言ってた言葉が忘れられなくて・・・今日一日その事ばかり考えてた。馬鹿ね・・・アタシ。」
ハルヒ・・・。
「何?」
俺はハルヒに少し長めのキスをする。
そして、ハルヒの唇から体温を感じながら、少しだけ考える。
さっき、部室で少しだけ感じた悪い予感は見事に外れた。
ハルヒはハルヒだった。
ただ、ハルヒが願った幾つもの幸せな結末とは・・・時間を戻す事?朝比奈さんが居る事?・・・まあ、いいや。
俺がここで、この世界で今こうしている意味がなんとなく解ったから。
唇を少し離して、ハルヒに囁く。
今のって、お前の今現在の願いが叶った・・・事にならないか?
「もう!知らない・・わよ・・・」
また、俺達は唇を逢わせた。
Ⅴ-Ⅵ fin