そして、再び二十分程経ってだろう。キョン一人だけ帰ってきた。
「おかえりキョン。有希は?」
「ああ、やらないといけない事が出来たんでな、先に帰ってもらったんだ。大丈夫、俺はもう終わりまで出て行かないから」
……やらないといけない事。それはなんだろうか?あたしは気になった。
「ねえ、キョ…」
「ハルにゃん!! いい加減にしなよ! 二人が気になるのは分かるけどさ。時間がないんだよ。ハルにゃんはこれを覚えなきゃいけないんでしょ?」
鶴屋さんの声に、あたしはキョンを見る。キョンは黙って頷いた。
「……わかったわ。ごめんね鶴屋さん、もう余所見しないわ」
「その意気だよ! さっ、一気にいくよ」
そうして、あたしは三度『訓練』に戻った。その後、押し倒された場合の攻撃の仕方とその打ち込む場所、使用部位など、短い時間の中に凝縮して、文字通り『訓練』を行った。
「うんっ。こんなとこかな、お疲れ様ハルにゃん」
鶴屋さんが言った。あたしはようやく息を付けた。時刻は二時四十分をもう少しで回るとこだった。
「ご苦労だったな、ハルヒ。鶴屋さんもお疲れ様です」
キョンも労ってくれた。
「構わないさ。どんどん上達して、あたしも楽しかったからさ。予定より、早く終われたよ」
「そうですか。それでだハルヒ。最終確認をしたいんだ。もう一度繰り返し成果を見せてくれないか?」
「え? あんたもさっきまで見てたんじゃないの?」
「悪い、ちょっと考え事していてな」
「もう……しっかりしてよ」
そう言いながらも、あたしは仕方なくひと通りの成果をキョンに発表した。
「よし、それでいいな。上手いもんだ」
「……でもね、ハルにゃん?」
そこでキョンの言葉に、鶴屋さんが付け加えてきた。
「なに?」
「確かに、あたしはハルにゃんに対処の仕方を教えた。でも、それはあくまで付け焼刃なんだ。あんまりこれをあてにしちゃいけないよ?」
鶴屋さんがそう言う。なら……。
「なら、なんで教えてくれたの?」
そうあたしが返すと、鶴屋さんが苦笑して言った。
「万が一の事が起きた時さ、こうして稽古したっていう実績があれば、いざという時、落ち着けるからだよ。
いいかい? パニックにさえならなければ、対処の仕方は沢山あるんだよ。例え、両手両足を封じられても、声を挙げて助けを呼ぶことも出来るしね」
そう鶴屋さんが言ってきた。ようするに過信するな、頼りすぎるなと伝えたいのだろう。
「それに……」
どうしたのかしら? 急に黙ってしまったわね。
「どうしたの?」
「ううん……なんでもないっさ。これ以上不安にさせても仕方ないしね。取りあえず、ここで終わり!
これからも家に帰ったら腕立てや腹筋を、少しでもやるといいよ。地味だけど、じわじわと効果が出るからね」
「ええ」
そう答えながらも、あたしはきっとその『効果』が出るまでには、間に合わないだろうなと考えていた。
「それじゃあ終わりだな。ハルヒは着替えて来てくれ。すぐに帰ろう、家まで送るから。鶴屋さんも今日はありがとうございました」
そのキョンの声で、あたしは再び更衣室に戻って行った。
あたしはようやく、この二時間足らずの『訓練』から解放された。もう、くたくただ。
でも、その成果はあっただろう。鶴屋さんは、ああ言ってたけど、きっと何かの役に立ってくれるはずだ。
そうしてあたしは更衣室で着替えを始めた。髪を縛っていたゴムを解き、上着を脱いだ時、更衣室の薄い壁から『それ』は聞こえてきた。
「なんだって!?」
鶴屋さんの声だ。なにか驚いているようだ。耳を澄ましてみると、キョンと話しているようだ。
鶴屋さんが、キョンを詰問しているような声が聞こえてくる。しかし、声がくぐもっていて、肝心の内容が聞こえてこない。
『危ない』、『やめた方がいい』。そんな断片的な単語が聞こえてくるだけである。そうして、しばらくして話し声が止んだ。会話が終わったようだ。
いけない! あたしもすぐ着替えなきゃ。あたしは素早くジャージを脱ぎすて、鞄に詰めておいた制服に着替えた。
「着替えたわよ」
「わかった。じゃあ帰るか」
どうやら、少し遅れた事は怪しまれなかったようだ。あたしのいない時に話したという事は、あたしには聞かせられない話なんだろう。
ならば、盗み聞きしていたなんてばれてはいけない。あたしは黙っておく事にした。
「それじゃあ鶴屋さん……今日はほんとにありがとね」
鶴屋さんはさっきから俯いたままだったが、ようやく顔を上げてくれた。
「うん、大した事出来なかったけどね。……頑張ってね?」
「……ええ?」
最後の部分はよく聞こえなかった。
そうして、あたしたちは鶴屋さんと別れを告げ、家路へと着いた。
そうして、帰路に着いたあたしたちは、あっという間に家に着いてしまった。いや、帰ってきたんだから家に着くのは当然なんだけど……。
「……ねえキョン? 家に帰って来てよかったの? 今日は片をつけるんじゃなかったの?」
あたしの疑問にキョンは答える。
「終わらせるさ」
「でも、もう着いちゃったわよ? 家に居るだけでいいの?」
「いや……少し準備する事があるんだ。だから、少しの間、ハルヒは自分の部屋で待機していてくれ」
「少しの間ってどれぐらいよ?」
「そうだな……一時間。一時間経ったら、もう一度お前の家に迎えに行くよ。今が、三時半だから、四時半に来る」
「それは分かったけど……有希が途中で帰ったのも、その準備のせいなの?」
「そうだ、長門には長門で、やってもらう事があったからな。そう言う訳で、悪いがもう行かせてもらうぞ。時間があまりない」
「……わかったわ」
そう言って、あたしは門を潜り玄関を開いた。それを確認して、キョンは走り去っていった。
あたしは訳が分からないながらも、キョンの指示通り自分の部屋で待機していた。いつでも出られるよう、制服も脱がないで、ただじっとして待っていた。
キョンは準備があると言っていた。有希もだ。それが一体なにを指すのかはわからないけど、タイムリープ現象を終わらせるには必要な事なんだろう。
それに、迎えに来るという事はどこかに出かけるつもりだろう。それが、『どこ』で、『いつ』の時間かはわからないけど、あたしはもう二人を信じるだけだ。
そうして、ベッドに腰掛けたまましばらくぼうっとしていると、チャイムが鳴った。枕元の時計を確認すると四時二十五分だった。恐らく、キョンが迎えに来たんだ。
あたしは階下に降り、念のため鍵穴から外を窺ってみたが、やはりキョンが待っていた。
「悪い、少し手間取ってな。待たせたな遅くなった」
キョンが言う。準備があると言っていたが、特に変わった様子はない。制服姿もそのままだ。だが、鞄は置いてきたようで手ぶらだった。
「いいわよ時間はまだあるし、それで……あたしは手ぶらでいいの?」
キョンの格好を見て、気になった事を訊いてみる。
「ああ、そのままで構わない、行こう」
そう言ってキョンはあたしを促して歩き始めた。
少し歩きあたしは、ようやく気付いた。
「ねえ、有希は来ないの?」
ここにいるのはキョン一人だけだった。有希も準備があるらしいが、終わっていないのだろうか?
「ああ、長門とは別行動だ」
キョン答える。内容が気になりはしたが、どうせ教えてくれないだろう。
「それよりも行こう」
「どこに行くのよ?」
「森林公園だ」
短く答える。
「急ぐぞ、時間までもう余りないからな。遅れるわけにはいかない」
「遅れるって、なにによ?」
キョンは、あたしをじっと見つめた。
「決着にだ」
最後は軽く小走りになりながら、森林公園に着いたのは、四時三十五分を過ぎた所だった。そろそろ太陽が落ち始めていた。
「それでキョン。ここになにがあるのよ?」
キョンは、れは無視し、周囲を素早く見回してあたしに言った。
「こっちだ」
あたしたちは公園の奥の雑木林のような場所まで移動した。周りには誰もいない。
あたしは周りを見回しながらも、ここはなにか嫌な感じがすると。思っていた。
「どうした?」
あたしの変化に気付いたのだろうキョンが訊いてくる。
「わからない……でも、なにか嫌な感じがするの……」
「そうか。やっぱりどこかに記憶が残っているんだな」
「……どういう事よ?」
「説明するよ。でも、ここはまずいんだ。……入り口があそこだから、こっちだ」
キョンはあたしの腕を取り、公園の更に奥へと入った。そこは周りに木がないぽっかりと空間があいた広場のようなとこだった。
「こっちだ」
更に、キョンはそのまま、その広場から少しだけ離れた茂みの影へと入っていった。
「ちょっと……なんなのよ?」
「いいから早くするんだ」
キョンが急いでる事がわかったから、しょうがなくあたしも茂みの中に入っていった。……もう、木が当たってちくちくするわね……。
「で、こんなとこに入って隠れんぼでもするつもり?」
あたしは、茶化したつもりで訊いてみた。しかし、
「隠れるか……当たらずも遠からずだ」
そう言ってキョンは、茂みの中でしゃがみこんだ。あたしもキョンに倣って、しゃがみこんだ。
「それでなにを待っているのよ?」
キョンは入り口の方を絶え間なく窺いながら答えた。
「犯人だ」
「え?」
「ハルヒを……俺たちをこんな目に遭わせてくれた張本人を待ってるんだ」
「で……でも……なんで、ここに来るって分かるの?」
「俺が呼び出したからだ」
キョンはとんでもないことを、なんでもないように答えた。
「な……なんですって!?」
キョンが呼び出した『犯人』とは、これまで二度…いや、三度かもしれないが……あたしを殺そうとした人物だ。
そんな人物をキョンはここに呼び出したという。あたしは、武道場でのキョンと鶴屋さんとの断片的な会話を思い出していた。
あれはこのことを指していたんだ! いくらなんでも無茶苦茶だ! 鶴屋さんが止めようとしたのも当然である。
「少し静かにしろ。……ここで、決着を付ける」
キョンは宣言した。
「……それで、誰が……誰が犯人だったのよ?」
あたしが最重要項目を問い詰めると、キョンはポケットから小さな機械を取り出した。
「なによそれ?」
「ICレコーダーだ」
キョンは胸元にささっているペンを指差した。
「ここがマイク代わりになっているんだ。ここから入った音が、これに録音される」
「……ようするに盗聴器ってことね」
キョンは苦笑しながら言った。
「まあ、そんなもんだ。長門に頼んでな、作ってもらったんだ」
「……さすが有希ね」
ほんとに有希は多種多芸の持ち主である。
「ちょっと待ってろよ」
そうしてキョンは手元のレコーダーを操作して、それにイヤホンを差し込んで耳にはめた。
「……ここだな」
そして、イヤホンの片方を外し、あたしにかけるように言ってきた。わけが分からないままだったが、それを耳にさした。
「流すぞ……いいな? なにが聞こえようと取り乱さないと約束しろ。分かったか?」
なんでこんな事を言うのかわからなかったけれど、あたしはコクコクと頷いた。
「俺が武道場から出て行った一回目に録音したものだ。電話での会話が入っている」
そして、雑音まじりだが音が聞こえてきた。
『……そういう訳だ』
キョンの声だ。少し声が遠いのは、電話越しの声だからだろう。
『あなたは、なにを言っているんですかね?』
もう一人別の声が聞こえてきた。どこかで聞き覚えがあると思うが、勘違いだろうか?
『とぼけるのは構わない。だが、お前は知っている筈だ。ハルヒになにが起きているのかをな』
『…………』
『今度は黙まりか?』
『なんであなたがそんな事を知っているのですか?』
『それは秘密だ。……だが、訳を聞かせて欲しくてな。こうしてわざわざ電話してるんだ』
『なにをするつもりですか?』
『なにもしないさ。ただ知りたいだけだ。今なら気付いてるのは俺だけだ。だから、俺だけに理由を話して欲しいんだよ』
『…………』
『分かっている。勿論電話でなんて話せないんだろ?だから、誰にも見つからない場所で聞かせてくれ』
『………………』
相手は中々喋りださない。
『……そっちがその気ならこっちは、他の奴に話してもいいんだぞ? それでは困る奴がいるだろ?』
キョンが脅しをかけている。もし、応じないのなら、警察に公表するぞ。そのような意味なのだろう。
『…………わかりました。応じましょう……。それで―――――』
そこでキョンはスイッチを切った。
「ここから先は、この場所と時間を指定したものだ。指定した時間は五時だ。時間もないし、聞く価値はない」
そう言って、イヤホンを外した。時計を見る、後十分足らずだ。
「それで……誰なのよこれ?」
「分からないか?」
「……ええ、聞き覚えがある気もするんだけど……」
「わかった教える。でも、さっき言ったように絶対に取り乱すなよ? いいな?」
「……わかったわ。それで誰なの?」
「古泉一樹」
「……え?」
「古泉一樹、SOS団の副団長だ」
あたしは、目の前が真っ暗になったような感覚に襲われていた。
「ま……まさか……嘘……よね?」
「あの手紙……例の三通の手紙に古泉の名前があった」
キョンは学生服の内ポケットから、一通の封筒を取り出した。そして、そこから一枚の便箋を取り出して、あたしに手渡した。
それは汚い字だった。屋上と書いてあるから、谷口が書いたものだろう。
『報告書。屋上への出入りについて。
十二時四十六分、古泉一樹。立入り禁止の筈の屋上の施錠を破り、入る。
十二時五十二分、再び、施錠して出る
その後、昼休み終了一分前まで俺は観測したが、古泉以外、屋上に出た奴も、入った奴もいなかったぞ。これでいいのか? 涼宮?』
あたしは、便箋から顔をあげる。
「でも……これだけじゃ……それに他の二枚はどうしたのよ?」
「音楽室は、その日の三時間目から部屋の改装を行っていたそうで、中には誰も入れなかったそうだ。勿論業者も入っていない。確認済みだ。
美術部は国木田が見張っていたようだが、美術部には誰も入らなかった。と手紙に書いてある。間違いなく国木田の筆跡だ」
「……でも」
「他にも判断材料はあるんだ。古泉が俺の呼び出しに応じた事自体が、裏付けているし。
大体この一週間、俺たちにほとんど会わなかった古泉が何故ハルヒの事を知ってるんだ?」
「でも……でも、どうして古泉君があたしを殺そうとするのよ?」
「日曜日の事だろうな……そこで、恐らく古泉はお前に危害をくわえようとしたんだろう。しかし、なんらかの理由により、それは失敗したんだ。
それで、お前に知られたと思ったんだろう。それで、月曜日・火曜日と休んだ。けれど、騒ぎにはなっていない。
おかしいと思った奴は、水曜日に学校に出向いたら昼休みに俺たちは会った。覚えてるな? そこで俺達は奴に向かう場所を告げた筈だ」
あたしは水曜日の昼休みを思い出す。あたしは確かに古泉君と出会い、これからキョンと部室に行くと告げた。
それなら待ち伏せするという手段も出来る。確かに筋は通っている。
「だが、植木鉢による殺害は失敗した。古泉は次の機会を待った。それが金曜日のバイクだ」
「……確かに筋は通るわ……でも、なんで古泉君があたしを殺そうとなんてするのよ?」
「それはわからない。だが、日曜日に本を買って帰るハルヒを古泉は尾けて帰り、この公園でお前を襲ったんだ」
「…………」
「それが始まりだったんだ。ハルヒは古泉に襲われたんだ。後頭部のたんこぶも恐らくその時、出来た筈だ。
そして、その衝撃と恐怖から逃げるためにお前は、タイムリープ現象を引き起こしたんだ」
「嘘よ……そんな事信じない……」
そんな事を言いながら、あたしは血の気はすっかり引いていた。
殺す? 古泉君が? ……あたしを? あたしは震える体を抱きしめた。
「落ち着けハルヒ」
「……落ち着けですって?」
「日曜日にハルヒが襲われた事は確かだ。だが、その結果は『まだ』分からないんだ。ハルヒにとっては『これから』の事だからだ。
日曜日のその瞬間に戻った時、それは決まる。殺されたか無事に逃げたかは、お前次第なんだ」
「…………」
「行って来いハルヒ。行って、自分の体を護るんだ」
そうか、だからだ。だから、キョンはあたしに護身術なんて習わせたんだ。
「でも……」
「ハルヒは一度逃げ出した。時を跳び越えてだ。だが、今度は逃げるわけには行かないんだ。ハルヒが逃げ続ける限り、ハルヒの時間はいつまでも戻らないんだ!」
「……でも……いやよ……無理よ」
「なぜだ?」
キョンの言っている事はわかる。その通りだとも思う。でも、日曜日のあたしは『殺されかけている』のである。
その『時点』に戻るなんて、怖くて出来ない。しかもそれが、自分が信じていた人物によるものなら尚更だ。
付け焼刃程度の護身術なんて、『立ち向かう』自信になんてなりえない。
「あんたは……あんたは他人事だから、そんな事が言えるのよ! なにが待っているのかもわかっているのに……そこでなにをされるかもわかっているのに……なのに行けなんて! 気軽に言うんじゃないわよ!」
「……他人事?」
キョンの口調が震えている。怒りに震えてるのがわかる。そうしてキョンは言った。
「確かに他人事だよ。ハルヒが逃げる事を選んでも俺にはどうこう言う権利はないさ。問題を解決できるのも、お前だけだ。
逃げるなら好きにしろ。困るのはお前であって俺じゃない」
そのあたしを切り捨てるような発言に、あたしは言葉を失う。
「…………」
「お前がなにをしようと、俺はこれから古泉と対峙する。自首させるか、とっ捕まえるか、いずれにせよここで終わらせる。
これ以上お前に手を出させるような事はさせない。俺に出来るのはそこまでだ」
「…………」
「いいかハルヒ? 日曜日の俺は、お前を助けられない。お前が自分の力で、どうにかしなければいけないんだ」
それだけ言うと、キョンは目を逸らしてしまった。
「…………」
キョンが怒るのも当然だ。これまでキョンは知恵を絞り、体を張って、それこそ全身全霊であたしを助けてくれた。
そして、犯人と対峙するというとても危険な事まで引き受けてくれた。本来は、すべてあたしが一人でやらなければならない事なのにだ。
それをキョンはほとんど引き受けてくれた。なのに、そのあたし本人が、あたしにしか出来ない事から逃げようとしている。これは矛盾している。
……でも、それでも……あたしは対峙する勇気が持てなかった。
「来たぞ」
キョンが低く言った。
茜色に染まった空を背景に、SOS団の副団長である古泉君が現れた。
「ハルヒ」
キョンは、手にしていたICレコーダーをあたしに差し出してきた。
「これを預かっていてくれ。これから起こる事を『すべて』録音するんだ」
録音する……つまり、これを証拠品として出すつもりなんだろう。あたしは頷いてレコーダーを受け取った。
「分かったわ……でも、大丈夫なの?」
「うまくやるよ……じゃあ行くぞ」
キョンは最後にあたしに笑いかけ、広場の方に向かった。
古泉君は近づいてくる人影に気付いたのか、警戒しているようだった。
キョンは古泉君のいる近くまで近づいて行った。ここから、広場までは多少の距離があり、話し声は聞こえてこなかった。
でも、キョンに渡された有希特製改造ICレコーダーから音が聞こえていたので、問題はない。
『よく来たな古泉。待ってたぞ』
キョンの声がイヤホンから聞こえてくる。掠れてはいるが一応聞き取れる。
『お待たせしてしまいましたかね?』
『構わないさ』
『……一人ですか?』
古泉君が周囲を窺いながら聞いた。
『ああ、約束は守るさ。じゃないと、こんな所を選んで呼び出したりなんかしないさ』
『…………』
『信用できないか?』
『…………わかりました。信用しましょう』
『それじゃあ、早速ハルヒにした事の理由を訊かせてもらおうか?』
『待ってください』
『なんだ?』
『その前に証拠を提示してもらえませんか? 出なければ、僕がお話しする理由がありません』
『…………』
証拠ですって!? そんな物があるわけがない。どうするつもりなのよキョン?
『そうだな……実は、こんな証拠があるんだよ』
キョンが一枚の紙切れのようなものを出した。
『証拠写真さ、決定的瞬間を収めたってやつだ……』
『見せてもらえますか?』
『駄目だね。これを見せた途端、話さないなんて事になったら困るからな』
『…………』
これは賭けだ。キョンははったりを言っているんだ。出なければ、そんな写真があるわけがない。つまり、キョンは古泉君を頷かせて話を…いえ、証拠を聞きだそうとしているんだ。
『どうする? 別に話してくれなくても構わないんだぜ? これを然るべき所に出されてもいいってのならな』
しばらく無言の時が続いた。古泉君も考えているのだろう。お願い……うまくいって! あたしは目を閉じて一心に祈った。
『……わかりました。お話しましょう。ですが、手渡さなくてもいいので、その写真を僕に見せてくれませんか? 近いづいてくれるだけで構いません。勿論出来ますよね?』
そんな!? 古泉君はキョンがはったりを言ってる事に気付いてるんだ! このままじゃ証拠なんてないことがばれちゃう!?
『……わかったよ』
そう言ってキョンは肩を竦めて、古泉君に近づいた。
その時、あたしは見てしまった。重く鈍い光を放つ凶器に、日本では普通に生きていれば、まず目にする事はない凶器、それは『銃』だった。
そして、あたしが声を上げようとした、その瞬間、
『ズドォンッ!』
情け容赦なく銃身から弾は放たれ、キョンの体に命中した。
「がっ!」
キョンは呻き声を上げ、地面にゆっくりと崩れていく。その声はイヤホン越しでなくても、直接あたしの鼓膜を叩くほど大きなものだった。
「キョンッ!!」
思わず茂みから飛び出したあたしの目には、銃身から立ち上る硝煙と地面に倒れこんだまま、ぴくりともしないキョンの姿が映った。
「い……い、いいやあああぁあぁぁあぁああああ!!!!!!!!!」
日が落ちかけた公園の奥深くに、あたしの悲鳴が木霊した。
第7章 了。