「長門さん?」
「……」
「長門さん、聞いてますか?」
「……」
「お~い。」
「……」

三点リーダ連続の長門さんはさておき、昨日の回想をしましょう。
昨日は大変でした。
部活中――いえ、正確には僕が部室に到着した時――涼宮さんが、もう何度目かと思う彼との大喧嘩を繰り広げていました。
時すでに遅く、涼宮さんは廊下に響き渡る大声で何らかを叫び、彼は苦虫を噛み潰した表情で、また言い返します。
その脇で、朝比奈さんは、しゃがみ込んでお気に入りの湯飲みに涙を集めてしまっているし、長門さんは本を広げる事もなく、顔を上げ、その大きな黒瞳で涼宮さんの姿を観察していた。

絶望宣言。

今夜の僕とその仲間たちの睡眠時間は恐らく皆無です。
いえ、これからしばらく仮眠もままならないでしょう。

怒り肩をしながら廊下を大股で歩いてみせる彼女の背中は、すごくその後ろ髪を部室に引かれているように思えました。

「追わなくていいんですか?」
「あぁ、いずれな。」
「『いずれ』では困ります。」
「あぁ。」
彼もまた、彼女や周りに気を引かれ、無愛想な受け答えしかできないようです。
困ったものです。
その後、のそのそと彼も鞄を掴み、呟くように挨拶を済ませ帰っていきました。

まだ機関から連絡はありません。
それまでは、震える朝比奈さんを宥め、未だ本の世界にかえらず、何故か僕を見つめ続けている長門さんの相手をしましょうか。
――おぉ、これは。
まだ3分も経っていないのに、彼は校門を出ました。
それだけでもう安心できるんですから、僕は安いものですね。

結果からいうと、その日閉鎖空間は発生しませんでした。
その兆候も。
彼が涼宮さんに追いつき、和解したのでしょう。
これで一件落着ですね。

そう思っていた僕に、新たな問題の浮上が知らされるのはその次の日、彼と話した時からです。
今日です。当然ですが。

昼休み、彼に出くわしました。
「昨日はどうも。」
「あぁ、そのだな、スマン。」
気まずい表情ですね。確かにあの後は少し大変でしたから。
「いえいえ。和解していただけたなら構いません。閉鎖空間も発生しませんでしたし。」
「ん?あの空間は発生しなかったのか?」
「えぇ。あなたの迅速な対応のおかげです。」
「それに、和解なんてしてないぞ。出来なかった。あいつ話の途中で走って帰りやがったんだ。」
「…え?」

何故?何が?何で?なんでやねん!
……取り乱してしまった。

「…和解出来てないんですか?今も?」
「…あぁ。」
だとしたら、何故閉鎖空間は発生していない?
まさか涼宮さんの能力に何か異変が?
まさか、神が力を失った?!
「…っ、失礼します…!」
「あ、あぁ。」
森さんに、機関に連絡を取らなくては!

この時間、一目につかない部室に行き、携帯で連絡を…
考えながら走ったせいでしょうね。前方不注意です。
女子と衝突し、下敷きにしてしまいました。
「す、すみませんでした!!」
「かまわない。」
「あ…。」
長門さんでしたか。いやぁ他の女子じゃなくてよかった。
「……お茶がこぼれただけ。」
見ると制服の横に水筒が転がり、中身が…今も!
「すみません!!」
すぐに水筒を起こし、長門さんを起こし、ハンカチを差し出す。
「いい。情報操作で濡れていない制服を新たに構成する。クリーニングに出す手間が省けた。」
「そうですか。」
よかった。怒ってもいないようだ。
それにしても最近の長門さんは僕に対しても柔らかに接してくれるようになった。
昨日下校時刻ギリギリまで慰めていた甲斐もあったようだ。

「では、僕は急ぎますので。……どうしました?」
見ると長門さんは制服を濡らしたまま固まっている。
「…ょうほ…操……」
「はい?」
「情報操作ができない。」
「えっ、な、何故ですか?」
「エラー報告もできない。そもそも情報統合思念体との通信ができない。原因は不明。そして、身体の情報構成コントロールも通常通りできない為、現在制御も困難になっていると考えられる。」

初めて見た。
見てしまった。
涙目の長門さんなんてものを。

「…古泉一樹、対処を。」
眉を少し寄せ、口を軽く曲げながら、長門さんは自らの制服と、僕の足元を指差す。
ズボンの裾が濡れている。



長門さんを部室に連れ、パイプ椅子に軽く腰掛け、森さんに連絡をとった。
その第一声は酷くのどかな色をしていた。
「お~、古泉ぃ。また何か涼宮ちゃん向け企画でも考えたの?」

機関は何も知らなかった。
昨日の一件も。
恐らく、TFEI:長門有希がその能力を(一時的にせよ)失っている事も。
「とにかく涼宮ちゃ…観察対象から目を離さない事ね。鍵の動向もよ。」

長門さんの事は言っていない。
ただ「昨日、涼宮さんと彼が喧嘩し、未だに和解していないが、閉鎖空間の兆候を感じるか?」
それしか訊いていない。
何故だか訊く気が起こらなかった。
こんなにも大きな問題が起こっているのに、機関は無気力というか無力というか。
僕は呆れているのだろうか。何もできていない機関に。

昨日までほとんど人形同然の表情をして、淡々と読書の目と指だけを動かしていた彼女が今はどうだろう。
心配そうに僕を見つめ、同時に何かに気付き下を見てみると、僕のブレザーの袖の端を引いている。
「…どう?」

どうにかなりそうです。

「涼宮ハルヒの能力に異常があったという報告はあった?」
「…あ、いえ。」
ボーッとしていたようです。
昨日、涼宮さんたちが心配で眠りが浅かったのでしょう、はい。
「いえ、どうも詳しく調査している最中のようでして、詳細が分かり次第、僕まで連絡するようです。」
嘘や、何となくぼやかした表現を使っているのは仕方ない事です。
どんな場合であれ、他勢力の一端である長門さんに、機関の無能さを知られる訳にはいかない。
牽制を解く訳にはいきません。

えぇ、例え長門さんが僕の電話中にお茶を入れてくれて、僕の脇にパイプ椅子をひいてきて自分も腰掛け、一口目を口にし、軽く飛び上がったかと思えば、涙目になり、湯飲みをフーフー吹きだし、
お茶を冷ましては口に含み、口に含んでは涙目で湯飲みを吹いて、していたとしても!
何て可愛さだ…!今すぐ抱き締めて、家に持って帰りたい!なんて絶対絶対思ってないんだからねっ!!
………また取り乱してしまった。

とりあえず生徒会室に行って喜緑さんに事情を話してみますか。
何か宇宙的な能力で対処してくれるかもしれません。
いや、もしかしたら同じTFEIである喜緑さんにも、何かしら異常があるかもしれませんが。
とにかく行けば分かる事ですよね、長門さん?
「落ち着かない。喉が乾く。これが、『不安』?」
…可愛いなぁ。



生徒会室前です。
ここをノックすれば、今の状況がどんなに異常だか分かるのでしょう。
何だか緊張します。
「古泉一樹。」
なかなかノックをしない僕の様子に長門さんが痺れを切らしたようです。
くいくいと僕の袖を引きます。
「分かりました。」

コン、コン、コン。

…返事がありませんね。

コンッ、コンッ、コンッ。

……誰もおられないのでしょうか。
試しに開けてみましょう。

ガチャ…キィ……

「待ちたまえ、喜緑君。それ以上くっつくと流石に私も…!」
「だって何かにすがりついてないと不安なんです!会長なら私も安心できると思うし…」
「ちょっと待ちたまえと言うのに!私たちは生徒会の一員で、ここは生徒会室だ!それに誰かに見られたら!…あ。」
「失礼しました~。」

どうやら今、喜緑さんは頼れなさそうだ、と。
とりあえず、そろそろ授業も始まりますから一旦解散して、部活終了後に皆さんに集合していただいて対策を考えますか。
長門さん?
「…不安そうだった。とても。…私も…ふ、あ…ん……」

初めて見た。
見てしまった。
泣いている長門さんなんてものを。

「古泉一樹、対処を。」
眉をしかめ、口を引き結び、長門さんはその顔を指差してハンカチを求める。
僕は長門さんの手をひき、文芸部室に向かう。



部室までの道のりがとても長く感じられる。
見ると長門さんは、俯き、涙を堪えているようだ。
涙を拭うことはまだ知らないらしい。
「人間は不安な時、人とふれあうと少し安心します。守ってくれる人がいると、もっと安心できます。」
「……そう。」
僕が守りますよ。
口には出せなかったけど。

僕は今、ドアにもたれかかりながら長門さんを抱き締めている。
長門さんが僕にもたれかかると、大きく息を吐き、少し震え始めた。
心臓の音が聞こえる。
これはどちらのものなんだろう。
すごく長門さんが小さく感じる。
肩を軽く抑えるように寄せる。
髪を梳くように頭を撫でる。
腰に手が回される。
暖かい。
髪に頬を埋める。
いい匂いがする。
心臓の音が、振動をもって伝わる。
これはどっちの…
暖かい。
小さい。
可愛い。
彼女の表情が見たい。
――例え涙で前髪が貼り付いていたとしても。
暖かい。
彼女の表情が見たい。
彼女が見たい。
声を掛けたら見上げるだろうか。
すがるような目で。
見たい。
「長門さ…」

キーンコーンカーンコーン……

…………また取り乱すところでした。
睡眠不足って怖いですね、って事ですね、多分。はい。

…あー何かすごい。
チャイムが鳴るごとに、壁とか振動するんですね。
このドアなんかギシギシいってますよ。
涼宮さんがいつも「元気ぃー?!」「バターン」ですもんね。
傷みも早くなるってものです。

さて、授業もサボりになったところで、ゆっくりと慰める事にしましょうか。
人の制服で涙を拭う、この小さな宇宙人の女の子を。



そろそろ授業が終了しますね。
泣き疲れて眠った彼女を起こしましょう。
「起きて下さい、長門さん。顔も洗わなくちゃいけませんから。」
「…ふっ…ん……ぁ?」
可愛い…じゃなくて!
「もうすぐ6限も終了です。皆さん来られますよ。」
「…了解。」
「あ、長門さん。」
「なに?」
「寝癖が…」
「……」
走っていっちゃいました。
きっと、お手洗いにでも行きたかったんでしょう。
さて、僕も教室に鞄を取りに行きますか。
これだけ片付けて……う~ん自分で煎れたお茶の不味いこと…。

今日の6限の担当教諭は5分前に授業をまとめ、質問が無ければとっとと荷物をまとめて退室する、ありがたいお方です。
おかげで、クラスメイトの驚愕・興味・白い目攻撃を避けるだけで済みました。
来週、例の教諭の授業に当たるまでに言い訳を考えれば済みますね。
さて、2時間分のノートも借りられる事になりましたし、部室に行きますか。
すっかり人が多くなった廊下を抜けて、僕は部室に1番乗りしました。
…っと、長門さんもまだですか。
そうだ。先程洗った湯飲みでも拭いておきましょう。

…遅いなぁ。

ノートでも写しておきましょう。

……遅い。

いつもなら全員揃っていてもいい頃合いです。
長門さんも戻ってきませんし。
…ちょっと様子を見に行きましょうか。
いや、こういう時は探しに行くと行き違いになるものです。
もう少し待ってみましょう。
あ、ほら。
「……」
「お帰りなさい。っていうのは変ですかね。」
「…ただ…ま」
おぉ珍しい。返してくれました。
最近の長門さんは本当に柔らかくなったものです。
「やけに遅かったですね。何か問題でも?あ、クラスの方とのお話とかなら別に…」
お答えいただかなくても…と続けようとして驚いた。
若干「またか」と思った僕を責めないでほしいです。
長門さんがスカートのプリーツの辺りを皺になる程握って、よく耳を澄ますと少し息も荒げています。
「不明。何故。」
「…?どうかされましたか?」
「まだ、チャイムが鳴る…前…5組…の教室…を見…たら……」
近付いて顔を覗く。
頭に手を置き、もう片方の手で長門さんの腕を掴み、引く。
「落ち着いて。」
「いない、いな…くて…」
「落ち着いてからでいいですよ。」
今日の僕の制服は胸元から腹部にかけて、しっとりしています。
人間って泣いたら体温が上がるんでしょうか。
赤くもなりますし。
長門さんの髪は昼休みからしっとりしています。
多分、体温が上がるから、そのせいで汗かくんでしょうね、人間って。

ねぇ、長門さん。
どうして今日のあなたはそんなに小さくて弱々しいんですか。



落ち着いた長門さんの話をまとめると、こんな感じです。
1:チャイムが鳴る前、まだ6限の授業が行われている時に長門さんは教室前に到着。
2:何気なく(観察の為?)涼宮さんと彼のいる5組の教室を見てみると、お二人が何故か不在。
3:不審に思った長門さんが僕の所属クラスである9組に来ましたが、僕も不在。(多分まだ湯飲みを洗ってました。)
4:既にいつもの冷静さを失った長門さんは、朝比奈さんのクラスがある3年棟にも行きましたが、授業が終わり人が行き来する為か、朝比奈さんも見つけられず。
5:とぼとぼと2年棟に戻り、鞄を持って部室棟に来たら、僕しかいない、と。
すみません、僕だけで。
4から5までで大きくタイムロスしていたんですね、わかります。
「4から5までに、全員の携帯に掛けてみた。」
携帯持ってたんですね。
っていうか、僕、番号とか教えてもらいましたっけ?
「…後で教える。掛けたが誰も出なかった。」
長門さんの中での僕の立場は、単なる同級生レベルかもしれません。
別に全然悲しくなんか……ありますよ。
絶対教えて下さいねっ。もーっ!
「…?忘れていたのは謝罪する。」
………どうも。
これは取り乱しちゃっても、おかしくないですよね?

しかし妙ですね。
僕にも、どなたからも欠席の連絡はありません。
それに、いつもならとっくに、受験生で少し遅れる朝比奈さんも着替え終わり、お茶を飲んで、涼宮さんの鼻歌を聞きながら(実はいつも聞こえてますよ?)彼とゲームに興じ、長門さんもそれを横目に見るか見ないか読書している時間のはずです。
昨日の大喧嘩の件もありますが、しかし彼も朝比奈さんも連絡なしに欠席するでしょうか。
試しに僕からも携帯で連絡を取りましたが、電源が入っていないようです。
袖を引く力が強くなり、僕からも溜息が出ます。

機関に…そうだ!森さんに連絡を取ってみよう。
何もしないよりずっと心強い!

…結果からいうとやはり何も収穫なしです。
今年の冬は稗・粟で食い繋がなければならないですよ。おっとう、おっかあ、ひもじいよぉ。って気分になってきましたよ、もーーっ!
「落ち着いて。私はもう平気。だからあなたも落ち着いて。」
長門さんに今、おろおろという副詞を付けるとちょうどよさそうですね。
っていうか、今、宇宙人にフォローされた?
差し出されたお茶を飲み、笑顔を貼り付けてみる。
上手くいったようで、長門さんはいつものように本を取り出して広げ、そのまま顔の前に持っていき、顔を埋めて……って何してるんですか?
「長門さん?」
「……」
「長門さん、聞いてますか?」
「……」
「お~い。」
「……」

結局何だったんでしょうか。
泣いている訳でもなさそうなので、頭にポンポンと手を置き、ノートの写しを再開しました。
長門さんの髪は何故かしっとりしていました。



今、僕たちの周りで一体何が起こっているのか。
何も分からないなら仕方ありません。
また、いつものように長門さんの家で作戦会議ですね。
…え?いつも、とりあえずは長門さんの家に行きますよ?
朝比奈さんにも、合わせて相談する事もしばしばですが。
女性を夜遅くに外に呼び出すのは一応危険だし、やっぱり失礼かな、と思いまして。
変ですかね?

「…という訳でマンションまで来ましたけど、打つ手は打っちゃったんですよね。」
「ん…。」
鍵を開けようとしている時に話し掛けたからか、微妙な反応ですね。
仕方ありません。

あれ?
「スリッパ買ったんですか?」
「買った。最近では涼宮ハルヒたちだけでなく、同級生や上級生が来る事も増えたから。」
「へぇー。」
普通の女子みたいな発想ですね。
僕もいずれ一人暮らしする時の為に考えなくてはね。
あ。玄関マットも新品だ。
「古泉一樹。」
「あ、はい。」
「座って。」

大きすぎない座布団に座って、お茶を一杯飲んで、さ~て、作戦会議スタートです。
「さて、皆さんには、ここに来るまでの間、何度か電話を掛けましたが、どれも繋がりません。
これは情報共有なのですが、普段、彼らの携帯に繋ぐ際、授業日・時間帯に関わらず電源は入っていて、大体がマナーモードになっている。
…そうですよね?」
「概ね、そう。」
「概ね?いつもですか?」
「私が連絡する限りは、そう。」
「はい。その前提で話を続けると、次のような可能性が考えられます。
電源が繋がらない場所にいるか、もしくは意図的に電源を切っている。
この日に限って三人合わせて電池が切れたというのは、この場合、考えに入れない事にします。」
「……」
「この春から、涼宮さんや、その鍵となる彼を狙う勢力は、平然と目の前に姿を現し、自己紹介までしだす始末です。
最近、一時落ち着いていたので油断していましたが、本来僕たちの目を盗んで、涼宮さんや彼、その関係者の僕たちが、いつ、どこに連れ去らわれてもおかしくありません。」
「……」
「それにもし、涼宮さん、彼がそれぞれの事情で電源を切っていたとしても、朝比奈さんまで切っているとは考え難い。
彼女だって監視役です。
情報は常に最新のものを、どこからだって手に入れたいはずですし、僕も出来うる限り情報を共有したい。
なので、もし『ふぇ~ん。何で映らないの?あっそういえば電池が少なかったような~』なんて事があった場合に備えて、携帯の予備の電池パックも渡しておきました。」
「………」
「…ゲームセンターや、クーポンも、ろくに言えない彼女の事ですし、予備のパックなんて知らないと思いましてね。
えぇ、知りませんでした。
なので、忘れないでいつも持っておくよう、すべての鞄に1個ずつ入れさせました。」
「…………」
「それにしても、女性って何であんなにバッグ持ってるんでしょうか。
全部で●●個も…あれ?僕のこの発言、禁則事項に引っ掛かってる?
っていうか僕、未来人じゃないのに何で?」
「……………。」
あれ、何故か目が怖い…?!
「と、とにかくそんな訳で、朝比奈さんと連絡が取れないという事態は基本的にはありません。」
「……」
「ですから、これは、何者かによる連れ去りです!」
「あ。メール。」
「えっ?誰からですか?」
「涼宮ハルヒ。」
「……」
「……」
「…仮定の話ですよ。」
「断定していた。」
「……」
「間違いは誰にでもある事。」
「慰めなんていりませんよーーーっ!!」
「…また取り乱している。人間とは難しいもの。」



「『ごっめ~ん。今日は部活無いって連絡遅れちゃった。雑用係は、今アタシが使ってるわ。今日もだったけど、明日も部活は休みにするから!コンピ研行くのもいいけど、早く帰り』…なさいよね…星マーク、星マーク。」
「…そうですか。どうせ彼が仲直りしようとして、余計な事言って『罰金~!』とか言って、授業サボって、パフェでも食べてるんでしょう。」
「概ね、そのよう。」
「朝比奈さんと連絡が取れないのが気になりますが、とりあえず一件落着ですね。」
「……」
「え?何か他に問題が…」
ありましたっけ?……と続けようとして驚いた。
座布団がふっ飛んだ。
僕の顔目掛けて。
油断していたので、顔面を直撃する。
顔面セーフですよね?
「冗談ですよ。酷いじゃないですか。」
「私が、通常通り、その情報操作能力を発揮できていたら、あなたの生命活動を停止させていた。」
「そんなに怒らないで下さいよ。」
「……」
「……」
「……」
「…だぁっ!」
「…!」
座布団を放り返す。
ついでに僕が座っていた座布団を投げてやろうかと、まごついていると、勢いよく座布団が僕を目掛けて降ってくる。
バヂンッ
「いだぁっ!…このぉっ!」
ヒュッ…
「……!!」
「くそ…避けられたか…。こうなったら、古泉流・必殺奥義…座布団の…!」
バッヅンッ
「痛い!端っこのヒラヒラが目に入った!」
「……」
「…それに必殺技を叫んでいるときは、相手を攻撃してはいけないという暗黙のルールが…」
ボフゥッ!バスッ!
「……」
「……」
…この、ちんちくりんがーっ!!

負けず嫌い:長門さんとの座布団バトルに熱中していて、気付きませんでした。
この時、僕の携帯にも涼宮さん、更には朝比奈さんからのメールが届いていた事に。
『今日は部活無しって連絡できなくてごめんね。これも言えなかったけど、明日は部活で大事なミーティングがあるから。でも、有希にはこの事は黙ってて。絶対よ。』
『ゴメンなさい。昨日の夜、涼宮さんに言われて、今日の夕方まで電源を切って、部活をお休みするように言われました。明日は長門さん以外のみんなで集合です。きっと来て下さいね♪♯』



座布団バトルから、零してしまったお茶の飛ばし合いバトル、くすぐり合いバトルまで行ったところで、僕は仰向けに倒れ込む。
すかさず長門さんが息を切らせながらも、マウントポジションを取ってくる。
応戦するか?!
でも、ちょっとはしゃぎすぎた。
抱き止めて、背中を二度タップすると、そのまま僕の上で荒くなった息を整え始める。
長門さんも疲れたのだろう。
髪が汗で濡れている。

長門さんが、お風呂を沸かしてくれ、タオルを出してくれた。
お風呂場やタオルから、長門さん『ち』の匂いがする。
ポケットに入れていた携帯を取り出し、小窓を見ると、メールが二通届いている。

お風呂から上がった僕は、すっかり古泉一樹を取り戻していた。
「晩御飯、食べて行って。」
長門さんも、入れ代わりでお風呂に向かう。
僕は机に並べて詰まれた本から、気になるものを探す。
いいにおいがしている気がする。

美味しい、はず。
すごく豪勢な、はず。
だけど、何故か箸が重い。
メニューは煮物が中心だった。
カボチャの煮物、筑前煮、茄子のそぼろ煮、肉豆腐だけ少し量が多いような?
デザート(?)にヤ○ルトも出ましたよ。
煮物が多いのは、曰く「…マイブーム」だそうです。

女子の家でお風呂を借り、手料理をご馳走になる。
男なら一度といわず何度でも夢みるシチュエーションですが、今、僕の頭の中で巡っているのは、先程のメールの件。
何故だ?何故長門さんに伝えてはいけない?
長門さんが不安に晒されている今、わざわざ一体何をしようっていうんだ。
いや、落ち着け。
涼宮さんがいってるんだ。
多分また新しい企画か何かだろう。
長門さんの能力不良(?)と重なったのは、たまたまだ。
しかし、涼宮さんが長門さんをわざわざ不安にさせる事をするだろうか。
涼宮さんは普段あんなに長門さんを大切に扱っているのに。
答えは見付からない。
明日部室に行けば分かるのだろうが、今知りたい。
長門さんが除け者にされているようで、僕もその仲間に加えられているようで、胸が傷む。
あぁ。こんな気持ち、勝手なだけなのに。
きっと長門さんは、例えどんな展開であっても、変わらず無表情を貫くだろう。
それが長門さんの役割でもあり、ポジションでもあり……あぁ、理屈っぽい!
僕が今、思っているのは、思いたいのは、こんな理屈じゃなくて、もっと感情的な、感覚的な、その心に触れるような、そんな思いなのに…!

はぁ。自分でも何いってんだか分かりません。

黙々とスポンジで汚れを洗い、濯ぎ係を担っている僕に食器を手渡す長門さん。
その横顔は、優しく、丁寧で、細かいところまで思いやれる、繊細で、感じやすい心を表している。
横顔から目線を移し、首筋に止めて、ぎょっとする。
何て細くて、白いんだろう。
少し手を掛けただけで折れてしまいそうだ。
みてはいけない。
だってぼくはいまあらいものをしてるんだから。あらいもの…らすかる。
うん。落ち着いた。

そうだ。
後でちゃんと携帯の番号とアドレスを教えてもらわなくちゃ。
アドレスとか初期設定から変えてるのかな。
気になる。



「来たる7日は、有希の誕生日パーティを行います!!」
えっ?
「古泉君が知らないのも無理は無いわ。何故なら、有希の誕生日は、このアタシが決めたからよ!」
???
「前、有希に『誕生日いつ?』って訊いたら、あの子、何て言ったと思う?」
「勿体つけないで言っちまって、さっさと作業始めようぜ。」
「キョン、うっさい。」
うわぁ。相変わらず容赦ないなぁ。
「それでね、あの子ったら『知らない。分からない。』なんて言うのよ?!
いっくらSOS団の無口キャラっていったって、自分の誕生日も言えないようなシャイシャイガールじゃ困るのよ!」
それはシャイというか…う~ん。
「だから決めました!有希の誕生日は今月7日です!いい日でしょ?」
七日…ね…。
「素晴らしいと思いますよ。」
「でしょ?!きっと有希の誕生日はこの日なんじゃないかって閃いたのよ!
それから聞いてよ、古泉君!キョンったらね!
『ユキってくらいだから、冬がいいんじゃないか?雪が降る季節でいいだろう。例えば12月18日とか。』
ってそれ、アンタがそこの階段からすっ転んで病院に担ぎ込まれた日じゃない!
そんな忌ま忌ましい日を誕生日にしようなんて馬っ鹿じゃないの?!…って言ってた時に、有希がコンピ研の出張から戻ってきちゃってさ…」
「ほう、それは…。」
「ちなみにこれ、昨日の話。古泉君が来る直前。驚いたわよね?ごめんね。」
「いえ、構いませんよ。涼宮さんも彼と和解して、長門さんの誕生日パーティも決定して…最高じゃないですか。」
「…よね?そうよね!よ~し、そうと決まったら、はりきって明日の誕生日パーティの飾り付けするわよっ!」

なるほど。
閉鎖空間が発生しなかったのは、喧嘩の後、長門さんを気持ちよく祝う為に、お二人が仲直りしていたから。
神の力が無くなった~って勘違いするなんて…恥ずかしい。

朝比奈さんは情報をバラさないように、部室から遠ざけ、顔を会わせないことで口止め。
彼は「和解出来ていない」なんて嘘をつかせてまで、頑丈に口止め。(いや、彼の意見は通らなかったから、やっぱり和解不成立?)
僕は知らされる前だったから、情報を与えないようにして、結果的に口止め。
涼宮さんは常に最高の状態でイベントを迎える事を望んでいる。
その為には、団員への情報操作も辞さない。
流石は涼宮さん。
いつも想像の斜め上、奥行き四十五度を行きますね。
ですが、今後の監視の目は一味違うものであると思って下さい。
僕だって、伊達に何年もあなたを見てきた訳じゃないですよ。

「いい?キョン?!しっかり抑えてなさいよ!」
「いや、やっぱり、こういう、高いところでの作業は、危ないから、そのだな…俺とか古泉が、だな…」
「は?何よ。団長直々に全員のメッセージを詰める事に何の異議が…何、アンタ、顔赤いわよ?」
「いや、これは…」
「……!!見た?!見たのね!!」
「いや、わざとじゃ…だから、俺がやるって…」
「こンの、エロキョン!!」
「だから、わざとじゃねーって言っ…グェッ!」
いやはや何というか。
バカップルここに極まれり。…ですかね?

昨日も大変な日でしたが、今日も大変でした。
飾り付けもクリスマスパーティとは比にならないくらい豪華で、ケーキは涼宮さん・朝比奈さん両名による合作「有希を幸せな気分にさせる為の2段階ケーキ」らしいです。
変わった名前ですが、これはさぞかし長門さんのお腹も唸るでしょうね。
僕たち男子組が作ったのは、くす玉です。涼宮さんと朝比奈さんのお顔が横に並んで隠れるくらいの巨大くす玉ですよ。頑張っちゃいました。
つい今しがた、涼宮さんが中に全員のメッセージカードを入れ、紐の状態もチェックして下さり、準備万端です。
突然で材料もあまり揃っておらず、すごく大変でしたけど、今日はそんな苦労も即座に忘れられるくらい安心出来ました。
長門さんはやっぱり、皆さんに愛されてるんだという事を再確認できました。
一瞬でも仲間のする事を疑うなんて、反省ですね。
長門さんは、ちゃんと、大切に思われていました。

…今ですか?部活を終えて、長門さんの家に向かっています。
長門さんも能力が使えなくなるなんて状況は初めてでしょうし、不安でしょうからね。
それでも、皆に必要以上に心配をかけたくないからといって、僕の団員への報告電話の手を止めさせて。
優しい人です。
せめて、一緒にいたいんです。
…もう彼女の涙は見たくない。

ところで、今日はクラスの日誌担当でしたので、放課後、日誌を提出しに職員室に向かいました。
途中、必然的に生徒会室の前を通る事になるのですが、その時、部屋の中の会話が聞こえてきました。
「喜緑君!だからここは学内で、第一に私たちは高校生であり、それ相応の健全なる学生生活を…!」
「他の生徒たちは会議が終わってすぐ帰りましたよ?人前じゃ、ありませんよね?昨日、会長は『人前じゃマズい』って。それって逆にいえば、人がいない今は、会長と何かしても…うふふ。」
「な、な、何かとは何だね!ちょっ…待ちたま…!やめ…!」
何、手玉に取られてるんですか、会長。
声、廊下まで漏れてますよ?
しかし、どこまで本気なのかは知りませんが、喜緑さんも能力が戻らない(?)ままのようです。
不安…なんですかね。

マンションに着くと、長門さんがいつもの無表情で、玄関先まで出迎えてくれました。
今日もいい匂いがしています。
「晩御飯、食べて行って。」
喜んで。



今日のご飯も豪華でした。
昨日とは違い、カボチャの煮物に、みりんを入れて再挑戦したようです。
昨日のも美味しかったんですけどね。
今日、特に美味しかったのが、明太子チーズチャーハン、ロコモコ風の激辛タコライス。
もー美味しいっ!毎日手料理を作ってほしい!
「お米が切れたので、秋田の美味しいお米に代えたから。最後まで鴨南蛮そばと迷った。」
ふふっ。何だか、ホントにこういう料理好きの女性、実在してそうですね。
ブログとかしてたり。なんて。

すっかり満足して、僕は忘れかけていた。
長門さんの能力が失われた(?)その推測理由。対処法。
それを話し合わなければならない。
ふぁ…欠伸が……。
眠い。
もうお腹も十分満足した。
上下、左右、奥行きが、混じって、実態を失う。
何か柔らかなものが、僕の体に掛かる。
暖かい。
長門さんの匂いがする。
…安心する。

…しまった!寝過ごした?!
今、何時だ?
…長門さんは?
……真っ暗だ。何も見えない。

長門さーーん!

長門さーん?!

長門さんっ!!

長…!パチン「うおっまぶしっ!」
「…近所迷惑。」
「…ぁ…」
「……」
「あはは…寝ちゃってました。すみません。」
「……」
「…すみません。」
「いい。」
見ると、僕の体には毛布が掛かっている。
左足だけ。
寝相悪いんだよなぁ、僕。
恥ずかしい。
「風邪をひいてはいけないから、掛けた。邪魔だったのなら謝罪する。」
「いえいえ、嬉しいですよ。ありがとうございます。」
「……」
「…?」
「…もう、遅いから、このまま、泊まっていく事が望ましい。」
「それはダメですね。」
「……」
「……」
「…そう…」
「えぇ、長門さんの為にも。ずっと情報操作能力が使えないままじゃ、困るでしょう?」
「それは、どういう事?」
「分かったかもしれません。長門さんの情報操作能力が使えなくなった理由が。
長門さん、眠くないですか?平気なようなら続きを。」
「平気。」
「ふふっ。では、僕の向かいの席に。」



「今からお話する事は、あくまで僕の『仮定』による、推論です。」
「いい。話して。」
「はい、始めます。僕は思うのですが、長門さん、もしかして今、長門さんは『情報操作能力が使える』のではありませんか?」
「…?」
「試してみて下さい。僕、暖かいお茶が飲みたいです。」
「…わかった。…………」
お茶っ葉の筒と、水を入れた湯飲みだけ持って、長門さんは(朝比奈さんのいう)呪文を唱え始める。
目の前がぼんやり光る。
夏の花火を思い出す。
何故だかドキドキする。

…!やはりそうか。
「出来、た…?」
「はい。美味しそうなお茶です。いただきますね。」
「何故。昨日、私の能力は失われたはず。説明を。」
「アチ…複雑な話なんでしょうが、もう夜も遅いですし、長々語るのは後日に。フ~フ~…今日は、問題の表面だけを推論します。」
「……」
「その為に、もう一つだけ実験をします。長門さん、僕の前でこう、背中を向けて、体育座りをしてみて下さい。」
「……わかった。」
「っと、ちょっと失礼します。」
僕は後ろから長門さんを抱き締める。
長門さんの匂いと、石鹸の匂いがする。
長門さんがひんやりと暖かい。
長門さんの背中に、僕の胸を軽く押し当てる。
心臓の音が聞こえる。
これはどちらのものなんだろう。
長門さんの髪を撫でると、しっとりとしていた。

「…よし、OKです。」
「…?」
「もう一度、情報操作で暖かいお茶を入れてみて下さい。」
「わかった。………何故、出来ない。」
「やはりそうですか。」
「…?」
「僕と密着する前と後で、決定的に違う事があります。分かりますか?」
「セクハラがあったか無かったか。」
「…実験による実証の為です。誰にそんな言葉を教わったんですか。」
「以前、道端に落ちていた、水着を着た女性の写真が多く載っている雑誌に、該当の単語が載っていたので、情報統合思念体に接続、辞書より単語の意味をトレースした。」
「トレースミスです。っていうか思念体の情報が間違ってると言ってもいいですね。それから、そういう雑誌は女性が読むものではありません。」
「何故。」
「何ででもそうなんです!話を続けます!」
「人間とは難しいもの」



「僕と密着する前と後で決定的に違うもの。それは、体温です。」
「体温?」
「はい。体を密着させる事により、体温が上昇し、能力が一時的に失われたのです。今日は昨日より少し気温も低かった。だから能力も安定し、使えるようになっていた。
しかし、今、僕と密着した為、体温の上昇が起こり、再び能力を失った!」
「……」
「つまり、長門さん含むTF…インターフェースは『熱』に弱いのです!!」
「……なら、お風呂は…?」
「…お風呂でまで情報操作しないでしょう?それに、湯冷めで体温なんて割とすぐに下がりますし。」
「…なら、体育は?」
「……汗かいたら、それで調節されるでしょう?」
「あなたの理論が正しいのなら、夏場、私は情報操作が出来ない事になる。」
「………」
「常にクーラーの効いた部屋にいる訳でも無…」
「もーっ!だから『仮定』なんですったらーーっ!!」
「再考察の余地、約95%…やり直し。」
それって百点満点中、五点?!
「私の評価は甘い。今のは努力点。」
「くっ!!屈辱です…」
僕だってホントは、半分分かってましたよ。
こんな考えはおかしいだろうって事くらい。

むしゃくしゃしたので、近くにあった座布団を手に取り、長門さんを見る。
おや、やる気のようですよ。
マンションの皆さん、深夜ですが近所迷惑します。ごめんなさい。
明日もあるのに、いけませんね。
明日…?今、何時だっけ?
おっと、いけない、いけない。

「長門さん。」
「…何?」
「おめでとう。」





実は、もう一つ『仮定』による推論の話はあったんです。
でもそれは、あまりにも傲慢で、夢見がちな空想のお話です。
僕の口から直接長門さんに伝えるには、ちょっと恥ずかしい話です。
百歩譲っても、時期尚早。

『インターフェースの能力は、あくまで宇宙的能力』
『人間には使えない』
『長門さんが能力を失うとき、その直前は髪が汗でしっとりとしている』
『僕と接触して、長門さんは汗をかくくらい暖かくなる』
もう僕が何をいうか、誰もがお分かりかと思います。
そう、結論『人間に恋しているインターフェースは、もはや宇宙人ではなく、人間の女の子』なんである。だから宇宙的能力なんて使えないのだ、って理論です。
無茶苦茶でしょ?

恋が募って、宇宙的な能力が使えなくなる。
そうであるが故に、まるで地球人、人間であるかのような反応を示す。
再び、能力が使えるようになれば、宇宙人的な、無表情で機械的なそれにもどる。
『恋すると女の子になる』
こんな話、退屈すぎて、寝物語にもなりません。
あ~ぁ。また『再考察の余地:あり やり直し』ですね。

宇宙人とは難しいもの。なんて。

→終わり

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最終更新:2020年03月11日 18:37