満面の笑みで手芸部の部長さんがそう言う。
今日、枕カバーを縫うということは、部員募集のポスターにも書いてあったから、予定通り。
何で、枕カバーなのかは分からないけど、もともと手芸部に入ろうとしていたわたしからしてみれば、なんでもいい。
にしても、満面の笑みの部長さんとは対象的に、あたしの隣に座っている子は初めて顔を見たときから、ずっと無愛想。
涼宮ハルヒ
この子ほど衝撃的な自己紹介をあたしは今まで見たことがない。
今となっては、あれがウケ狙いだったのか、マジメに言ったのか分からないけど。
多分、あの口調ぶりからしてマジメだったのだろうと思う。
ところで、涼宮さんが座っているのはあたしの右隣。
あたしの左隣には剣持さん、その隣には瀬能さんが座っている。
あたし達3人は昔からの仲良し3人組。
なんだけど、高校に入って、あたしは大変な懸案事項を抱えることになった。
多分、二人はお互い知らないんだろうけど。
なんと二人とも、うちのクラスの榊君が好きというのだ。
こないだ二人ともに相談された。内容から考えて多分、あたしだけに。
うーん・・・本当にどうするべきだろう?
「イタッ!」
ちょっと、よそ見をしてたり、違うことを考えてたから針が指に刺さった。いてて。
「大丈夫?西嶋さん」
「うん、大丈夫。血も出てないし」
剣持さんと西嶋さんが本気で心配そうな顔でのぞきこんできた。
あたしとしては、あなた達が、今後、ずっと仲良くしていられるかが不安。
ちなみに、一瞬だけだけど、涼宮さんがこちらを振り返ったのをあたしは見逃さなかった。
ただたんに、反射的に振り向いたのか。心配してくれたのは分からないけど、
多分、前者だろう。
あたしの涼宮さんに対する印象ははっきり言って悪い。
挨拶しても返ってこないし、何か話そうとしたら反抗的に「うるさい!」と言ってくる。
そのせいで、なんだかあたしがおせっかいキャラみたいになってしまった。
でも、朝倉さんはまだクラスになじめない涼宮さんを気遣っているよう。
まあ、あたしもクラスになじめたほうがいいとは思うんだけどね。
- 「はーい、みなさんできましたかー?できたら、隣の人と交換して、感想を述べてあげてくださーい!」
先ほどと変わらず満面の笑みの部長さんは、オペラでも歌いそうな言い方でそう言ってきた。
さて、ここで一つ言いたいことがある。
わたしの右隣が涼宮さんということは先ほども言ったとおり。
では、その右隣は?
・・・・・
実は言うと、誰もいない。
ということは、必然的にあたしが縫った枕カバーの交換相手は涼宮さんになってしまうわけだ。
涼宮さんもすこしだけ、あたしを凝視して、何も言わずに渡してきた。
それから少し遅れてあたしも差し出す。
で、涼宮さんが縫った枕カバーを見てたんだけど・・・
これが、意外って言ったら失礼だけど、かなりキレイに縫ってある。
とりあえず、ここは褒めておくべきかな?
「すごい、丁寧だね。あたしなんて、まだまだ下手だけど」
「・・・本当にそうだね」
・・・うーん。やっぱり、なんか感じ悪いなー。
ふと、剣持さんと瀬能さんを見てみる。
こちらは、仲良く相手の枕カバーを褒めあっている様子。
少しうらやましい。
あたしは二人のこれからの仲を心配しているというのに。
「にしても、何で枕カバーなの?どうせなら、もっと実用的な物作らせなさいよ」
気もちは分かるけど、声に出しちゃダメだよ。
普段、無口なんだから、そういうことだけ言わなくても。
「はい、返す。あんたはその枕カバーどうするか考えてんの?」
いや、別に考えて縫ってたわけじゃ・・・
それにしても、この子も自分自身から話しかけることがあるんだ。
せっかくだから、もうちょっと話してみよ。
「涼宮さんは?」
「別に。糸外して再利用でもしてみようかしら」
ある意味かしこい考えだけど、せっかく作ったのに・・・
「じゃあ、あげようか?」
自分のがあるし・・・
「好きな人にでもあげたらどう?」
「そんな人いるわけないじゃない。恋愛感情なんて一時の気の迷い、精神病の一種なのよ」
その言い方はちょっと・・・
別に、あたしに今好きな人がいるわけじゃないけど。
「だいたい、そんな人がいても、こんなのあげるわけないでしょ。枕カバーよ、枕カバー」
ああ、確かに・・・
「でも、中にはいそうね。この無地の枕カバーの左側にYesって書いて、右側にNoって書いて渡すバカ」
なんか、言ってる意味がよく分からないけど、とりあえずうなずいておこう。
でも、何か書くっていうのはいいかもね。
「そんなわずらわしいことするんだったら、とっとと言っちゃいなさいよ」
そう言ってるこの子のほうが、好きな人できでもなかなか告白できないと思うんだけどな~。
「告白して、その場で振られたら、そんな人間を好きになったほうも問題ありよ。付き合わないほうがマシ」
そういえば、前に教室で誰か男子が、この子は告白されても断ることをしないとか言ってたかな?
最短5分で振ったとも言ってたような気がするけど。
とか思いだしながら、もう一度、二人のほうを見てみた。
どうやら、二人とも、まだ何か話しているみたい。
そこで思う。何でさっきまであたしは悩んでいたんだろう?って。
この二人なら、ちょっとやそっとなことじゃ、仲が悪くなることもないのに。
「ありがとう涼宮さん」
「はっ?」
涼宮さんはわけ分かんないって感じの顔をしている。
まあ、あたし自身も何でありがとうって言ったのかわかんないんだけどね。
その後、三人で帰ってる最中に、剣持さんと瀬能さんがどちらも榊君が好きなことを、二人の前で話した。
思ったとおり、二人の仲はそんなことでつぶれることはなかった。
「わたし、一人じゃ榊君に近づく勇気でなかったんだけど」
「わたしも。でも、三人なら、できるかもね」
なぜか、あたしも巻き込まれてるけど、まあいいや。
「この枕カバープレゼントしてみる?YesとNoを書いて」