それは、いつものようにSOS団のメンバーで不思議探索があった土曜日の夜のことだった、ハルヒに振り回され続け、疲労が溜まった肉体を癒すため自宅の居間でくつろいでいた時、不意にメールが届いた。
 まあ、それだけならべつに珍しい事ではないが、その相手の名前を見れば、またとんでもない事が起きたと判断しても間違いないだろう。その相手はあの長門有希からだったんだからな。しかも助けを求めているとしか思えない内容だったので、俺はすぐさま長門の家に電話をかけた。しかし、いつもならすぐに繋がるはずなのにこの時ばかりはまったく繋がらない。居ても立ってもいられず俺はすぐさま家を出て長門のマンションに向かうことにした。
 
 しかし、長門がメールを送ってくるなんてのは初めてのことだと俺は記憶している。
 しかもそのメールの内容はどうやら昼間の出来事に関係していて、昼間の出来事がなかったらそのメールの内容はただの暗号文にしか見えなかっただろう。なんせ、たったの三行で、
 「石」
 「解析」
 「うかつ」
 だったからだ。
 その一つ目の『石』ってのは昼間の不思議探索で入手したアクセサリーのことだと俺は予想した。で、その昼間の不思議探索での内容とは概ねこんな感じだ――――。
 
 
 
 今日の不思議探索は何故か5人全員で街をうろつくことになった、いつもならくじ引きで班分けをするはずなんだが、どういう訳か今日はそれをしなかった。
 その理由はその後の行動でわかることとなる。
 ハルヒがここの不思議探索をすると言って俺たちを連れていった場所は大型量販店、つまりデパートだったからだ。
 つまりこの日、俺と古泉はハルヒ達の買い物の荷物もちをされられたって寸法だ。まあ、朝比奈さんと、日頃世話になってる長門の荷物は快く持たせてもらうことこの上なく思えるのだが、どちらかと言えば迷惑と、理不尽な労働と出費を押し付けてくることしかしない団長さまの荷物をもつ理由もなければ義理も俺にはない。
 ただ、ハルヒ曰く、義務はあるわ! とのことだ、なんせ俺の役職は雑用ってことらしいからな。その雑用って役職も無理やりお前に押し付けられた訳で、やっぱり理不尽に変わりない。
 とはいえ、そんな抗議を申し出たところで事態が好転するわけでもなく、ハルヒが決めた事は覆ることなんてないのだ、俺はそんな無駄な努力をすることは諦め、黙って着いて行く事にする。むろん、荷物の半分は古泉に押し付けてやったがな。
 
 その大型量販店で色々買い物して一息ついた後、片隅にちょっと怪しげな雑貨屋を発見したハルヒは、いかにも何か有りそうな雰囲気がすると言ってそこへ皆を連れて入って行ったのだ。
 その雑貨屋のレジの隣にアクセサリーコーナーが在り、自然とSOS団の女性陣がそこに集まることになった、俺と古泉は遠目で皆の様子を見ていたが、暫くして女性陣の一人が何やら騒ぎだした。どうやらハルヒがいつもの交渉を始めたようだ。いつものってのは、まあつまり値切りだ。
 ただし、朝比奈さんはともかく長門までハルヒが値切ろうとしている商品に興味深々だったのが、極めて珍しく印象的だったと記憶している。
 
 手作り感たっぷりの代物からいかにも贋作っぽい物まで並べてあったアクセサリーコーナーで、ハルヒは品定めしつつ店主と値段の交渉をし始めたのは、目玉商品と書かれていたひときわ大きいハート型の宝石が付いているネックレスであり、どうやらその値段に文句があるようだ。
 と、いうか長門がその値段に文句をつけたのが発端らしい。長門にしては珍しく主張した意見だなと思い、何か裏があるんじゃないかと勘ぐった俺は、とりあえず長門に加担することにする。
 一方ハルヒは、
「有希はね、こう見えても万能選手なのよ、宝石の鑑定なんてお手の物なんだから、きっと有希の方が正しいに決まってるわ、だからこの表示してある価格なんてものはでっち上げのぼったくり価格なのよ!」
 などと、どこぞの暴力団並みの言いがかりで店主に食って掛かっていた。
 さすがにそのいちゃもんは無いと思うがな、長門もそこまでしてくれとは言ってないだろ。
 
 そう、長門はその目玉商品の売値と仕入れ値の差額がありすぎだと言っていただけなのである、具体的な数字を言えば、仕入れ値は三千円程度で、売値は八万円だったのである。しかも、『十万円の二割引き』などと書かれていて、ある意味うまい商法だな、と感心したほどである。だが、仕入れ値を知ってしまうとさすがにやり過ぎ感がいなめない。いくら長門でも突っ込みを入れたくなったのだろう、その気持ちは充分解るぞ。
 それで長門は五千円なら購入してもいい妥当な値段と言い、それなら損はしないはずだと主張した。
 ハルヒはそれでも高すぎると言ってごねていたが、長門がそれで良いと言ってるんだからあんまり事を荒立たせるなよ。
 
 結局のところ、ハルヒは四千円まで値を下げることに成功した、代わりに長門は他の商品の鑑定をして、表示値段より価値のあるものを数品店主に伝えることでその場は納まった。
 どうやらその店主は貴金属の知識に疎いようだ、おかげでこのハート型のネックレスの本当の価値に気付かなかったようなのだ。本当の価値と言うのは、後で長門から聞かされたのである。
 
 もともと何やらイワクツキの代物で、持ち主を不幸にすると言われており、買い手がつかず、安く売りさばかれていたらしい、実際の値段は二十万くらいするそうだ。で、それが運良くか運悪くか解らないがハルヒの琴線にひっかかったらしく、ハルヒに購入されるよりも先に長門が動いたってことなのである。
 めったに自己主張しない長門がそのネックレスに反応したのでハルヒも、
「あたしも欲しかったんだけどね、珍しく有希が気に入ったみたいだからいいわ」
 と、言っていた。たしかに、長門が興味を抱くものがあるというのなら自由にさせてあげたくなる気持ちはよくわかる。
 
 しかし、これが後にとんでもない結果になろうとはその時には思いもしなかったのである。
 まさか、あんなことになろうとは……。
 
 
 
 そういうわけで、長門の送ってきたメールの内容の一つ目の石というのはそのハート型の宝石で間違いないだろう。その次の解析ってのはきっとそのイワクツキといわれる部分について調べていたんではないかと思われる。
 はっきり言って長門のことだから持ち主を不幸にさせる何かしらの要素を取り除く等して無害化すると俺は踏んでいた。そうなのだ、長門に任せていれば安心だと思い込んでいたんだ。
 でも、よくよく考えてみればそのネックレスの持ち主は長門なのだ、不幸になるかもしれない品を持たせたまま、一人で家に帰すべきではなかったのだ。いつものようにハルヒ以外のメンバーに事情を話して皆で何とかすることも出来たはずなのである。
 
 どう考えても俺の失策だ、なんて浅はかなんだ昼間の俺は。頼む、無事でいてくれよ長門。
 
 そうこうしている内に長門のマンションまで着いた。
 長門の無事を祈りつつ、エントランスで部屋番号を押す。
 しばしのコール音の後、回線が繋がる音がして、
『…………』
 いつもの無言が出た。ホッとするのもつかの間にして、
「長門、無事か? 俺だ。何があった?」
 と、俺の質問に答えたのは、
『あら? どうしてあなたがここに? ……まあいいわ、どうぞ』
 長門ではなく、別の女性の声だった。この声には聞き覚えがあるぞ。
 オートロックのドアが開き、俺はマンションの中に入っていく。
 エレベーターに乗っている間に、言い知れぬ不安が俺に襲い掛かる。既に長門はインターホンに出ることが出来ない状態なのかも知れないのだ。
 
 長門の部屋まで駆けつけると、
「鍵はかかってないわ、入ってきてもいいですよ」
 と、中から声が掛けられた。
 既に声の主は解っている、長門と同じ宇宙人製インターフェイスの喜緑さんだ。
 その長門の同類の喜緑さんがここにいるってことは長門に何かあったと考えて間違いないだろう。
 ますます不安になり、ドアを開けるのがためらわれたが俺は意を決して中に入る。
 
 まず目に入ったのがぐったりとした長門を担いでいる喜緑さんだった。
 そんな姿を見た俺は取り乱し気味にすぐさま駆け寄り、声を荒立たせて、
「な、長門!? 大丈夫か」
 しかし、長門はぴくりとも動かない。すぐさま俺は喜緑さんの方に向き直って、
「どうしたんです、長門は? いったい何があったんですか?」
「……ああ、これはですね」
 と、自分の仲間をこれと言って指し示した喜緑さんは、長門を軽々と担いだまま、
「先ほどわたしが構築した彼女のダミーです、本物ではありません」
 涼しげな表情で答える喜緑さん。なんだって? これ偽者? じゃ、本物は何処に? 
 俺は部屋の中を見渡すことにした。
 
「それより、あなたはどうしてここにきたのです? 何か彼女と約束でも?」
「いや、約束とかはしてませんが、長門からメールが来まして……」
 俺は部屋の中をきょろきょろと長門の痕跡を探しながら答える。
 それで、本物の長門はどこに行ったんです? その長門がダミーということは、今長門は取り込み中で、ここにはいないってことだと思いますが……、それにあなたがここに来ているってことは長門の身の上に何かが起こったってことですよね。
 俺は喜緑さんの顔色をうかがいながらたずねる。とは言ってもこの方の表情を読むことはどうやら難しそうだ。
 
 喜緑さんは、さほど気にする様子もなく、メールね……とつぶやき、その涼しげな表情を俺の方に向けて、
「彼女ならこの部屋にいますわ、でも、お話できる状態じゃありませんが」
 と言ってリビングのテーブルを指差した。
 そこに誰もいないことは既に確認済みである。よーし、ちょっと待ってくれ、この状況はなんだ? 
 
 話が出来る状態じゃない長門がそこにいると言って誰もいないリビングを指差されたら一体皆はどう思う? ってことだ。
 普通に考えれば喜緑さんの頭がおかしくなって幻覚や夢でも見てるんじゃないかと問い詰めたくなるかもしれないが、彼女はそんな戯言を言わないキャラであることも正体も俺は知っている。それじゃどういうことかと次に考えられることは、視覚的に見えなくなった長門が本当にそこにいる、ってことだ。しかも話が出来ない状態だそうだ。
 
 まあ、なんというか彼女らは宇宙に存在している情報統合思念体と言う、もともと実体がなくて観測も出来ない存在から派遣されて来た人物だ。肉体にいくら傷を負ってもすぐ元通りになったりするし、すごく痛そうな目にあっても平気と言う長門だ。
 ってことはひょっとして肉体がなくなる程の状態になっても長門はそこに存在し続けることが出来て、今回はそんな状態になっちまったってことなのか? 
 もし、それだとしたら、いや、考えたくないぞ、断じて俺は認めない。魂だとか霊魂なんて非科学的な存在なんてものはな。特にそんな状態になっちまった長門がそこにいるなんて認めてしまったら……。
 
 俺は変な考えを追い出す様に頭を振ってから喜緑さんに再確認する。
「ど、どこに居るんです? 俺には誰もいないように見えますが……」
「少し説明が不足してたみたいですわね、ほらよく見て下さい、テーブルの上に乗っている物を」
 喜緑さんがそう言って指差した。
「テーブルの上?」
 俺はリビングのテーブルに近付いて行き、その上にあるものを見た。
 
 テーブルの上にはハート型のアクセサリーがポツンと置いてあり、それは昼間買った例のネックレスだ。
 だが、昼間見た時と雰囲気と言うか何かが違うような気がする。輝きが増したような感じも見受けられた。しかし、そんな違いは微々たるものだった。俺はその宝石の中に何かが見えて息を呑んだ。
「なっ!? これはどうなって……」
 俺は言葉を失い、助けを求めるように喜緑さんのほうに向いた。
「わたしが駆けつけた時には既にその状態になってました、ですが、彼女はこうなった経緯の断片を最後に残しておいてくれたので、推測ですが大体の対処方法が解ります。あと、おそらくですがあなたに届いたメールはその断片の一部ではないかと思われます」
 
 喜緑さんの話は大体こうだった。
 長門が購入した宝石には確かに持ち主に不幸をもたらす物だった、しかし解析してみるとその宝石には近くに居る生命体からエネルギー的な物を吸い取る働きがあるということが解り、結果、持ち主が病気になったり、注意力が落ちて事故にあったりする現象を起こしていたらしい。
 長門は次に、なぜその宝石にそのような吸い取る力が発生しているのか調べはじめた、するとその宝石に中には言わばエネルギーの低気圧が発生している状態になっていることが解り、長門はそのエネルギーの低気圧を打ち消すために逆の力、つまりエネルギーの高気圧を宝石内に送り込んで無害化を図ろうとしたんだそうだ。
 
 そこで予想外のことが起こった。長門が宝石内にエネルギー高気圧を送り込んで安定しかかった瞬間、得体の知れない力がその宝石に注ぎ込まれ、宝石のエネルギーを吸い取る力が倍増し、不意を突かれた長門は自分の体ごと宝石の中に吸い込まれてしまった。ということなのである。
 その、吸い込まれそうになった瞬間に喜緑さんなどに解るメッセージを残したってことらしい。
 
 そして今現在、テーブルの上にあるハート型の宝石の中には、胎児のようなポーズで眠っている、小さくなった長門が封じ込められていたのだ。
 
「すみませんが喜緑さん、なんとか長門を救い出してあげて下さい」
 悔しいかな俺には何の力もない、こんな時いつも俺に出来ることは祈ったり願ったりするだけだ。
 俺のピンチを幾度となく救ってくれた長門がこんなことになっているのに何も出来ないなんて、まったく歯がゆいぜ。
「ええ、安心してください。そのつもりですから」
 喜緑さんは涼しげに微笑むと、担いでいたダミー長門を宝石の置いてあるテーブルの前におろした。
「今からこのダミーを宝石の中に送り込み、中に居る本物と入れ替えます。うまくいけば宝石から脱出させられるでしょう」
 なるほど、言わばところてん方式ですか。
「まあ、そんなところですわね」
 二コリと笑って答える喜緑さん。本当に心情の読めない人だ。けど今は一番頼りになる人には違いない。俺はお願いしますと一言言って少し離れ、救出作戦の成り行きを見守ることにする。何も出来ないならせめて邪魔にならないようにするまでなのさ。ちょっと自虐的か? まあ、それくらい落ち込んでたと言うわけさ。
 
 あたりまえのことなのだ、長門がピンチになって、助けを求めたとしても俺には何も出来ない、それどころかあのメール自体長門からのSOSではなかったと言う始末だ。俺は一体何しに来たのだろうか。
 しかし、あのメールが来なかったら俺はこの事実に気付くことなく、この後、喜緑さんの活躍によって無事救出された長門も、このことを誰かに話したりせず、いつもの日常に戻って行ったのかも知れない。
 ひょっとしたら俺の気付かないうちにこんなことが頻繁に起こってるのかもな、朝比奈さんや古泉のまわりにも似たようなことが起こって、俺達一般人が知らない事件を人知れず解決してきてそうだしな。実際古泉はそれ専門の集団に所属しているようなものだが、その場合は俺の耳に情報が入ってくる可能性もある。
 朝比奈さんの場合もしかり、あの方は隠すのが下手で何かがあったらすぐさま気付くことが出来るだろう。
 
 そうなるとやっぱり無口キャラで万能選手の長門は俺の知らないところで数々の武勇伝を残しているかもしれないな。
 
「準備が出来ました。いま、宝石内は彼女のエネルギーを取り込み、均衡し安定している状態です、そこに彼女同等のエネルギーを宿したダミーを送り込み、反作用によって本物の彼女を宝石内からサルベージします」
 簡単に言ってくれているようだが、危険はないのだろうか? いささか疑問が生じるが、今は頷くしか出来ない。
「サルベージ時に何かしらの衝撃波が来るかもしれません、あなたは隣の部屋に避難していてくださいね」
 やはり涼しげに言う喜緑さん。
 少しくらいの危険ぐらいかまわないと思ったが、遠回りに邪魔だと言われてることを理解して、俺は見守ることも出来ないのかと落胆した。
 
 それでも少しくらい食い下がったんだが、次の喜緑さんのセリフに俺は従順に従うことにした。
「まあ、わたしの後方にいれば大丈夫だと思いますが、もし宝石から出てきた彼女が人間で言うところの、生まれたままの姿だったとしたらどうします。それをあなたに見られたとしても彼女はいつもの調子かもしれないでしょうけど、わたしの推測ならあなたはきっと動揺して気まずい思いをする気がします、それでもかまわないのでしたら……」
 最後まで聞く間もなく俺は隣の部屋に避難することにした。
 
 避難するやいなや、喜緑さんはすぐさま例の高速呪文を唱え始めた。俺の居る場所からはどんな事が起こっているのかさっぱり解らない、なのでここからはサウンドオンリーだ。
 で、どんな音が聞こえてきたかと言うと、たとえて言うなればファックスの受信音に近い音が聞こえてきた。
 
 多分その音は宝石の中に長門のダミーを送り込んでいる時の音じゃないかと俺は思う。しばらくその受信音が続き、その音が止むと次は低い振動音が響いてきた。
 えらく不安感を募らせる音だ、その音がじわじわと音量を増してくる。俺は思わず耳を押さえた。と、同時くらいに爆発音が連続七回、それに伴い激しく部屋全体が揺れた。
 その地震のような揺れで俺は立っていられなくなり不覚にも四つんばいとなってしまう。
 
「な、長門! 喜緑さん! 大丈夫ですか!」
 四つんばいのまま俺は喜緑さんが居るリビングに向かう俺。かっこわりぃ。
「わたしは大丈夫ですが……」
 喜緑さんの声が聞こえてきた。それじゃ長門は? 
 俺は立ち上がり、宝石の置いてあったリビングのテーブルの方を見る。実際、アレだけの衝撃を起こした中心部だけあって、もうもうと煙が立ち込めていてどういう状況になっているのか良く見えない。
「くそ、よく見えん、長門! 無事か? 返事をしてくれ」
「いま、この空間の大気を沈静化します」
 そう言って喜緑さんが例の呪文を唱えた。みるみる煙が消えていく。
 
 見通しの良くなった部屋を見た時、一生忘れることはないくらいの衝撃映像が俺を襲った。
 
 その衝撃映像は、長門が生まれたままの姿とか、そんなのではなく、むしろ衣服はちゃんと着用していた。別に残念だとかは思ってないぞ、ほんとだぞ。どちらかと言えば裸じゃなくて安心したくらいだ。
 しかし、だ。何と言うかその長門がだな、分裂しているんだよ、これが。いやいや、そういうスプラッタや猟奇的なことは一切ないんだ、決してそうじゃない。
 
 勿体ぶらずにはっきり言うと、あの長門有希が複数人そこに居るってことだ。しかも総勢七人だ。いやはや双子でも珍しいこの少子化の時代に六つ子を超えるとは大家族もびっくりだぜ。
 
 
 
 
 ――――そう、長門有希が七人に増えてしまったんだ。
 
 
 
 そこで今回のタイトル、SOSってのは遭難信号や救助信号のことではない。
 本来のタイトルは……。
 
 『七人の長門』だ。
 
 ちなみにこの『SOS』ってタイトル、実は『SNOW OF SEVEN』の略だ。
 しっかし、またとんでもなくややこしい事態になっちまったもんだな。ほんとに頭がおかしくなりそうだぜ。
 

 
 
 ――――その後喜緑さんと共に、気を失って倒れている長門たちを隣の和室に運び込んだ。
 しばらくすると一斉に長門たちが目覚め、そして一斉に俺を見つめて、
「……なぜあなたがここに」
「なんであんたがここにいるの?」
「あれれ? どうなってんの?」
「わたしどうしてたのかしら?」
「……あーれぇー?」
「ど、どうしてここにあなたがいるんですか?」
「やだぁ、なんであなたがここにいるのよん」
 
 思わず目が点になったね。七人とも違う反応と来たもんだ。喜緑さんも俺と同じリアクションをして、目があっちまった。
 いやはや感情が豊かになった長門っていうのはありえないって言うか激しく落ち着かない。とはいえ、それぞれセリフは違うんだが抑揚のないしゃべり方は相変わらずだ。
 そしてよくよく見てみるとそれぞれ服装など違う部分があることに俺は気付いた。
 
 まず一人目、これは俺の良く知る本来の長門だ、いつもの無表情、いつもの制服にカーディガン姿だ。口数も少ない。
 次に二人目、これは何やら怒っている様にも見える長門だ。何故か夏服の制服を着ている。
 で、三人目、どうやら機嫌がいいときの長門に見えるな。服装はいつもの制服だがカーディガンは着ていない。
 次、四人目、これは悲しい事が起こった時の残念がっている長門に見える。いつもの服装だがなぜかハイソックスをはいている。
 はい五人目、本当に長門なのかと思うぐらい緩慢な動きの長門だ。服装は何故かワンサイズ大きい服をダブつかせている。
 あー六人目、これは見覚えのある長門だ。初対面の時にかけていためがねを掛けていて、知的な感じがうかがえる。
 おい七人目、ちょっとまて、なんでお前だけ体つきが違うんだ? そんなグラマラスな長門は長門じゃないぞ! 
 
 なんとか正気を保ちつつ、俺はいつもの長門だと思える一人目に問いかけた。
「一体何があってどうなっちまったんだ、それにこの状況、とんでもないことが起こっているのは一目瞭然なんだが……、というか長門、なんともないのか? どっかおかしくなってないよな」
「へいき、心配はいらない。わたしも事態の収束を考察している」
 と、一人目の長門は語る。と、次に、
「まったく、とんでもないことになってしまった、こんなことになるなんて予想外だ」
 これは二人目の長門だ。
「なんだかにぎやかなことになっちゃったなぁ」
 これは三人目。
「どうしよう、こんなことになってしまって、元に戻れるのかな」
 ついでに四人目だ。
 と、まあこんな調子で後三人もそれぞれコメントを残していたがめんどくさいので省略する。
 それより、同一人物が七人もいると呼称がややこしい。幸いにもそれぞれ服装と仕草に違いがあるので識別するのは簡単だが、それぞれ同じ名前だと会話がしにくい事この上ない。
 いちいち何人目とか言ってたらきりがない上に統一が難しい、てなわけで急遽呼称をきめることにした。
 
 まず、一人目こと本来の長門はそのまま『長門』でいいだろう、呼び慣れてるしな。
 次は二人目こと夏服の長門はイメージから『有希っぺ』と言うことになった。
 で、三人目の機嫌の良さそうなのは『有希っち』
 四人目のハイソックスをはいている悲しげな感じの長門は『有希りん』
 五人目の服をダブつかせたのんびり屋さんな長門は『有希っこ』で、まだ後二人も居るのか、めんどくさくなってきたな。
 六人目のめがねを掛けた長門は『有希さま』で、最後のグラマラスな七人目の長門は『有希ぽん』と呼ぶことになった。無理やりだなぁ、おい。
 
 とりあえずこれからどうするのか、元の一人に戻れるのか色々話し合わないといけないな。
 
 そうして、色々話し合っているとそれぞれが独立した意識と人格を持っていて、宝石に閉じ込められるまでの記憶を共有しているのが解った。
 喜緑さんは本来の長門と思われる一人目以外消してしまいましょう。と言っていたが、それはどうも賛成できない。何故かそんなことをしたら長門の中で芽生えてきた感情をすべて消してしまうようなそんな気がしたからだ。
 それに、どんな長門でも消えちまうところなんてのは見たくないし、考えたくもない。
 
 めがねを掛けた有希さまを見て、あの冬の時に見た人間らしさ満載の長門のことを思い出した。ちょっとすねた感じの有希っぺ、はにかんだ様な笑顔の有希っち、運動が苦手そうな有希っこ、そして最後に見た寂しそうな、悲しげな表情の有希りんを見て、彼女達はすべて長門の一部だと俺は思うんだ。
 ただ、表に出てこないだけでこれらの感情はきっと長門の中にあったんだ。だからどうにかして元の一人に戻してやりたいと俺は思う。そうさ、消したりなんて出来やしない。
 なぁんて変な決意をあらわにした俺を、無言で見つめている人物が一人。
「…………」
 なんだ? ちょっと気まずいぞ、それにそんな媚びる様な流し目で俺を見ないでくれ、有希ぽん。まったくこんな性質の長門も潜んでいたとはびっくりだな。あと、胸元アピールもほどほどにしてくれ、目のやり場に困る。
 
 ところで何故こんなことになってしまったのか? そこから解明していけば元に戻る方法が解るかもしれないと思い、喜緑さんを含め総勢九名でこの経緯を考察し始めることにした。
 
 七人居る長門の中で、めがねを掛けた有希さまは分析能力が高くてしかも元の長門よりも饒舌だった。彼女のおかげで何が起こってこんなややこしいことになってしまったのか非常に解りやすく説明してもらえた。
 要約すると原因はやっぱりハルヒってことになった。またあいつかよ、いい加減にしてくれ。
 
 つまり、あの宝石には何かがあると感じ取ったハルヒはどうにかして購入しようとした。しかし、長門はその宝石のエネルギー低気圧に気付き、ハルヒに悪影響を及ぼしかねないと判断して自分が購入することにした。
 そうして持ち帰った後、無害化するつもりだったのだが、長門が珍しく意思表示して購入したせいで、ますますハルヒがその宝石に何か付加価値があると考えてしまったんだ。その結果、長門の情報操作ですら解除できない不思議な何かがその宝石に宿ってしまい、無害化することが出来なくなったそうだ。無害化どころか、その宝石に何かアクションを取れば必ず予想外の結果になり、宝石の中に閉じ込められたり、閉じ込められた長門を救出する時には七人に増えたりするような結果になっちまったって訳だ。
 
 ついでに、七人に増えた理由として宝石から脱出する時にプリズム効果という光を波長の違う七色に分離する働きが生じ、つまり虹のようなものだ、で、長門が七人に分離して出てきちまい、今に至ると言うことだ。
 
「なるほど、だとしたらこれ以上私たちに何か出来ることはないかもしれませんね、これ以上何か行動しても、すべて想定外の結果に導かれてしまいかねません」
 喜緑さんは落ち着いた表情で長門たちの方に向き、 
「幸いにも、普段通りの彼女がひとりいらっしゃいますから、学校生活や、観察対象に影響はないでしょう。それに今回の現象も私たちは興味深く感じています。ですからしばらくは現状維持を心がけるしかありませんね」
 そう言って喜緑さんはスッと立ち上がり、
「では私はこれで」
 軽くお辞儀をして喜緑さんはすたすたと部屋を出て行ってしまった。
 現状維持ですか……、まあ、言いたいことは解りますが、どこかこの状況を楽しんでいるような気がするのは気のせいだろうか。まあ、他人の不幸は蜜の味、てのを聞いたことがあるが、ひょっとしてそれの類なのかもしれないな。
 
「で、喜緑さんはああ言ってるが、いつまでもこのままって訳にもイカンだろ」
 おれは長門たちに向かい、何か俺に出来ることがないかたずねてみることにする、とはいっても何かが出来るとは言いがたいがな。
「あなたに出来そうな対処方法ね……」
 うーんと考え込んだめがねっ子有希さまはあごに手を当てて考え始めた。
 他の長門たちもそれぞれ違うポーズで考え始める。
 腕を組んだり、頬杖をついたり、首を少し傾げたり、髪を指でいじったりとさまざまだ、うん、あの長門がこれほど人間らしい、というか女の子らしい仕草をするところを見ることが出来るとはな、なかなか貴重な情景だ。などと感心してる場合じゃないな。さて、なんかいい案はないだろうか。
 
「原因である宝石に涼宮ハルヒの感心が向けられている間はどうすることも出来ない、今のわたしたちに出来ることは、涼宮ハルヒの感心がこの宝石からまた別の何かに向かせるように仕向け、この宝石のことを考えるのをやめさせるのが良いと考えられる」
 答えたのは馴染み深い無表情の長門だ。なるほど、ハルヒの感心を他のものに向けさせるのは何とかなりそうだ。それに、わざわざこちらからそんなものを提供しなくても、何れ勝手に何かを見つけてはそれに向かって突き進むしな、てことは今出来ることって、ただ待つことしか出来ないってことか? 
 
「そうともいえる」
 おいおい、そんな言い方じゃ他人事のように聞こえるんだが、実際被害者は長門、お前自身なんだぞ。
「解っている、ただ、この状況を興味深く感じているのは情報統合思念体だけではない、わたし自身もそう感じている」
 そりゃ一人暮らしよりかは姉妹というか同居人が居る方が心強い気はするかもしれないし、寂しくはないかもしれないが、いくらなんでも増えすぎだろ、まあ、たまにはにぎやかなのもいいが、くれぐれも姉妹喧嘩をするなとまでは言わないがせめて節度ある程度にしといてくれよ。
 と、まあ、これは兄妹がいる俺からの忠告だ、兄弟姉妹なんてのは喧嘩しながらお互いの立つ位置をきめる節があるもんなんだ。
 
 長門のこの状況に俺の兄妹論が当てはまるかどうか解らないが、人が三人以上集まれば派閥が生まれると世間では言われているからな。とはいえ元々同一人物で長門なら心配いらないか。
 
 そんなこんなで俺もお暇(いとま)させてもらうことにする、なんせ俺がここに居てもなんの解決にもならんからな、それなら家に帰ってハルヒ対策を考慮してた方がまだまだ前衛的ってもんだ。
 
 
 帰り間際、玄関まで来た俺の袖を誰かがつまんだ。以前にもこんなことがあったな。
 振り向いて俺の袖をつまんでいる主を見ると、長門が何か言いたげにたたずんでいた。その後ろには他の長門たちも立っている。
「どうした? まさか何か異変が? それともやっぱり何か不安なのか?」
 
「異変不安もない、ただ……、わたしだけ呼称が名字なのはおかしいと感じる」
 長門が他の長門たちに背中を押されつつ上目遣いで申し立てをしてきたのだ。
「わたしたちも同じ意見です、学校内や第三者が居る場合ならともかく識別のための呼称なら統一性があったほうがいいと考えます」
 有希さまが代表として長門たちの総意を述べてきた、論理的な物言いで正論だ。他の長門たちも無言で頷いている。
 
 俺としては別にどうでもいいが、そこまで言うんなら統一するか。たしかに一人だけ名字なのはおかしいしな。
 という俺の反応に、そうそうって感じで長門たち七人が表情を和らげた。
 
 さてと、どうすっかな……。と、しばし考える。
 あまりこーゆーのは得意な方じゃないんだがなぁ……。
 よーし、それじゃあ……、と言い、俺は長門の後ろにいる六人に向かって、

「ながっぺ、ながっち、ながりん、ながっこ、ながさま、ながぽん、っと、これで統一性が取れただろう、これでいいか?」
 
 刹那、空気が凍りついたような音が聞こえたのは気のせいだろうか。その、一瞬の沈黙の後、とんでもなく珍しい現象を俺は経験することとなった。
 七人の長門がユニゾンして息を吸い、一拍置いたあと、長門たちの中で比較的声が大きい有希っぺの声だけが俺の耳に入ってきた。
 
「そっちかよっ!」
 
 七人全員から総ツッコミを、俺は受けた。
 
 
 
  おわり

 

      挿絵1

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      挿絵4

      挿絵5

 

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最終更新:2021年05月03日 20:17