「適当に具を煮込んでカレールーをぶち込むだけじゃないのか?」
「そんな感じでしょうね」
「とりあえず玉ねぎを炒めるか。古泉、他の野菜を切っといてくれ。」
「わかりました。」
台所の外からはハルヒと朝比奈さんが楽しそうに喋ってるのが聞こえる。
長門はあの漫画でも読んでいるのだろう。
俺と古泉?
台所でカレー作ってるんだよ。
――――――――――――――
午後の授業中はずっと悩んだ。
『如何にして晩飯をカレーに変化させるか』
こんなくだらないことをテーマに一時間悩むことが出来た俺を誉めてあげたい。
何故こんなことで悩んでいるのかというと、
「今日の晩飯はカレーだった気がするのだが…食べにくるか?」
色んな不幸が重なって屍みたいになった長門を元気づけるためにこう言ったからだ。
本当は今日の晩飯ハヤシライスなのに…
あ、みなみ○も買わねぇと!
金足りるかな…持ち合わせは3000円か。ギリギリ足りるな。
とりあえず晩飯だ。
正直に話すという方法もあったが…あんな顔した長門は出来れば二度と見たくない。
しかし他に良い解決策が見当たるわけもなく悪戯に時間が過ぎていった。
「私は寄るところがあるから先に部室行ってて!!」
HRが終わるや否やそう叫んで風のように去っていくハルヒを見送る。
またきっとろくでもないことを考えているのだろう。
こっちはただでさえ大変だというのに…
まぁ俺のせいか。ハルヒは何も悪くない。
「キョン、今日も部活か?」
鞄に荷物を詰めていると谷口が話しかけてきた。
相変わらずチャックも全開だ。
しかも今度は鞄のチャックまで開いている。
何かに取り憑かれてるんじゃないだろうか?
今はこんな奴にかまっている暇はない。
完全に他人のふりを決めこんでいる国木田に別れを告げ、部室に向かった。
「コンコン」
部室に入る前に軽くノックする。いつものことだ。
朝比奈さんの着替えに出くわさないために部室の中に入る時はノックするように勝手に自分で義務づけただけだが。
っていうか頼むから鍵をかけることを覚えてください朝比奈さん。
俺以外の来客が来たらどうするんですか。
そんなことを考えながら朝比奈さんの返事が返ってくるのを待っていたが、
…………返事がない。
「誰もいないのか」
珍しいこともあったもんだ。
しかし、これでゆっくり考えごとも…
「おや、あなたが先でしたか。」
できそうにないな。
ニヤケ面が部室に入って来やがった。
こいつは古泉一樹。超能力者だそうだ。
この世界ではガチホモとかそっち系のアレでは無いらしいので安心して欲しい。
「…何か失礼なモノローグが流れてませんか?」
「気のせいだろ。ところで古泉」
長門もハルヒもいないことだし、こいつに晩飯のことでも相談してみるか。
「というわけなんだが…」
頼むからニヤニヤするな。
気持ち悪い。この保坂が。
「失礼しました。しかし長門さんにもそんな一面があるんですね。」
「あぁ。正直驚いたが喜ばしいことだろう。」
「そうですね。どんどん周りの環境にも溶け込んでいければ良いんですが…ところで夕飯の件ですが、やはり正直に話すのがよろしいかと。」
「やはりそうなるか…しかし結局長門が落ち込んでしまうんじゃないのか?」
「おや、嘘をつく方がよろしいというのですか?あなたが長門さんを思いやって言ってしまったとはいえ。」
「わかったよ。了解した。だが長門がブツブツ呟きだしたら止めてくれよ?」
「えぇ。構いませんよ。…しかしそんなに怖いんですか?」
「あぁ。口で説明するよりみた方が早いと思うが…確か…目が死んだ魚のものみたいに虚ろになって
…で口が半開きになってブツブツ呟き始めるんだ…お、そうそうそんな感じだ古泉。後少しだけ口元をニヤケさせれば完成だ。」
古泉は顔マネがうまいんだな。おぉ器用に汗までだしてやがる。
「流石に笑うのは無理みたいですね…」
年中ニヤケ面の男がなにを言う。
そこまできたなら最後までやってみろ。
「いえ…物理的に無理なわけではないんですが…」
そう言って俺の後ろを指差した。
ん?なんかあるのか?
…結論から言おう。
絶句した。
死んだ魚の目をしてニヤケた口元を半開きにさせ
「私はカレーを食べることができない私はカレーを(以下略」
と延々に呟き続ける宇宙人がいたからだ。
「………」
三人分の沈黙。まぁ長門はブツブツ呟いているのだが。
相変わらず怖い。
古泉も震えてるみたいだ。歯がカチカチ鳴ってやがる。
長門の顔は俺の方を向いてるみたいだが焦点があってねぇな。
すかさず古泉とアイコンタクトを計る。
(なんとかしろ古泉!!)
(無理です!いくらなんでもこれは無理です!!)
(さっき約束しただろ!?)
(何のことだかさっぱり解りません!)
(勢いで誤魔化そうとするな!)
(そもそもあなたが悪いんでしょう!!)
(な゛!…確かにそれはそうだが…しかし約束は約束だろう!!もし破るならみな○け全巻買ってもらうぞ!)
(望むところです!あの長門さんをなだめることより10倍マシです!)
(…ん?……確かにそうだ!いかん、墓穴を掘ったか…!)
(さぁさっさとこの状況を何とかしてください!)
(くっ…)
この間約8.3秒。長門は相変わらずブツブツ呟いてるが…
「よ、よう長門。」
話を切り出さないとこの状況は打破できないからな…
「……」
長門が呟くのを止めてジーっとこっちを見る。
口元もいつもの様に戻ったみたいだ。
少し安心したよ。
しかし…
足が震えてるのは長門の目がまだ死んでるからだろう。
「なに」
だから1オクターブ低い声で返事をするなと言っただろ。
本当に怖いから勘弁してくれ。
助けを求めようと古泉の方を振り向くが
…いねぇ
逃げやがったあの野郎!
糞超能力者の分際でトンズラとはいい度胸してやがる!
…いつか森さんにチクってやろう。
とりあえず会話を続けなくては…
「い、いつから部室にいたんだ?」
「…『こいつは古泉一樹。超能力者だそうだ。
この世界ではガチホモとかそっち系のアレでは無いらしいので安心して欲しい。』…のあたりから。」
「全部まるっとお見通しじゃねぇか!ってかなんで俺の心の奥底の禁則事項まで覗いちゃってんだよ!!」
「大丈夫。あなたと古泉一樹が8.364秒見つめ合っていたのにも理由があるのは知っている。」
「そこも意識あったの「というかやはりあなたはそんな失礼なこと考えていたんですね!!」
うぉ!古泉がロッカーを蹴破って出てきやがった!
そんなところに隠れていたのか!
「怖いからに決まってるでしょう!
大体なんなんですか!?僕が出現するとどこのSSもガチホモ、テトドン、ふんもっふばっかりじゃないですか!?」
「落ち着け古泉!これ以上話をややこしくするな!」
「大丈夫。このSSの作者にはホモネタを書くほどの技量はない。したがってこの世界のあなたは健全な男子。安心して。」
「技量があったらガチホモになってたというんですか!?」
「長門!話をややこしくするなと言っただろ!」
もういやだ。お家帰りたい。なにこの修羅場。
今や血走った目の超能力者と死んだ目をした宇宙人が『ガチホモとはいかにあるべきか』について真剣に語り合ってる。
ここまで話を大きくしてまとめることなんてできるのかこの作者は。
俺が知る限りこの状況を一時的に中断させることができるカードは一つしか無い
それは…
「遅れてごっめーん!!」
笑顔で部室の扉を蹴り開けて登場したSOS団団長涼宮ハルヒもとい
…リスクたっぷりのジョーカーであった。
…マズいな。
確かにハルヒならこの状況をうまくまとめ上げることができるかもしれん。
しかし
十中八九俺に被害が降り注ぐだろう。
下手したら古泉にも火の粉がかかりかねん。俺は一向に気にしないが。
興奮気味の古泉にもそれくらいは解るようだ。
少しだけ真剣な顔持ちになっている。
どうする?考えろ。
嫌ってくらいハルヒに振り回された俺なら解るはずだ。
正直に話す?勿論NOだ。
やばい、長門がブツブツ呟き始めた。
「ゆ、有希?」
さすがにハルヒも焦るよな。
さぁ、解答御披露目の時間がきたようだ。
どんな質問でもどんとこい!
古泉が期待してこちらに視線を向ける。
ベテランの生き様を見せてやろうじゃないか。
「あんたたち、ここで一体何をしてた「天体観測だ。」
そう
俺が出した答えは「保留」だ。
いつも反論する前にハルヒに糾弾されるからな。
とりあえず訳の分からないことを言っとけばこいつも黙るだろう。
少しは考えるってことをしろってんだ。
さぁ悩めハルヒよ。そして反論する前に言いくるめられる立場の気持ちを思い知れ!
しかし
何だろうねこの空気は。
せっかく俺が先制攻撃のチャンスを得たというのに古泉は呆れた顔でため息を吐くし、
長門にいたっては蔑んだ目で
「このバカ野郎。」
なんて呟いている。
ハルヒは…………記憶喪失にでもなった人間を本気で心配するような目で俺を見てるな。
…哀れみの類のそれが入っているのは気のせいだろう。
っていうか俺はそんなに変なことを言ったのか?
マズい。俺が悩み始めそうだ。
…もしやこれもハルヒの策略か?
俺は既にハルヒの手のひらで遊ばれてたとでもいうのか?
「あ、あのー…キョンくん?」
おぉ朝比奈さんいらしてたんですか。
ハルヒに隠れて見えませんでしたよ。
「夜じゃないから星は見えないと思うんですが…」
…しまった。
そう言えばまだ夜になっていない。
しかもなんということだ。
よりによって今世紀最大の天然キャラである朝比奈さんにつっこまれるとは。
「…そういう訳じゃないんですが…」
「仕方がない。春はバカに拍車をかける。」
そんな会話が聞こえるのは気のせいだろう。
「はぁ…バカはほっときましょう。古泉くん、有希。何があったか説明してくれる?」
何か扱い酷くないか?俺。
気がついたらハルヒの手によって椅子に縛りつけられた挙げ句口にガムテープ張られたんだが。
…これなんてSMプレイ?
「…彼が私の気持ちを弄んだ。」
…長門…あながち間違ってはいないが言い方を変えてくれ。
そんな薄汚い輝きをした目でこっちを見るな。
おい、そこの超能力者、
おまえもその手があったかとでも言うような顔はやめろ。
「そうなの?古泉くん?」
「えぇ、残念ながら。
しかも彼は何とかしてその事実を誤魔化せないかと考えていたようで…」
古泉ぃぃぃ!
おまえはいつからそんな人間になったんだ!
確かにその通りだが物凄い誤解を招くから言い方を変えろ!
っていうかいつの間に手を組んだんだおまえ等は!
朝比奈さん誤解です。
そんな軽蔑するような目で俺を見ないでください。
横を見ると笑顔でブチ切れてるハルヒがズンズンこっちに歩いてくる。
泣きたくなってきた…
…あれ?もう泣いてたみたいだ…
「さぁ、キョン~。言い訳するなら今のうちよ~。」
まずガムテープをとれ!
次に縄を解け!
そして後ろの古泉を殴らせろ!!
っていうか古泉?さっきから携帯鳴ってないか?
…お、電話に出たな。
「ヒソヒソ(いえ、ちょっと面白いことになってるので…えぇ、中々無いですよこんな修羅場は…はい…では。)」
聞こえてるぞ古泉ぃぃぃ!
ニヤニヤしてお手上げのポーズをしている古泉の後ろで朝比奈さんと長門がこっちを見てヒソヒソ話してる。
もうどうでも良くなってきた。
拝啓
今まで俺を養ってくれた両親及び毎日俺の安眠を妨げてくれた妹へ。
唐突ですが俺はもう永くは生きられないようです。
どこから持ってきたのか知らないけど、
SOS団団長が道路標識を振りかざしてきます。
おそらくスタンド使いの吸血鬼のことでも知ったのでしょう。
最期にやっておきたかったことと言えば、
古泉の顔を…殴りたかった。
…人に殺される時ってどうすりゃいいんだろう?
全てを悟ったように目を瞑ればいいのか?
さようなら現世。
俺はゆっくりと目を閉じ「待って下さい涼宮さ~ん!!」
…朝比奈さん?
「何よみくるちゃん。話ならキョンを死刑にしてから聞くわ!」
「いや、あの、誤解です!キョンくんは涼宮さんが想像したようなドロドロした事には巻き込まれてません!!」
「…え?それ本当?」
「何でもかくかくじかじか私の出番も増やして下さいまるまるしかくだったみたいです…」
やっぱり朝比奈さんは天使だ。
可愛らしく
「大丈夫ですか?」
と気遣いながら縄を解いてくれる。
大丈夫です。あなた…ついでにハルヒの出番が少ないのは、
キャラを動かしにくいからとかそういうわけではありませんよ。
本当ですよ。…多分。
「有希、本当なの?」
「事実。しかし情報の伝達の際に齟齬が発生してしまった。迂闊。」
本当かよ…
あ、朝比奈さんありがとうございます。
やっと体が楽になった。
「変な目でみてしまってごめんなさい。」
「いえいえ、何にしろ俺が悪いようなものなので。」
自力でガムテープを剥がしてそう言う。
ん?そういや古泉はどこだ?
「古泉くんなら急用が出来たとかで出て行きましたよ。
なんでも本を買わなくちゃいけないとか。」
逃げたか…まぁ本のことを忘れてなかっただけいいか。
「長門」
「なに?」
「なんか…ごめんな。その場しのぎで心配なんかして。」
「構わない。カレーが食べられないのは辛いけど…気持ちは嬉しかった。感謝する。」
長門の目はいつもの無機質な目に戻ってた。
「だけどなんか釈然としないわね…」
げ、まだ何かあるのかハルヒ?
「そうだ!せっかくだから今日の活動は有希の家でカレーパーティーにでもしましょう!
勿論材料費を出すのもカレーを作るのもキョンがやるのよ!」
全部俺かよ…仕方ないか。
結局俺の財布は空になる運命なんだな。
途中で待ち伏せでもしてたのか、み○みけの入っている紙袋を持った古泉と合流し、
そのままスーパーへと向かった。