血走った目の殺人鬼が語ってたっけ。

『やらなくて後悔するよりも、やって後悔したほうがいい』

と。

今この状況にいる俺は切に思う。

…やっぱ後悔するのは良いことじゃないな。

まぁあれだ。

回想でも始めようか。
―――――――――――――
朝倉に襲われてから数日が経ち、そろそろ刃物の類を見る度にあいつの顔を思い出すことも無くなってきた。
多分もう少し幼かったら一生もののトラウマになっていただろう。

…やれやれ

おそらくハルヒに振り回されている間に並大抵のことでは驚かなくなってしまったようだ。
目の前で手も触れずに高速で開閉している谷口のチャックを見ても当たり前の様に過ごすことができる。
まぁ危険な事が起こっても長門有希という名の万能選手が助けてくれるということに安心している部分もある。

「この銀河を統括する情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。それが、わたし」

平たく言うと宇宙人なんだそうだ。
ただ、作者が正体なんかより普段は全く喋らない長門がこんなに長いセリフを一度も噛まずに無表情で言ったことに対して驚愕してしまったのは秘密だ。
…中の人って凄いんだなぁ。 

「どうしたキョン、昼飯食わないのか?」

どうやら谷口に心配されるくらいに自分の世界に入っていたらしい。
気がつけば腹も鳴っていた。
…しかし

いくら驚くことも無いとはいえひたすら開閉する谷口のチャックを見ながら食事をするのは気が進まない。
さっきからチャック付近をチラ見している国木田を後にし、SOS団部室…もとい文芸部部室で弁当を食べることにした。

「涼宮と一緒か?」

黙れ谷口。
断じて違う。

そんなこんなで

今日の弁当のおかずはなんだろうか、とか考えているうちに部室の前に到着したわけだが

「………」

そういや昼休みに部室にくるのは初めてだったな。

…いや、もしかしたら本編で昼休みに俺が部室に行ったことがあるかもしれない。
作者が注意深く読んでなかったため、そこんとこを見落とした可能性もあるだろう。
もし作者が間違っていたとしても責めないでやってほしい。
大学受験に失敗して頭が可哀想になっているんだ。 

話を戻そう。
俺は今部室の扉の前に立っている。
しつこいようだが昼休みに部室に来るのは初めてだ。
そしてドアノブに手を掛けて静止している。

…何故入らないのかって?

「シアワセを歌えば~♪きっとパワーにな~る~よ~♪」

最近の文芸部部室からは歌声が聞こえてくるなんて知らなかったからだよ。

おそらく中にいるのは…長門で間違いないだろう。
ハルヒなら今ごろ学食にいるだろうし朝比奈さんはさっき鶴屋さんと一緒にいるのをみかけたからな。
古泉は…まぁ聞こえてくるのは女子の歌声だ。考えるまでもなく違う。

……入りづらいな。

……なにせ長門だもんな。

……というか入ってもいいのか?

いきなり入ったらどんな反応をするか気になってしょうがないが、
相手はあの長門だ。下手したら宇宙人パワーで消されかねない。 

しかし………お腹すいた

「光の差す方へ~♪みなみ風加速してゆ~くよ~♪」

腹の減りも加速してる気がするな…

…歌も終盤に差し掛かってきた。
歌い終わってから入るのも不自然だしな。

…仕方ないか。

「経験値上しょ 「コンコン」

意を決してノックした。

歌声が止まった。

「…入っていいか?」

………………沈黙。

んで冒頭にもどる。

……後悔なんて望んでするもんじゃないな。

なぜかって? 

沈黙に耐えきれず扉を開けると、
対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースが顔を朱く染め、
口を開けたままこっちを向いていたからだ。
…しかも直立不動で。ぴくりとも動かん。
スタンド使いの吸血鬼でも来たのだろうか。
部室内だけ時間が止まってやがる。

「………あれ?長門オンリー??」

頼む。時間よ動き出してくれ。

「………………そう」

なんか申し訳ない気持ちで一杯になってきた。

「あー…ここで昼飯を食ってもいいか?」

「………………構わない」

長門は無表情ながらも軽く涙目で返事をした。

宇宙人も涙を流すのか…
心なしかプルプル震えてるように見えるな。
こういう時はどうすりゃいいんだ?
何ごとも無かったかの様に弁当を食べてもいいのか?? 

…沈黙がきつい
…弁当食べるか

なるべく目を合わせないように席につき弁当を広げる
流石お袋、今日の弁当も美味そうだ。

さっそく弁当の定番のおかずともいえる玉子焼きを箸でつまんで…

……食べづれーなちくしょー。

なぜならぎこちない動きで定位置に座った長門が、
歌う前に読んでいたと思われる本を手にとって

「ジーーーーーー」

っとこちらを見てきたからだ。
本は読まないのかよ!!

怒ってるのか?もしかして怒ってるのか??
黙って聴いてたのが気付かれているのか??
謝れば許してくれるのか??
というか正直この状況はきっつい。
なんとかこの状況を打破するんだ!
頑張れ俺!!

「あの…長 「別におととい見たアニメの主題歌が気に入って昼休みに誰もいないのをいいことに歌っていたわけではない。」

まくし立てる様に言い切ったな。
いや、今のはたまたま俺と長門の話すタイミングが同じだっただけだろう。

気を取り直して…

「いや…長門…そんなにこっちの方を見られると弁当食べづらいんだが…」

よし言えた!
頑張った俺!!
少し苦笑い気味だったが気にしない。
とりあえずのんびり弁当を食いたいんだ!!

「ましてや原作が気になり徹夜して悩んだあげくなけなしのお金で一巻だけ買ってみたら『今日の○の2』だったなんてことは絶対にありえないそんなことは起こる筈がない。」

OK話が通じない。 もう驚きの三重奏だ。
ってか昨日のSOS団の活動中にそわそわしてたのはそれが原因だったのか。
買い物したかったらたまには団活を休んでもいいんだぞ? 

今の長門には何を話しても無駄だと悟ったので、
完全に無心の状態で弁当を食べる。

……………………

長い沈黙が訪れる。
だが今は気にならない。
このままどこまで行けるか試してみるのもいいかもしれない。



「こんなもの…」

常人では聞き取れないのではないかと思える声が聞こえてしまった。
何で聞こえてしまったのだろうか。
自分では無我の境地まで行けてた気がするのだが…
恐る恐る弁当から顔を上げると心底憎そうに手元の本を見つめる長門がいた。

……あぁ、持ってきてたんですか。

「なぁ長門、『みな○け』もいいが『今日の5の○』も面白いぞ。」

なんて口が裂けても言える状況じゃねぇ。
本の角を机にガツガツぶつけ始めやがった。 

しかし

宇宙人も感情を表に出すことはあるんだな。

…まぁ全盛期のハルヒみたいに不機嫌オーラとネガティブオーラを全身から惜しみなく出す長門有希は畏怖の対象以外の何者でもないが。

左手に本を添えて右手で本の表紙を殴り続ける長門の口は笑っていたが目は完全に死んでいた。
宇宙人ってこんな顔するんだ…なんか俺が泣きそうになってきた。
もう怖いものは怖い。
認めます。強がりません泣いたって。
俺の中で今年度のトラウマランキング暫定一位は長門に決定した。
二位は朝倉で三位は谷口だ。

「こんな本を…買ったために…これから…一週間も…う○い棒で…生活しなければ…カレーが…カレーが…食べたい……」

よほど金が無いのか知らんが……
一言一言を噛み締めるようにパンチをぶち込んでるな。
もうチカちゃんの顔がグシャグシャになっちまってる。

まぁその気持ちもわからんでもない。
少ない小遣いを親に渡してコロコロを頼んだらボンボンだった時の虚しさは簡単に言い表せるもんじゃないよな。
それで仕方なく自分で買いに行ったら別冊コロコロ買ったりしたんだよな……
それでよく発狂したよ…作者がな。 

…やれやれ

「なぁ長門」

「なに」

普段より1オクターブ低い声で即答するな。こっちを睨むな。

「とりあえず本を置け」

長門はページの半分くらいまでチカちゃんがめり込んだ本を置きこっちを見る。

「…そうだな…たまたま知りあいにそのアニメの原作を持っているやつを知っているんだが、そいつに頼んで原作の本を貸してもらおうか?」

「………」

とんでもない無茶ぶりだがこれでいけるだろうか?
…心配になってきた

「それと、今日の晩飯はカレーだった気がするのだが…食べにくるか?」

「………構わない」

口では素っ気なく言ってるが目はキラキラ輝いてる……気がする。
っていうかそうであってくれ。
今なら長門検定4級くらい行けるんじゃないか??
少なからず嬉しそうだ。 

「それと」

「まだ何か?」

「…弁当半分食うか?」

「…いいの?」

「構わないさ」

きっと俺の方を見てたのも弁当が食べたかったからなのだろう。

「これ…食べてもいい??」

なんて聞きつつも、
有無を言わさず俺の大好物のカレー南蛮を平らげやがった。

まぁこいつには朝倉から助けてもらってるしな。
それにハルヒの監視ばっかりだとパンクするだろう。
感情を出せるのは良いことだと思うが、「少し」は気を使ってやらないとな。

そんな長門が結局暴走してしまうのは『涼宮ハルヒの消失』でのお話になるらしい。
そこまで深刻だと思わなかった… 

…そういえば

「長門って歌うまいんだな。歌声綺麗だったぞ。」

嘘ではない。
本当に綺麗だったんだ。
無口な長門にこんな特技があったなんて少し驚いた。

「………パーソナルネーム『禁則事項』の情報結ご「まてまてまてまて!!!黙って聴いてたのは悪かった!!だから消さないでくれ!!!」

この人怖いよーこの人怖いよー
もう暫定一位じゃなくて一位確定にしてあげるから許してよー

「…今のは照れ隠し」

照れ隠しで消されるだなんて洒落にならん。
この話題は避けた方がよさそうだ。
もっと聴いてみたい気もするが…
まぁまた昼休みに来てみるか。

……というかパーソナルネーム『禁則事項』って……

キーンコーンカーンコーン

まぁいいか。

「もうすぐ授業始まるから行くぞ」

静かに頷く長門をつれて部室を後にした。

別れ際で

「また、放課後に」

そう言って教室に入る長門は心なしか笑ってるように見えた。

そんな長門を見送りながらキョンがみなみ○を持ってる知り合いがいないことや、
夕飯がカレーではなくハヤシライスだということに頭を悩ませたのはまた別のお話。

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最終更新:2020年03月12日 02:30