「あーあ、なんか退屈ね。どこかにおもしろいことでも転がってないかしら」
さっきからパソコンで2ちゃんねるを覗いていたハルヒが実に退屈そうにしている!いつもならば聞き流してしまうところなのだが、最近のハルヒのいらいらは相当ひどいらしく、閉鎖空間の発生が件数、規模共にこれまでの記録を1桁上まわっているだとか、次の閉鎖空間の発生が世界の最後になってもおかしくないとかいう話を古泉から聞いた直後だった俺は、焦って古泉と朝比奈さんに目配せした。
朝比奈さんの方を向くと、自分のメイド服とハンガーに掛けてあるナース服を見比べて、頭を振る。さすがにもうコスプレではハルヒも満足しないだろう。古泉もちょっと思案顔をしていたがお手上げのポーズをしてため息をつく。いくら機関でも準備なしにイベントは用意できないのだろう。二人ともネタなしか、ここは一つ、俺が何とかしなければ…そうだ!
「長門、お前友達いるのか?」
「…いる」
「SOS団以外には?」
「…」
「俺たちはお前のことを友達だと思ったことはないぜ。お前友達いないんじゃないのか?」
唐突に長門につらく当たり出した俺を、ハルヒは何も言わずじっと見ている。古泉が何かを察したのか会話に加わってくる。
「たしかに長門さんはいつも本ばかり読んで僕らと遊んでもいませんしね。海に行ったときもそうでした。本当は僕らが邪魔なんじゃないですか?無論、僕らもあなたのことをそう思っているわけですが」
よし、みんなその調子で長門を責めろ。
「私も長門さんのことがよく分からなくて…何を考えているんですか?ちょっと不気味で、怖いです」
朝比奈さんもちょっと震えながら、かなり恐ろしいことを言ってくれる。長門はそれでも本から眼を離さない。
「おい、聞いてるのか!」
俺はつかつかと長門に近づくと、読んでいた本を奪って投げ捨てた。長門は顔を上げたが、その表情からは何も読み取れない。
「目の前の受け入れたくない現実から逃避するために本の世界にのめり込む…まったく引きこもりの典型的な自己防衛行動ですね」
「そんな人が同じ部屋にいると、こちらまで気分が滅入っちゃいます」
古泉と朝比奈さんが追い打ちを掛ける。
「いつも本を読んでるくせに、反論できるくらいの知恵もないんだな。お前本当は本を読んでる振りして、俺たちのこと観察してるんじゃないのか?気持ち悪い」
長門は少しずつうつむき、完全に頭を垂れると小刻みに震えだした。
「何だ泣いてるのか。辛気くせえ、出てけよ!」
手近にあったトランプの箱を投げつける。長門の頭にヒットして札が散乱する。長門は手で顔を覆い、小さく声を上げて泣き始めた。調子に乗って椅子を蹴る。
「オラ、早く消えろ、この陰気な文芸部員がよぉ」
「お茶あげますから早く消えてくださ~い」
朝比奈さんがポットから出したばかりのお湯をぶっかける。
「あつっ、ああっ、熱い…」
耐えきれなくなったのか、長門はやおら立ち上がると鞄をつかんで部室を出て行った。
「二度と来ないでくださいね~、次は僕のセカンドレイドをお見舞いしますよ」
ドアを開けて古泉が叫ぶ。俺は長門が座っていた椅子にどかっと腰を掛けた。
「はぁ~、せいせいした」
「あんな無表情な長門さんでも泣くんですね。正直ちょっと気持ち悪かったですけど」
「明日もしまた顔を出したらどうするか、対策を練っておきましょうか…涼宮さん?」
それまでずっと黙っていたハルヒがこちらを見る。
「…ちょっと…私…」
おもむろに近づいてきたハルヒは、次の瞬間、満面の笑みを浮かべて言った。
「おもしろそうな拷問のたくさん載ってるウェブサイトを見つけたのよ、明日から一つずつ試してみましょう!」
やった、俺の読みは見事に当たったのだ。いじめは古今東西、人類最高の娯楽として君臨してきたのだからな。
「仰せの通りに」
古泉が笑顔で礼をする。パソコンのディスプレイを覗いてみると、テキストだけで精神的にも肉体的にも参ってしまいそうな拷問の数々が、写真入りで紹介されている。これは朝比奈さんには見せられないな。
「あまり派手にやっちゃうと教師にばれてまずいことになるわ。精神的なものからやってみましょ」
「これなんかどうですか~、ずっと水を頭に流し続けるっていうのがありますよ~」
朝比奈さんは俺の心配をよそに喜々としてサイトを見ている。
「じゃあキョン、帰りにホームセンターに行くわよ!ホース買わなきゃ」
ハルヒも楽しそうに言う。
「もし明日長門さんが来なかったらどうします?」
古泉の心配ももっともだ。
「大丈夫ですよ~、私が迎えに行きますから。学校に来ていなければおうちに乗り込んで引っ張ってきてあげます」
確かに朝比奈さんなら長門を無理矢理連行しても通報されることはあるまい。
「あー、なんかわくわくしてきたわ。明日が待ちきれないわね」
ハルヒは最高の笑顔で俺の腕にすがりついてくる。そんなハルヒをどうしようもなくかわいいと思ってしまったことは俺だけの秘密だ。
ホースを買ってから家に帰ると、門の前に長門が立っていた。
「よ、元気か」
小さくうなづく。
「ハルヒはいじめに期待してるぞ。明日もいい反応しろよ」
「…わかった」
「お前にはちょっとくらい手荒なことをしてもすぐ回復するよな?血が出たりすれば盛り上がるだろうから、そっちもよろしく頼む」
「肉体的なダメージは平気…でも」
珍しく言いよどむ長門。しかし俺は無視して続ける。
「あとな、こんなところハルヒに万が一見られたら、すべての計画がパーだ。今後俺には一切話しかけるなよ。もちろん古泉や朝比奈さんにもだ」
長門は目を大きく見開いて俺を見つめる。その目に涙が光っているように見えたと思った瞬間、ぽつぽつと雨が降ってきた。
「んじゃ、また明日学校でな。逃げるんじゃねえぞ」
次第に強くなる雨の中で立ちつくす長門に追い打ちをかける。
「早く消えろよ、もううちには来んな」
長門は降りしきる雨の中を走って帰っていった。その後ろ姿を見送りながら、明日以降どうやっていじめてやろうかと考えるとじんわりと笑いがこみ上げてきて止まらなかった。
あんなに素直でかわいいハルヒと、長門を思う存分いじめられる。これでもう、ハルヒは退屈なんかすることはないだろう。そしてもちろん俺も。
以上