妹のボディプレスから始まり、朝食→自転車→電車ときて、今は校舎に続く長い坂道を登っているところだ。詳しい描写は割愛する。
もう七月だから当たり前なの話なのだが、大変に暑い。
今回は『真夏』『太陽』『ハイビスカス』『夜空』『星』なんて単語を入れてモノローグを作成しようと思ったが、これも割愛させてもらうことにする。暑いからな。
まあ内容は海に行きたいだとか、教室が無駄に暑いだとか。
要するにサマーバケーションとスクールライフの対比、かつ逃避。
簡潔に言うと、さっさと夏休み来い! てことだ。
「ようキョン」
谷口である。俺の返事もそこそこに谷口は話し出した。毎度毎度よくしゃべる奴だ。
話の内容は海がどうとか。どうやら俺と同じようなことを考えていたらしい。
詳しい描写は――これこそ割愛でいいな、谷口だし。

場面は変わって教室。
俺は後ろの席の奴に声をかけつつ席に着いた。
ハルヒもどうやら暑さに参っているらしく、机の上に上半身を預け完全に脱力している。
「ああそうだ」
俺は机の横に掛けてある鞄から扇子を取り出し
「ほら、やるよ」
ハルヒに渡してやる。
「なに?」
なにって扇子だよ。昨日親から貰ったんだ。まあ親も誰かから貰った物らしいから、お前にとっては貰い物の貰い物だな。
「ふーん。キョンのは?」
ああ、俺の分は家にあるぞ。何個も貰ってきたらしいから、何かの景品か販促品だろう。
「なんであんた持ってこないの?」
別に、なんとなくだよ。なんとなく男子高校生には扇子は似合わないと思ってな。俺には下敷きで十分だ。
「ふーん、そんなことないと思うけど。…まあいいわ、キョン。暑いからこれで扇いで」
断る。俺は下敷きで自分を扇ぐから、お前も自分を扇げ。
これでもう、下敷き貸して、とは言わなくなるだろう。
ここ一ヶ月位何かにつけて「下敷き貸せ」だの「扇げ」だの五月蠅かったからな。少なくともこれで「下敷き貸せ」ってセリフは無くなったってわけだ。そもそもハルヒも下敷き持ってるんだから自分のを使えって話なんだがな。
「ケチ」
ハルヒは言いながら上半身を起こし、扇子を持った右腕をヒュンとしならす。と同時にバッと開く扇子。
「ぉお!?」
それテレビで観た事あるけど、どうやんだ?
「ん? これ? これは扇子の端をずらして、そこを持ってこうよ」
ハルヒが腕を振るとまた、扇子がバッ。
「へー。ちょっと俺にもやらせてくれよ」
俺はハルヒから扇子を受け取り、教わったようにやってみる。
バッ。全部開かなかった。もう少し強めか?
さっきより腕を強めに振ると、今度はちゃんと全部開いた。なんかちょっと嬉しいな。
「簡単でしょ。ほら、教えてあげたんだから扇いで」
俺が何度か、とじてバッ、とじてバッを繰り返していると、ハルヒがそんなことを言ってきた。まあいい、扇いでやるか。いいこと教えてもらったしな。
「はいよ」
と俺が扇いでやろうとしたところで、HRのチャイムが鳴った。
「むぅー」
残念だなハルヒ。まあ、後で扇いでやるよ。
俺はハルヒに扇子を渡し、前を向いた。
「……キョンとお揃い」
なんか言ったか?
俺は首だけ動かし後ろを覗いた。
「べ、別に! なにも言ってないわよ! 早く前向きなさい!」
「そーかい」
俺は再び前を向いた。

一時間目の授業中、ハルヒは時々、俺の背中を扇子でつついていた。

授業終了のチャイムと同時に、
「キョン、はい!」
ハルヒが俺に扇子を渡してきた。
はいはい、ちょっと待ってろ。俺も暑いんだよ。
俺は首とワイシャツの隙間から何度か風を送り(なにジロジロ見てんだよコイツは)、次にハルヒを扇いでやった。
ハルヒは机の上に腕を置き、絡めた指にアゴを乗せている。
俺が扇いでやると、ハルヒは瞼を閉じた。
瞑った目が笑っていて、口元が猫みたいな形になり、前髪が風になびいている。
心地良いのだろか鼻歌をし始め、それに合わせて頭がすこしゆれていた。
団長様はご機嫌である。
「あああぁぁぁ」
扇風機じゃねーんだから。
「ふふん」
なに得意がってんだよ。アホか。
俺は閃いた。左手を出し、扇子を当てながら扇ぐ。バンバンバンバン。
ハルヒは薄く目を開け、口をアヒルにした。
「なーによ? あたしは七輪の上の秋刀魚じゃないのよ!」
「ふん」
俺は鼻で笑った。なるほど、相手が思った通りにツッコんでくると、してやったりな気になるね。そもそもあれは、扇子でやるもんじゃなく団扇でやるもんなんだがな。
「なに得意がってんのよ」
「別に」
チャイムが鳴ったので、俺はハルヒに扇子を渡し前を向いた。

二時間目の授業中、ハルヒはまた、俺の背中を扇子でつついた。
つーか、扇子使えよハルヒ。せっかくあげたんだから大人しく扇いでろ。
「キョン、次の休み時間ジュース買ってきてよ」
ホントにこの我儘暴君は。いいか。もし仮に(あくまでも仮、にだ)俺がジュースを買ってきたとしても、飲む時間殆ど無いだろ?
次の休み時間まで持ってたらぬるくなっちまうし。
言っとくが、この暑い中俺は断じて走ったりはしないからな。「大丈夫。一気飲みするから」じゃないんだよ。
たとえ俺が買ったとしても、暑くてどうせ廊下で飲んじまうよ。いやハルヒ、お前の目の前で飲んでやるよ。
ハルヒは「雑用の分際で」などとは言わなかった。それだけ暑さに辟易しているのだろう。
もっとも俺がこんな事を言うのももちろん暑いからであり、もしそうでなければ「へいへい」などと言って素直に買いに行っていたのかもしれない。
俺を苦しめる暑さを呪えばいいのか、ハルヒを苦しめる暑さを喜べばいいのか難しいところである。
まあいいさ。ハルヒが行くってんなら、俺もついて行ってやるよ。

授業終了のチャイムと同時に、
「キョン。ジュース買いに行くわよ」
「言っとくが奢らんぞ」
俺とハルヒはジュースを買いに行った。
「なんでパックのジュースなの?」
「安いからだよ」
誰かさんのせいで俺の財布は――割愛(暑さのせいだから)――みたいな状態なんだよハルヒ。だから十円でもなんでも節約できるところはしないとなんねーの。
……はいはい。だから俺は遅刻はしてないだろーに。おまえいっぺん辞書でちゃんと「遅刻」の意味調べとけよ。……わかったわかった。ルールね。規則ね。ハルヒ、お前は校則という言葉をしってるか?
ルール破ってるのはおまえだろ。大体この話何度目だよ? いい加減おまえも――
「もう! あたしが話してる時にパックをポコポコさないでよ。鬱陶しいわね!」
俺がすでに飲み終えているパックを膨らませたりしながら話していると、それをハルヒがブン取った。
「きゃ、」
どうやらストローの中に少しジュースが残っていたらしく、ハルヒの顔に数滴飛んでしまったようだ。
ハルヒは慌てて手の甲で顔を拭っている。
「わりいわりい」
俺も慌てて、ポケットから取り出したハンカチで顔を拭いてやる。
「ちょ、ちょっと。自分で出来るわよ、それくらい!」
ハルヒは真っ赤な顔で、俺からハンカチをひったくった。
拭いている間もハルヒの顔は赤いままだ。怒らせちまったか?

チャイムが鳴り出した。ヤバイ。

俺とハルヒは教室まで走った。すでに教室の近くまで来ていたので、チャイムが鳴り終ると同時くらいに席に着くことができた。
が、余計な運動をしたせいで暑い。無駄に汗をかいちまった。クラスメイトの視線も恥ずいな。
今は俺もハルヒも、下敷きと扇子でそれぞれ自分を扇いでいる。
ちなみに先に教室に着いたのはハルヒだった。やっぱ足はえーな、コイツ。
「あああぁぁぁ」
汗もようやく引き、俺は安堵したのか知らぬ間に声を出していた。
「扇風機じゃないんだからね」
ハルヒがクスクス笑いながらツッコんできた。クソ、失態だ。ハルヒ、いいから俺の背中をつついてないで、授業受けろよ授業。
なにホッペタ膨らましてんだよ。そんなに可笑しかったか? 口から空気漏れてんぞ。プププッじゃねーよ、いまいましい。どうでもいいが俺のハンカチとっとと返せよ。
「後で洗って返すわよ」
じゃー俺はどうすんだよ。
「はい、あたしのはきれいだから。それとも女の子の顔を拭いたハンカチが欲しいの? このエロキョン」
んなワケねーだろ。勝手に話を進めんな。まったく、人をなんだと思ってやがるんだよコイツは。俺は断じてそんな変態ではない。
まあ朝比奈さんの場合は欲しいと思わなくもないかもしれないが……ってイカンイカン。
「いいから、はい。団長様のハンカチなんだからありがたく使いなさい。」
俺はハンカチを受け取った。やれやれ。

チャイムが鳴った。休み時間だ(ちなみに授業中の会話は全部小声だから。誤解しないように)。

俺は今ジュースを飲んでいる。なんでかって?
そりゃハルヒが「じゃあ、どれくらいぬるくなるか確かめなさい」って言って俺にもう一つジュース買わせたからだよ。アホだね。俺もハルヒに買わせたけど。
まぁあれだね『チュー、ゴクン』……まぁ飲めなくはないよ? ちょっとぬるいけど。前の休み時間に走って喉渇いてたし。
ああ、ハルヒは授業中に飲んでたよ。そんで『偶然』見つからなかった。(淡々とした口調で)
ふと視線を感じたので振り返ってみると、ハルヒのニマニマ顔があった。
ああジュース? ま、飲めなくはないよ。
それともさっきの俺がそんなに面白かったかハルヒ? いい加減に飽きとけよ。
まあ、入学当初から比べればいい、こんなことで楽しそうにしているなんて良い傾向なのかもしれないがな。
その割に俺の嘆息が無くならないのはどういうことなんだろうね。俺の「やれやれ」回数は日々更新中だよ。そのうちギネス記録になるんじゃないのか。
まあ回数なんか憶えちゃいないしそもそも証明も出来ないがな(冷静なツッコミの回避用)。ハルヒがどうなろうと俺の溜息は尽きることはないのかもしれないな。
まあ一回の溜息に吐き出される憂鬱の量は当初より少なくなっているから、とりあえずはそれで満足してろってことなんだろう。
「なにぶつぶつ言ってんの。それよりキョン、ジュース買いに行くわよ!」
またかよ。ハルヒ、そんなにジュースばっかりガバガバ飲むといくらお前でも腹壊すんじゃないのか? まあお前に限ってそんなことはないのかもしれないがな。
ジュースどれだけ飲もうがアイスどれだけ食おうがかき氷どれだけ食おうがお前はへっちゃら(これは死語じゃないよな?)なんだろう。
でも俺は昔腹壊した思い出があるからな。
「……」
なんだそのアヒル口と悲しそうな目は。そんな残念な顔すんなよハルヒ。そんなにジュース飲みたかったのか? 子供かお前は。
「べ、別にあたしはそんなに飲みたいわけじゃ……。ただキョンと」
いや、さっきも言ったろう。俺はいいって。昔腹壊した後、暑い中熱いのしか飲めなくって参ったんだから。別に行くのが面倒くさいとかそういうのじゃないからね?
「じゃあ熱いのならいい訳ね」
いやほら、休み時間もうあんまりないだろ?
「決めた!」
何を?
「昼休みは部室に来なさい!」
何で?
「あたしはパンを買ってから行くから。キョンはあたしが来るまでに熱いお茶を用意しておくこと! あたしが部室に来た時にお茶の用意が出来てなかったら死刑だから!!」
死刑て。……前言を撤回して紙に包んで丸めてゴミ箱にポイだな。
お茶出しね。まあそれくらいならいいだろうよ。コイツのこんな笑顔見せられたら、な。
どんな笑顔かって? そりゃあ、アレだよ。
『真夏』『太陽』『ハイビスカス』『夜空』『星』なんて単語が並ぶ――
まぁ、割愛だな割愛。なんせ今日は暑いからな。


―おわりです―

オチてない? 知ったこっちゃねえや。

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最終更新:2020年03月15日 00:27