「みくるちゃ~ん、また大きくなったんじゃないの~?」
「ふ、ふぇ~!やめてくださぁ~い!」
 
あたしはみくるちゃんの背後にまわって、胸をつかんだ。
う~んいつ触っても最高の触りごこちね!ちょっとうらやましいわ。
 
「こらやめろハルヒ。嫌がってるじゃないか。」
 
そんなあたし達のやり取りを見て、キョンは目を背けながらあたしに注意する。
その向かいに座ってる古泉君は苦笑い。有希は目も向けずに読書。
いたっていつも通りの光景。不思議なことなんて何1つ無い。
だけどあたしはそれでもいいと思ってる。今では不思議なことよりも、SOS団のみんなと過ごすことが1番楽しい。
だけど団長がそんなこと言ったらみんなに示しがつかないから、不思議は探しつづけるけどね!
 
パタン。
 
有希が本を閉じた。時計を見るともう6時前。もうすぐ学校が閉まっちゃう。
あたし達は荷物をまとめて、帰る支度をする。
何よりも楽しみな時間である団活の時間が終わる。途中まではみんなと一緒に帰るけど、それぞれが別々の道へと別れていく。
 
「じゃあなハルヒ。また明日。」
 
そして最後にキョンと別れて、あたしは一人になる。
1日で1番楽しい時間は終わりを告げて、ここからは1日で1番嫌いな時間が始まる。
またあの家に帰らなきゃいけないんだ……そう思うとさっきまでウキウキしていた心が一気に沈んでいく。
 
家についた。玄関の明かりは……消えている。
ドアを開ける。部屋の中は真っ暗。
  
「ただいま……」
 
帰りのあいさつをしてみる。だけど帰ってくる声は、無い。
ああ、今日もか……分かってはいたけど、やっぱり気分は沈んじゃう。
家には誰もいない。お父さんもお母さんも、あたしを出迎えてはくれない。
別に死別してるわけでも別居してるわけでもないけど、二人とも仕事で帰ってくるのは日付を超えてからがほとんどだ。
休日も仕事に出掛けてるみたいだし、朝も起きた時にはもう仕事に行ってる。
あたしはほとんど親と会話することがない。こんな生活が、もう3年近く続いてる。
 
テーブルの上には、500円玉が置いてあった。今日も、これで夕飯を済ませろということらしい。
これが普通の家なら、机の上にあるのは親が作ったおいしそうな夕飯なんだろうな。
だけどあたしのところにあるのは、無機質な硬貨1枚。
……まあ、もう慣れっこだけどね。あたしはもう1度家を出た。コンビニのお弁当でも買おう……
 
 
コンビニでお弁当を買った後、もうすっかり寒くなった夜道を、あたしは一人で歩いていた。
寒いのは身体だけじゃないのかもしれないけど。
……やだなあ。なんでこんなにネガティブになっちゃうんだろう。
元気いっぱいで、何事にもポジティブ。それがSOS団でのあたしなのに、キャラ違うわよ。
こんな姿団員には見せられな……
 
「あ、あれは……」
 
前方に見覚えのある人影が見えた。……キョンだ!
キョンもこっちに気付いたらしい。あたしの方に向かってくる。
 
「よお、ハルヒ、また会ったな。」
 
理由は無かった。悪いことをしてるわけでも無かった。
それでもあたしは、気付いたらその場から逃げ出していた。
 
「お、おい!待てよ!」
 
キョンが追い掛けてくる。やだ、来ないでよ。
あたしは元気いっぱいでいつも強気の団長でなくちゃならないの。こんな弱い姿、あんたには見せられない。
いやキョンだけじゃない、みくるちゃんにも有希にも古泉君にも、こんな姿見せちゃダメなの!
でも限界だった。いくらあたしが運動神経いいからと言っても女。キョンは男。
先にバテたのはあたしの方で、キョンに追い付かれてしまった。
 
「な、なんでキョン、追いかけてくるのよ……」
「そりゃこっちのセリフだ、なんで逃げるんだよ……」
「理由なんてないわよ、ただ……なんとなくよ。」
「おいおい、なんとなくで逃げるほど俺はお前に嫌われてるのか?」
 
違う。そんなこと無い。でもあたしはなんて言い訳すればいいのか分からずに黙ってしまった。
そしてキョンがトドメの一言を言った。
 
「別にやましいことしてたワケでもないだろ。それ弁当だろ?普通じゃないか。」
 
もうダメだ。あたしの抑えこんでたネガティブな感情が……爆発した。
 
「そうよ!悪いの!?あたしの家にはお父さんもお母さんもいないのよ!
 アンタの家ではおいしい夕飯が食べれるんでしょうけど、あたしはコンビニ弁当よ!!
 そんな姿を見られたく無かったから逃げたのよ!みじめでしょ!?笑いなさいよ!!」
 
だけどキョンは笑うことは無かった。真剣な顔で、あたしを見てくれていた。
 
「……とりあえず、落ちついて話をしよう。あそこの公園でいいか?」
 
 
~~~~~
 
そしてあたしのキョンは夜の公園のベンチに二人で座っていた。
周りから見ればカップルに見えるかもしれない。だけど今は、そういう気分にはなれなかった。
あたしは、ゆっくりと話し始めた……。
 
「お父さんもお母さんも生きてるし、別居はしてないわ。だけど、ずっと仕事で家にいないの。」
「忙しいのか。」
「きっとね。だけど昔はそうじゃなかったわ。お母さんは専業主婦だったし、お父さんも休日は一緒に出かけてくれたわ。
 優しかったし、厳しかった。あたしは昔からやんちゃだったからね、悪いことしたら、厳しく叱られたりもした。
 だけど中1の夏頃から、急に変わったのよ。」
「変わったって、どういうことだ?」
「悪いことをしても叱らなくなった。何をしてもただ笑うだけで、何も咎めたりはしなくなったわ。
 それだけじゃないの。なんだかいつもあたしのご機嫌を伺うようになって、ヘラヘラ笑うようになった。
 あたしはそれが気に食わなくてね、悪いことをどんどん繰り返したの。犯罪スレスレのこともやったわ。
 だけどそれでも怒ってくれなかったわ!」
「……」
「それでバチが当たったのね。今度は父さんも母さんも家に帰らなくなった。
 父さんは仕事の量をふやして、母さんも忙しい仕事を始めた。
 それからはずっとこんな生活よ。笑っちゃうでしょ。」
「……なんで黙ってたんだ。俺達に相談してくれれば……」
「相談してなんになるのよ!これはあたしの家族の問題なの!アンタには関係ないわ!」
「そうかもしれないが、何か力になれたかもしれないじゃないか!」
「アンタに何が出来るってのよ!!」
 
怒鳴り終えた後ではっとする。キョンは何も悪くないのに、ただ心配してくれただけなのに。
それなのに、どうしてあたしはこうやって……
 
「俺にも出来ることはあるさ。」
 
え?出来ること?
 
「俺に少し考えがある。今は言えないが、お前の両親を元通りにすることが出来るかもしれない。」
「バカ、何言ってるのよ、会ったことも無いくせに……」
「俺を、信じてくれないか?」
 
そう言ってあたしをまっすぐと見つめるキョンの顔は真剣そのもので。
ただあたしを慰めるためのウソでは無いということが伝わってきた。
何をするのか分からないけど……だけど。
 
「……そんなに言うなら、信じてあげてもいいわよ。期待はしないけどね。」
 
お願いキョン。お父さんとお母さんを、元に戻して。
 
 
~~~~
 
公園での会話が終了した後、俺はハルヒと別れた。
正直なところこれ以上ハルヒに寂しい思いをさせたくは無かったから、ハルヒの家に行くなり逆に俺の家にハルヒを呼ぶなりも出来たのだが、俺にはやることがあった。
 
「ハルヒ、もう少しだけ、我慢しててくれ……」
 
俺はポケットから携帯を取りだし、電話をかけた。こういう時にかける相手は決まっている。あの超能力者だ。
 
『もしもし、珍しいですね、あなたから電話をかけてくるとは。』
「そうだな。それでいきなりで悪いんだが……今時間は大丈夫か?」
『ええ、大丈夫ですが……何か?』
「ハルヒのことについて話がある。今からいつもの公園に来てくれないか。」
『……了解しました。すぐに向かいます。』
 
その電話から10分後、古泉がやってきた。その表情はいつものスマイルだが、少し固い。
俺は古泉に先程ハルヒが話した内容をそのまま伝えた。伝え終えた時には、スマイルすら消えていた。
 
「まさか、涼宮さんにそのような事情があったとは……」
「機関は、把握していなかったのか?」
「申し訳ありません。流石に機関と言えど、家族の中まで監視するということは不可能でして。
 学校内の様子を僕が見ることが限界なのです。」
「ハルヒの話を聞いて分かった。急によそよそしくなって、ご機嫌を伺うようになったと言う。それも中1の夏からだ。
 ……ハルヒの両親は、ハルヒの能力について知っているんだな?」
「ええ。伝えさせて頂きました。しかし今の話を聞く限り、伝えたのはどうやら失敗だったようですね。」
「ハルヒの親と話すことは可能か?出来るだけ早くアイツを救ってやりたい。」
「そうですね……古典的な方法なら1つありますが。」
 
 
 
~~~~~~
 
というワケで、俺と古泉はハルヒの家の前で待ち伏せをしている。
あ、もちろん家の前で堂々と立ってはいないぞ。ハルヒにバレたら元も子も無い。
近くに車を泊めて、その中で張り込みをしている。刑事ドラマでよくやってることだ。確かに古典的だな。
その車は「機関」のもので、運転手は新川さんだ。つまり新川さんもこの場にいるということになる。
 
「しかし彼女にそのような事情があったとは、見抜けなかったのは僕等機関としては恥ずべきことです。」
「涼宮さんはこの状況を誰にも知られたくないと望んだのでは無いでしょうか。だから今まで誰も気付けなかった。」
「そう言えばハルヒも言っていたな。『こんな姿見られたく無かった。』ってな。
 ……ん?だとすると何故俺は知ることが出来たんだ?」
「それもまた、涼宮さんが望んだからですよ。あなたになら話してもいい、話を聞いてほしい、ってね。
 もちろんこれは無意識下のことであり、本人は気付いてはいなかったようですが。」
「だが古泉、だったら最初からこんな事態起きなかったんじゃないか?
 起きたとしても、ハルヒの能力があれば自然解決するはずだぞ?」
「これは私含め機関の中で有力な仮説があるのですが……」
 
新川さんが口を開いた。仮説?なんだそれは。
 
「涼宮殿の力は、親しい人間であればあるほど影響力が弱まるのではないかという説です。
 私程度では涼宮殿の力によりいくらでも改変されてしまうでしょう。それも知らずのうちに。
 しかしあなた方は、改変されたとしてもその事実に気付くことが出来る。これは大きな違いです。
 更に親しい、血縁関係にあるご両親には、涼宮殿の能力も干渉することが出来ないと考えられます。」
「涼宮さんは人の心に土足で踏み込んで改変するような方ではありませんしね、その想いは親しい人ほど強いのでしょう。」
 
……バカだな。ビームなんかを出すよりも、こういうことに力を使えよ。
不器用な能力だ。今だからこそ思う、こんな能力を持ったとしても、決して幸せでは無い。
そう、そして今回のケースもまた、ハルヒの能力が……
 
とその時だった。二人の男女がこちらに向かって歩いてきた。
片方はメガネをかけた優しそうな男性、もう片方は見ただけで分かる。ハルヒにそっくりな女性だ。
 
「あれは、ハルヒの両親だな。」
「ええ、私とは面識があります。私が行きましょう。」
 
新川さんは車から出て、ハルヒの両親の前に立った。
 
「あなたは確か……」
「ご無沙汰しております。『機関』の新川で御座います。」
「何か御用でしょうか?」
「はい、すず……ハルヒ殿のことで少々お話が。」
 
それを聞いて一気に顔が強張る二人。しかし抵抗することは無く新川さんに連れられ、車に入った。
元々が大きな車だから大人5人が入っても余裕はある。
助手席に移った古泉が後ろを向き自己紹介をする。
 
「始めまして。僕は古泉一樹と申します。涼宮さんの友人であり、機関の一員でもあります。
 そしてこちらの彼は○○君、涼宮さんからはキョンと呼ばれております。」
「どうも、始めまして。」
 
古泉についでに紹介されてしまったので、俺も合わせて会釈をする。
しかし、こんなときに言うのも難だがキョンのくだりは必要なのか疑問である。
 
車の中で話す内容では無いということで、近くの喫茶店に場所を移した。
どう考えてもカップルや親子連れには見えない集団であり、若干浮いているが仕方が無い。
 
「さて、では単刀直入に伺います。」
 
古泉が話を切り出した。
 
「涼宮さんから話を伺いました。あなた方はずっと、仕事ばかりで家に帰っていないようですね?」
「……はい。」
 
答えたのは父親だった。とても人が良さそうな人で、悪意があってやったんじゃないということは一目でわかる。
申し訳なさそうな顔をしながら、彼は続けた。
 
「忙しかったから、と言い訳する気はありません。私達は怖かったのです。あの子のことが。」
「怖かったとは……能力のことですか?」
「はい。今から4年前の夏でしょうか。あなた方機関に呼び出され、あの子に特別な能力があると告げられました。
 願望を実現し、時には世界まで変える能力。そして機嫌次第では閉鎖空間を生み出し世界を滅ぼすということ。
 元々あの子はやんちゃで、よく叱っていました。しかしこれからはそのことが世界を崩壊させてしまうかもしれない。
 ずっとかわいい子供だと思って育ててきたのに、急に世界を滅ぼすことも出来る能力を持っていると聞かされた途端、まるであの子が怪物のように思えてきて……」
「ふざけるな!!」
 
俺は声を荒げていた。言葉遣いに失礼があるのは分かってる。だが黙ってられるか。
 
「ハルヒは怪物なんかじゃない!確かにトンデモない能力は持ってる!
 だけどアイツは普通の人間なんだ!確かに破天荒な性格だけど、根は優しくていいヤツなんだ、それを……」
「落ちついてください!」
 
俺を抑えつける古泉。それと同時に、母親が泣き出した。
 
「だけどどうすることも出来なかったんです!機嫌が悪くならないようにしていたら、あの子はもっと暴れ出して……
 だけど叱ることなんて出来ない!もう私達は逃げるしか無かったんです!」
「本当にそうですかな?」
 
今までずっと黙っていた新川さんが口を開いた。
 
「ハルヒ殿は本当は、叱ってほしかったのでは無いでしょうか。」
「叱ってほしかった……?」
「ええ。聞くところによるとハルヒ殿は、急に親の態度がよそよそしくなり、寂しかったと言っていたようですぞ。」
「……俺が直接あいつの口から聞きました。だから叱ってもらおうとしてもっとはちゃめちゃなことをするようになったって……」
「だけどそれでもし、閉鎖空間が発生したら……」
「心配しないでください。」
 
古泉は微笑ながらそう言った。コイツの1番得意な顔だ。
 
「その時は、僕達がなんとかします。我々「機関」は、そのためにいるのですから。」
「それに、アイツはもう叱られたぐらいで世界を滅ぼそうとする空間を生み出すようなヤツじゃありません。俺が保証します!
 だから、自分を偽って接しようとしないでください。あいつが望んでるのはご機嫌取りなんかじゃない。
 悪いことをしたら本気で叱ってくれる、自然なままの親の姿なんです。」
「……わかりました。」
 
終始うつむいていた父親は顔をあげた。
 
「あの子と真正面から、向き合ってみたいと思います。以前のように厳しく叱ることもあるでしょう。
 だけどもう、あの子から逃げません。約束します。」
 
その顔からは、先程までのオドオドとした様子は見られなかった。
大きな決意をした、父親としての顔だった。
 
~~~~~
 
翌日、俺はいつものキツいハイキングコースを登っていた。
昨日は夜も遅かったということもあり、あの後自然解散となった。
ハルヒの両親はそのまま家へ、そして俺は新川さんの車で自宅まで送って頂いた。
俺の親に「こんな時間まで何をしていたの!」と大目玉を食らったが、反省はしていない。
 
そして、今回のことについて古泉がこう言ってきた。
 
「今回の落ち度は我々機関にあります。どうか彼らを憎まないでください。
 突然自分の子供に膨大な能力があると知らされれば、あのようになってしまうのも仕方ありません。
 親と言えど一人の人間ですから。もし僕自身が同じ境遇に立たされても、今回のようにならないとは言い切れません、
 言い訳になりますが当時の機関はまだ出来たてで、思慮に欠ける部分があったようです。
 ですから、憎むとするならば我々機関の方を憎んでください。」
 
確かに、あの時は俺も感情が激高して怒鳴ってしまったが、
両親にしてみたって突然トンデモな境遇に立たされればああなってしまうのも仕方ないかもしれない。
だがそれでも俺は機関を憎むようなことはしないぜ。
確かに思うところが無いと言えばウソになるが、機関のおかげでこの世界があるのもまた事実だからな。
 
それよりも大事なのはこれからだ。本当にあの両親はハルヒと真正面から向き合ってくれるのだろうか。
と様々な思考を繰り広げているうちに、教室についたようだ。
 
「よお。」
 
いつものようにハルヒに声をかけ、自分の席に座ろうとした。だがいきなり、
 
「うおっ!」
 
首ねっこを掴まれて引っ張られた。おい、むち打ちになったらどうする!
 
「キョン!来週の不思議探索は中止だから!」
 
遅刻も許さない探索を自ら中止?どういう風の吹きまわしだ。
それになにやら、そのことがとても嬉しそうである。
 
「なんだ、何か用事でも出来たのか?」
「うん!父さんと母さんと一緒に旅行に行くことになったのよ!
 それで父さんも母さんも仕事を減らして、家に居る時間を増やすって!」
 
その言葉を聞いて俺は心底ほっとした。だからだろうな、なんというか反射的に
 
「良かったな、ハルヒ。」
 
そう言いながら、ハルヒの頭のなでていた。
真っ赤になってびっくりした顔を浮かべるハルヒ。だけどその後、にっこりと笑って
 
「ありがとう、キョン。」
 
ハルヒにしては珍しい、素直なお礼の言葉だった。
その笑顔はとても穏やかで、俺を安心させてくれるには充分なものだった。
また辛いことがあったら俺に相談しろよな。「強くて元気な団長様」だって、心休める時は必要だぜ?
 
HRが終わった後の休み時間に、この朝のやり取りを見ていた谷口その他大勢から盛大なからかいを受けたのはまた別の話である。
やれやれ。
 
終わり

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最終更新:2020年09月01日 01:44