わたしはいつものように本を読んでいる。朝比奈みくるがお茶を出し、彼と古泉一樹が遊戯を愉しみ、涼宮ハルヒが黙々とパーソナルコンピュータに打ち込んでいる中で、ひとつの”楽しみ”を淡々と味わっている。
 読んでいる本の物語はそろそろ中盤へさしかかろうとしていて、わたしが頁をめくる速度も、残り頁が少なくなるにつれて徐々に早まっていく。途中で面白い本だと気付いて残り頁を確認したわたしは、まだかなりあることに安堵する。
 それと、この物語の登場人物は謎が多い。主人公である『彼』は、物語中では名前が一切出てこない。『彼』と表記されるだけであり、ヒロインである『彼女』も同様。それだけではなく他の登場人物の名前は全てない。『女友達A』や『男友達A』、『先生A』等で表記されているだけ。非常に読みにくい。
 けれどわたしは読み続けた。物語の『彼女』の趣味は読書でわたしはほんの少しの愛着を持ったから。『彼』と『彼女』の出会いから始まるこの二人の高校生活を描いた小説を、わたしは読み続けた。
 
 
◇◇◇◇◇
 
 木製の文芸部室の扉を彼がノックする。朝比奈みくるが受け答え、彼の進入を許可する。広げたパイプ椅子に座って小さい疲労の溜息をつく彼を見て、わたしはふと思った。
「……似ている。」
「ん、何か言ったか?」
 思考が声として漏れてしまった。うかつ。
「……今のは独り言。気にしないで。」
「ふぇ、長門さんも独り言なんてするんですねぇ。」
 朝比奈みくるは驚いた顔の中に嬉しみを孕ませた表情でお茶を差し出した。わたしにはこんな器用な表情は作れない。今のわたしの言動は、朝比奈みくるを驚かせるもの? 嬉しがらせるもの? ……解からない。
 一連の会話が終わると、わたしはまた文字の海に視野を覆わせる。それに合わせて聞き慣れたドアノブを捻る音が聞こえ、同時に扉が開いた。いつもの順番で、次は古泉一樹、最後に涼宮ハルヒ。
 そして数分もしない内に団員全員が集結する。これがいつもの日常。いつも通り。日々を重ねていく内に、わたしにとって当たり前になった自然体。
 そのまま何事もなく団活が終わり、わたしの一日も終わる。
 
 ――似ている。わたしが独り言と誤魔化した言葉。これは彼と小説中の『彼』を見比べて出た感想。性格も言動も全て似ている。まるで、『彼』が彼の分身かのように。
 わたしは時間を忘れて挿絵が一切ない十数センチもある厚い小説を、ただただ読み続けた。
 

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最終更新:2020年08月21日 02:11