「こんにちはー…あ、まだ誰もいないや。」
 
こんにちは、朝比奈みくるです。今日私は学校がありませんでした。
なんでかって?もう卒業してしまったからです。だから私は2年生の皆さんより一週間ほど早い春休みに入ったのです。
そして私は、再来週未来に帰ることになりました。涼宮さんの能力も消失して、時空の歪みも解消されたからです。
つまりこの時空平面上における問題は全て解決しました。だから4月からは私本来の時空平面上での生活に戻ります。
涼宮さん以外の3人には既にそのことを伝えていますし、涼宮さんには「遠くの大学に行くので引っ越す」ということにしています。
皆さんとお別れするのは確かに寂しいですが、音信不通にならないために1ヶ月に1~2回この時代にやってくることは許されていますので、まったく会えなくなるというわけではないです。
つまりSOS団の団活にも時々参加できるってこと。だから、そんなに悲しいという気持ちはありません。
だけどやっぱり毎日参加出来る期間はあとわずか。だからこうして、休みでも毎日部室に来ているわけです。
 
「今のうちに、お茶でも沸かそうかな……」
 
と、ポットの前に立ったその時でした。
 
『みくる……聞こえるか?』
 
突然未来からの通信が入りました。この声には聞き覚えがあります。この声は……
 
『お父さん?』
 
そう、未来にいる私のお父さんです。厳しいけれど、優しい人。子供の頃から大好きな人です。
 
『ああ。元気でやってるか?』
『うん。でもどうしたの?急に連絡してくるなんて。……なにか指令が?』
『いや、緊急の指令は無いが、ちょっとお前の声が聞きたくなってな。』
『ふふ、変なお父さん。再来週にはそっちに帰るから、心配しなくていいよ。お母さんは元気?』
『……ああ。お前も、元気でやれよ?じゃあな。』
『うん。じゃあね!』
 
そして通信は切れました。本当に何も指令も無い……ただの電話みたいなもの。
それでも、久しぶりにお父さんの声が聞けた、それだけで嬉しい気分になります。
 
「あ、こんにちは朝比奈さん。」
 
ドアを開けて入ってきたのはキョン君です。
 
「こんにちは。涼宮さんはまだですか?」
「ええ。あいつは掃除当番でして……朝比奈さん、」
「なんですか?」
「何かいいことでもありましたか?なんだか嬉しそうですよ。」
「え?」
 
やだなあ、顔に出ちゃってたみたいです。
でも、キョン君一人なら話しても問題無いですよね。
 
「実はさっき、未来にいるお父さんから連絡が来たんです。」
「本当ですか?また何か指令が……」
「いえいえ!ただ声を聞きたくなったってだけで……でも久しぶりに話せて嬉しくなっちゃって。」
「どういう人なんですか?その……お父さんって。」
「厳しいです。私の未来組織の幹部にいる人ですから。でも、それと同じくらい優しいですよ。
 お母さんはちょっと身体が弱いんですけど、そのお母さんも支えて。強い人です。」
「はは、ウチのオヤジもそんぐらいになってほしいですよ。」
 
いたって和やかな会話。私はまったく気付いていなかったんです。
本来別時間平面との連絡は指令など特別な場合に限るべき。用も無いのにいたずらに使用すべきではない。
時間を移動する者としての基本です。だけどこの時の私は、お父さんと久しぶりに話せたことに舞い上がって気付きませんでした。
 
仮にも組織の幹部にいる人間が、「声を聞きたいから」なんて理由で通信をすることの異常さに……
この時未来で、あんなことが起きていたなんて…
 
 
~~~~~~~~~~~~~~~~~
 
2週間後、私は私本来の時間平面上に帰ってきました。
久しぶりに見る風景、北高周辺の風景も好きでしたけど、やっぱり生まれ育ったこの場所が1番好きです。
 
さっきは「悲しくない」と言いましたけど、実際別れるのはやっぱり辛かったです。
昨日は、SOS団の皆さんがお別れパーティーを開いてくれました。
最初はいつも通りに涼宮さんが私をいじったり着せ替えさせようとしたりだったんですけど、
途中から涼宮さんが泣き出しちゃって。それに釣られて私も……わんわん泣いちゃいました。
泣かないって決めてたのになあ……だけど、私のために泣いてくれたことはすごく嬉しかった。
みなさんのことは、絶対に忘れません。
 
……ちょっと湿っぽい気持ちになっちゃいました。ダメダメ!
もうすぐ久しぶりにお父さんとお母さんに会えるんだから!楽しい気分でいなきゃ!
会えるのは3年ぶりぐらい!早く会いたい!
 
私は家のドアを開けました。そこには……
 
「おかえり、みくる。」
 
3年前と変わらぬ姿のお父さんがいました。私はこらえきれなくなって、お父さんに抱きつきます。
 
「お父さん!私……寂しかった……ふぇ~……」
「……頑張ったな、みくる。」
 
やっぱりお父さんは優しい人です。そして……
あれ?
 
「……お母さんは?」
 
私のお母さん。身体が弱くて病気がちだったけど、とても優しかった人。
お父さんと同じくらい大好きな人です。
 
「みくる……落ちついて聞いてほしい。」
 
お父さんの顔が曇りました。なにかあったのかな?また入院とか……
 
「お母さんは……死んだんだ。」
 
……え?
 
「あはは……やめてよそんな嘘。びっくりさせようとしてるんでしょ?」
「……2ヶ月ほど前から、体調を崩してな。タチの悪い病気だったようだ。
 入院が長引いて、2週間前に、とうとう……」
「そんな……そんな……!」
 
2週間前、それを聞いてハッとしました。あの時の通信、ひょっとしてその時に……!
 
「……ああ。そうだ。」
「どうして!どうしてその時に教えてくれなかったの!?
 それよりもっと前に、お母さんの体調が悪くなったと教えてくれたら、すぐにこっちに……!」
「そういう行動を取ろうとするだろうと分かっていた。組織もな。
 だから教えてはならぬと言われていたんだ。不自然な時期にこちらに戻ると、向こうの世界で不自然に思われてしまう。」
「だからって……そんな……そんなことっ!」
「すまない……私もお前に話したかった。だが、時間の秩序を乱すわけにはいかず……」
「……っ!!」
 
たまらなくなって私は家を飛び出しました。
 
「みくるっ!!」
 
わかってる。お父さんだって苦渋の決断だったんだ。でもこんなのって……こんなのって!
せめて最後に一言、お母さんと話したかった……
 
「……そうだ。」
 
まだ話すチャンスが失われたワケじゃない。時間を逆行すればいいんだ。
あの時お父さんからの通信があったのが2週間前の午後3時頃。多分お母さんが死んだのもその時。
ここも昔と大きく変わったとは言え日本。時差はありません。
つまりこの時間平面における2週間前の午後3時ちょっと前に移動すれば……!
思い立ったらすぐに、私は申請を開始しました。
 
『2週間前の午後2時への時間移動を申請します!』
 
しかし、帰ってきた言葉は残酷なものでした。
 
『受理できません。』
 
そんな……どうして!?
 
『お願いします!お母さんが……お母さんが!』
『あなたの行動により時間の秩序が乱れる恐れがあります。よって受理できません。』
『お願いします!!』
『受理できません。』
 
そして一方的に通信を切られてしまいました。
どうしよう……申請が受理され無ければ時間移動することは出来ません。
もうお母さんには会えないの……?
あとは、他の人の時間移動に私も連れていってもらうしかない。
触れていれば同行することが出来ます。私がキョン君を連れていった時のように。
だけど、時間移動を使えるのは訓練をした人だけ。ほとんどが組織に入っています。
そして私の組織は私の行動を認めてはくれません。他の組織の人でないと。
他の組織に所属していて、なおかつ私の知り合い……
 
「……あの人しかいない!」
 
私はその人の元へ走り出しました。彼もまた時間移動をしていましたが、私より少し前に帰っていたはずです。
そして引っ越しなどをしていなければ、まだ私が知ってる場所に住んでいるはず……!
 
「はぁ……はぁ……」
 
その人の家に着きました。そしてインターホンを鳴らします。
お願い……ここに居て!
 
そしてドアが開き、人が出てきました。
 
「な……朝比奈みくる!なんの用だ?」
 
藤原君!!良かった、居てくれた!
 
「お願いがあります!!私を時間移動させてください!もう頼れるのはあなただけなの!!」
「……何を言っている。どんな意図があるのか知らんが、敵対する組織に所属するお前に手を貸すわけにはいかんだろう。」
 
……やっぱりそうです、よね。最後の望みも絶たれました。
私はその場に座り込んでしまいました。いけない、また涙が出ちゃう。
 
「うっ……うっ……お母さん……」
 
泣き続ける私。とそこで私の肩に手が置かれました。……藤原君?
 
「……とりあえず入れ。」
 
 
 
~~~~~~~~~~~~~~
 
 
私は藤原君の家にあがらせてもらいました。洗面所を貸してもらって顔を洗い、深呼吸して……やっと落ちつきました。
 
「ごめんなさい藤原君、取り乱しちゃって……」
「謝罪はいい、早く事情を説明しろ。何があった。」
「はい、……」
 
私は藤原君に、今まであったことを説明しました。
未来に帰ったらお母さんが死んでいたこと、時間を戻ろうとしても受理されなかったこと。
最後の望みとして藤原君の元へ来たこと。
 
「……でも、やっぱりダメですよね。敵対してる組織の人間に手を貸したら、あなたも……」
「行くぞ。」
「……え?」
「2週間前の午後2時、でいいんだな?」
「……藤原君!」
「勘違いするな、お前のためじゃない。
 ただ、既定事項を守ることばかりに執着して個人の感情を無視するお前の組織に、少し反抗してみたくなった。それだけだ。」
「……ありがとう。」
「礼はいい。さっさと移動するぞ。俺に触れていろ。」
 
私は藤原君の手を握りました。それと同時に、時間移動時特有の揺れを感じます。
そして目を開けました。場所はまったく変わっていない、藤原君の自宅です。でも……
 
「ここは正真証明、2週間前の午後2時だ。時計を見てみろ。」
 
確かに、時計の針は2時を指しています。
 
「さっさと行け。時間が無いんだろう。戻る時はまたここに来い。」
「……はい!ありがとう!」
 
私はお礼を言ってドアを開けました。……しかし。
 
「あの……あなたは?」
 
ドアの前には、黒い背広を着た男の人が立っていました。
 
「朝比奈みくる。あなたは元の時間に帰ってもらいます。」
「あなた達、組織の……!」
「あなたの行動を推測した結果、藤原という男に頼ることは予測がつきました。
 故に、先回りをして待ち伏せさせていただいたというわけです。
 元の時間平面上に帰ってください。場合によれば、私の手で強制送還しますよ?」
「おや、僕はガードマンを雇ったつもりは無いんだがな。」
 
藤原君が出てきました。黒服の人を睨みつけています。
 
「君が藤原君か。敵対してるはずの彼女に手を貸すとはどういうつもりだ?」
「お前らのやり方が気に食わなかっただけだ。その融通の効かない石頭共のな。」
「時間の秩序を守ることが何よりも優先すべきことなのは、組織が違うお前も知っているはずだが?」
「ここでお前と時間理論について討論したいのはやまやまなんだがな、僕はともかくコイツには時間が無いんだ。悪いが……」
 
藤原くんが私に目配せをしました。そして私の手をとって……
 
「行かせてもらう!」
 
黒服の人を押し退け、走りだしました!
そしてすぐ横の駐車場にあったバイクにまたがります。
 
「乗れ!」
「は、はい!」
 
私も慌てて後ろにまたがりました。
追い掛けてくる黒服の人を尻目に、バイクは急発進します。
 
「おい!それでこれからお前はどこに行くつもりなんだ!」
「えっと……いつも通ってた病院があったから、きっとそこに入院してるはずです!」
「そうか。道案内はお前がしろ。……飛ばすぞ。しっかりつかまってろ!」
「はい……ふぇ!」
 
バイクは更にスピードをあげ、病院へと走り出しました。
 
 
~~~~~~~~~~~~~~
 
20分後、目的の病院に到着しました。
 
「ここで、いいんだな?」
「はい。……本当に、ありがとう。」
「礼ならいいと言ったはずだ。それよりも早く行け。お前の母親が待ってる。」
「はい!」
 
私は病院の入り口をくぐりました。ありがとう……藤原君。
受け付けの人に尋ねたら、やっぱりここに入院していたようです。
病室も教えてもらいました。そして……
 
「ここに……居るはず。」
 
505号室。ネームプレートには、お母さんの名前が。そっと、ドアを開きました。そこには……
 
「……お母さん!」
 
居ました。お母さんです。たくさんのチューブに繋がれていて、それだけで病状が深刻であることがわかります。
 
「みくる!何故ここに!」
 
お父さんもそこに居ました。ずっと付き添っていたみたいです。
心配はかけたくないから、その質問には答えず、私はお母さんの元に歩み寄りました。
そしてお母さんの手に触れて……。あっ……
 
お母さんが、私の手を握り返してきました。私のことを見つめています。
 
「お母さん……」
「……立派に、なったわね……」
「……私なんて全然ダメだよ。ここまで来るのにだって人の助けを借りなきゃダメだし、
 何をするにもドジばっかりで……」
「ふふっ……分かってるわよ。みくるがドジなのは、私が1番よく分かってるわ。
 どれだけずっと見てきたと思ってるの
 でもね、あんたの強さはドジをしても頑張れるところなんだから、だから、もっと自分に自信を持っていいのよ。ダメなんかじゃないから、ね?」
「……うん。お母さん……」
「なに?」
「育ててくれて……ありがとう。私、お母さんの子供で、本当に良かった。」
「お礼を言うのはこっちの方よ。生まれてきてくれて、ありがとう。」
「……うっ……お母さん……」
「ほらほら泣かないの。今日私が死ぬことは既定事項で分かってたわ。だけど、最後にあんたに会えて嬉しかった。
……これからも、強くて優しいみくるでいてね。」
「うん……約束する。」
 
そしてお母さんは、目を閉じて眠りました。その10分後、静かに息を引き取りました。
その顔は、とても穏やかなものでした。
 
 
 
~~~~~~~~~~~~~~
  
その後お父さんに事情説明をした後、元の時間に帰るために病院を出ました。
 
「終わったのか?」
 
そこには、藤原君が居てくれました。ずっと待っててくれたんですね。
 
「はい。ちゃんとお別れ出来ました。藤原君のおかげです。本当にありがとう。」
「だから何度言えば分かる。礼はいいと言ってるだろう。
 ……もう悔いは無いな?」
「……」
「どうした。」
「悔いは無いです。でも……もう会えないと思うとやっぱり……悲しくて……」
 
また、私の目に涙が溜まり始めました。そして……決壊しました。
 
「ふぇぇぇぇん!!」
 
私は藤原君の胸に顔をうずめてわんわん泣いてしまいました。
藤原君はいつものように邪険な態度を取るようなことはせず、ただそっと、
涙する私を受けとめていてくれました。
 
 
「落ちついたか?」
 
ようやく泣き止んだ私に、今まで黙っていた藤原君がようやく口を開きました。
 
「ごめんなさい、2回も取り乱しちゃって。」
「僕は構わん。それより、これから大変だぞ。お前も僕も時空違反者だ。
 もうすぐ強制送還されるだろうな。」
「本当に、すいませ……」
「謝るな。僕も悔いはしていない。なかなか面白かったよ、お前の組織の人間を出し抜くのはな。
 なにより、僕は間違ったことをしたとは思ってはいない。」
「……私は多分、この後罰を受けることになると思います。
 それが軽いか重いかは分からないけど、絶対復帰して、もっと偉くなります。
 そしていつか今の組織を変えて、私みたいな事態になることが無くなるようにしたいです。
 ……その時は、藤原君の組織とも仲直りできたらいいですね。」
「フン、夢物語だな。」
 
そう言って藤原君は笑いました。だけどその顔は、とても穏やかだったように思えます。
 
『強くて優しいみくるで居てね。』
 
私はその言葉を胸に、これからも生きていこうと思います。
 
 
終わり

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最終更新:2007年11月18日 23:33