第二話『冷たい戦争』
 
「これは…凄いな」
今のは全員を代表して中河の感嘆。用意された宿泊施設を見て機関関係者以外は例外なく驚いていた。……いや、訂正する。機関関係者及び長門、九曜以外は、だな。
何故ならば、そこには一流大学クラス(見た事は無いが)の立派な建物があったからだ。
加えて宿泊費用は要らないと言う。何とも信じがたいが。
 
「別に商売している訳では無いからね」
多丸さんがそう言った。それじゃ勿体無いんじゃないですか?大工の方々も悲しむだろう。
「まぁ、ここは後々には機関直営のホテルとして売り出し始めるよ。機関の大きな収入源になるだろうね」
成る程。機関もなかなか計算高いな。
その間に古泉が他の皆にも似たような説明をしていた。但し、機関については伏せていたが。
 
 
「それでは、雪合戦の前に部屋に案内して貰って、それから昼食にしましょう」
古泉の提案に従い、中に入った俺、いや俺達はいきなり絶句してしまった。
大広間で出迎えてくれたのはある程度予想できたが、メイド服姿の森園生さん。そして、その隣にはなんと同じくメイド服姿の朝比奈さんがいらっしゃるではないか。
大変お召し物のお似合いな朝比奈さんと森さんは同時に丁寧にお辞儀を…ああ、御美しい!
つい見とれていると耳元でハルヒが、「マヌケ面」と宣った。
…それは仕方あるまい!右斜め後ろを見てみろ。あの会長ですらこのザマだ!
──そこには文芸部潰しを演出した頃より幾分か優しげになった旧生徒会長がボンヤリと見とれている姿があった。
まあ、仕方無いよな。
 
「……キョン……」
うわ、谷口?何だ、いきなり?
「俺、夢でも見てるのかな?」
いや、現実だと思うぞ。
「朝、コンビニで古泉に会ってさ、雪合戦なら勝てそうだ、とか思い付きで言ったら…さ。こんなことになって…」
そういう疑問か。信じがたいが、全て現実だ。思い付きが現実になるなんて実はザラにある。今は出来るだけ楽しんでおこうじゃないか。
「…そうか。そうだよなっ!」
というかお前は今は九曜の彼氏だろ。
「──マヌケ──面─」
 
用意された部屋はまだ新しいままだったのだろう。染み一つ無い小綺麗な部屋だった。なんと表札まで用意してある。
 
 
「じゃあ、早速雪合戦をしましょうか!」
昼食の後団長が言い、全員が同意する。
さて、ついにスタートだ。
新川さんによると、公式の雪合戦のルールは実は結構複雑だ。
1試合3セット。40×10のコート内で相手を全滅させるか、フラッグを奪い取れば勝ち。雪玉の数も決まっている。
更にヘルメットや雪玉制作器も会場で貸し出して貰える。
他にも色々とルールは有ったが我等が団長が「めんどい」と言い却下した。
正直、助かったよ。
雪合戦のルールがここまで難しいとは思っても見なかったからな。
一チームは七人必要らしい。ならば、とハルヒがメイド二人を引き入れ、人数不足をあっという間に解決してしまった。
俺達谷口組に朝比奈さん、敵チーム古泉組に森さん。
審判はなぜかルールを熟知している新川さんが務めてくれる。
 
一時間の準備期間の後試合開始だ。
 
今回はかなり自由なルールでやる事に決まったし、何より中途半端な大雪はここにも影響していたので、スコップを持って適当な壁を作る俺、ハルヒ、中河、谷口。
中河や谷口とどうでもいい話をしている内になかなか見事な壁が出来た。達成感もひとしおだ。
「壁一つでここまで感動出来るとはな…」
「正に完璧、だな」
推測だが、谷口、お前アホだろ。字が違う事に絶対気付いていない。
 
後方で無言で雪玉を作る長門、九曜、ビビりまくりの朝比奈さん。その震え上がる姿はまるで小動物のようだ。つい守りたくなる。
 
 
 
 
第一セット。
 
攻撃役に、俺、ハルヒ、長門、中河。
防御役に、谷口、九曜、朝比奈さん。
 
敵は、攻撃役に、会長、鶴屋さん、多丸裕さん、喜緑さん。
防御役に、森さん、国木田、古泉。
 
今回、超能力的パワーは一切ナシだ。つまり、実はかなり戦力的に不安だ。特に防御。
 
新川さんのホイッスルが鳴り響く。ゲームスタートだ。
 
俺とハルヒが右側、中河と長門が左側から進行する。
いきなり作戦なんて普通は考えないだろ?なんたって皆初心者の筈だ。
──完全に誤算だった訳だが。
 
「敵見っけた!」
ハルヒが嬉しそうに獲物の喜緑さんを追いかけて敵地のシェルターの一つに追い詰める。
罠だ。はっきりとそう感じた。つーか誰でも気付くだろ。
「ハルヒっ!深追いはよせっ!」
同時に俺達の後ろに多丸裕さんが現れた。
「んなっ!?」
慌てて振り返るハルヒのヘルメットの横面に雪玉が炸裂。投げたのは会長のようだ。
俺は雪玉を持っていない。全てハルヒに渡した(取られた)からだ。
「くっ…!」
「君にはここで散って貰うよー!」
鶴屋さんがそう言いつつ俺に止めを刺した。
参ったな。喜緑さんを囮に使うとは、古泉の癖に随分戦略的だな。…ん、このセリフは二回目か?
 
 
俺とハルヒがコートから退場する。これで7対5。やや不利だ。
 
「…ごめん」
何?何だって?
「簡単な罠に引っ掛かっちゃって」
「気にするなよ。次は見破れるさ」
「次からは気を付けるね」「ああ、頼むよ」
あのハルヒがこれ位で謝るとは、一体どうしたことか?…口に出したらこそ殴られるだろうが。
「長門と中河に期待するか…」
直後、会長、鶴屋さん、長門、多丸裕さん、中河と立て続けにアウトになった。
 
「中河、相当派手にやりあったようだな」
「おお、キョン。喜緑先輩と国木田にやられてしまった」
どういう事だ?国木田が?
「完全な奇襲だったよ。長門さんは喜緑先輩・多丸さんとやりあっていた筈だ」
やられた、とぼやく中河。お前はよくやったよ。会長、鶴屋さん、多丸さんは相当大きな戦力の筈だからな。
 
その後朝比奈さん、九曜、谷口と順調に倒れて第一セットが終了した。
猛将中河対ゲリラ国木田、か…
反省会と戦略の練り直しが必要だろう。
 
 
 
第二セット。
 
喜緑さんは現れなかった。
それでも俺達は奇襲を避ける為慎重に進む。
敵陣内に侵入した直後。……国木田か。
国木田が壁の裏に隠れたのを見かけた。くく、奇襲の天才がマヌケ過ぎるぜ。
反射神経に優れたハルヒに見張りを任せて、壁の裏の国木田を俺が襲う。
この作戦は、まぁ成功だった。筈だった。
先に俺達の本陣に速攻を掛けられていなければ。
 
フラッグ奪取は相手チーム全滅以外のもう一つの勝利条件だ。はじめからそれを狙うのも戦略だ。
 
……やられた。
 
 
よく考えて見れば敵チームはやけに強い。
機関の構成員が三人、TFEI一人、生徒会長一人、鶴谷さん一人、一般人一人。
実際特殊能力無しなら機関員は最強じゃねーか!何か行動が読まれている気もする。
 
 
第三セット。
 
攻撃メンバーを入れ換える。中河・長門組が後衛、朝比奈さん・九曜組が前衛に出た。
九曜組がハルヒ組をサポートする戦術だ。単に防御を強化しただけだが。
 
敵陣付近で喜緑さんを発見した。恐らくまた罠だ。
九曜達に後方の注意を任せ、第二セットと同じ策を取る。
喜緑さんは少しずつ敵陣深くヘと撤退している。このまま追うのは絶対にマズイ。
九曜組と合流する事にした…が。
「にょろーん!」
鶴谷さんが朝比奈さんの前に立ち塞がった。
その掛け声?と同時に喜緑さんが振り返り、更に古泉、森さんが俺達の、多丸さんが九曜組の後ろから登場。
「ひゃあっ」朝比奈さんが鶴谷さん相手に為す術もなく倒れ、
「──っ、─」直後に九曜も前後からの挟み撃ちに倒れ、
「キョーーンッ!」ようやく追い付いた中河、長門の援護も虚しく、俺達も囲まれ、何とか古泉を巻き添えに最期を迎えた。
3対6。この劣勢は覆せずに屈辱の3連敗となる。
 
 
 
 
悔しがる谷口に古泉が近より、「……」何事か耳打ちした。
すると、谷口はその場にガックリと膝と両手を着き、
「畜生…畜生!」
全力で己を呪いはじめた。
「おい、古泉!今一体谷口に何を言った!?」
「どうしたの?古泉くん!精神的なダメージを狙うなんてらしくないわよ!」
俺とハルヒが同時に古泉に食って掛かる。だが古泉は、
「申し訳ありませんが、僕は彼に一切の容赦は出来ません。彼もそれは望まないでしょう」
等と冷たく言い放った。
 
愚鈍な俺はここでようやく気付いた。今日の古泉の柔和な笑顔の裏に隠れた恐ろしい冷酷さに。
「だからって…」「…いいんだ、キョン、涼宮」
谷口が俯いたまま呟く。「あれは当然の事だ。勝者が敗者に対して一片の情けも掛ける必要はないんだ」
「谷口…一体何があったんだい?」国木田が問いかける。
「君は熱血漢にはならないタイプの人間だった筈だ。何が君をここまで熱くさせたの?」
国木田の聞き方によっては失礼な発言にも、
「……」谷口は答えない。
「まさか黙り通すつもり?」国木田が更に問い詰める。
「……」
はぁ?小声での谷口の返答に俺の他にハルヒと国木田、更に森さんも絶句している。
 
「朝に古泉と会った時、あのコンビニにはプリンは一つしか置いていなかった」…もういい。それだけ聞けば充分に理解できる。
 
「もう戦い以外の道は無かった。そして─」
谷口はどこか自嘲しているように語る。
「─俺達は確かに負けた。お前達のチームは本当に強かったからな。…だが!」
谷口は立ち上がり、続けた。
「まだ終了した訳じゃない!俺達は誰一人として心を折られてはいないんだ!」
谷口は叫んだ。
「さあ始めようぜ!最高のバトルを!」
「いいでしょう。何度でも叩き潰して差し上げますよ!」
古泉も叫んだ。
 
今更だが、こいつらは絶対完全なアホだ。
 
 
第二試合。
 
 
……結果から報告。
俺達の完全敗北だ。
躊躇わず突撃するハルヒが策略にはまったり、中河が敵地で一斉攻撃を受けて弁慶宜しく落命してみたり、国木田が作った落とし穴になぜか会長が引っ掛かったり、鶴屋さんがその間笑いっ放しだったり、そんな激戦?が3セット、その内3セットが負け試合となった。
それでも団長始め全出場選手が楽しんでいた。ハルヒは、悔しがりつつも「流石副団長ね」等と古泉を称賛する。
 
 
その後チームメンバーを交換したり、二人一組でサバイバル戦を楽しんだり、時間はあっという間に過ぎた。
「夕食の準備が出来ている」と森さんが告げ一旦終了となった頃には、全員がフラフラになっていた。
食事は、会場をいつの間にか抜け出していた新川さんの料理で、ひたすら旨かった。それに…
「な……こ、これは…!」「なんと…参りましたね…」
デザートとして全員に振る舞われたのは甘く甘美でスイートな、
「プリン、とは…」
それもなんと朝比奈さん・森さんの手作り、と言うことだ。
 
夕食の後、古泉やハルヒも流石に疲れたようで3回戦の提案は無く、なぜかハルヒからの解散宣言と8時召集命令が出されてお開きとなった。
ハルヒよ、忘れているだろうが、今回お前は助っ人役だ。既に谷口組を乗っ取ってやがる。
 
 
自室に戻る途中、古泉が「いや、疲れましたよ」と声を掛けてきた。
古泉、お前には随分してやられた。
「あなたの活躍に比べれば、何もしていないような物です」
よく言うよ、全く。お前に一撃でも入れられなかったのが極めて残念だ。
「それならまた明日頑張って貰いますよ。まだ時間は有りますからね」
いいだろう。覚悟しておけ。
「ええ、それではまた明日」
 
明日、か……
筋肉痛になっていなければいいが。
 

 

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最終更新:2007年11月10日 14:57