三日目[カヨウビ]

 

2人の長門が入れ替わって3日目。残された期間は今日を含めてあと3日だ。

まあ、あまり心配はしていない、いやしないようにしている。

じゃないと、今みたいにのんびり登校ルートを歩いちゃいねぇよ。

 

今日は昨日のように寝不足ではないおかげか昨日よりスイスイ上っていける。

俺も結構、体力ついたかな?

 

「よぉ、キョン。」

 

待て。俺はお前が誰だか、確認せずとも分かるぞ。
このアホ声は・・・谷口だろ?
 
「はん、何バカなことやってんだ。それに、声にアホもくそもあるかっつうの。」
 
いや、分からんぞ。声だけでも人のイメージはかなり決まってくるからな。
 
「何?つまり、俺は声だけでアホと言われてるってことか?」
 
いや、お前の場合は声だけでなく、顔、性格、評判、全てを総合的に配慮した結果・・・
 
「分かった。もういい。そのことについては触れないことにする。それより、俺の話を聞いてくれよ。俺は、昨日、下手するとUMAに遭遇するより貴重な体験をしたかもしれないんだぜ。実はな・・・・・・」
 
と、やや開き直り気味で、話し出した谷口に対して昨日と同じ対応をとりつつ、俺は昨日の出来事を思い浮かべた。
 
 
 

 

 

「どうも、ご無沙汰してました。」
 
こう、メイドのように言って、メイドのようにお辞儀をしたのは、メイドのような、いや、おそらくもうメイドだといってもおかしくないだろう、森さんだ。
ただし、今回の服装はメイドではなくOLスタイル。
誰かさんと違って、しっかりTPOを押さえている。
 
昨日の夜、いつもの駅前で集合した古泉が連れてきたのは、彼女1人だった。
何だ。てっきり、もっと大人数で来るもんだと思ってたぜ。
 
「ええ。こちらとしてももう少し大勢で向かいたかったのですが、どうやら向こうの世界では、同一人物の存在が許されていないようですからね。」
 
そうだ。だから、あの長門と出会うことになったんだ。
 
「ですから『機関』の方から、出来るだけ少人数で向かうようにと命令が出ました。俗に言う、少数精鋭部隊ですよ。これでしたら、おそらく向こうの世界でも影響はないでしょう。」
 
影響がない?それはどうかな。長門は1人で行ったにも関わらず、ちゃんと代わりの奴をこっちに送ってきたぞ。2人だったらなおさらの事じゃないのか?
 
「ご心配なく。私達が向かうのは閉鎖空間です。閉鎖空間に侵入している際には、我々は現実世界から消えてしまったと認識されるでしょう。」
 
落ち着いた笑みで森さん。
 
「あくまでも我々の推測ですが、向こうの世界で同一人物が存在していられるのには、時間制限があるようですね。長門さんもかなり急いでいたようですし。ですから、我々も可能な限り早急に閉鎖空間を見つけ出し、そこに入らなければならないでしょう。大人数だと、どうしても行動が制限されますからね。」
 
これは0円スマイルで古泉だ。
 
どちらも、同じような口調で、同じような笑みを浮かべているので、どうもおかしな気分になる。
この2人はひょっとすると、お似合いのカップルになるかもしれんな。
 
「私が古泉とですか?ふふ、面白い事をおっしゃりますね。」
 
森さんはおかしそうに笑ったが、目もとは笑っていない。
そして、何故かうろたえる古泉。
 
「と、とりあえず長門さんの家に向かいましょう。早くしないと閉鎖空間が拡大し始めるかもしれません。」
 
古泉はやけにはきはきした口調でこう言うと、早歩きで歩き出した。
俺と森さんもそれに続く。
 
おお、慌てた古泉というこれまた珍しい光景を目撃した。
後は、朝比奈さんだけだな・・・・・・。
う~ん、それじゃあこんなのどうだ。
レジの店員に渡されたお釣りが、実は100円多かったのを知ってほくそ笑むような、そんな少しあくどい感じの朝比奈さんというのは。
意外性が合っていいかもしれんぞ?
 
ダークみくるなるものを心の中で思い浮かべていると、古泉が話し出した。
 
「今回、森さんは、僕の従姉だという設定にさせていただきます。あの長門さんには『機関』の存在を知ってもらいたくないですからね。本当のことを言うと、色々と話がややこしくなりそうですし。ああ、それと僕らのことは・・・・・・」
 
そいつの話によると、この2人は長門のアシスタントだということにするそうだ。
ははは、やけに無理な設定だな。
ま、似た物同士の2人だ。うまくごまかせるだろう。
 
俺は、相変わらずの笑みを浮かべながら歩いている森さんを横目で盗み見て、あの思わずちびりそうな妖絶な笑みを思い出した。
 
少数精鋭。
それで選ばれたのが森さんか。
やはり、森さんはすごいお方なのだろうか?
俺の中でお馴染みとなっているあのメイド姿からは、想像もつかないような・・・・・・。
 
「どうしました?」
 
森さんが話しかけてきた。
俺は気が付かないうちに森さんをずっと眺めていたようだ。
 
「な、何でもないですよ。ただ、その服装もお似合いだな、と思いまして。」
 
「そうですか?有難う御座います。」
 
そういって微笑む森さん。
その奥で何故か、溜息をつく古泉。
 
何やらモヤモヤした気分のまま、俺達は長門のマンションに辿り着いた。
 
 
 

 

 

その後は、長門の家に上がって、2人を見送って、家に帰って・・・・・・
 
「おい、キョン!聞いてるのかよ。」
 
おお、谷口か?どうした?何のようだ?
 
「何の用って・・・さっきからずっと話してるだろ、長門有希の笑顔のことだよ。」
 
長門の笑顔?それがどうかしたのか?
 
「は!?お前、まだ寝ぼけてんじゃねえのか?あの長門有希の笑顔だぜ?珍しすぎるだろ?めったに表情の変化を見せない奴だったから、あいつを笑わせることが出来たら、芸人として大成するとまで言われていた程なんだぜ。」
 
そうだったのか。それは知らなかった。
 
「そして、その笑顔を俺は見た!いや、俺が笑わせたんだ!」
 
その後、自分が階段から転がり落ちたことを、昔、甲子園に出場したことを自慢する中年のおっさんのように話す谷口。
 
なるほどな。いかにもあの長門がくすりと来そうな話だぜ。
あいつは、笑いのつぼが常人とは少し違うようだからな。
 
「・・・で笑っているわけよ。びっくりもんだぜ?俺は立ち上がることも忘れてよ・・・・・・
あれ?お前、あんまり驚いてねぇな?」
 
「驚いてるさ。あの長門の笑顔なんぞ、俺でも3回くらいしか見たことがない。」
 
ということにしておこう。これ以上、話を長引かせたくない。
 
「3回もか?くぅ~やっぱりいつも無駄にたむろってるだけあるぜ。よし、俺もあと5回くらいは・・・・・・」
 
どうした?お前、ついに芸人になる決心がついたか?
 
「ちげぇよ。俺はな、あの笑顔にぐっと来たんだよ。今まで、なんにもしゃべらない、ただの無口女と思ってたからな。だが、あの長門有希でも笑えるんだな。元々、美的ランクはAマイナーだったが、今の俺の中ではAAランクプラスだぜ。」
 
と、気味が悪いほどのにやけ顔で長門への思いを語る谷口。
 
俺はというと、宇宙人の方の長門に対して、しょうもないギャグを言って、玉砕している谷口の哀れな姿を思い浮かべつつ、心の奥底ではとんでもないことを考えていた。
 
ひょっとしたら、今の長門と谷口はお似合いかもな・・・・・・。
谷口はアホでバカでどうしようもないやつだが、あの長門を笑顔にすることだけはひょっとすると可能なのかもしれん。
となると、いつも笑顔でいて欲しいという俺の考えにも一致するわけだし・・・
 
いや、やめだやめだ。やはり、あの谷口の傍にいつも長門がいるという光景は、ネッシーが東京湾に現れるくらい不自然だ。ネッシーはネス湖にいるからこそのネッシーだし、谷口も女に振られ続けているからこその谷口だ。
あいつは、たまに長門を愉快な気分にさせるだけで十分だ。
それ以上のことは、そうだな、靴磨きくらいか?
 
「というわけで、俺の狙いはただ1人、長門有希だぜ!」
 
長門専属のピエロ兼靴磨きにたった今決定した谷口は、高らかに拳を振り上げ、こう宣言した。
 
やめてくれ・・・・・・周りの視線が痛い・・・・・・。
 
 
 
 
しかし、この谷口の決意は、今日は実行に移されることはなかった。
何故なら、この日、長門は学校に来ていなかったからだ。
 
放課後の部室へ、ハルヒに引きずられるようにして向かった俺の目に映ったのは、ぱたぱた音をたてながら、はたきで部屋を掃除している朝比奈さんだけだった。
 
「あれ?有希は?」
 
ハルヒが夏真っ盛りに雪が降ってきたのをみた時のような顔で朝比奈さんに尋ねた。
 
「長門さんですか?え~っと、まだ来ていないみたいですけど・・・・・・」
 
「そんなこと、見れば分かるの。そうじゃなくて、何か有希から連絡もらってないかってことよ。古泉くんなら、親戚の法事があるからって、学校を休んでたけど・・・・・・。」
 
「れ、連絡ですか?わ、私の方にはまだ何も・・・・・・。」
 
「ふ~ん。学校には来てたのかしら?」
 
その後、ハルヒは長門のクラスに向かい、そこで掃除をしていた生徒を捕らえ、長門のことを聞いて来たらしいが、どうやら、今日は体調不良で欠席だということらしい。
 
どうした?まさか俺の嘘が本当になったわけじゃないだろうな。
瓢箪から駒が出たとか言うなよ。
何やら罪悪感を感じるじゃねぇか。
 
「う~ん・・・心配だけど、今は締め切りも近いからね・・・・・・。出来れば、明日にも完成させたいし。」
 

珍しく悩む素振りをみせるハルヒ。

 

俺は、長門に何かあったのかと思いポケットの中の玉を盗み見た。
しかしその玉は、まだ赤々と輝いていた。
良かった。とりあえず、まだ2つの世界は繋がってるようだな。
 
「よし、じゃあこうしましょう。みくるちゃん、あなたもう原稿仕上がってたわよね?」
 
「え、ええ。一応・・・。」
 
「じゃあ、今から有希の家に行って来て。どうせこの部屋にいてもやることないだろうし。」
 
「私がですか?別にいいですけど・・・・・・。」
 
「ちょっと待て。朝比奈さん1人に行かすのはかわいそうだろ。何なら俺も行くぞ。」
 
「何言ってんの!あんたはまだ原稿、仕上がってないでしょ!?あと終わってないのはあんたと・・・・・・そうね、有希はどうしようかしら?」
 
こいつが言っているのは、長門の書き直しの原稿のことだ。
ちなみに谷口は、いかにも思いついたことを書き並べただけの、見る気にもならないようなエッセイをすでに完成させた。
 
むぅ、このままじゃ、あいつの小説が機関誌に載らねぇな。
どんなものか、大いに興味があったのだが。
 
「あの~もし良かったら、私が長門さんの原稿を貰って来ましょうか?ついでですし。」
 
朝比奈さん、ナイスフォロー。余りにも健気だ。
 
「あら、そう?じゃあ、お願いね。あ、あとついでにカレーパンも買ってきて。今日、昼休みに印刷作業していて昼飯あまり食べてないから、お腹すいちゃって。」
 

と、ハルヒ。余りにも傍若無人だ。

 

 

 

 

「じゃあ、いってきます。」

 

制服に着替えて部屋から出てきた朝比奈さんに俺は長門のことを簡単に説明した。

あくまでも、簡単にだ。全てを教えると、この可憐な上級生は、無駄に慌てだすことだろうしな。

 

ある事情があって、今、この世界にいるのは、いつぞや一緒に行った、あの別時空の長門である、それしか教えなかった。

 

「そうなんですか?それなら、少しお話してみようかな。少し興味がありますしね。」

 

ある事情、という部分を気にしない朝比奈さん。

素直な聞き手だ。古泉とは大違いだ。

 
 
 

 

 

こうして、長門の家とパン屋さんへ向かった朝比奈さんと、古泉、長門を除いた、分かりやすく言えば、ハルヒと俺の2人っきりで、今日の団活はスタートした。
 
「さあ。あともう少しだからね。一気に終わらすわよ。」
 
と、昨日と同じポジジョンで、100Wの笑顔を浮かべたハルヒが言う。
 
やれやれ、確か今日の運勢はあまり良くなかったな。
『思わぬ事態に注意』だったっけ。
こういう時だけ見事に当たらなくてもいいのにねぇ。
 

長門も『思わぬ事態』に巻き込まれてなければいいが・・・・・・。

 

            

     ~Different World's Inhabitants YUKI~カヨウビ(その二)~へ続く~

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最終更新:2020年03月13日 01:25