なんか世界が回ってる気がする、いや、世界じゃなくて俺が回ってるのか。
よく時代劇で町娘が騙されて悪代官に「よいではないか」と、
着物の帯を引っ張られてくるくる回されてる様子が脳裏に浮かんだ。
「あーれー」と町娘は脱がされて……て、おい俺は何を考えてんだ。
くるくる回りすぎて上下の感覚もあやふやだ。
なんだこの浮遊感は、気持ち悪い。
どんどん落下していってる感覚だ。
そういや以前にも体験したことあるな、この感覚。
時間移動したときに似てるな、
しかし毎度思うんだが事前に酔い止めを飲んでおきたいな。
まあ、そんな余裕もなく突然に巻き込まれてしまう訳なのだがな。
 
それにしてもどんどん落ちていく、どこまで落ちるんだ。いやまてよ、
ひょっとして俺は今夢を見てるのか、そうだな、これはきっと夢だ。
そうに違いない、それにさっきまでとんでもない悪夢を見ていた気がするしな。
しかしどうせ見るならもっと楽しい夢をみたいよなぁ。
たとえば朝比奈さんとデートする夢とかな、未来からの指令とか関係なく二人きりで……
『……マヌケヅラ』
などと考えていると不意に声が聞こえた──ような気がした。
気がつくと浮遊感は消えていて俺は地に足をつけていた。
 
「うわぁ」
急に辺りが明るくなった、目の前がホワイトアウトする。
だんだん目が慣れてきて辺りの様子が見えてきた。
教室の中だった。
見覚えがある、一年五組の教室だ、しかし静かだな、誰もいないのか。
自分の席の方に目を向けると、さらに見覚えのある光景が目に映る。
窓際最後部の席に北高の制服を着た女子生徒が寝ていた。
 
その姿を見た瞬間、さっきまであった不安感が消えた気がした、多分気のせいだろう。
見慣れた光景を見たからだ、と自分に言い聞かせる。
しかし、ここが夢だとしたら俺の夢にまでハルヒが出てくるのか。
まったくやれやれだ、そう思いながら俺は自分の席に座ろうと歩き出した。
しかし、俺の足は誰かに掴まれたように動きを止めた、なんだ?
っと自分の足のほうを見る、そして信じられない物を見た、
本当に誰かが俺の足首を掴んでいたのである。
 
「うおぁ?!」さすがにビビる俺。
その手は床から生えていてしっかりと俺の足首を掴んでいる。
なんだこの状況は、いつの間にホラーになったんだ、
さっきまでと雰囲気が違いすぎないか、おい。
さらに信じられないことに教室の床に俺の足が沈み込み始めたのだ。
まるで底なし沼に引きずられる様な状態だ、ちょっとまて何が始まったんだ?
じわじわと沈んでいく、俺はとっさに助けを求めた。誰に?
決まってるだろう、この空間には俺ともう一人しかいないからな。
 
──ハルヒ。
名前を叫んだつもりだった、しかし声が出ていない、なぜだ。
さすがに焦る俺、何度も声を出そうとしたが口をパクパクするだけだった。
すでに膝くらいまで沈み込んでいる、体中からいやな汗がどっとあふれ出た。
ちなみに体中からほとばしるガスは出ていない、などと冗談をいっている場合じゃない。
 
両足を固定された俺はバランスを崩し仰向けに倒れこんでしまった。
沈み込んでいく床なのに背中に当たる衝撃は緩和されなかった、痛え。
ついでに後頭部もぶつけてしまったようだ、手で後頭部を押さえる。
「大丈夫ですか?」
不意に声がした。
目を開けると見知った顔が目に入った、朝比奈さんが心配そうに覗き込んでいる。
いや、朝比奈さんだけじゃなく長門も古泉もそこにいた。
 
前回まで俺がいた文芸部部室に無事に戻ってきている。
当然、俺の両足も床にめり込んではいない。
しかし、俺の上半身は裸だった、ここがベッドの上で隣に古泉が寝ていたら、
ア──ッって叫んでいたかもしれない。
隣で寝ていたのが朝比奈さんや長門だったとしても何かしら叫んでいたかも知れん。
もし隣で寝ていたのがハルヒだったら……いや、もう馬鹿なこと想像するのはよそう。
 
話が脱線しすぎたな、今の現状を考察すると、
いつの間にやら朝比奈さんや長門や古泉に服を無理やり脱がされて、
上半身裸にされちまったってことだな。そうだよな、なぁ。
これで今履いてる下着が裏返しとかだったら笑うに笑えんぞ。
「何を心配してるのか知りませんが、多分大丈夫ですよ」
古泉がいつもの微笑で答える。
「ここまであなたを窮地に追い込んでも何も超常現象は起きませんでしたからね、
 やっぱりあなただけは元のままの人間の様ですね」
なんだ、さっき俺に襲い掛かってきたのは全部演技だったのか、少し、いや結構安心した。
 
ふと、きょとんとしている朝比奈さんと目が合った。
しばらくして、はっと何かに気づいた様に瞬きしたあと、
「そ、そうですよ、わわ私の迫真の演技にキョンくんもすっかりだましゃれましたね」
いつものようにわたわたと焦りながらしゃべりだす朝比奈さん、そうですね。
やっぱ朝比奈さんに演技は無理だよな、ってことはあれは本気だったのか。
だったら騙されたって表現はおかしいな、しかし、ここは朝比奈さんの為にも、
「すっかり騙されちゃいましたよ、ははは……」てことにしておくかな。
 
そこで急に扉がバァンっと開いた、
こんな開け方をしてここに入ってくるのはハルヒぐらいだな、と思っていたので、
てっきりハルヒが入ってきたと思ってしまった。
よくよく考えたら朝比奈さんも長門も古泉も美少女ロボで雪女で吸血鬼のままだ。
そんな姿をハルヒに見られた日にゃ何が起こるか解ったもんじゃないな、いや、
今の現状がこのまま現実に固定されてしまうってことになるかもしれない。
「やっほー、みくるっここに来てるんでしょっ!」鶴屋さんだった。
そういや鶴屋さんもハルヒに負けないくらいパワフルな方だったな。
(あと、キョンくんっここだけの話だけどさっ、モノローグ長すぎだよっ!、
 あたしの出番がなかなか来なくってめがっさ退屈だったさっ、ま、別にいいんだけどさっ)
鶴屋さんにはかないません、ここから鶴屋さんのターンです。
 
扉を勢い良く開けて入ってきたのは鶴屋さんだった、しかし、
いつもの鶴屋さんじゃなかった、眼鏡をかけて白衣を着ていたのである。
やっぱり何かに改変されてるようだ。
今度は何だ、医者か、天才外科医とか言うんじゃないだろうな。
「キョンくん惜しいっ天才はあってっけど外科医じゃないっさ、
 天才は天才でも天才科学者の方なのさっ!」
自ら天才と言う科学者はマッドサイエンティストと言った方がよくないか。
 
「そしてあたしの最高傑作っ!みくるを改造したのもこのあたしなのさっ!」
はい、決定。鶴屋さんはマッドサイエンティストだ、そして説明的な自己紹介ありがとう。
でも長いから鶴屋博士でいいかな、もう。
「ま、博士でも何でもいいけどさっ、それにしてもキョンくん、
 えらくセクシーな格好だね~」
そう言って鶴屋さんは俺の格好をじろじろ見る。
そういや上半身剥かれたままだったんだ。さすがにちょっと恥ずかしいな。
 
「ひょっとしてお邪魔だったかなっ!
 でも昼間っから乱交パーティは鶴にゃんも容認できないな~、ん~?」
なんでそこで乱交パーティに結びつくんですか鶴屋さん。
おい、長門も古泉も何とか言えよ、黙ってたら肯定したと思われるじゃないか。
でも朝比奈さんは何もしなくていいですよ、事態をややこしくしそうだからな。
そう思って朝比奈さんを見るとなんだか異様に脅えた表情になっている。
なんだか鶴屋さんに対して畏怖の念を抱いているように見受けられるが……。
それはともかく。
 
「そんな訳ないじゃないですか鶴屋さん、へんな誤解しないでくださいよ、
 それより朝比奈さんに用事があってここに来たんじゃないんですか?」
ナイスフォロー俺、などと思いながらすばやく脱がされてたシャツを着る。
うおっ、右の袖が異様に冷てえ、コレは雪女のせいか。
「そうだったそうだった、みくるっ急に飛んで逃げちゃだめだよっ、
 まだその体の説明してないっしょっ!」
びしっ!って感じで朝比奈さんを指差す鶴屋さん。
そういや朝比奈さんの今の姿は鶴屋さんが改造したとか、さっき言ってたな。
朝比奈さんはいつものように「ひぃ」っと言って脅えた表情で縮こまった。
 
そんな姿の朝比奈さんを見て鶴屋さんはニカッと笑い、
「まっ、別にいいけどさっ、それよりとりあえず割れた窓を何とかしなきゃね~」
と言って朝比奈さんを手招きした。
そういや窓、割れたままだったな、それより何とかするってどうすんだ。
どっかから窓を強奪して付け替えるのだろうか、
いかん、ハルヒ脳に犯されてるな俺。
  
「さてとっ、みんな窓から離れてちょうだいっ、今から元に戻すからさっ」
何だって? 元に戻す?
何をするのか解らんが長門も古泉もそれに従っていたので俺も窓から離れた。
「さ、みくるっ、左手を割れた窓に向かって突き出して、
『みくるリムーバー』って言ってごらん」
何ですかそれは鶴屋さん、さすがに朝比奈さんも「へ?」って感じで戸惑ってるぞ。
まぁこの方は終始戸惑ってる気がしないでもないが。
 
しかし、このネーミングセンスはハルヒそのものだな、てことは、
ひょっとして今の朝比奈さんはみくるビームを標準装備しているかもしれん。
それに、ここはハルヒの夢が現実に影響を及ぼしてる世界だ、
本当にビームとかが出ると思っておいた方がいいかもしれん。
 
「み、みくるリムーバー」半べその朝比奈さんの声が部室に響く。
すると、朝比奈さんの腹部がパカッと開き、懐中電灯のようなものがゴトンと出てきた。
まるで自販機から飲み物が出てきた感じだ。
「………………」
コレは俺と朝比奈さんと長門と古泉の三点リーダだ。
俺は左手を突き出してる意味がないんじゃないのか、などと考えていたが。
鶴屋さんはそれをすばやく取ると割れた窓に向かってスイッチを押した。
すると見る見るうちに割れた窓が元にもどっていく。
それはそれですごいことなのだが、なんともいいがたいこの気持ちは一体なんだろうか。
 
鶴屋さんが自慢げに懐中電灯もどきの説明をしている中、
朝比奈さんは部室の隅で三角座りになっていた。
朝比奈さんはうるうると瞳に涙を浮かべながら上目使いで俺を見て、
「キョンくん、わたし……自販機になっちゃった」
最終兵器じゃなくてなによりです。
 
「そうっ、みくるに武器や重火器を搭載したら非常に危ないからねっ、
 地球の危機になるかもにょろよ~」
たしかにおっしゃる通り、地球破壊爆弾なんて搭載したら人類滅亡の危機です。
ビームだけでもおそろしい状態だったからなぁ。
「だからみくるには平和的アイテムしか搭載してないのさっ、
 あとは意味なく変身できる能力くらいしかないにょろ」
 
変身?それはちょっと興味があるな。変身は男心をくすぐる語句だ。
変身と聞いて長門、朝比奈さん、古泉もなにやら考え込んだようだ、
ちなみに聞いてみるか、まず古泉から。
「変身と言えば変身ヒーローですが、
 今の朝比奈さんはすでにロボットになってますからね。
 ロボットが変身するとなると合体、変形ですね、
 僕としては車やバイク等に変身するのもまた一興かとおもいます」
なるほど、その意見を聞いて俺はトランス○ォーマーを思い浮かべた。
 
じゃ次、長門。
「……変身、……変化、……そして進化」
すまん、やっぱ長門は何を考えてるか計り知れないな。
長門にとって変身は進化するってことなのか? 
ひょっとしてポケモ○? ……まさかな。
ふむ、朝比奈さんの進化した姿か……などと考えてると、
「……得盛」と長門が小さくつぶやいた。
ちょ、長門さん、今俺の思考読みました?
「………」沈黙。
まあ、読まれたんだろうな。なんか視線が痛い。
 
気を取り直して次、朝比奈さん。
「わたしだったら、変身といえば服装が変わったり、
 魔法が使えたり、大人になったりしていろんな事件を解決していくヒロインかなぁ」
服装が変わったり、大人になったりするのはもう既定事項ですよ、朝比奈さん、
魔法みたいな物を使って事件を解決する部分は長門が担当してますがね。
 
それで、変身はどうやるんです? 鶴屋博士。
「それは簡単さっ、腰にあるボタンを押して『変身!』って叫べばいいのさっ」
「また叫ぶんですかぁ、それに腰のボタンっていっぱいあって、
 いったいどれを押せばいいんですかぁ」
「どのボタンでも変身出来るよっ、
 でもまあこの部屋だったら紫のボタンがいいかもにょろ」
 
見てみると腰の部分に赤、青、白、紫、ピンク、黒と六つのボタンが付いていた。
「えっと、コレですね」と言って紫のボタンを押し、
「変身!」っと叫ぶ朝比奈さん、意外と乗り気だ。
するとまたもや腹部が開き、
中からいろんなパーツが出てきて朝比奈さんに装着されていく。
ちょっとまて、懐中電灯くらいの大きさなら解るが、
今回は質量的にありえない量が出てきたぞ、朝比奈さんのお腹はどうなってんだ。
「腹部のハッチは四次元構造になってるのさっ!」
鶴屋さんの説明で色々納得できた、未来から来たネコ型ロボット、
朝比奈さんのコンセプトはこれか。ハルヒ。
 
変身が終わった朝比奈さんはメイドロボになっていた。
普段とまったく変わり映えしない、唯一の利点は着替えの手間がないくらいか。
でも朝比奈さんは意外と満足げだった。
「さっきの姿、なんか裸っぽくて恥ずかしかったからこの姿の方がまだ落ち着きますぅ」
朝比奈さんの久々の笑顔だ。うん、やっぱ笑顔はいいな。
「赤はバニーガール、青はチアガール、白はナース、
 紫はメイド、ピンクはウェイトレスなのさっ」
おいおい、北高の制服はないんですかい? 鶴屋さん。あと、黒いボタンは?
などと考えていたが、気分良く説明してる鶴屋さんに俺は突っ込むことが出来なかった。
そして鶴屋さんは説明しながら朝比奈さんの背後に回りこみ、
「この姿の時の背中のパーツは……」
と言ってそのパーツに付いていた取っ手を掴み、開いた。
なんてことない、ただの保冷庫だった、鶴屋さんは中に入っていた物を取り出した。
 
みなさんもお解かりだろう、鶴屋さんの大好物スモークチーズである。
「やっぱ食後にこれがなくっちゃねっ、ちーとばっか物足らなくってさっ」
鶴屋さんが朝比奈さんを追いかけて来た理由はそれでしたか。
ついでにプリンも入れといて下さい、まあ意味はないが。
その姿をみた朝比奈さんは、ふぅっと小さく溜息をついて部室のイスに座った。
なんか哀愁が漂ってますよ。
俺はそろそろ昼休みも終わりそうだな、っと思っていると。
「キョンくん、わたし……保冷庫になっちゃった……」
 
何か慰めの言葉をかけようと思ったが、不謹慎にも俺は、夏は冷房、
冬は暖房器具になってくれそうだなぁ……等と思ってしまっていた。
って、家電かよ。 
 
 
 
   つづく

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最終更新:2007年11月12日 09:45