第十九章 誤解
 
佐々木の乗った飛行機が西に空に消えていったのを確認した俺は、市街地に向かうリムジンバス乗り場へと向かった。大きな荷物を抱えた客がごった返すリムジンバス乗り場の片隅に、見慣れた人影が二つあった。
スマイルを顔に貼り付けた優男と、アッシュブロンドの小柄な女性。
古泉と長門だった。
 
「お待ちしてました」
「……」
懐かしい古泉のスマイルと、長門の三点リーダ。だが俺は、それを無視してバスの昇降口へに向かった。
やっと最近、あの時の事を思い出さなくなってきたんだ。
長門には悪いが、当事者である古泉と今更話すことは何もないからな。
突然、体が動かなくなる。振り向くと、いつの間にそこに移動したのか、長門が俺の服の裾を掴んでいた。
漆黒の闇に似た瞳が、俺の目を捕らえる。
「……一緒に来て欲しい」
 
古泉はともかく、長門にそう言われたら言うことを聞かないわけにはいかないか。
俺は乗りかけたリムジンバスを降り、古泉、長門と共にハイヤー乗り場に向かった。毎度お馴染みの黒塗りハイヤー。だが、俺はこのハイヤーには良い思い出がない。
最初は古泉との神人見物、最近では……いや、やめておこう。
 
俺たちが乗ったハイヤーは静かに動き始めた。妙な振動もなく加速していくハイヤー。もちろん運転手は新川さんではなかったが、この人も『機関』の人間なんだろう。
ハイヤーの中では一言の会話もなかった。饒舌な古泉も何も話そうとしなかったし、長門は言わずもがなだ。
かといって俺から話し出すのも何だか癪だしな。沈黙が車内を制していた。
 
ハイヤーはしばらく走ると、空港そばのランプから高速道路へと乗り入れた。流石に俺は動揺し、助手席の古泉に話しかけた。
 
「……どこに行くつもりだ?」
「少々、人払いをしておきたい話でしてね」
助手席から、こちらを見ずに古泉が応えた。
 
「まず、ご連絡です。涼宮さんは大学に合格されました」
「……そうかい。それは良かったな」
「僭越ながら、僕と、長門さんもです」
「お前はともかく、長門、おめでとう」
「……たいしたことではない」
数ミリ首を傾げた長門は、じっと前の方をの空間を凝視したまま動かない。
本を読んでいないなんて、珍しいこともあるもんだ。
 
古泉は助手席から、いつもの0円スマイル貼り付けた顔をこちらに向けた。
「実は、あなたでなければ解決できない事態が発生しまして、ここまで来ました」
「俺じゃなきゃ、ってことは『涼宮』絡みか」
『涼宮』と突き放した言い方をした俺の言葉に、古泉は一瞬驚いた顔をしたがすぐまた元の顔に戻った。
 
「……ええ『涼宮さん』絡みです」
「そうか。でも、もう俺は関係ないだろ?大体何でわざわざ『涼宮』の起こしたトラブルを俺の所に持ってくるんだ?」
「今回のことはあなたに原因があります。そして……あなたにしか解決できないことなんです」
「なんのこった」
「あなたの軽はずみな行動が世界を終わらせるかもしれない。そして、あなたはそれをしてしまった」
「ほう、軽はずみな行動ね。俺にはそんな事をした覚えはさらさら無いのだが」
古泉の顔が、微妙に変化した。目から微笑みが消え、真剣さが籠もった。
 
 
「まさか、あの2次試験の日のことをお忘れではないですよね?あなたが涼宮さんに対してやったことを?」
「パーティをすっぽかした件か。だがアレは事前にこちらから断りを入れていたはずだ。大体、当日いきなり言われてもだな」
「涼宮さんは、あなたがこの一年間頑張ったことを非常に喜んでいました。ですから、久々に会うあなたを労う意味も込めて2次試験終了後にパーティを企画したんです。それをあなたは台無しにした」
「だからそれは」
「夜行列車に間に合わない、ですか。あなたが乗る夜行列車が何時に出るかなどと言う事は、時刻表を見れば分かりますよ。試験終了後から発車時間までは、少なくとも4時間はあったはずですが?それとも、あなたは涼宮さんのパーティに出席する時間はなくても、佐々木さんとの御会食の時間はあったと言うことですか」
「……何が言いたい」
「正直、あなたが何を考えているのか僕には分かりませんが、一つの疑いを持っています。あなたが涼宮さんから佐々木さんに心変わりをしたのではないか、という疑いです」
「な……」
俺の心臓を突き刺すような言葉が古泉の口から飛び出した。その言葉を100%否定できる自信が今の俺には無い。何故なら心変わりとは言わないまでも、佐々木の衝撃的な告白の時から、俺はアイツのことを”女”として見始めていたのだから。
 
「確かに、佐々木さんは魅力的な女性です。しかもあなたとは一年間一緒に受験勉強をした仲だ。あなたは『親友』と仰るかもしれませんが、周りから見れば……」
「黙れ」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。
ここまでは一緒にいた長門の顔を立てて、黙って古泉の話を聞いてやったが、もう我慢ならない。
 
「ほう、やはり図星だったようですね。ですが、それが軽はずみな行動だと……」
俺の一喝にも全く動じなかった古泉が、再びその口を開いた
「黙れと言っている」
 
そんな俺の返事を聞いて、それまでこちらを向いていた古泉が前の方に向き直った。
ミラー越しに見える、まるで獲物を目の前にした肉食獣のような顔。
猫なで声とはこういうのを言うのだろうと思う声で、古泉は言った。
「それでも、我々はあなたを見捨てたりはしません。何故なら、それが涼宮さんが望んだことだからです」
 
俺は古泉のその言葉で、ずっと心の奥底に封印していようとしていた、あの件をぶちまけることに決めた。
後がどうなろうと、知ったことか。
 
「古泉」
「なんでしょう?」
「お前は何故『涼宮』の側にいてやらない?」
「……ご存じの通り、僕たちはあくまでも涼宮さんのメンタル面の担当ですからね。残念ですが現実世界では無力に等しいのです」
「そうじゃない。『涼宮』には「お前」という恋人が居るのに、なんで『涼宮』に振られた俺が、わざわざフォローしてやらなければいけないんだと聞いているんだ」
車の中に沈黙が流れた。
 
「……今、なんと?」
「だから……お前は『涼宮』の恋人なのに、なんで俺を引っ張り出すのか?と聞いたんだ」
「??仰る意味がよく分からないのですが、僕は涼宮さんとそう言ったお付き合いはしておりませんよ。以前あなたに言ったように、僕は身の程というのを十分にわきまえているつもりですから」
「ならば聞くが、2次試験当日の朝に、俺が駅前で見たあの光景は幻だったのか?」
古泉の息を呑む声が聞こえた。ゆっくりとこちらを振り返る。
 
「……見ていたのですか?」
「ああ。それと、二人でスイートルームに向かっていくところもな」
脳内の奥底に封印していた、二度と思い出したくないあの光景が再び脳内にフラッシュバックされる。
 
「待ってください。僕と涼宮さんはあなたが考えているような関係ではありません。誤解です」
「誤解?駅前で抱き合ったり、一緒のスイートルームに泊まるのが誤解というなら、この世に誤解は生まれないぜ?今更そんなことを言われても、信用できるわけ無いだろ。それに」
今まで胸の奥に溜まっていた鬱憤を、一気に吐き出すように俺は続けた。
 
「国木田や阪中も『お前らはラブラブ』って言っていた。つまりそれは、少なくても俺が居ない一年の間に周りの連中に揶揄されるような関係になっていたという事じゃないか。これのどこが俺の誤解なんだ?大体、去年の11月以降、俺は『涼宮』とはメールでしかやり取りしていない。それからはこっちから電話しても留守電だし、掛かってくることは無かった。2次試験が終わって、卒業式が終わって、合格発表があって、それでも連絡すらよこさない『涼宮』だぜ?もう『涼宮』には俺は必要ないんだろうよ。お前というイケメンエスパーが居るからな」
「……違う」
一気に捲し立てていた俺の言葉を遮るようにして、長門が割り込んだ。
「……涼宮ハルヒと古泉一樹は恋愛関係、所謂恋人と呼ばれる関係ではない。涼宮ハルヒの恋愛感情は常に貴方に向いている。これは事実。私が保証する」
 
気がつくと、長門は俺の腕を掴んでいた。
どうやら俺は、話ながら前の座席の背もたれを叩いていたようだ。
手が赤くなっている。ちょっと痛い。
 
「……確かに当日の二人の言動のみから推測すると、貴方が誤解を抱くのは当然。また、それにより貴方は精神的不安定に陥り、2次試験で本来の実力を発揮できなかったと推測される」
 
ここで長門は古泉の方に向き直り、断言した。
「古泉一樹。現在のこの状況は、貴方のミス、不手際が直接の原因と推測される」
絶句する古泉。その顔からは、既にいつものスマイルが消え失せていた。
珍しく落ち着かない表情で俺と長門を交互に見渡し、しばらくの沈黙の後、困ったような笑顔を作った。
 
「そうでしたか。それではあなたが誤解するのも無理はありませんね。僕の不手際が原因だったとは。はは、こりゃ懲罰ものだ」
再び前に向き直り、ちらりと運転手の方を見る古泉。だが運転手は何も聞かなかったかのように、運転を継続していた。
 
「……でも、さっきの古泉一樹の言葉は本当。涼宮ハルヒは貴方を待っている。信じて」
古泉から俺の顔に視線を移し、真剣な表情で俺を見つめる長門。
長門が言うならその話、信じてやっても良いが。
黙り込んで座席に沈み込んでしまった俺の顔を覗き込むようにしていた長門が、やっと俺の腕を放す。
 
「……僕はあなたが佐々木さんに心変わりしたのではないかと疑っていましたが、それこそ誤解でしたね。すいません、謝罪します」
その言葉に俺がなんの反応も示さないことを気にもかけず、古泉は話を続けた。
「状況をご説明する前に、まずあなたの誤解を解かなければなりませんね。それには、今年一年間の我々の行動を最初からご説明しなければなりませんが……と、その前に」
古泉は運転手に何事かを告げると、ミラー越しにこちらを見た。
 
「飲み物などいかがでしょう?」
黒塗りハイヤーは、静かにサービスエリアを出た。
本当なら、小腹も空いてきたことだしレストランでメシでも食いたかったのだが、時間に余裕が無いと長門の一言で缶コーヒーのみを購入し、俺たちは再び車上の人になった。
 
「……どこに向かっているんだ?このままだと県外に出ちまうぜ?」
「空港ですよ。もう一つのね」
空港?ああ、そう言えば県北に小さな地方空港があったな。
「ちょっと待て!もしかして俺が連れて行かれるのは……」
「ええ、涼宮さんの所です。チャーター便で飛んで貰います」
「待てよ、俺はまだ『涼宮』の所に行くとは言ってないぜ?」
「分かってますよ。でも僕の話を最後まで聞けば、あなたは必ず涼宮さんに会いたくなるはずです。必ずね」
自信たっぷりに断言する古泉。先ほどのショックから抜け出したようで、いつもの口調に戻っていた。
「では、順にご説明します。まず、あなたが引っ越されてからの涼宮さんは、しばらくの間は落ち着いていました。閉鎖空間も出現せず、特進クラスで勉強に精を出されていたんです。ところが、GWの遠征が終わったあたりから少々異変が現れ始めました。実はあなたが転校したことで我々『機関』も、出動の機会が増えるのではないかという意見が大勢を占めていました。ところが新学期が始まってからGWまでの間に出現した『閉鎖空間』は僅かに一回のみです。しかもかなり規模が小さく、すぐに消滅してしまったそうです。駆けつけた仲間によると、そこには神人も現れませんでした」
「それはアレか、新学期初めて電話で『涼宮』と話した、あの時か」
「ええ、そうです。実は、それ以降あの2次試験の日まで『閉鎖空間』は出現していなかったんです」
「『閉鎖空間』の出現回数が減ったと言うことは良い事じゃないか」
アイツも大人になったと言うことなんだろうよ。一年近くも出現していないなんて新記録じゃないか?
 
「ところが、事はそう単純ではありません。過去、毎年涼宮さんが『閉鎖空間』を作り出す日があったのを覚えていますか?」
「ああ」
7月8日、七夕だ。翌日になると偉く不機嫌な顔をしていたから、良く覚えてる。
もちろん、自分がやったことも含めてな。
未来遡行。校庭の落書き。3年間の時間凍結。異時間同位体。朝比奈さん(大)。そして、ジョン・スミス。忘れられるわけがない。
「そう、その七夕の日も『閉鎖空間』は発生しませんでした。実はある理由で涼宮さんは『閉鎖空間』を生成できなくなってしまったんです。……ああ、詳しくは長門さんに説明して頂きますからここでは省きます。『閉鎖空間』でストレスを発散させることが出来なくなった涼宮さんは、徐々に奇異な行動を起こすようになりました。授業中数時間単位で機嫌が良くなったり悪くなったり、前席の僕の上着の背中がシャーペンの穴だらけになったり……いやはや、それに振り回された僕も大変でした」
「お前が『涼宮』の前の席だったとはな。ある意味同情するぜ」
……つーか、それは以前俺がやられていたことそのままじゃねーか。
 
「おそらく涼宮さんは長い間『閉鎖空間』を生み出して、その中でご自分のストレスを解消されていたので、それ以外のストレス解消法をあまりご存じではなかったのではないかと思います。僕はそんな涼宮さんのストレス解消のために、色々なイベントを実行しました。もちろんそれ以外の平日のケアも忘れずにね。まあ『機関』の援助があるとはいえ僕は一介の高校生ですから、それほど手の込んだことは出来ません。映画やゲーセン、ショッピング、市中探検などですがね。たまには長門さんもご一緒されることもあったのですが、ほとんどが僕と涼宮さんでした」
「それ、事情を知らなければラブラブの恋人同士なんじゃないか……ああ、そういうことか」
 
「ええ、やっと事情をご理解いただけましたか」
「まあな。端から見ても美男美女のカップルだから、何も知らない連中にとっては、さぞお似合いに見えたんだろうさ。くそ」
 
「最後の言葉は、褒め言葉に頂いておきます」
ルームミラー越しに、古泉のニヤケ顔が見えた。
 
「ただ、貴方からの電話やメールなどが届いたときは、それだけで一気にストレスを解消するようでしてね。かつての……ああ、あなたが居たときに良く見せていたあの笑顔を僕たちに振る舞ってくれました。この時ばかりは流石に貴方に嫉妬を覚えましたが」
ああ、そうかい。それは良かったな。
 
「昨年11月、例の全国模試の結果が発表されたときは凄かったですよ。あなたが全国上位200位の中に入っていた時のことですね。彼女のテンションはこの一年の中でも最高のものでした。あなたにも祝福の電話が行っていたはずです」
「ああ、貰ったさ。さすが支部長ね!とか訳分からんことを言われた気がするが」
「それがあの時点の涼宮さんからの、最高の賛辞ですよ。ただ、そのあと涼宮さんは急に落ち込まれました。僕や長門さんが理由を聞いても、事情は教えては頂けませんでしたがね。どうやらあなたからの電話も全て留守電にしていたみたいですし、あなたとのやりとりは、全てメールだけにした、とも聞きました」
「あれは俺も未だに理由が分からん。お前は分かったのか?」
 
「いえ、涼宮さんの考えることを、僕が全て理解できるわけではありません。ただ、考えられるのは……恐らく涼宮さんは『嫉妬心』を抱いたのではではないかと」
「そりゃまたえらく飛躍した考えだぜ、古泉。『涼宮』が嫉妬するって??一体誰に?」
 
「佐々木さんですよ。おそらく涼宮さんは、あなたを矯正……と言いますか、涼宮さんの志望する大学を受験出来るレベルに学力を向上させることが出来るのは、自分だけと考えていたのではないでしょうか。ところがあなたは、佐々木さんと朝倉さんの指導を受けて、あそこまでレベルを上げてきた。涼宮さんは、自分のためにここまでレベルを上げてくれたあなたに歓喜した反面、あなたの成績向上の裏に誰が居るのかまで考えてしまったのではないかと思います。涼宮さんは、センター試験終了後のあなたからのメールを見て志望学部を工学部にしました。あなたと一緒の学部に行きたかったみたいですね」
やっぱりバカだアイツ。そんなことで将来を決めてどうするよ?
そんな俺の考えを知らぬかのように、古泉の独演会は続く。
 
「涼宮さんは2次試験の直前、僕に3つの頼み事をしました。ひとつめは、宿泊予定のホテルで試験最終日に打ち上げパーティをしたいから、その手配をして欲しいと言うこと。ふたつめは、あなたが到着する朝、駅に迎えに行きたいから、車の手配をして欲しいと言うこと」
 
古泉はそこで一旦言葉を切り、ミラー越しに俺の目を見つめた。
「そしてみっつめは、試験が終わった日の夜、二人で泊まれる部屋を予約して欲しいということでした」
「………それがスイートルームだった訳か」
「ええ。涼宮さんは二人で宿泊できればいいと言うお考えのようでしたが、我々『機関』としても、祝福の意味も込めて、スイートルームにしたんです。無事にパーティ会場もスイートルームも押さえることが出来て我々もほっとしたのですが……当日になって、問題が発生しました。新川のハイヤーがトラブルを起こし、代車を手配するのに手間取ってしまったんです。何とか駅には到着したものの、既にあなた方は到着した後でして、我々とすれ違ってしまったんです。おかげで僕は、涼宮さんに公衆の面前で怒られてしまいました」
「ああ、それが俺がバスの中から見たやつか。お前は何をやらかしたんだ?と思っていたが」
 
「ええ。涼宮さんはタクシーであなたの宿泊先に行くつもりのようでしたが、新川からもうすぐ着く、との連絡が入りましたので、涼宮さんに伝えました。「キョンをびっくりさせてやる!」と満面の笑顔で僕に抱きついてこられたときは、流石にびっくりしましたがね。ところが、あなたの投宿予定のホテル前で待っていたにもかかわらず、あなたは現れませんでした。昼前になってもあなたが現れないので、とうとう業を煮やした涼宮さんがフロントで確認したところ、既に荷物を置いて外出されたと」
「あの時の記憶は曖昧なんだが、ホテルの正面ではなく裏口から入ったような記憶がある。出るときもそっちから出たな」
 
「我々の投宿するホテルに向かう車の中では大変でしたよ。「あのバカキョン!このあたしが折角迎えに来てやったのに!」とね。もっとも、件のホテルでスイートルームを案内したときには機嫌が直っておられたようですが」
「だが、俺と佐々木はあの日の夜の夜行で帰ることになっていたんだ。当日に、いきなり宿泊と言われても困惑したと思うんだが」
まあアイツがそこまで気にかけるとは思わないがな。
 
「佐々木さんについては別の宿をご案内する予定でしたし、翌日のお二人の航空機のチケットも既に手配済み
でした。残念ながら、無駄になってしまいましたが……」
「既に全て準備完了だったわけか。それなら事前にそれとなく教えてくれても良かったんじゃないか?」
いたずらっ子のような目で、古泉は0円スマイルを3割増しにした。
「それでは『サプライズ』の意味が無いじゃないですか」
サプライズ、ねえ。2次試験当日の朝にそんなことをされてもな。アイツらしいといえばアイツらしいが。
しかし古泉は、先ほど3割増しにしたスマイルを、3割減のスマイルに変化させた。
 
「問題はそのあとです。あの後……あなたたちが乗った夜行列車が出てしまった後です。あれほど暴れていた涼宮さんが、突然気を失ってしまいました。僕たちはとりあえず、件のホテルのスイートルームに涼宮さんを運び込み、医者を呼んだんです。事情を説明すると、おそらくかなり精神的に参っているんだろうと言うことで鎮静剤を打って貰いました」
古泉はそこまで一気に吐き出すように言い、ため息をついた。

「それから、涼宮さんは目を覚ましていません」
「な………なんだと?あれから……2次試験が終わってから、ひと月近くも、ずっとか?」

「現在も昏睡状態のままです。あなたパーティに来てくれなかったことが余程ショックだったのでしょうね。涼宮さんの昏倒と同時に発生した『閉鎖空間』も未だに消滅していません。涼宮さんの心は、おそらく『閉鎖空間』の中に閉じこもってしまっているのではないかと思います」
「閉鎖空間が消滅していないって?アレは放置しておくと拙いんじゃないのか?下手をするとその、世界改変とかが起きるんだろ?」
 
「今現在では、拡張の兆しは出ていませんし、神人も出現していないようです。ただ、このまま放置しておく訳にはいきません。しかもその閉鎖空間に我々はごく短時間しか入り込めませんでした。でもおそらくあなたならば涼宮さんを……我々があなたをお迎えに挙がった理由が分かりましたか?」
「……ああ」
 
そういうことかい。全くやっかいなことになったな。
 
やれやれ。
 
 
長い古泉の話も一段落付いたようだ。双方の誤解──主に俺と古泉が原因だが──で、とんでもないことになっていたようだ。
今回の騒動の被害者は、間違いなくハルヒだ。
アイツに謝って許してもらえるとは到底思えない。だが、いや、それでも俺は……
 
「悪いが、色々整理したい」
「ごゆっくりどうぞ。空港にはあと小一時間ほどかかりますので、その間に考えを纏めておいてください」
 
俺はハイヤーのシートに深く体を沈め、これからどうすべきかと思考の海に沈んでいった。
 
 

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2020年03月09日 02:17