プロローグ
 
季節は初春、3月中旬。先週行われた期末試験明けの球技大会も、我ら2年5組は男子サッカー・一回戦敗退/女子バスケットボール・優勝と、旧1年5組と全く同じ結果となってしまったのは、昨年と競技種目が違うとはいえ、なんとなく想定内ではあった。これで高校2年生としての行事は全て消化し、あとは来るべき春休みまで短縮授業という、来年は受験戦争という監獄に放り込まれること確定な我々の学校では最後のオアシスたる怠惰な時間を満喫することになる……はずなのだが、残念ながら、現在の俺はそのような穏やかな心境ではない。
何が何でも今日は部室に行き、おそらく、今日もそこに勢揃いしているであろう非日常的存在に、折り入って相談しなければならないことがあったからだ。
ああ、ちなみにハルヒは用事があるとかで本日は部室には来ない。
 
一応ノックをする。先月末に卒業してしまわれたとはいえ、それ以降も健気に毎日毎日、部室で甘露なお茶を煎れて下さる方が、万が一お着替え中と言うこともあるからな。
 
「はぁい」
 
甘いエンジェルボイスでドアが開く。麗しのマイエンジェル朝比奈さんだ。
窓のそばの席には長門、長机の向こう側には古泉、と全員既に定位置に付いている。
しかしこいつら、いつここに来たんだろうね?確か俺は、ハルヒの次くらいに教室を出たはずなんだが。
ハルヒは今日は欠席だと伝えながら俺もいつものパイプ椅子に座る。
何となく残念なような、ほっとしたような空気が流れた。
 
「……あ、お茶煎れますね?」
 
朝比奈印のお茶が運ばれてくるまで、俺が今抱いている相談事をどうこいつらに伝えるべきか考えていた。
運ばれてきたお茶を一口飲んで、全員を見渡す。いつもの面々、いつもと変わらない日々。
 
「涼宮さんが来ないなら……私も入学の準備とあるから、かえろうかなぁ」
全員にお茶を配り終わって手持ちぶさたそうな朝比奈さんが、自分の椅子に腰掛けながら呟いた。
この方は努力の甲斐あってか、地元国立大学に一発で受かった。合格発表の時の喜びようは尋常ではなく、合格発表祝いのパーティinカラオケBOXでは、同じ学校に合格した鶴屋さんと見事なデュエットまで披露してくれた。下手だから人前では絶対歌わないって公言してたのにな。それだけ嬉しかったんだと思う。
未来に帰らなくて良いのかね?
 
「そうですね、たまには午後まるまる自由時間というのもいいでしょう」
詰め将棋の解説本を読んでいた古泉は、本を閉じ鞄に仕舞い始めた。
こいつは特進クラスだが勉強に特に苦労している様子はない。このまま来年も笑みを絶やさず、ハルヒのイエスマンをしながら楽々と受験戦争を乗り切るんだろうな。以前聞いたら医者志望とか言ってやがったし。
忌々しいやつだ。
 
ぱたん、と本を閉じる音がする。どうやら長門も帰るらしい。
「……図書館に本の返却」
こいつも来年は大学生になるのかね?ハルヒの能力がある限り側にいて観測を続けるのだろうが、まさか大学でも北高セーラーと言うことはないだろうな。
 
古泉が席を立った音で我に返った。
「あーー、待ってくれ。実はみんなに相談したいことがあるんだ」
 
「珍しいですね。あなたから我々に相談事とは」
いつもの3割増し位の笑みを浮かべた古泉は、帰り支度を途中でやめ再び元の席に座り直した。さっきよりも俺の方に近いと感じるのは、気のせいだろう、たぶん。
俺はおもむろに口を開いた。
 
「実は、転校することになった」
 
クワ~ン、カラカラ……
持っていたお盆を床に落として固まっている朝比奈さん。
 
「………」
いつもは本以外は興味を示さない長門も、この時ばかりは顔を上げてこちらを凝視していた。深海よりも深い漆黒の瞳には、驚きの感情が有るように見える。
 
「……それはいったいどういう事でしょう?」
さっきの3割増スマイルはどこへやら、初めて見る強ばった顔。ああ古泉。仮面が外れかけてるぞ。さっさと直せ。
 
「これは失礼しました。しかし、先ほどあなたは転校とおっしゃいましたが、僕の聞き間違いではありませんよね?」
一瞬にしていつもの0円スマイルに戻る古泉だが、目が笑っていない。
 
「ああ、聞き間違いじゃないさ。家族揃って引っ越すことになったからな」
俺はそこで一呼吸おき、もう一度古泉、長門、朝比奈さんの反応を見る。
 
「……キョ、キョンくん、それってホントなんですかぁ~~~」
「……状況説明を要求する」
「もう一度聞きます。どういうことなんですか?。詳しく教えて頂くわけには?」
ああ、もちろんそうしてやるとも。俺だって今更、しかもこの時期に転校なんぞしたくない。こいつらならもしかして、合法・非合法を問わない手段で、この状況を何とかしてくれるんじゃないかという一縷の望みをかけて相談に来たんだからな。
 
 

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最終更新:2020年03月09日 01:39