もう見慣れてしまったこの風景。

無限の剣。

無限の荒野。

そこに、

「うわっ!」

「ふえぇぇぇ!?」

見慣れない、三つの影。

「な!?朝比奈さん!長門!何でここに!?」

うむむ、おかしいな。ちゃんと回りは確認したのに。…ああ、そうか。長門が不可視フィールドを展開してたのか。

「あの…無視しないでいただけますか?」

いや、まあ、何となく閉鎖空間に近いからお前はいても驚かなかっただけなんだよ。何となく入り込めそうな気がするし。

「それは無理ですね。ここは閉鎖空間と似てますが根本は違うものみたいですし。どちらかと言えば…そうですね、コンピュータ研の部長氏のときのものに近いですね」

そうなのか…って心を勝手に読むな。俺は口に出してないぞ、そんなこと。

「まあ、とにかく…ここは何なんですか?」

「…簡単に言えば、俺の閉鎖空間だ」

俺の言葉に、古泉はわざとらしくほう、と呟いた。

「ええと…つまり、ここはキョン君が作ったってことでいいんですよね?でも、何のためにですかぁ?見たところ剣しか見えないんですけど…。あと、何で長門さんの不可視フィールドが解けちゃったんですかぁ?」

俺の言葉をそのまま繰り返し、疑問のオマケ付きで朝比奈さんが言った。…何とか落ち着きを払おうとしているのは判りますが、足が震えてますよ?

 

「それは私としても聞きたいところですがなあ…?」

 

っと、しまった。三人に気をとられてて忘れてた。こっちがほんとのゲストさんなんだよね。…ゲストにホントも何もない気もするが。

三人の後方、おおよそ百メートル。新川さんの様に紳士的な服、そしてシルクハットに杖をついている老紳士風の男がいた。

「まあ、そう焦らずとも教えてやるよ。三人への説明ついでにな」

俺は老紳士を見据えて言った。

「此処はお前たち情報統合思念体急進派どもがハルヒを襲う際に通る世界を、俺の心と重ねて具現化した空間だ。…まあ、正確には世界からは切り離されているから具想って言ったほうが正しいんだがな…」

説明しつつ三人の前に出て、老紳士と三人の間に俺がいるポジションにする。

「そしてさっきも言った通り此処は俺の心の具想だからな。ハルヒの心の具現である閉鎖空間と大して変わらないと思っていたんだが…古泉たちは入れないみたいだから、正確な話だと違うことになるみたいだな」

手元に愛剣を構える。

一対の、白黒の剣。

「そして俺がこの空間を作るのはお前らからハルヒを守るためだ…。お前らがここにいるには超多大な情報量が必要。つまり、いつもの情報操作はほとんど使えない。長門の不可視フィールドが解けちまったのもそういう理由だよ…。まあ、とにかく、ここならお前らと平等に戦える」

決して報われなかった、ある夫婦の作り上げた剣。

「さて、そろそろ始めようかな。長門、二人をできる限りで守ってくれないか?無論、お前も情報操作があんまり出来ないからきついかもしれんが…大丈夫か?」

「大丈夫」

「…即答、ありがとよ」

心強い回答を糧に、俺は下げていた腕に握る剣を胸の前で交差させる。

 

陽剣・干将

陰剣・莫耶

 

一対の夫婦剣。

その刀身は短く、正に短剣。

美しく無駄のない反り返る刀身には一片、一抹、一縷のくすみも淀みも無く、陰陽を表す対極太陰図が鎮座している。

否、そんなにまでも美しくはないし、無駄はある。

言ってみるなら、言えるのなら、それは一言―――。

―――無骨―――

 

 

鉄と鉄のぶつかる音。何度も感じた戦前の旋律―――戦慄。

敵は肉体強化と一本の日本刀を構成しただけで情報を使いきったみたいで、長門たちには全く手を出さない。いや…手が出せない、か。…好都合。

「っはぁぁ!!」

右手・干将による袈裟斬り。

ガチィィ!!

敵の日本刀―――肥前国貞次が俺の干将を防ぐ。

ついで、左手の莫耶による反対からの逆袈裟斬り―――!

「ぬっ…!」

紙一重でそれをかわし、両手が顔の前で交差してしまった俺に対して老紳士は隙有り言わんとばかりに足を俺の懐に踏み込んでくる。

ニヤリ、と。

自分が微笑むのを感じた。いや、嘲笑かもしれない。

俺は手首を返して、バツを描くように両手を振り下ろす―――!

「っっっっっだぁぁぁ!!!」

「んなっ!?」

自分の姿なんて腕が邪魔で見えないはず、って言いたいんだろ?

まあ、最初は見えなかったけどな。

このパターンは、もう何回も繰り返してるんでね…!

「ぐ…っ!」

ズシャリ、と踏み込んだ右足に伴った右腕が紳士の体から切り離された―――切り離した。

そして後ろに飛びのく…逃すものか。

俺は振り下ろした勢いを利用して前へ飛び出す。そして右足で跳躍し、体を反時計回りに回しての振り下ろしによる干将の切り込み!

ガチィィィ!

またもや左手の剣ではじく。しかし、片手なんかで俺の剣戟は止まらない!

「ぐ!」

軸足を左足に変えて、回転を止めずに左手の莫耶を振り下ろす!

バキィィン!

鉄の折れる音。それすなわち、終戦の序章。

右足で回転を止める。

俺の体勢は紳士から見て体を左側にねじっているように見えるだろう。

そしてねじった体勢を元に戻すが如く、横薙ぎに払う…。

ザシュッッ。

肉体の切れる音。それすなわち、終戦の最終小節。

「お、おおおおオオオオオオォォォォォォヲヲヲヲヲヲ…」

自分の存在するための情報を維持できず消えていく老紳士の体。…何度見てもあいつを思いだす。

笑顔でヘンテコな予言をして―――いや、実現してるな―――消えていったあいつを。

 

「さて…このことだが、ハルヒに言うのは推奨しない。つーかやめてくれ」

いつもの喫茶店。時刻は既に七時を回っている。

「言うも何も、言えるわけないでしょう、こんなこと。まあ、彼女が望みそうなことではありますが…皮肉的にも」

と、いつものスマイルで俺の隣にいる古泉は言った。…顔が近い。離れろ。

「でも、本当に驚きました…。まさかキョン君があんな危険なことをしているなんて…」

朝比奈さんは不安と尊敬を混ぜたような声で言った…心なしか不安のほうが多く聞こえるのはなぜだろう。

「急進派がここ最近静寂を保っていたと思っていたのに、うかつ。私のせい。ごめんなさい」

と、長門が謝ってきた。

「いやいや、長門のせいじゃない。やってくるあいつらが悪いんだよ」

当たり前だ。ハルヒを狙うから俺に消されるんだよ。と、言うか無表情で謝られてもあまり効果はない気が…。

「…では、涼宮さんには僕らからしっかりと『職業は色々な仕事を請け負う、所謂何でも屋』とでも言っておきましょう」

古泉がコーヒーを飲み干してから言った。

「ああ、頼む」

俺のコーヒーはまだまだ残っている。

「では、僕らはこれで」

と言って古泉と朝比奈さんは立ち上がった。

長門は、立ち上がらなかった。

「長門さん?」

「…彼と二人きりでの話がある」

と長門はいつも通りの声で言った。

古泉は、少しだけ考えた後『わかりました。では、朝比奈さん、行きましょう』と言って出て行った。

その姿を見送ってから、

「…さて、何用だ?」

俺は長門に尋ねた。

何となくだが、俺はこうなることを予測していた。

長門がレモンティーを飲んでいないのもそう思った理由だが、まだ一つ、懸念事項がある。

「…貴方は、何故、平気なの?」

長門は少しだけ目を細めて言った。…アバウト二ミリってとこかな。

「何がだ?俺はこの通りぴんぴんしてるけど?」

「嘘」

即答。…今度は少し怖いぜ?

「情報統合思念体が介入するだけでほとんどの情報を使ってしまう空間を作り出す貴方には相当の代価が必要のはず。それをもう何回も繰り返してると言うことは、相当危険なこと。大丈夫なはずが…無い」

長門は顔を伏せながら言った。シャギーのかかっている前髪が大きな瞳を隠す。

「…確かに、お前の言う通りだ。俺はあの世界を作り出すと心…と言うか精神力を多大に消費…磨耗、する。もって三十分、それ以上は…おそらくだが、精神が崩壊して植物人間みたいになるだろう。それにあの世界で戦うのも正直、相当きつい。ひょっとしたら今俺はここにいなかったのかもしれない。ひょっとしたら明日、はたまた明後日か…。とにかく、命の保障は…」

そこまで言って、長門が震えているのに気がついた。

「何で…なの?」

「は?」

「何で…そこまで…命をかけられるの…?」

 

長門は―――泣いていた。

大きな瞳をぬらして―――小さな体を揺らして―――。

 

俺は―――

 

「決まっている。惚れた女守るためだ。それだけで、男は命を投げ出す」

「ダメッ!!」

 

それは―――長門らしくない―――でも―――人間らしい―――叫び。

 

「貴方が、最愛の人を守るのは、自由…。私だって、そのぐらいは判る。でも…もし、もし、貴方が死んでしまったら?悲しむのはその人だけじゃない!一つの命にその何倍もの人が泣く!古泉一樹も、朝比奈みくるも、もちろん涼宮ハルヒも…私だって!!」

 

長門は―――しゃくりながら―――そう言った。

 

俺は―――

 

「…心配をかけてすまなかった」

 

と言って、長門の頭をなでた。

 

 

 

その後、泣いている長門を家まで送った。長門は終始俺にしがみつくように歩いていて、周りの勘違いした奴らから『彼女泣かせてんなよ色男!』などと言われた。…家に着くまで、俺たちは何も言わなかった。言えなかった。

長門のマンションの前まで来たところで、長門は俺から離れて、

「ごめんなさい。取り乱した」

と謝った。その目は赤くなっていた。

「いや、構わない。悪いのは心配掛けた俺だ」

と言って、しばらく長門と見詰め合っていたが空気に耐え切れなくなって

「じゃあ、また明日」

と言って長門に背を向けた。

「待って」

何だ?と振り返る前に、

 

長門が、背中から俺を抱きしめていた。

 

「長門…?」

「我慢しないで」

即答。…今度は、優しい声。

「貴方が辛くなったら、私も頑張る。あそこで戦う。貴方にも涼宮ハルヒにも、一切手は出させない」

どこまでも長門らしい全てが真実で真面目な言葉。

「…長門」

「あっ…」

俺は振り返り、長門を包んだ。

抱きしめはしない。はたから見ればそう見えるかもしれないがな。

でも、抱きしめない。抱きしめてしまったら、ハルヒ裏切るということだからだ。

俺が長門に出来るのは、頭に片手をおいて背中に片手を回すことだけ―――

 

「長門…ありがとな」

 

 


…いつもの文芸部室。

紅い世界なんか関係ない、平和な部屋。

そこで、俺らはいつもの団活を過ごして…いなかった。

古泉一樹が朝からアルバイト(学校側には欠席届け)なのだ。

つまり、閉鎖空間の出現。

よって、ハルヒ不機嫌。

…見事、三段論法。

「あのさ、前に私は独り言が多いっての言ったっけ?」

とハルヒはパソコンのディスプレイを眺めながら言った。

「…それは独り言か」

「質問」

「なら、言ったな。二月ごろに」

「じゃあ、今から独り言」

と言ってハルヒは立ち上がって

「昨日もハカセ君の家庭教師に行ってたんだけどね、昨日は帰りが早くて七時半にはあの子の家を出たのよ」

と言ったところで俺の頭にあることがよぎった。

たしか、昨日長門の家に着いたのは…七時四十分ごろ。

閉鎖空間…。

いや、まさか…。

「でね、十分ぐらい歩いてたら有希の家のマンションの近くを通ったのよ」

や、ヤバイ、大当たり!!

長門を見やれば、冷や汗をかいているように見えなくも無い。

「そしたら、そこで抱き合ってるカップルを見かけたのよ。こんな時間にどんな奴らかと思えばね?」

と言って俺の肩に手を乗せた。

「あと、有希だったわけ」

ヤバイ、こ、来い!干将and莫耶っ!ってだめだ。いくらハルヒでも死ぬ!いや、俺のが先か?

「まあ、否定するんならゆっくり聞かせてもらおうかしら。昨日のあなたたちがどこで何をしていたのか…じっくりと」

 

結論。

ハルヒと戦うよりも急進派と戦うほうが楽。かも。

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最終更新:2021年09月10日 15:41