「あのさ、ちょっと皆に相談があるんだけど」 
とある日の放課後、文芸部室に掃除当番に当たっている彼以外の全員が集まっている状況で、急に涼宮さんが言いました。あ、ちなみに僕は古泉です。どうも。 
「相談……ですか?」 
とお盆を抱えたまま朝比奈さんが聞き返します。 
ふむ、”相談〟ですか。『機関』の古泉一樹、『学生』の古泉一樹、そのどちらの立場からも興味はありますね。…まあ、何の相談かは容易に想像できますが。 
「最近ね、キョンがバイトを始めたらしいのよ」 
ほう、そうなんですか…って、何ですって?アルバイト? 
おかしいですね…『機関』からはそんな報告は来てませんが…。 
この知らせには長門さんも驚いたようです。ほんの数ミリですが目を見開いているように見えなくもないですね。 
「でね?そのバイト先が人員不足らしくて、急にデート中に呼び出されたりするんだけど…。その次の日のキョンが異常なまでに疲れてたりすんのよ。たまに怪我とかもしてるし。だから何のバイトなのか気になるんだけど…なんだと思う?」 
うーむ…緊急招集は人員不足で片付く気もしますが、怪我と疲労はどうにも説明がつきませんね。 
「僕もアルバイトはしていますが…そのようなものは見たことも聞いたことも等しく皆無ですね」 
僕は微笑を崩さず言います。まあ、知ってはいますが、まさか彼が超能力者になったとは思えません。 
「私はアルバイトなどはしたことがないので…すいません、わからないです…」 
朝比奈さんも答えて、 
「有希は?」 
「判らない」 
「そう」 
長門さんも質疑応答のように答えました。 
しかし冗談抜きで気になりますねぇ…。彼のアルバイト…。 

結局、何の結論も出ないまま、今日の団活は終了してしまいました。 
皆さんが帰った後、僕は長門さんと朝比奈さんをいつもの喫茶店に呼び出しました。勿論、彼のアルバイトについて話し合うためです。 
「さて、早速ですが…、お2人方は彼のアルバイトについて何かご存知ですか?」 
僕はコーヒーを注文し、長門さんはレモンティー、朝比奈さんはミルクティーを注文しました。それらは既に僕らのテーブルに乗っています。 
「さっき涼宮さんに言った通り、私は何も…」
 朝比奈さんは申し訳なさそうに言いました。 「…私も」 
と超がつくほどの小声で長門さんも言いました。 
「…そうですか」 
僕は普通に言いました。 
「しかし…、長門さんも知らないとなると、本当に判らないですね…」 
と言ってからコーヒーをすすります。うん、おいしいですね。 
「…情報統合思念体に問いかけても『不明』しか返答されない」 
「…『不明』?『アルバイトはしていない』ではなく、『全くわからない』ってことですか?」
 「おそらく、そういうこと」 
…ますます判りません。情報統合思念体にすら調査不能ですか…。 
「なら自分たちで調べたほうがいいのかもしれませんねぇ…」 
あごに人差し指を当てながら朝比奈さんが言いました。 
「自分で調べるとは…尾行すると言うことですか?」 
僕はコーヒーをテーブルに置きつつ聞き返しました。 
「まあ…悪く言えば…尾行ですね」 
朝比奈さんは少しうつむきつつ言いました。
 「確かに確かな方法ですね。長門さんなら不可視フィールドが展開できますから露見する心配もありませんし」 
おっと、少し日本語がおかしかったかな?
 「…では、今度の彼女と彼のデートの際に尾行し、その正体を探り当てる」 
おお、長門さんヤル気に満ちてますね。 
「判りました。ではその旨は僕が涼宮さんに伝えておきましょう。今度のデートの日程を聞いておくついでに」 と言ってからコーヒーを飲み干して僕は席を立ち上がります。 そしてお代をテーブルにおいて、 
「では、また明日」 
と言いながら店を後にしました。 

その日の二日後、彼らのデート&僕らの尾行は始まりました。 
僕等三人はそれぞれ諸事情が会って出席できないので休み、よって今日の団活がないためデート…といった流れをつくり、彼らは今駅からほど遠くでもないゲームセンターで太鼓のゲームをしています。…正直、涼宮さんすごすぎです。腕が4本ぐらいあるように見えます。 
それから彼らは色々な店をハシゴシしていましたが、とうとう日がくれる時間にまでなってしまいました。 
今日はアルバイトはないんじゃないか、と思いかけたそのとき、彼の動きが一瞬止まりました。…まるで何かに気づいたように。
そして彼は右手をポケットに突っ込み、何かをしています。 
(長門さん、彼は一体何を?) 
(…どうやら、携帯電話を操作して、着信音を鳴らそうとしている) 
彼は鳴らした携帯電話を耳に当て、誰かと会話しているように見えますが…。
(…?でも、お相手なんていないんですよね?) 
(ええ、彼が鳴らしたのですから。恐らくは…) 
(演技) 
彼はその携帯をポケットにしまうと、涼宮さんに謝るように合掌して、その場を足早に去っていきました。

(…!さあ、ついにきましたか…) 
(Ready?) 
(Go、ですね) 
と言いつつ三人で彼の後を追いかけます。 しばらくしたところで、彼は歩みを止めました。しかし、そこは… 
(空き地、ですか) 
(正確には、廃病院の跡地) 
(でも、アルバイトなんですよね?キョン君)
 周りには何もなく、広い空き地しかありません。 
彼は辺りを入念に見回しました。…誰もいないことを確認したのでしょう。まあ、僕等が不可視フィールドで隠れていましたけど。 
彼はすっと、右手を虚空に向かってに掲げました。 
そして、 
「―――I am the born of my sword――― 」 
と呟きました。英語、ですね。 
「―――Steel is my body, and fire is my blood―――」 
歌うように彼は言葉を続けます。 
(……あっ!!) 
(……!) 
不意にと言いますか、それとも唐突にと言いますか、朝比奈さんと長門さんが急に何かに反応しました。 
「―――I have created over a thousand brads―――」 
(…お2人ともどうされましたか?何か起こったんですか?僕には何も感じなければ見えもしませんが) 
と僕が尋ねると、 
(じ、時間、いえ、次元?の断層が…キョン君の周りから…) 
(莫大な量の情報を感知した。発信源は彼) 
「―――Unaware of loss―――」 
「―――Nor aware of gain―――」 
とまで言ったところで僕も気づきます。

(…これは…閉鎖空間の出現、ですか?)

(…似て非なるもの。彼女のものとは構成情報が違う) 
「―――Withstood pain to create weapons―――」 
彼は掲げられた右手を掴むように左手で右手を握ります。 
「―――waiting for one’s arrival―――」 
「―――I have no regrets. This is only path―――」 
そこで、僕らは語るべき言葉を失った。各々が感じたモノに圧倒されて――― 
「―――My whole life was “unlimited blade works〟―――」 
途端、世界が一変―――。 

シュアアアアアア!!! 

という効果音と共に、彼を中心に炎の円陣があたりに広がり、その眩しさに目がくらみ、そして再び目を開けた僕らが見たものは

――― どこまでも続く、夕焼けのように紅く染まった空
――― どこまでも続く、無限の剣が墓標のように刺さっている赤い丘
――― その中心に佇む、彼の背中―――

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最終更新:2021年09月10日 15:40