関連:お姉さんシリーズ教科書文通シリーズ

 

 

 

「朝比奈さん……。」

 こ、これは一体どういうことでしょう? 放課後の2人きりの部室。 目の前には真剣な顔をしてわたしの目をじっと見つめる古泉くん。 そんな顔も出来るんですねぇ。 はっきり言ってしまえばいつもの笑顔よりその真剣なお顔の方が好みです。 カッコいいです。 ああ! でも、ごめんなさい。 わたしは所詮未来人。 この時間平面の人との恋愛は出来ないんです。

それにあなたには長門さんが……! ハッ! これは、修羅場!? 三角関係!? 長→古→みくる!?  そんな! 高校生なのにそんなドロドロとした恋愛は……燃えるじゃないですかッ! 結ばれてはならぬ2人の恋路! 一途な文学少女と綺麗なお姉さんと真面目な好青年! まるでメロドラマ……!

 なんて、妄想したところで悲しくなるだけです。 解かってます、解かってますとも。 一人身万歳! 気にしてませんよ。  この時代分岐におけるこの時間平面上ではキョンくんと涼宮さん、古泉くんと長門さんが結ばれることは規定事項なのですから。  でも、別の時代分岐派生時間平面上ではそうはいきませんよ!  

 わたしがその気になれば、キョンくんでも古泉くんでも国木田君でもたにぐ……は別にいいや。

 わたしがそんなことを考えているとは露知らず、古泉くんはなおも真剣な表情と声音で続けます。

「申し訳ありません。 朝比奈さんしかこういうことを相談できる人がいなくて……。 涼宮さんはあれで初心と言うか、今はご自分のことで精一杯でしょうし、〝彼〟に相談すれば笑われるに決まっています。 長門さんにお尋ねするのは本末転倒ですし、森さんは……話を大きくするだけになってしまいそうで……。 クラスの面々に聞くのは、なんだか気恥ずかしくて……。 真剣にまともな回答を提示してくれそうなのは朝比奈さんなんだけなんです。」

 だからってそんな真剣な目でこちらの目をじっと見つめないで下さい。 癖なんでしょうけど、普通に勘違いしそうです。 あなた、男女問わずそういうことばっかりしているからホモだのガチだのバイだの誤解されるんですよ。 自重してください。 古泉くんに限らず、人の目をじっと見る癖のせいで人との物理的距離感つかめてない人っていますよね。 お話しするときは人の目を見て話せと言うご両親の教えの賜物なのでしょうが、限度があると思います。 正直、段々怖くなってきました。

「で……その、ご相談、とは?」

 私は、古泉くんの真っ直ぐな視線に耐え切れず、思わず視線をはずしながら尋ねます。 礼儀知らずだなんて言わないでください。 本当に怖いんです。

「笑わないと、誓ってくださいますか?」

「笑われるようなことを相談されるんですか?」

「その、あの、僕のような人間が聞くと……流石に馬鹿にされるかな、と……。」

「はぁ……。」

 ああっ! もう! まどろっこしいですねぇ! 男ならびしっと恥なんか捨てて聞くもんは訊けばいいんです。 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥って奴ですよ! うじうじした男が好きなのは構いたがりのおばさんくらいです! さあ、おっしゃい! これでくだらないこと訊いてきたらお姉さん怒りますよ!

「男女が……その、お付き合いする……と言うのは……一体いかようなことなのでしょうか……?」 

「………。」

 この三点リーダは、長門さんではありませんよ。 部室には私と古泉くんしか居ませんから。 そう、これはわたしと古泉くんの三点リーダです。 いま、この人、なんて言いました?

「お付き合い……ですか?」

「はい。」

 またも真剣な様子の古泉くん。 意外です。  この人は例え小さな子から「赤ちゃんはどこから来るの?」と訊かれても優等生的な模範解答を即答するような気がしていましたのに。 人は見かけによらないですねぇ。 うふふ。 知り合って初めて古泉くんが後輩に見えました。 意外と可愛いですねぇ。

「誰かお付き合いして欲しい人でもいるんですかぁ? あ、もしかしてお付き合いすることになった人がいるとか……。」

「いや、あの、その、ち、知的好奇心と言いましょうか……その……。」

 あら! 古泉くんでもしどろもどろになることはあるんですね。  いつも落ち着いて大人ぶってるからこういうのは珍しくて見てて面白いです。 しかし、規定事項として知っていると言うのに知らないフリをしてからかうと言うのは少々意地悪でしょうか?

「そういうことにしておいてあげますよ、古泉くん。」

「もう、朝比奈さん。 からかわないでくださいよ。」

 ふう、と溜息をついてもう一度、私の目をじっと見る古泉くん。 やっぱりその顔はすごく真剣で、正直、長門さんが羨ましくなります。 キョンくんにしても古泉くんにしても、元が真面目で優しい子達ですから、涼宮さんや長門さんを悲しませることはして欲しくありませんし、本人達だってしたくないのでしょう。 だからこうやってSOS団唯一の年上である私にこうやって相談を持ちかけてくれる。 先輩冥利に尽きます。

 でも、ううんと、確かに、付き合うってどういうことなんでしょう? これはなかなか難しい問題です。 わたし自身、男の子とお付き合いしたことはないですし、デートをしたり、キスをすること、なんて答えを古泉くんが望むとは思えません。 わたしがお教えできるのは、わたしがただ漠然と考える理想のようなものだけです。

「ええと、ごめんなさい。 上手くいえないんですが……、 例えば、毎日お茶を淹れてるとですね、極稀にこれはすごくいい出来! って思えるお茶が淹れられるんです。 そのときはすごく嬉しいし、感動すらするんですよ。 心臓がドキドキしてね。 他にも、ものすごく美味しいものを食べたときとか、面白い映画を観たとき。 そういう時間を一緒に感じたい! って互いに思える相手が居る。 2人でそういう時間を積み重ねていくことが、付き合うって事なんじゃないかなってわたしは思うの。」

 正直言って、自分でも何を言っているのか解かりません。 全然具体的じゃないし、わたし自身の経験がないから正しいとは言い切れない。 でも、自分がすごく幸せと感じたことを、一緒に感じて欲しい、自分が面白いと思ったことを教えてあげたいって気持ちを互いに持ち合うことが一番なんじゃないかなと、そう思うのです。

「わたしの言うことなんて、きっと全部間違っているんでしょうけど……」

 私がそう言って頬を掻くと、古泉くんは一瞬目をぱちくりさせてから、いつものように、でもほんのちょっとだけ嬉しそうに、微笑んでくれました。

「いえ、そんなことないです。 大変参考になりました。 やっぱり、朝比奈さんに相談して良かった。 ありがとうございます。」

 昨日、あんなにしとしとと降っていた雨の水溜りも消してしまうような日差しの中、 彼等が歩く道は確実に私が居る未来に続いているのです。 

<古泉編 END>

 

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最終更新:2020年03月08日 17:34