第三章
長門が消滅するか否かという緊迫感あふれる夜が明けて数日が経過した話である。
現在時刻は午前十時だというのに俺は自室のベットでシャミセンと肩を並べて丸まっている。
こんな状況を普通ならお袋が許すわけがないのだが現在体温が三十九度に指しかかろうとしている手前自分の息子を学校に行かせるほどお袋も白状者ではなかったらしい。
いやに寒気がするのは誰かさんが学校で俺の悪口を言っているからだろうか。
馬鹿は風邪を引かないというから俺は大丈夫だろうと勝手に大見得切っていたんだがどうやら俺は馬鹿には分類されないらしい。
まあ一年以上もハルヒを扱っていると道徳的思考がよくなるのは必然というものであり言うまでもない。
じゃあ俺が風邪を引いた理由はなんだという話になるがそれは俺の中の抗体がウイルスの力量を大きく計り違えていたからだろう。
と、俺がこんなにくだらない脳内情報処理をしているのは偏に暇だからだ。
目が覚めたその瞬間からベッドの上で何もせずに寝るという単純な作業は着かないテレビを一日中眺めさせられるぐらい拷問的な暇さ加減なのだ。
この余りある時間をどこかに有効活用できないものだろうか。いくらでも時間が欲しいときはあるってのにな。
時間の流れってのは残酷なもんだ。
何もやることが無くなると人間脳内情報処理状態に陥るのは当然の結果であり俺もその当然の結果に身を委ねるとしよう。
長門を消滅の危機から救った波乱の夜が明けた最初の朝。
完全にそんなことを忘れきって今日は妹のダイビングアタックがないななどと思いながら起き上がると驚愕してしまった。
当たり前なんだがそこは俺の部屋ではなく殺風景な長門の部屋だった。
布団がこの部屋に二枚敷いてあるのは隣で誰かが寝た証拠なのだろう。
着替えを済ませ起き上がって台所に立つ長門の姿を見て思ったのは同棲しているみたいでなかなかいい気分に浸れるということくらいである。
実に些細なOLの赤裸々な世間話のほうがまだましな話ではあるが長門はレトルトカレー以外も作れるらしい。
まあ何でもこなす長門だ。意外じゃないといえば当たり前なんだが。
メニューは言うと長くなりそうだが一応記しておこう。
白米、ほうれん草のお浸し、豆腐の味噌汁、焼き魚、漬物、そして長門印のお茶と朝っぱらからこんなに食って俺は一体今日どんだけ働かされんだという疑問がふつふつ浮かび上がってくるメニューだ。
感想としてはまあ普通にうまかったとしか言いようがない。
それにしても長門の家には本当に何にもねえな。
顔でも洗って歯を磨こうかと洗面所に行ったものの歯ブラシ一つ、石鹸一つどころか埃一つ見当たらない。本当に長門はここで生活してるのか?
なぜか俺の鞄が長門の家にあったおかげで一度家まで取りに帰るという二度手間が省けた。いいことだ。
第三者から見ればどこにでもいる一高校生が美少女と同じ部屋から出てきて一緒に登校、さらにクラスまで同じとなると変な誤解が生まれてくるような気がするが先に言わせてもらおう。
一切何も変なことはない。
無論じゃあ何で同じ部屋から出てきたのかと聞かれると本当のことを言うことができるはずもなく返答に詰まってしまい結局疑われる羽目になるのだ。
つい最近変更された俺の席に腰を落ち着かせ今日一日平穏に送れますようにと天に願いを届け終わったその瞬間どうやら俺の願いは聞き入れられなかったらしい。
なぜならその瞬間から立て続けに異常といえる事態が火曜サスペンスの事件発生のように仕組まれたかのようなタイミングで起こったからだ。
では箇条書きにして整理してみることにしよう。
異常その一、ハルヒから俺に「おはよう、キョン。」と挨拶をかまされた。
頭打ったかとたずねると
「何言ってるの?挨拶してるだけじゃない。おはよう。キョン。」
といつもの表情とはかけ離れたほんわかとしたテレビに出ているアイドルなんかよりもかわいいだろうと思われる表情で言われた戸惑いから「ああ。おはよう。」と挨拶を無意識に返してしまい教室中の話の種にされちまった。
異常その二、英語担当神坂の言われても一年のことが積み重なっていない俺にとっては単なる子守唄にしか聞こえない英語のなにやら小難しい文法の授業の後、昼休みのことである。
早く食べ物を入れろとうるさい胃の意見に賛同し自分の鞄から弁当を探っていたところハルヒは俺の隣の朝倉席に椅子を持ってきて朝倉を押しのけつつ
「キョン、これ食べて。」と弁当を差し出した。
一年のときにも何回かは弁当をもらったことはありさほど異常というようにはこの段階では聞こえないが俺への弁当の渡し方が異常だ。
普段渡されるときなら「これ食べて。」などとは言わずに「作りすぎたから食べなさい!」的な感じだ。
それに普段は俺の横に椅子を持ってきてまで渡そうとはしない。まあくれるもんは頂くというのが俺のポリシーであるからこれも例外なくありがたく頂いておこう。
ハルヒは何でも人並み以上にこなす万能選手だからこの弁当もお袋のそれよりはいい代物だということが容易に想像できよう。
異常その三、俺がありがたくハルヒ特製弁当をいただこうとしたときのことだ。
さすがに箸までハルヒと交換するわけにはいかず鞄をあさり自分の箸を取り出そうとすると「私が食べさせてあげるから。」とよく恋愛ドラマに出てくるような恥ずかしいセリフをはきやがった。
ベタベタなカップルじゃあるまいし弁当を自分で食えるぐらいには勉強してきたつもりだから自分で食うと断ると怒ったことが次の異常四だ。
異常四、ハルヒは目を潤ませ大粒の涙を流しながらしゃくり上げだした。
まあこんな感じの異常だったわけだ。
泣きじゃくるハルヒなんてものを見るのは生まれてこのかたなかったもんで対処方法を充実させていなかった俺がとりあえずやったことといえば謝ったぐらいである。
いや、謝る意味は分からんがこういう場合の男の立場というものは猫と鼠の立場ほどの差があるもので本能的に弱い立場に立つとペコリと頭を下げてしまうのである。
ああ、悲しきかな男の性。
おまけに周りから
「彼女を泣かせるなんてサイテー。」「男らしからぬ行為だ。」
などと罵声を浴びせられ挙句の果てには長門にすら視殺されるかというような視線でジトーっと睨まれる始末だ。
処刑場へ十字架を運んでいるキリストの心境が手に取るようにわかる今日この頃だ。
たった今からキリスト教信者になろうか。神に共感を覚えることの出来る宗教はキリスト教ぐらいなもんだろう。
まあハルヒを神と崇め立てるという宗教があるのならそっちの方が共感を覚えんでもないような気もするが。
何にせよハルヒが泣いた理由もわからんのに泣き止ますのは無理というものだ。
理由がわかっていればそれを取り除けば解決するから簡単・・・でもないな。そう鷹を括っていて痛い目を見たことが何度あったか。
昨日もあったばかりだ。ハルヒの異常っぷりは部室で暴走することはなかったが朝比奈さん以外はハルヒがどういう状況なのかわかっているようだった。
「ふえっ?何?皆さんどうかしたんですか?何で涼宮さんと喋ろうとしないんですぁ~。」
まあ一人だけ三年生ですから二年の状況が伝わりにくいのはわかってますよ。
今回の件には無関係でいてください朝比奈さん。それが俺の切なる願いです。
「涼宮さんと何かありましたか?」聞きたくもないのに話を吹っかけてくるのは古泉だけだ。
何もねえよ。少なくとも俺の許容範囲ではな。
「そうですか。いえ、最近涼宮さんの様子が少しおかしいのでね。もちろん悪い方に憂鬱だとかそういうことではないですよ。
最近は落ち着いていたころよりも閉鎖空間の発生件数が激減していますからこの状況が我々機関にとって悪い状況とはいえません。
むしろ我々にとっては神人を狩に行く必要がなくなるわけですから世界規模危機的状況なんてものとは程遠い平穏な毎日を送れていてかなりいい状況といってもいいでしょう。」
悪いがお前の平穏な私生活に興味はない。あいにく人の生活を覗き込むような趣味は持ち合わせていないんでな。
「そうですか。最近の涼宮さんは自分の欲求を満たしきりつつあるような状況です。このままいけば我々のような機関も長門さんや朝比奈さんのような人達も必要なくなってくるかもしれません。」
さほど機嫌を損ねたわけでもなさそうな爽快スマイルを俺に向けていた古泉はこう続けた。
「これは僕の意見ではありますがこのまま涼宮さんが神のような絶対的能力を無くしてしまうのは少し惜しいような気がします。
長門さんの上の方達にとっても涼宮さんが力を失うということは自分達の役割をなくすわけですから部が良いとは言えないでしょうしね。
朝比奈さんたち未来人にとっては四年前より過去にいけるようになるでしょうから何分不都合なことはなさそうですが。
僕の意見はこのまま涼宮さんが力を無くしてしまうと僕のもう肩書きといってもいいほどのSOS団もなくなってしまいそうですし面白い未知の物との遭遇回数も激減してしまうでしょうからね。」
まったく一度喋り出したらマシンガンのように自分の意見だけをだらだら言うやつだな。
喋らせなきゃよかったと後悔したのはSOS団に入ってからこれで何回目だろうか。
「ちょっとさっきから何ヒソヒソ話してるのよ古泉くん!」
まあこんなに長い間古泉と俺でヒソヒソ話をしていればそりゃぁハルヒじゃなくとも疑うってもんだ。
だがここでもハルヒの異常は出ているらしく普段ならこういう場面では俺がハルヒにいじり倒されるというのがお決まりのパターンになっているはずだが。
今日はハルヒの矛先は古泉に向いてくれたらしい。
たまには俺の息抜きがあってもいいってもんだろう。結構疲れるんだぞ俺も。
帰るときに何事もなかったのはラッキーだっただろう。久しぶりに周りの景色を見ながら歩く余裕ができた。
が、またおかしな事は起こる運命だったらしい。
古泉がスマイル顔を近づけてきて
「涼宮さんからの伝言です。『次にああいう話をするときは私も混ぜなさい。というか私とやりましょう。』とのことです。
ちなみに言っておきますがああいう話というのは涼宮さんに知られてはならない話ではないですよ。いわゆるヒソヒソ話をするときはということです。」と耳打ちしてきた。
男に顔を近づけられても嬉しくないんだ。離れろ古泉。
そんな他愛のないいつものやり取りをしているうちに全員が違う方向に行く別れ道に到着しあとは自宅への道のりをただただ歩くのみとなった。
まあこんな感じで数日が過ぎたのはいうまでもない。
一度レールから外れた電車が真っ直ぐ進むわけがないようにこの異常な行動ばかり起こすハルヒもこの数日間で何一つ変わったわけではなく逆に俺に対するスキンシップがひどくなってるぐらいだ。
まあ高校一年のあのハルヒに連れられて文芸部部室に行ったときから俺の一般人としての人生はとっくにレールを踏み外すどころか国内を走っていたかすらわからない状況だったわけだが。
まあそんな感じで数日が見事といえるほどの手際のよさで過ぎ去り今の俺の哀れな姿があるというわけだ。
今日までの出来事は実際時間的に百時間を越えているはずだが脳内でおもな出来事を整理すると小一時間で終わってしまうのはこの場合悲劇というべきだろうか。
こういう暇を持て余しているときは俺の十六年間の人生経験からして寝るというのが周りにも自分にも害が及ばない最善の方法だと思う。
なぜなら寝ることにより現実逃避、思考整理、体力回復、時間浪費が期待できるからだ。
が、このときの俺は風邪のせいで頭が回らなかったからか他の事を考えていたからか原因は定かではないが油断しすぎていたというべきだろう。
予想すべきことが二つあったのだ。
いや、予想すべきなんて生ぬるいもんじゃあない。
絶対予想しておかなければならなかった。
一つはハルヒの異常が俺が学校に行っていない今日のわずか数時間の間に治っているわけがないということ。
もう一つはあの異常なハルヒが俺の休みを聞いたらほぼ間違いなく放課後に俺の家に来ること。
そしてあの異常なハルヒが俺の部屋に来たらどうなるかということ。
三つになってしまったがこれらのことを予想して対策を考えておくべきだったのだが今の俺の状況にそんな余裕はなく押し寄せる睡眠欲に従い眠りに落ちた。
ふと意識が戻ったきっかけは玄関のチャイムのせいだった。
俺の周りだけ通常の二倍くらいの重力がかかっているんじゃないだろうかと思わせるほど体が重いのは熱でも出てきたのだろう。
自分の額の温度を掌で確かめつつ玄関に向かいながらふとこんなことを考えた。
俺が目を覚ますほどのチャイムってことは相当な回数がなっていたんだろう。
じゃあ何でお袋や少なくとも妹が先に出なかったんだろう。
やっとの思いで玄関に到着してドアを開けると案の定というべきかハルヒが飛びついてきた。これを予想してドアスコープを覗いておく必要があった。
寝起きを狙っての訪問とは卑怯じゃないだろうか。
家の気配からしてわかることだがお袋と妹は出かけているらしい。なんと間の悪い。
俺がまだ寝起きで回らん頭を回しているとハルヒが俺を背負い部屋のベッドに優しく寝かせてくれた。
普段ならば首根を掴んでずるずる引きずりながらベッドに投げるだろうがそれをしないところから見てまだハルヒは異常なままだと考えるのが自然だろう。
「ここで寝てないとダメ。お弁当持ってきたから。ほら、あーん。」仕方なくハルヒの命令通り大きく口を開けた。
断って自分で食おうとするとハルヒのやつ目を潤ませやがった。
どうやら俺も泣き落としに弱い部類に入るようだ。
ハルヒに食べさせてもらうのは普通なら何か裏があるんじゃないかと盛大に疑ってやるのだが現状が現状だけに心の底から恥ずかしさがこみ上げてくる状況になっている。
次々と俺の口に投入されるおかずの数々は実に繊細なハルヒ特製とは思えない味で毎日食べても飽きなそうなそんな感じだ。
一通り弁当を食べさせた後もハルヒは氷枕を用意し、俺の着替えをタンスから引っ張り出し、着替えさせ、薬を買いに行き、と自分の子供が風邪を引いたがどうしていいかわからずとりあえず自分の知っている看病方法を全部やってしまおうという意気込みの母親のような過保護っぷりで看病してくれた。
まあ単純にありがたいね。
これほどの手厚い看病をされたのは俺の記憶にはなく大体こんな手厚い看病をしてくれるような良心の持ち主はうちの家系にはおらずこの手厚い看病がマイナスに働くことはまずないだろう。
ハルヒがウイルスを持ち込んでいるならともかく今はハルヒの言う通りにしておくのが風邪が早く治る近道だと思うしな。
ハルヒの看病が一息ついてなんとなく寝ようかと思い始めたころまたもや玄関のチャイムがなった。
出てくれたのはハルヒで正直言うとこの性格のハルヒなら何一つ申し分ない完璧な美少女として校内に名を轟かせていただろうほどだ。
どうやらさっきのチャイムの主は長門に古泉、朝比奈さん、朝倉だったようだ。
大の高校生が六人もいるとなると俺の部屋は大入り満員になるのは当然ってもんだろう。
どういう風に六人が詰め込まれていたかというと床に六人の座るスペースはちょっときつく、
ベッドに寝ているのが俺、
その横に椅子を持ってきて座っているハルヒ、
ベッドに腰掛けて俺を見つめる朝比奈さんに
同じくベッドに腰掛けて持参の本をいつも通りの姿で眺めている長門、
余った微妙なスペースで立ち話をしている古泉と朝倉
というこんなに集まるならもうちょい広いところに集まろうぜと突っ込みを入れたくなる状況だ。
というかもう看病は十分ハルヒにしてもらったんだからお前らはリビングに行ってほしいね。
どうにももう半日ほど続けている寝ているという体勢が辛くなり起き上がろうとすると
「まだ治ってないんだから寝てないとダメ!」
おいおい。いくら不治の病の病人でも一日中ベッドに縋り付いているやつなんざいねえぞ。
「涼宮さんの言うとおりです。ちゃんと寝てないとダメですよぅ~。」
朝比奈さんに言われると嫌でもそうしていたくなるのだが今回ばかりはそうもいかない。
トイレですよ朝比奈さん。トイレぐらいは起きてもいいでしょう?
「ふぇっ?ト、トイレですか?そんなの大きい声で言わないでくださいよ~。・・・いいですか?涼宮さん。」
ハルヒに了解を取ろうとする朝比奈さん。
「え?トイレ?トイレなら仕方ないわね。立てる?キョン。」普段からこの優しさと物分りの良さで接してもらいたいもんだね。
まあ自分のすることが全て正しいと思っているハルヒだ。心の底から俺に優しく接しようとしないと意味がないだろう。
そんな日が来るのだろうか?・・・来ねえな。
何はともあれ無事超満員部屋からの脱出に成功したわけだからこれは喜ぶべきことだろう。
そんなことを思いながら用を足し終わった俺はまた超満員部屋に向かうべくのろのろと階段を上っていた。
部屋に入る決意を新たにしたとき部屋の前の長門が目に入った。
「涼宮ハルヒが異常情報波数を発している。」
それはどういうことだ。簡潔にするとハルヒが異常ってことか?
「そう。」
それなら数日ほど前から気付いているが具体的にどのへんが異常なのか詳しく説明してくれ。
「涼宮ハルヒはあなた以外の有機生命体の性格を変えようとしている。数日間は微弱なもので涼宮ハルヒ自身にしか影響を及ぼさなかったが現在では世界中の有機生命体の精神改変が行われようとしている。」
はぁ?性格だと。なぜにそんなことをハルヒはしようとするんだ。まあハルヒのやっていることが理解できたのは皆無に等しいんだが。
「涼宮ハルヒはあなたに対し常に情報の伝達に齟齬が発生することに怒りをもっていた。あなたに対する情報伝達のノイズを消し去りたいという願いが周りの情報も改変している。」
長門にもなんか変化があるってことか。
「私は防護フィールドを展開しているから平気。だが防護フィールドも今の涼宮ハルヒの情報改変力を防いでいるとなると長くはもたない。早く、行って。」
必要情報をくれるのはいつも長門で今回も長門にはその世話になったようだが具体的に何をすればいいのかはまだわからん。
が、せっかく長門から得た情報を生かさない手はない。
やるべきことを整理し終えた俺は部屋に入って手当たり次第に話しかけるという行動に出た。とりあえず性格が変わってるかを見るのが先決だろう。
まずはalwaysニヤケ面君である。
「おい古泉。」
「なんでしょう。」
話せ俺。何でもいいから古泉の性格が改変されている決定的な証拠になるセリフをゲロらすんだ。
「えーとだな。閉鎖空間だ。そう、閉鎖空間は最近どうなってる。」とりあえず頭に浮かんだ言葉が閉鎖空間というのは俺の精神面はそろそろ崩壊の危機にあるのかもしれない。
「そうですね。最近は比較的落ちていますがなぜか発生しなくなるということはないんですよ。そろそろ一年間の睡眠時間が削られる生活から開放されたいんですけどね。全ては」
古泉の顔から爽快スマイルが消えた。
「お前の働きが悪いからなんだよ。ハルヒが安定して毎日が面白いと感じさせることができるのはお前だけなんだからもっとしっかり働けよ。」
十分だ。今十分な証拠を手に入れることができたがさてこの古泉をどうなだめようか。
今の俺は証拠探しに専念していてこいつをなだめる気の聞いたセリフなんてのは持ち合わせてないんだが。
「どうしたのよ古泉君。落ち着いて。」ハルヒがなだめにかかってくれた。今だけは感謝しておくぜハルヒ。
まあ元をたどればお前のせいでこんな証拠探しをしなくてはならず証拠探しをしたせいで古泉をなだめる羽目になったわけだが、そんな些細なことにはこの際目を閉じておこう。
次は我らがSOS団の専属メイドの上級生だ。
「朝比奈さん、未来の俺はどうなってますか?」
「未来のキョンくんですか?うふふ。禁則に引っかかってるけどいいや。今この部屋の中にいる誰かと仲睦まじそうに歩いてますよ。」
一瞬で証拠を手に入れることができるのは実にありがたい。さすがは朝比奈さんだ。
さてラスト異次元からの来客で元クラス委員長だ。
「朝倉。お前はどうだ。その、またクラスの委員長になる気は無いか?」
「そうですね・・・うん。前の世界でもやっていましたしまたここでやるのも悪くないですね。いいですよキョンくん。」
さあこれで証拠は出揃ったがどのへんがいつもと違うかわかってもらえただろうか。
古泉は俺に対してですます調以外で喋ったりはしないし俺のことを「お前」とは言わない。
朝比奈さんは禁則事項に引っかかるような未来に関することを何の意味もなしに俺に教えてくれるはずが無い。
朝倉は少し判りづらいかも知れないが俺に対してですます調で話したりはしない。
これらのことから長門の証言に保障が付いたわけだ。
確かめる必要性は無かったが何事でも照明ってもんはあるだろう。
自分で証明したことはよく理解できるし忘れない。数学なんかでも定理の証明なんかをするのはそれがあるからだろう。
確認が終了しいざハルヒに何をすればいいんだと真剣に考え出したところでガチャッと長門がドアを開けて気配も無く入ってきた。
俺は長門の方へ向き「頼んだぞ」と目で念を送った。
長門は雪解け水のように澄み切った瞳で数秒沈黙した刹那でハルヒと俺以外の全員を捕らえ部屋から引きづり出した。
関係ないことだが「ハルヒと俺以外の全員」と「朝比奈さんと古泉と朝倉」ではどちらの方が文字数が多いんだろうか。
俺は今それどころでは無いから今とりあえず暇なやつは数えて後で教えてくれ。
話を戻すがどうやら長門へのアイコンタクトは通じなかったらしい。なんでも万能なはずなのに人の精神や考えに対しては全くのニブチンだな。
今度俺と長門専用のアイコンタクトかボディランゲージでも作っておいたほうが今後便利になるだろう。
ハルヒに見つかったら何を言われるかわからんがえらく長い作業になりそうだな。
ハルヒに知られたくないことといえば閉鎖空間だの情報統合思念体だの異時間同位体だの機関だの神人だのといったやたらと表現が難しそうなものばっかりだしな。
長門の配慮もとい行動により部屋にポツンと取り残された俺とハルヒの間には沈黙という言葉が言霊となってそこらじゅうを浮いているような感じだ。
さてどうすっかな。
結局長門からの有力情報はもらえずじまいだったし古泉の無意味な演説の中には有力な情報どころか有益な情報さえ一つもなし俺には全くヒントというものが与えられていないではないか。
こういう面倒ごとが俺に回ってくるのは俺の受け持つ役回り上いつものことだからこの一年間というものそれなりに慣れてきつつあると思っていたんだが面倒ごとのたび対処方法がなく考え込む俺がここにいるのはなぜだろう。
ようは長門に頼りすぎていたからか俺の成長が無いからかのどっちかだろう。
考えることに困らない俺とは対象にどうにもこの沈黙が気まずいと感じたらしいハルヒが率先して沈黙破りに大いに貢献してくれた。
「とりあえず横になった方がいいんじゃない?まだ風邪治ってないんだし、ね。」と俺をベットに寝かせようとしているがそんなことではこのハルヒ主催の奇妙奇天烈全人類性格改変事件に終止符を打つことはできない。
今は解決法だけを考えろ。何かヒントになりそうなものはなかったか?
長門のことだ。またヒントになるようなことをどこかしらでさり気なくでも俺に伝えてくれているはずだ、とまた長門に頼ろうとするのは俺の悪い癖だ。
無事事件が解決したあかつきには、そうだな、自分を戒めるには反省文が一番効くだろうから反省文でも書くとしよう。
さてヒントになるものはと探してはみたが無いものは無い。
無いものがあるといえるのはペテン師か無いものねだりをしている俺の妹くらいのものだ。
そのとき俺のポケットのあたりがホワッと熱く光り始めた。
それと同時に後ろに何か奇妙な気配を感じ振り向いてはみたものの扉しかないのはいつもの光景だから仕方の無いことだが扉の向こうで長門が倒れているビジョンが見える。
その周りにホワホワと白い霧のようなものが浮いていてそこに込められた念のようなものが俺には読み取れた。
こんなものに遭遇するのはもちろんながら人生初のことなんだがなんとなくそれが残留思念と呼ばれる類のものだろうことが本当になんとなくわかった。
「自分の気持ち 正直に 話す」というのが長門からのメッセージのようだ。
長門、やはりお前は俺にいつも有益な情報を残していってくれるんだな。
いつも長門に助けられてばかりなのはそろそろ忍びなくなってきてはいるんだが長門の証言が正論を言い当てている確率はずばり百パーセントだ。
圧倒的に解決困難なこの状況、ここは長門のメッセージに賭けるしかないだろう。
「自分の気持ちを正直に話す」か。長門にしてはえらく直球でわかりやすいメッセージだ。
自分の正直な気持ちというのはどんな危機的状況や理解不能な状況に出くわしても心底のどっかには残っていて決して消えることのないものだ。
それは今でも変わりなくこの正直な気持ちというのはやはりハルヒ主催の事件の解決方法である以上ハルヒに関する正直な気持ちのことだろう。
俺はハルヒに詰め寄り逃げたりはしないだろうが逃げないようにしっかりと押さえた。
「ちょっと寝てなくちゃ。っ!!」ここから俺が何をしていたか。
そんなことは覚えてないし、というのは嘘で本当は覚えているのだがちょっと訳あってそんな状況説明が俺の口をついて言葉となるのが実に不愉快なのでここは伏せさせていただく。
このときの状況は想像に任せるとしてその間の会話だけならこれだ。
「俺は、ハルヒに振り回される、そんな生活が好きだったんだ。」
「キョン・・・わ」
「だがな今のハルヒじゃだめなんだ。いつもの最強無敵唯我独尊でいつも理不尽で世間でこんなことが通っていいのかと疑うようなことばかりを発案してその都度付き合わされることになるがそんなハルヒが好きなんだ。
今のお前は容姿や頭脳はハルヒだがハルヒじゃねえ。一週間前でいい。一週間前のような自分の道だけを突っ走るあの涼宮ハルヒに戻ってくれ!」
言いたいことは言い終えた。これでだめなら後はどうにでもなってくれ。
昔の「後は野となれ山となれ」ということわざを作ったやつの心境もこんな感じだったに違いない。
「キョン・・・うっ!!」
どさっとハルヒがその場に倒れ込むのとほぼ同時にいつもの無感動な視線を俺に向ける長門が入ってきた。
「涼宮ハルヒから発生している有機生命体変革情報波が消えた。」
再び言ってることがよく分からんが情報波が消えた、つまり成功したってことだな。なんだかんだでよくやってるじゃないか、俺。
まあ今までの俺の成功履歴は長門という存在あってこそ成立するもので正確に言えばなんだかんだでよくやってるのは長門って訳だ。
成功したのはいいことだがまた長門に負担かけちまったな。
「別にいい。」
そうは言っているもののどことなく長門がふらついているように見えたのは俺の目の錯覚だろうか。
よし、今決めた。今度またリフレッシュとして遊園地かどっか連れて行ってやるよ。
もちろん俺の奢りで、な。