別れ際の……

1.トップ会談

「ご足労、感謝する。異軸間越境が困難なため、双方の時間軸が分岐する前の時点に遡行して会合する方が合理的と判断した」
「ここは、とても懐かしい場所」
「それは、私にとっても同様」

 ここは駅前公園。
 二人のまわりには不可視遮音フィールドが展開されているため、周囲からは二人を視認することはできないし、その会話が漏れることもない。

「用件は?」
「互いの時間軸の共存について。この時点にいる私たちの異時間同位体は互いに対立しているが、私たちがその対立を続ける必要性はない」
「分岐点の不安定性問題の解消方法が見つかった?」
「そう。そもそも、分岐点を消去して分岐時間軸を消滅させる必要性があるのは、分岐点そのものが持つ不安定性がイレギュラーを引き起こす可能性が高いため。しかし、私たちのこの分岐点に限っては、安定化が可能な方策が見つかった」
「多様性の保持は望ましいこと」
「そう。情報統合思念体は、異軸間でも同期がとれる。よって、複数の時間軸の共存は、取得データが多くなるため望ましいと考えている。それは、天蓋領域も同様だと理解する」
「その理解でよい。安定化方策の詳細は?」

 淡々としたやりとりだが、二人の過去の異時間同位体の間でのそれに比べれば、格段にスムーズなコミュニケーションが成立していた。

「データを送信する」
「データ受領。解析中……解析終了。安定化成功率98.2346%と判定。そちらの提案は、了解」
「ご協力、感謝する」



2.お別れ

 朝比奈みくる(大)は、かつてバレンタインチョコを埋めた山の頂上にたたずんでいた。
 太陽がまもなく地平線に沈もうとしている。
 時間平面破砕振動を感知して振り向くと、そこに忽然と男性が現れた。

「お久しぶりね、藤原君」
「物理的個人絶対経過時間でいえば、互いに前に会ってからそんなに時間はたってないと思うがね」
「社交辞令よ。相変わらず無愛想ね」
「さっさと、用件を終わらせるぞ」

 互いにデータを送信しあう。暗号キーを照合。照合完了。
 TPDDの同期が完了した。
 TPDDの一回きりの同時起動を可能とするための設定だった。

 二人が属する異なる時間軸。その分岐点以前の時点に対する協調介入。
 それは、二つの時間軸を共存させるために必要なことだった。
 分岐点より12時間前の時点に朝比奈みくるが、9時間前の時点に藤原が介入することになっていた。両者の介入は、五次元時差プラスマイナス30分以内の誤差しか許されていない。二つの時点に対する「同時」介入といっても過言ではなかった。
 だから、こうしていったん同じ時点で会合して、TPDDを同期させることで、五次元時差をほぼ0にもっていく手はずになっていた。

 TPDD起動予定時間まであと数分……。

「あんたとはいろいろあったが、二つの時間軸が共存できるとなれば、それももうどうでもいいことだ」
「そうね。もう会えないかと思うと寂しいわね」

 この任務は、分岐点以前の時間帯に対する最後の介入となる。
 任務が終われば、二人はそれぞれ異なる時間軸上の未来に帰ることとなり、もう二度と会うことはない。二人は、分岐点以降の時間帯を共有していないから。

「もうあんたに会うことがないかと思うと、せいせいするがね」
「本当に相変わらずね。女性に対してそういう態度はよくないわよ」

 あと20秒後にせまったとき、朝比奈みくるが藤原の右腕をとった。
 強引に引き寄せて、そして……

 唇と唇が合わさった。

 3、2、1……。
 TPDDが、二人を引き剥がし、異なる時点へと飛ばしていく。



3.二つの未来その1

 藤原は、とある墓地にいた。
 閑散としている。
 祖霊崇拝の慣習がすっかりすたれてしまったこの時代においては、ごく当然の光景ではあった。

 ある墓石の前に立ち止まった。
 ゆっくりと見上げる。

 ふと背後に気配を感じて振り向いた。
 そこには、彼の組織のトップに君臨し、かつ、姿なき宇宙存在の端末でもある存在、すなわち、周防九曜の姿があった。

「二人に報告?」
「そんなたいそうなもんじゃない。せっかくの休暇だからな。ただなんとなく来てみただけだ」
「そう」
「あんたは、何しにきたんだ?」
「二人に会うため」
 そういうと、周防九曜は、墓石を見上げた。
「宇宙人が墓の概念を理解できるとは驚きだ」
「みんなとのことは、私の大切な思い出。このお墓は、それを思い出させるきっかけ」
「そうかい。じゃあ、勝手に思い出に浸ってろ。僕は、次の任務があるからな」

 次の任務は、あの分岐点から1時間後の時点より常駐して、経過を観察すること。
 彼は、もう一度、墓石を見上げた。
 そこに記された二つの名前。キョンという奇妙なあだ名で呼ばれていた男の本名と、かつて佐々木と呼ばれていた女の名が記されていた。

「フン。先祖の馴れ初めを間近で観察するのも一興だ」

 立ち去ろうとした彼を、周防九曜が呼び止めた。

「なんだ」
「朝比奈みくるとの口付けはどうだった?」

 彼が努めて考えないようにしていたことを、彼女はいきなり思い出させてくれた。

「そんなことを訊いてどうする?」
「ただの好奇心」
「あんたの好奇心に答える義理はない」

 こっちの時間軸には、朝比奈みくるは存在しない。
 朝比奈みくる(小)は、分岐に巻き込まれないように、分岐点の1時間前に強制帰還させられており、分岐点より1時間後に再派遣されている。再派遣されたのは、当然、あっちの方の時間軸だ。
 朝比奈みくる(大)は、分岐点以前の時間帯に対する任務につくことはもうないだろう。それは、彼も同様だった。
 そして、こっちの時間軸に、朝比奈みくるが生まれることはありえないのだ。

 そう。あの口付けの意味を問うことは、もはや不可能だった。



4.二つの未来その2

 朝比奈みくる(大)は、とある墓地にいた。
 閑散としている。
 祖霊崇拝の慣習がすっかりすたれてしまったこの時代においては、ごく当然の光景ではあった。

 ある墓石の前に立ち止まった。
 ゆっくりと見上げる。

 ふと背後に気配を感じて振り向いた。
 そこには、彼女の組織のトップに君臨し、かつ、姿なき宇宙存在の端末でもある存在、すなわち、長門有希の姿があった。

「二人に報告か?」
「まあ、そんなところです。長門さんもですか?」
「そう」
 そういうと、長門有希は、墓石を見上げた。
「最小限の犠牲で、思い出の保全を図れたことは満足すべき成果」
「その犠牲をもたらした我々をお二人が許してくださるかは、分かりませんけどね」

 あの分岐点こそ保全したが、他の数百にわたる分岐点は、片っ端から叩き潰している。
 この時間軸を保全するために、複数ある未来の可能性を犠牲に供したのだ。

「私は、いわゆるあの世に行くことはできない。あの世で二人に怒られるのはあなただけ」
「そんなぁ。長門さんだけずるいですよぉ」

 墓石に刻まれた名前は、キョンとハルヒ。
 朝比奈みくるの先祖にあたる。
 その二人に朝比奈みくるが怒られている様子を想像して、長門有希は微笑を浮かべた。

「ところで、あなたのあのときの行為について個人的に疑問がある」
「どの行為でしょうか?」
「藤原との口付け行為」
「別にいいでしょう。我々の時間軸に影響はありえません」
「そう。だからこそ、疑問である。あの行為は、あなたの任務上必要なものではなかった。その意図は推測不能。よって、あなたに直接訊きたい」

 朝比奈みくるは、唇に人差し指を当てて微笑んだ。

「それは、禁則事項です」

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最終更新:2007年09月08日 02:17