日常の中のサプライズ

 すずしい春の日々はあっという間にすぎ、暑い夏の真っ只中。
 ずっしりと重い荷物を持ち、俺はうんざりしながら歩いていた。
 みあげれば、今日も太陽が元気いっぱいに輝いている。
 やれやれ。
 ハレるのはかまわないが、気温だけはあげてくれるな。
 ルパン三世が、太陽を盗んでくれないだろうか。
 ヒートした頭で、そんなとりとめもないことを考えてみる。
 のろのろと、ただ歩く。
 きれいに晴れわたった空。
 よるには、まだ遠い。
 うだるような暑さは、まだまだ続く。
 がくがくと足が崩れていきそうだ。
 くちていく、俺の足……。



「こらぁ! シャキッとしなさい!」

 俺の煮え立った思考を、こんな中でも元気いっぱいな団長様がさえぎった。
 誰のせいでこうなったと思ってるんだ。
 おまえも少しは荷物を持ってくれ。

「何言ってるの? 荷物持ちは、雑用係の仕事でしょ」
 無慈悲な団長様は、俺の願いをばっさり却下した。

「僕が持ちましょうか?」
 団長様の隣を歩いていた副団長殿が、そう申し出てくれたのだが、
「だめよ、古泉君。荷物持ちなんて副団長の仕事じゃないわ。雑用係を甘やかしちゃ駄目なんだから」
 団長様が拒否権を発動した。
「はぁ。そうですか」
 おい、古泉。おまえもそう簡単に納得するな。

 苦行に耐えて歩く俺を置き去りにして、団長様と副団長殿は仲良く手をつないで歩いている。


 そう。二人はつきあっているのだ。
 いやはや、これには俺も驚いたね。初めて聞いたときは、驚愕のあまりあごが落ちるかと思ったほどだ。
 この唯我独尊団長様に惚れるような男がこの世に存在していたという事実だけでも、この世の95%の人類は驚きおののくことだろう。
 さらに、その付き合いが2ヶ月以上も継続しているとなれば、99.9%の人類にとって驚天動地の出来事に違いない。

 恋愛感情は精神病だとかいってたヤツは、はて誰だったろうね?

 まあ、お相手が古泉だという点については、納得できないこともない。
 あいつのお相手が務まるような男は、古泉ぐらいしかいないだろう。
 なんだかんだいっても、古泉はあいつのよき理解者だからな。



 果てしなく続くかと思われた苦行のすえ、何とか自宅までたどり着いた。
 両手に山盛りの荷物、つまりは今夜の食材を、冷蔵庫に放り込む。
 家には、三人のほかは誰もいない。
 両親は、現在、海外にいってるからだ。おふくろが所属しているなんとか研究所が関係している国際なんとか学会とかいうのにおふくろが出席することになって、親父も会社を休みそれに付き合っているというわけだ。いまごろは仲良く海外デートを楽しんでいるころだろう。

「いいんでしょうか、僕までご相伴にお預かりしてしまって」
 古泉が優等生的なセリフを述べる。
「全然、かまわないわよ!」
 団長様がそう断言する。
 こればかりは、俺も賛成だ。
「俺の両親も、古泉の御両親には世話になってるしな。これぐらいは、かまいやしねぇよ」
 俺の両親と古泉の両親は、昔からの友人で、いろいろと世話になっていたらしいのは事実だった。
 今も、古泉の父親と俺のおふくろは、同じ研究所に属している同僚だ。とはいっても、おふくろは在宅勤務だから、直接顔をあわすことはあまりないみたいだが。

「ボケッとしてないで、お茶でも出しなさい!」
 団長様が家の中でも俺をこき使おうとする。
 おまえには、年上を敬うという気持ちがないのかよ。

 やれやれとボヤきながら、お茶を出したところで、来客があった。

「お邪魔する」
 抑揚のない声で挨拶してきた人物は、両親の友人である長門有希さんだった。近くの図書館で司書を勤めている。
 彼女は、俺の両親から、両親が不在中の俺たちの面倒を頼まれてくれていたのだ。

 俺が出る前に、団長様が応対した。
「あっ、有希。待ちくたびれたわよ。さっさとあがってちょうだい」
 妹よ。呼び捨てにするのはどうかと思うぞ。少しは年上を敬え。
 俺のそんな願いもむなしく、我が妹は長門さんを台所まで引っ張っていった。
 今夜の夕食の準備開始だ。

 男どもは居間でテレビを見ながらだべっていた。
「ところで、今年の夏合宿の予定は順調にいっているのか?」
 俺は、古泉にそう尋ねた。
「ええ。両親のつてで孤島の別荘を確保しました。あとは、どんなイベントを行なうか練っているところです。ハルカさんに満足していただける内容となると、いささか頭が痛いですが」
「あの団長様を満足させるとなれば、去年を上回るサプライズが必要だろうな。確かに頭を抱える問題かもしれん。俺個人としては、他の女性団員と仲良くなれるようなイベントが希望なのだが」
「考慮しておきましょう」


 やがて、夕食ができあがった。

 テーブルに並べられた夕食に、古泉は驚愕の表情だ。
 まあ、無理もない。俺も、初めてのときは、唖然としたからな。
 ボールのような食器に、文字通り山盛りのご飯。それにたっぷりのカレールーがかけられている。カレーの具材もたっぷりだ。
 それに加えて、キャベツほかの野菜を山のように盛り合わせたサラダが一皿。
 どう考えても過剰な分量だ。

「食べて」
 長門さんに淡々と促され、みんなスプーンを手に取った。

 古泉は、長門さんの食べっぷりに、再び驚愕していた。
 長門さんは、あっという間に一皿目を平らげ、お代わりも既に半分が消化されていた。まもなく、三皿目にかかることだろう。

「古泉君。どうしたの? 遠慮せずにじゃんじゃん食べてちょうだい」
 長門さんに勝るとも劣らない食欲の妹が、唖然としたままの古泉を促す。
「あっ、はい」
 古泉には、一皿が限界だろうな。
 長門さんといい、妹といい、その細い体のどこにそれだけの分量が収まるのか。不思議でならん。

 妹は、長門さんから、おふくろと親父の昔話を聞き出していた。
 俺も耳をそばだてる。妹以上に傍若無人な母上に対抗するためには、弱味を握っておきたいからな。
 淡々と話す長門さんの話には、興味深いものがいくつかあった。

 こうして、楽しい夕餉は続いていく。

タグ:

6V5U9kJArQ
+ タグ編集
  • タグ:
  • 6V5U9kJArQ

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2020年12月27日 18:15